朝訪 2

Starved-Mortal""short story

 人間の城に泊まるなど、一体何百何振りだろうと考えて、メリアドラスはその無駄を省いた。魔物である自分にとって、時間など何の関係があるだろうか。
 光が射し込む室内に己が使役する魔人をこっそり配置して闇を増やしたメリアドラスは、傍で眠るカグリエルマを眺めた。規則的な呼吸を繰り返す。その頬を撫でやると、ん、と小さく子猫のような声がした。
 自分でも、目が笑っているのがわかる。幸せで暖かい気持ちになるなど、彼が居なかったら考えられない。
 そのとき、最近知り合った人間の気配を感じた。カグリエルマに用があるのだろう。自分の手で扉を開けたりできないので、その魔力でもってそっと透き間を空けてやる。
「失礼しますよ」
 囁くような小さな声が聞こえた。困惑が少し混じっている。
 プラチナブロンドのこの人間は、メリアドラスが初めて眷属に加えた少女の血を継いでいる。何か感じ取るものがあるのだろうか、この国の王子は多分に干渉してくることはない。
 気配を微かに殺しながら、ファウスト王子は寝室に足を踏み入れた。
「お早うございます」
 小声で、暗い室内に違和感を感じながら。一つのベッドに二人で寝ている姿を見て、ふっと口元を緩めている。
「…すまないな、これがまだ起きない」
 できるだけ穏やかな声でを作り、すぐ側で眠るカグリエルマの頭を撫でる。
 眠るカグリエルマを見ると時折揺さぶって起こしたい衝動に駆られる。いつも濡れたように光る灰銀色の瞳が私を見ないのは、いささか淋しい。
 今も穏やかそうに眠っているが、早く起きて欲しい気持ちと、疲れを癒すために眠らせておきたい気持ちが葛藤する。
 夜更けまで互いの身体を合わせていた。ファウストには見えないだろうが、背中に幾つか爪痕が残っているだろう。
 最期には意識を飛ばしてしまったカグリエルマは、私の髪を指に絡ませたままだ。まるで、離れたくないとでもいうようなその仕草に、無下に指を解くことを諦めた。
 じっと、私の姿を見てから、カグリエルマを見つめていたファウストは。
「お疲れさまです」
 にやり、と。
 含みある笑みを浮かべた。
「寝てないんじゃないデスカ?」
 明らかな、情事の後。事後処理として、汚れは控除魔術で消してしまったが、シーツの皺まで整えられる物ではない。
「眠りはあまり必要としなくてな」
「食事も、でしょう?」
 軽口に対し、意味深に答えてみれば、案外あっさりと言質をとられてしまった。
 確かに彼の前で食事をして見せたことなどない。疑問に思うことも無理ないだろう。しかしファウストの問いは、答えを必要としない類のものだろう。
「十分満たしてもらえたのでね」
 食欲に変わる何を満たしたのかまではいわずに。口の端に薄く笑みをはけば、ファウストはもう一度カグリエルマに視線を戻して、それにしても、と小さく呟いてから。
「やっらしいなぁ〜……。こんな、ぐったりするまでやんなくてもねぇ。いいなぁ」
 そんな感想を述べた。手加減などせずに抱いたのだから、ぐったりもしようものだ。情事の色香が、まだ少し残っている。
「手を抜いて抱くなど、無粋だろう」
「あ。痕ついてる。こりゃシャツで隠れないな」
 悪戯を見とがめたような顔をして。ファウストの視線の先を辿らなくともわかる。耳の付け根より少し下に、しっかりと鬱血を残しておいた。衣類で隠すことができないだろうから、目が覚めた時のカグリエルマが見物である。
 きっと文句を言うだろう。しかし、牽制するには役に立つ。
 本当は、無防備なこんな姿など誰にも見せたくはない。しかしながら、これだけ美しく征服し甲斐のある人物を抱いたのが自分であるという、優越を誇示するのも満更ではないと思ってしまう。
 すると、
「オレが見ちゃって、良かったのかな?」
 そうファウストが含む笑みを浮かべながら訪ねてくる。何の事かと、方眉を上げれば。
「いえ。だって、あんまりこういう姿見せたくないんじゃないかと思ったんですけど」
 よく見ているものだ。確かに、私はあからさまなまでに独占欲が強い。愛でるのは自分だけにしていたいと思う。
 それを隠す気もなく、カグリエルマの髪を撫でてやる。
「進んで見せるつもりはないが、嫉妬されることも吝かではないものだ」
 ふ、と口元を緩めて。本心を述べてやれば、この国の王子は盛大に溜息をついた。まるで、勝手にしろとでもいうような苦笑に、盛大な溜息が付加された。

  

メリアドラス視点。
2004/02/15

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