朝訪

Starved-Mortal""short story

 貴賓室の中でも最上級のその部屋。細かい細工で闘う鷹が描かれた扉がぎぃ、と。返答は無いのに扉勝が勝っ手微かに開いた。おかしいとは思いながらも、ファウストはあえて深く考えることを止める。宿泊している二人のうち黒髪の客人は、ただ者ではないと確信していたから。
 最初声をかけたのは黒髪の方ではなく、男にしてはいささか美しすぎる容姿をした橙色の髪を持った青年だ。その連れというのが問題で、初対面で恐怖を覚えるという体験をさせてくれた人物だった。
「失礼しますよ」
 囁くような小さな声で。
 やはり扉の向こうに人の気配すらなくて。
 ファウストは神や妖精や、おとぎ話の類をまったく信じていなかったものの、メンドシノ卿というその人物だけは確かに異質だと確信していた。
 居間を抜けて寝室へ。
 早朝ではないが、そろそろ朝食の時間である。それにしては暗い室内に、ファウストは漸く眉をひそめる。やっぱり、このひとはどこか異質だ。
「お早うございます」
 小声で、メリアドラスにむけて言った。
 セミダブルのベッドが二つ。本来一人一つずつ使うはずのそれに、今は二人分の体重が乗っていた。
「…すまないな、これがまだ起きない」
 穏やかな声でメンドシノ卿は、うずくまるようにして眠るオレンジ色の髪をなでた。
 常に隙のない着こなしをしているのに、ベッドボードにもたれる彼はなかなかに色を含んだ姿をしている。
 身につけているのは形ばかりに履いたスーツのパンツだけで、上半身はその漆黒の髪をまとわりつかせたまま肌を曝していた。
 カグラもカグラで、シーツからはその腕と肩が素肌のままで覗いている。
 ファウストがそうっと近寄って観察すれば、カグラの指はしっかりと黒髪を握りしめていた。これでは扉を開けには来れないだろうに。
 ではさっきの扉は誰が開けたのだろう。答えは解っている気がするのだが、何故か口にすることは憚られた。
 変わりに。
「お疲れさまです」
 にやり、と。
 含みある笑みを浮かべる理由があった。
「寝てないんじゃないデスカ?」
 明らかな、情事の後。乱れたシーツの皺と、どこか艶っぽい寝姿。
「眠りはあまり必要としなくてな」
 老獪そうなその笑みがいただけない。
 外見で言えば自分よりも若い気がするのに、その口調や雰囲気が年齢を解らなくさせる。加えて、滲み出る王者の気質と優雅さに混じる野生。正体を問うことを畏れさせる、威圧と畏怖。
「食事も、でしょう?」
「十分満たしてもらえたのでね」
 かまを掛けるつもりで聞いてみたのに、口の端で笑われるだけですらりとかわされてしまった。
「それにしても………」
 これ以上『メンドシノ卿』に構う事は止めて、大事そうに黒髪を指に絡めたカグリエルマをもう一度眺めた。
「やっらしいなぁ〜……。こんな、ぐったりするまでやんなくてもねぇ。いいなぁ」
「手を抜いて抱くなど、無粋だろう」
「あ。痕ついてる。こりゃシャツで隠れないな」
 軽口の様に。
 他人がこの肢体を蹂躙したのかと思うと、嫉妬を感じる。そんな義理も権利もないことは承知だけれど、それでもまだ未練があるのだろうか。
 ファウストがぐちゃぐちゃと困惑しているのと裏腹に、メンドシノ卿は得意げだった。これは自分が征服し、支配するものである、という無言の優越だ。それを感じて、ファウストは苦笑する。
「オレが見ちゃって、良かったのかな?」
「?」
「いえ。だって、あんまりこういう姿見せたくないんじゃないかと思ったんですけど」
 独占欲、強そうだし。今だって、一歩としてカグラの傍を離れない。
 男ならば、行為に疲れた愛する者を放っておくことなど出来ないが。メンドシノ卿のそれはあからさまな。
「進んで見せるつもりはないが、嫉妬されることも吝かではないものだ」
 そんなことを言われてしまえば、もう溜息しかでなかった。結局自分は、メンドシノ卿の優越感を満たしただけなのか。

 もう、お好きにドウゾ。

  

キリ番で登場していた、ファウストさんが出張。バカップル、他人の城でもいちゃいちゃしていたらしい。
2004/02/14

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