Starved-Mortal""short story

 蝋燭とランプの明かりが、風も無いのに揺れている。
 ばっさりと切り落としてから指先程度には伸びたけれど、それでも以前よりも大分短い橙色の髪をメリアドラスは飽きることなく梳いていた。
「惜しいな…」
 お互いに裸で、肌にシーツをまとわりつかせたまま、目覚めの甘い空気を楽しんでいたカグリエルマは唇に笑みを浮かべながら片方の眉を上げた。
「…長い方が好きだ」
「ったく。お前そればっかだな」
 自分の髪で我慢しとけよ、と悪態をつけば、私のこれはただの個体識別に過ぎない、と嫌そうな答えが返ってきた。
 梳いてもすぐに終わってしまう長さが不満なのか、長い指に房を絡めるメリアドラスから、カグリエルマは少しばかり体を離して己のそれを奪い取る。
「俺が長髪だから口説いたのか?」
 消えてしまった隙間を名残惜しそうに指を動かし、メリアドラスは憮然とした表情で、
「そうだな」
 と、短く応えた。
 ふかふかのクッションに体重を預けながら、赤い瞳が髪を触らせろと無言の要求をしている。
 答えが気に入らなくて半眼になったカグリエルマは、伸ばされる指をいなしてメリアドラスに上半身を乗り上げた。体重をかけてみても、魔物の王である男はびくともしない。
 咎めるような、挑発するような、うっそりとした気配で顔を近づけ、微笑を乗せて脅す。
「そんなことばっか言って、俺が浮気したらどうすんだよ?」
 実際そんなことをする気はないけれど。冗談めかして言葉遊びをする分には問題ないだろう。メリアドラスが折れて、形だけでも謝ればいいのにと思っていた。
「…」
 しかしゆっくり瞼を閉じたメリアドラスが、無表情のまま近付いたカグリエルマの唇を奪う。触れるような優しい物だが、そんな返し方をされると思っていなかったから驚いた。
 唇を離して、ぽかんとするカグリエルマを深紅の瞳で射抜いたメリアドラスが、ただ一言静かに告げる。
「するな」
 その真摯な表情を間近で直視してしまい、カグリエルマは目の端を赤く染めた。慣れているとはいえ、この吸血王はすばらしく美しい。惚れた相手という相乗効果も相まって、反論を塞がれてしまった。
 悔しい。けれど、答えの内容は満点を付けてやりたいほど嬉しい。だから照れてしまう。
 ぽすりとメリアドラスの首筋に顔を埋めたカグリエルマが、微かな声でちくしょうと呟いた。
「………しねーよ」
 後頭部に回された指が、また髪をいじり出す。
 耳元で落とされた低く擦れた声が、唇から漏れる前に笑みを浮かべた。
「よし」
 嬉しいんだか悔しいんだか恥ずかしいんだか、もうどうしたらいいか解らなくなったカグリエルマは、髪や肌をなぞるメリアドラスの好きにさせていた。
「……あー、もう、ちくしょう」
「何だ」
「何でもねーよっ」
 くつくつと笑う声が聞こえても、やっぱりカグリエルマは顔を上げることができなかった。

  

オフ本後の出来事。どうしてもやりたかったこのネタ。
漫画 エマ(9)のメルダース夫妻が好きすぎてうっかりパロディ。ヴィルヘルム様が一番美形で紳士だと私は思う。
2008/5/31

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