ORANGE - 3 -

Koerakoonlased

 共に寝台に入ることなど今更だが、ミラビリスは今までで一番の緊張感を味わっていた。身体が強張る。震えはしないが、一歩手前。
 使い魔であるシャプトゥースが何の揶揄も入れてこないことが不思議で、その話題を口に出してみれば、ユージーンは訳知り顔で言葉を濁した。絶対に何か知っているはずだ。夜事に関しての使い魔の反応を考え、きっと買収されたに違いないと確信する。
 これでは、どちらが使い魔の主か解ったものではない。
「怖くないよ」
 苛めているようで可哀想になった――本心を言えばそれすら喜びなのだが――ユージーンは宥めるように呟いて、ミラビリスのこめかみに口付けた。
 暫くそうやって撫でたり柔らかい唇を受けていれば、漸く身体から力が抜けてくる。お互い服も脱がずに、ユージーンはただじゃれていた。
「大丈夫、ゆっくりするから」
 そこまで言われると、ミラビリスも腹を括るしかないかと息を吐いた。そもそも、自分がどうこう出来る行為ではない。
「…そうだな」
 羞恥はあるが、今更感も同時に湧いてくる。身体を繋げる事はしていないが、それに近いことはされていた。怖いことも痛いこともされていない。だから本当に、ただ緊張するだけなのだ。
「こういう事は、お前にまかせておいたほうが安心できる気がする」
 ぽつりと漏らされた言葉に、ユージーンの瞳が光った。若干野獣じみた色合いを含んでいるのだが、ミラビリスはそれを見ることはなかった。見ていたらもう少し危機感を持っただろうが。
「…そう?」
「見栄を張って恥をかく事もないだろう?」
「そうだね」
「そもそも、誰かに教えを請う類ではないだろうし…。もうお前以外とする気もないし。色々今更な気もするし」
 それは諦めなのだろうかと、複雑な心境を覚えたユージーンは、だが深く言及することはなかった。きっと何か話していないと、間が持たないのだろう。どうせ直ぐ、まともな事を話せなくしてやろうと思っているから、今くらいは大人しく聞こう。
「嬉しいな。…俺好みに仕込んであげる」
 せっかくの申し出だ。ならば存分に。
「…何?」
「ううん。ひとりごと」
 どうやら問題有る発言は、低音すぎて聞き取られなかったらしい。それ以上の無駄口を止めたユージーンは、宣言通りゆっくりとミラビリスの衣服を剥ぎ取っていった。全て脱がすわけではない。必要になれば脱がせるが、今のところはまだはだけさせる程度。
 怖がらせないように様子を見ながら、同時に自分が身に付けていた諸々も外してベッドの下へ落とした。何かと護符の類が多いのは、南国の民族衣装に未だ愛着がある所為だ。
「ん…」
 一度、濃厚な口付けを与え、痺れるほど舌を吸う。高まる呼吸を心地よく聞いて、霊印に沿って舌を這わせた。
「…ふ、…っ…」
 頬、そして首筋。段々下へと辿る。鎖骨へと差し掛かって、強めに吸い上げた。何度も舐め、跡を残す。
「やらしいよね、これ。俺以外に触らせないでよ?」
 何を言い出すのかと目を剥いたミラビリスに微笑みかけ、ユージーンは己のシャツを見せつけるように脱いだ。その演出は、自らの魅力を解っているからこそのものだ。これでも傭兵として前線を張っていたのだ。見惚れさせる肉体に出来上がっている。砂漠の民に比べると十分白いが、優美に動く筋肉が弱々しさを払拭し、幾つか残る傷跡は野性味を上乗せしていた。
 案の定ミラビリスは、文句を言おうとした事も忘れて口を噤んでしまった。何度も見たが、こればかりはどうしても慣れない。さもこれから厭らしいことをします、と宣言されたようなものだ。男の身体など興味が無かったのに、目が離せなくなってしまう。ミラビリスは理性を手繰り寄せて、己の視線を引きはがした。
 お前のほうが、過剰だ…!
 途端に煩くなった心臓をどうにもできず、胸中で悪態を付いた。比較することは出来ないけれど、ユージーンは酷く粘着質だと思う。指も視線も、全ての仕草に意図が籠もっている。肉食性の獣に似ていると常々感じるのだ。普段は静かに草を食んでいそうなのに。
 昼と夜の差が顕著すぎて、いっそ人格が二つ存在しているんじゃないかとさえ勘ぐってしまう。
 上から見下ろしていたユージーンは、いつのまにかミラビリスに覆い被さっていた。直視しないように顔を横へ向けていたミラビリスの前に、筋肉質な肩が飛び込んでくる。荒々しい動きの、霊印。普段服で隠れているそれが本性を表している。
「あ、ッ…は…」
 不意に、胸元を舐められた。刺激に反応して尖ったその尖端を擽られて、甘い声が出てしまう。最初はくすぐったいだけだったのに、いつのまにか快楽を感じるようにされていた。思わず囲われた腕にしがみつく。
「爪、立てていいからね」
 くつりと喉の奥で笑う振動が、皮膚を擽る。着痩せして見えるユージーンが、意外と逞しい事実を知っている者は、どれだけ居るのだろう。埒もあかないことを考えて気を紛らわせようとするミラビリスは、けれど容赦なく施される刺激に耐えられずぎゅっと瞳を閉じた。
「…んッ…、あ、…ふっ」
 舌先で遊ばれ、時折歯を立てられる。心地よさに反応する身体が、小刻みに震えた。
「可愛いね」
 甘くさえ感じる皮膚を吸い上げ、ユージーンはもう片方の胸へ顔を移動させた。散々慣らしたお陰で、愛撫のひとつひとつを律儀に拾うミラビリスが愛おしくてたまらない。濡れたままの突起には、唾液の名残を塗りつけるように指を這わせた。
「ひ…あっ、あ」
 両方を嬲られ、ミラビリスはびくびくと身を捩る。純粋培養で育った彼は、仕込めば随分と感度が良かった。高貴とさえ表現される彼が、これからどれだけ乱れてくれるのか想像するだけで、下半身が重くなる。楽しみで期待ばかり膨らんだ。
 ユージーンが両足の間に居るせいで閉じることも出来ず、ミラビリスにとっては歯痒くて仕方がないだろう。布越しに互いの下腹部を合わせられ、欲望が昂ぶっている事を知らしめた。
「…ジーン、…や…ッ…」
 擦り付けられ、思わず嫌だと首を振るが、それが羞恥からくるものだと解っているユージーンは、決して止めてやらない。むしろ己がこの行為にどれだけ期待して興奮しているのか教えてやるには十分だった。
「こっちも、舐めてあげる」
 剣士と違って鍛える必要のないミラビリスに、筋肉の隆起は少ない。無駄な贅肉はないけれど、自分に比べて柔らかい腹部を舐め、時折甘噛みするユージーンは囁いた。吸い上げた跡が鮮やかに散って、それが余計に支配欲を煽ってくれる。護身術程度でしか身体を動かさないので、変な筋肉がついていない。ある意味貴族の王子に相応しい白皙の肌は、赤い艶跡が似合った。
 ベルトを外し、ズボンを脱がさずに下着ごとずらす。少し硬く芯をもったそれを引き出して、僅かに濡れる先をぺろりと舐めた。いきなりの刺激で、ミラビリスがびくりと痙攣に似た反応を返す。素直なそれが可愛くて、ユージーンは好物を目の前にした獣のような表情を浮かべて根元まで口に含んだ。
「やめ…、ァ…あッ…!…ジーン!」
 口内で舌を絡ませて育て上げる。そうされると解ってはいたけれど、実際されてしまえば戸惑うばかりのミラビリスが必死に止めようとする。だが抵抗はやすやすと愛撫によって意味を成さなくなった。
 最初の頃など、手淫以上の快楽に怖がったミラビリスは泣いていた。根気よく、時に強引な仕草でもって、ユージーンはその涙の意味を変えていった。男性器など、傭兵時代では見るのも真っ平だったのだが、やはり愛しい相手では違うようだ。むしろ、手だけでは足りなくて早く教え込みたいと狙っていたくらいだ。
 何度も顔を上下させ、小さな孔に舌先をねじ込んで、溢れる苦みすら甘い蜜と錯覚する。本当に自分はミラビリスが好きで堪らないんだと、もう何度目かわからない確信を得る。
「…は、…」
 十分に育ったことを確かめたユージーンが唇を離し、苛むような快楽から一時的に解放されたミラビリスが息を吐き出した。殆ど吐息に近いそれは蕩けるような熱が籠もっていた。
「ほんと、可愛いな」
 唇を濡らしたままユージーンが笑う。動きを抑制していたズボンを、抵抗できないような素早さで抜き取った。晒された細いももや足が艶めかしい。膝頭に口付ければ、ミラビリスが困惑の視線を向けてくる。だが開かされた両足を見てしまって、耐えきれずに逸らした。縋るものが無くなった指が、シーツを握りしめている。
「ちゃんと柔らかくしてあげる。気持ちよくて泣いちゃうくらいに、ね」
「…ッ」
 ユージーンの口調は蜂蜜漬けのように甘いが、内容は耳を塞ぎたくなるほど恥ずかしかった。ミラビリスは抵抗や拒絶にいい言葉が出てこなくて、黙るしかない。最も最後まですると決めて同じ褥に入ったので、これ以上拒否出来るものではなかったのだが。
 両足を開かせるために膝を掴んでいた指先が、ゆっくりと内股を辿っていく。普段触れられないそこを擽られて、もどかしい刺激が下肢を震わせた。
 ちゅ、と音を立てて太股の付け根に唇を落とし、ユージーンは昂ぶった中心からさらに下へ移動した。
「んんッ…!」
 指ではなく、濡れて柔らかい舌で触れられたミラビリスが、耐えられず高く啼いた。直接後孔を舐られたことは、殆ど無い。それだけは必死に遮っていた。何も今しなくてもいいだろうと、足を閉じようとするのだが、ユージーンは許さず蠢く両足を押さえつけて開かせた。
「ジーンっ!や…、…あ…ッ!」
 わざと音を立てて、尖らせた舌をねじ込む。どこで調達してくるのか潤滑油を使う事の多かったそこを、今日は己で愛そうと決めていたのだ。ユージーンに止める気はない。
 暫く必死に抵抗を繰り返していたミラビリスだが、しつこいほど丹念に舌で解され、指を一緒に差し込まれるようになって、その抵抗は僅かなものに変わった。
「…ふ…、ぅ…ア、…あ」
 探られ、掻き回される。体内を好き勝手弄られる動きに、ひたすら羞恥を感じてしまう。生理的な嫌悪など、そこを開拓される度に薄れさせられた。そこで快楽を感じ取れるのだと、気付けば丹念に仕込まれていた。萎えずに雄芯からとろとろと秘部へ蜜が流れ、指で辿るユージーンがそれを掬って中へ塗り込める。
「ん…、ああッ!」
 卑猥な濡音を響かせながらその一点に触れられ、ミラビリスが身体を強張らせて啼いた。高い声色に、ユージーンが嬉しそうに微笑む。
「ここ、好きでしょ?」
「ちが…っ…、や…ぁ…、あ…」
 何度も頭を振って否定して見せても、ユージーンを喜ばせるだけだった。跳ねる身体は淡い朱色に染まり、全身で快楽を貪っている事を如実に突き付ける。いつか気持ちいいと口走らせてやりたいとさえ思う。そんな獰猛なユージーンの胸中など窺い知れないミラビリスは、襲ってくる快絶に翻弄されないよう必死だった。
 男にそんな性感帯があるとは、知らなかった。知識として解っていても、まさか体感させられるとは思っていなかった。だからいつもそこを重点的に攻められ、困惑する。自分は淫らなのかと、悩みに近いものさえ味わう。
 甘い悲鳴を心地よく聞くユージーンは、緩む口角を隠しもせず引き上げながら、増やした指で執拗に嬲った。
「今日はこれだけじゃないよ。もっと太いので、いっぱい擦ってあげるから」
 饒舌なユージーンを罵ってやりたいが、拷問に近い快楽の所為でミラビリスの唇から零れる言葉は喘ぎだけだった。
「まだ、イっちゃ駄目だよ?」
 楽しそうに微笑んだユージーンは、震える下肢の至る所に口付ける。吸い跡を残し、張り詰めた双玉を含んで舐め、この数ヶ月で覚えた性感帯と、新たに発見した部分を丹念に愛撫する。
 ミラビリスは堪らなかった。覚え込まされた快楽に抵抗は難しいし、身体が勝手に反応を返してしまう。はだけさせられただけの上衣が汗ばみ、その感触の所為でもどかしさを感じる。
 いつもは、これ以上の行為はされていない。時に指を入れられたまま雄を扱かれて射精させられるが、お互いのものを握りしめて性を放つことで一応の終わりを見ていた。けれど今日はそれ以上があるのだ。
 未知の恐怖と同時に、今以上の快楽に対する僅かな期待。痛いことはしないと告げたユージーンを信じることしか出来ない。ぐちゃぐちゃに乱れた心は、とりあえず現状をどうにかしてくれと望んでいた。
 もう指の数など解らないし、気を抜けば達してしまいそう。
「我慢、できなさそうだね」
 健気に耐える姿を流し見たユージーンが、喉で笑いながら聞いてくる。当然答えはないのだが、仕草の全てに煽られてしまい、不満は感じなかった。むしろ優しくなんてしないで、全力で嬲ってやりたいと凶暴な感情が湧いてきて、それを抑える方が大変だった。
「そろそろいいかな」
 短く告げて、ぐっしょり濡れた指を引き抜く。広げられていた秘部が物欲しげにひくついて、喉が鳴った。
 ズボンの前を寛がせ、痴態を眺めていただけで十分に昂ぶった牡を引き出したユージーンは、酷く嗜虐的な表情で笑う。
「ミラ、見てて」
 命令に近い声色に、一瞬の休息を得ていたミラビリスが瞼を開いた。赤紫の瞳が、滲んだ涙で潤んでいた。
「…ッ!」
「駄目。ちゃんと見て。入れるから」
 瞬間的に逸らそうとした視線を咎めて、ユージーンがミラビリスの腰を抱える。
 確かな快楽に腫れた己の雄芯。濡らされた後孔へ潜り込もうとするユージーンの怒張が、卑猥を通り越して目眩さえ感じる。これから何をされるのか、どう誤魔化そうにもひとつしかない。
「あ、ぁ…あ」
「ん。大丈夫、そのまま見てて」
 子猫のような怯えに身を震わせるミラビリスは、けれどユージーンの所為で目を反らすことが出来なかった。
「息、吐いて」
「…ん…、ぅ…」
 ぐちゅ、と濡れた音を何度もさせ、ユージーンの切っ先が宛がわれ、物欲しそうに擦り付けられた。そしてついに、その尖端が柔肉に潜り込む。一番太い部分が入って、指とは確かに違う感触に、ミラビリスの眦から一筋涙がこぼれ落ちた。
「いい子。…全部、飲み込んで」
 僅か眉間に皺を寄せたユージーンが、それでも心地よさそうな吐息で囁く。
「…痛い?」
 尋ねられた内容は上手く脳内で変換されなかったが、ミラビリスはふるふると首を振った。
 ずっ、と体内を擦られる音が響いてきそうだ。ゆっくり入り込んでくる。徐々に埋められる様子が、局部を見せられている所為で視覚と触覚で感じた。どんな形をしているのか、内部で確認させられているようだ。これでは拷問だと、ミラビリスは思った。身体が熱くてたまらない。堪えられない。心臓が耳の直ぐ傍に有るような五月蠅さで、脈動と一緒に肌が粟立った。
「凄いね、ミラビリス。…ちゃんと繋がってる」
 本当はひと思いに突き入れてしまいたい。ユージーンは包み込まれる熱さと心地よさを耐えながら、わざと見せつける。はしたないくらいの律儀さで飲み込むミラビリスが、剛直が進む度にひくひくと緩く締め付け、ついに本懐を遂げたと実感した。だが、それで許してやれるほど、彼は優しくなかった。
「全部、ね」
 くつりと笑って、ユージーンはミラビリスの雄芯を擽る。殆ど反射のような締め付けを読んで、僅かに残っていた部分を根元まで勢い付けて突き上げた。
「んんッ、あ…ッ―――!!」
「…ッ」
 ぎりぎりまで押さえつけられていたところに、強烈な刺激を叩き込まれ、ミラビリスが瞬間的に性を吐き出す。流石に見ていられず、ぎゅっと閉じられた瞼と、シーツを握りしめた指先が白くなるほどで痛々しいが、その表情は確かに快楽に染められていた。
 断続的な締め付けで、気を抜くと自分も達してしまいそうになったユージーンは歯を食いしばる。けれど口元は愉悦に歪んでいた。
「イっちゃうほど、良かった?」
 からかいの含まれた台詞はユージーンの押しとどめ切れなかった嗜虐心がさせるものだ。ミラビリスは殆ど解っていないだろう。こうなるように、十分な準備をしていたのだ。厭らしい目的を達成させられたなど、きっと思いもしないはず。強烈な思い出は、心にも身体にも強く残る。
「解る?ミラ」
「…ゃ…は、ぁ…あ…」
「ほら、俺のこと、全部食ってんだよ?」
 放った精液を絡めながら、ユージーンがミラビリスの腹部を撫でる。それだけでも十分な刺激になるのか、達したばかりで敏感になった神経を逆撫でされた。
 怖くないなんて、嘘だ。結構な重量のものを体内に収められたミラビリスが、訳もわからず首を横に振る。頭が真っ白になるような快感など、感じたことはない。意識も理性も何もかも剥ぎ取る無茶苦茶な衝撃だった。自分の身体が自分のものじゃないみたいで、怖い。どうしたらいいのか解らないのに、溶けてしまいそうなほど熱い。
「ミラ、好きだよ。大好き」
 組み敷いた肢体が混乱に震えている様が手に取るように解ったユージーンが、苦笑を貼り付けて上体を倒した。自然、密着するような体勢になり、ミラビリスには些か辛いとは思うが、飛ばし過ぎて泣かせてしまったので慰めたかった。
「ありがと、ミラビリス」
 濡れた目尻やこめかみ、額や頬にまで啄むように口付けて囁く。上衣を着せたまま羞恥を煽るのも、身体を繋げて欲を放たせるのも、とりあえず目標は達成した。これ以上はミラビリスの許容量的に無理だろう。目下の所、安心させてやらなくては。
「大丈夫だよ」
 何度も名前を呼びながら告げれば、漸く瞼を開いてくれた。にこりと微笑んで、邪魔な着衣を器用に脱がして、力なくベッドに落ちた腕をユージーンの背中に回させる。
「爪立てて、俺に縋って」
「…ジー、ン」
「うん。そうやってて。これから、ちょっと乱暴にしちゃいそうだから」
 身動きをしないままでは終わらないと、理由を解らせるために浅く揺すってやる。頭の回転は速いミラビリスが、赤く染まった頬をさらに染めた。
「気持ちよすぎて死にそう。嬉しいな」
 呟いて、律動を開始した。最初は浅く、ゆっくりと。触れ合った肌が熱い。それすら心地良い。揺すられる度に嬌声を上げるミラビリスは、必死に声を止めようと唇を噛む。そんな勿体ないことをさせるものかと、ユージーンが唇で唇をこじ開けた。
「ん、…ぅ…ッん、んん…!」
 くちゅ、と響く艶音は、唇からかそれとも繋がった下部からなのか、きっとどちらもだ。背に感じる僅かな刺激が強くなり、ミラビリスが爪を立てた事を知る。うっすらと開けた漆黒の瞳で微笑んだユージーンは、腕を動かしてミラビリスの胸元に指を這わせた。立ち上がったままの突起の、一番感じる先の部分を擽る。途端に内部を掻き回していた牡を締められて、僅か呻く。
 本当に可愛い。敏感で、淫らで、教え甲斐がある。こんな身体を知ってしまったら、余所見なんて天地がひっくり返ろうと出来ないだろう。
「ミラ」
 呼び声は、低く濡れている。欲に染めきった低音。飲み込みきれなかった唾液を辿って舐め、耳元で滅多に聞くことの無いだろう卑猥な言葉を落としてやる。その途端に強く爪を立てられて、ユージーンは苦笑を漏らした。胸元を弄る指は止めず、ミラビリスの霊印を執拗に舐りながら腰を回す。
「は…ァ、あッ…ン…、んぅ…!」
 ミラビリスは必死だった。
 羞恥や我慢など、感じる先から奪われてしまう。言いたいことは散々あるが、きっと口を通れば違う言葉が出てくるだろう。だからただ喘ぐしかなかった。
 ユージーンの一部が、身体の中で暴れている。そこから熱が生まれているみたいだ。引き出され、押し戻され、掻き回された。征服されて、ひたすら縋り付いているしかない。触れ合った肌が焼けるようで、湿って汗ばんだ皮膚が吸い付きそうだった。それが同じだと解って、恐怖心はいつの間にか消えていた。
 抽送が段々と早くなり、饒舌だったユージーンも快楽を追うことに専念し始めた。擦り上げられた場所からは、淫猥な音がひっきりなしに漏れ聞こえ、聴覚すら犯されそうになる。
「ジー、ン…!ふ…あっ、あ…ッ…!」
 密着している所為で再び擡げたミラビリスの昂ぶりが、ユージーンの隆起した腹部にぬるぬると擦られ、前後の刺激が強すぎて耐えられそうになかった。
「…ッんん!」
 訴えるように縋った指が、電流に似た刺激を受けて力がこもる。一瞬気を失いそうなほどの、強烈な快絶だった。無意識に背が反ってしまう。
 そんなミラビリスの反応の原因を知るユージーンが、その場所を重点的に擦って突いてきた。指で触れる以上の事をすると宣言した通りの暴虐さだ。
「すごい、ミラ。めちゃくちゃ締まる。…イっちゃいそう」
 オブラートに包むなんて優しいことはしないユージーンが、素直な感想を述べてくる。言われた方はいたたまれない。それよりも、そろそろ本当に限界だと、ミラビリスは嵐のような快感に巻き込まれながら訴えた。もうこれ以上など無理だ。
「ね、…ミラの中で、出して、いい?」
 動きに添う途切れ途切れの呟きなど、今のミラビリスが正確な意味を把握出来るはずもない。この状態を早くどうにかしてほしくて、ミラビリスが訳もわからず頷いた。
 断続的に軋む寝台。淫猥な水音に混じる肌を打つ音。厭らしい嬌声。獣のような荒くはしたない吐息。せわしなく、追い詰められたと思うほど、様々な間隔が狭くなってくる。
 それから、そう時間もかからずユージーンがミラビリスをきつく抱いて。
「あ、あっ…、あ!」
「…出す、よ」
「ん、んぅ、ッ…あ、あああ――――…!!」
 勢いよく抜かれ、そのまま最奥まで抉られる。強烈な挿入に、ミラビリスが身体を反らせた。加減することも出来ず爪を立て、足の爪先にまで力が入る。長く引き延ばされるような放出。体液が流れ出るそれさえ快絶だった。
 噛み千切られそうな秘肉の収縮に促され、ユージーンは数度腰を擦り付けてミラビリスの内部で性を放つ。女だったら絶対に孕んでいるに違いないと、馬鹿な事を考えるくらいに濃い射精だった。襲ってくる疲労感も半端ではないが、満足感と共に沸き上がってくるのは際限ない欲だ。倒れ込んでも押しつぶしてしまわないように、腕で体重をささえる。
「ミラビリス…?」
 整わない呼吸混じりで問えば、散々陵辱した身体からの反応は無かった。余韻を味わうようにひくつく動きに拙いと思いながら、ユージーンはミラビリスの様子を窺う。
「…やばいな、やりすぎたか」
 張り付いた前髪を掻き上げてやり、労うような口付けをひとつ。
 放心していたミラビリスは、途切れそうな意識の中それを感じていた。指先一本動きそうにないし、何も言えそうにない。挿れられたままの身体の奥で、じわりとした熱だけを感じていた。
「ミラ、大好き。ありがと」
 抱きしめられ、本当に嬉しそうにそんなことを囁かれては、怒ることも拗ねることも出来ない。力の抜けた指が、重力に従ってユージーンの背から落ちる。
 せめて、わかっている事が伝わればいいと、その指先は撫でるような柔らかな動きだった。

 

***

 

「お」
 まだ薄暗い室内に、奇妙な子供の声が響いた。
「うぉぉおおおおお」
 ミラビリスの使い魔、シャプトゥースの雄叫びだ。咄嗟に口を塞いで叫んだので、それ程煩いものではなかったが、案の定ユージーンは瞼を開いた。
 唇の前で指を一本立て、黙れ羽虫、と声を出さずに動かす。暴言に小鼻をぴくぴくと動かしたシャプトゥースは心底憎らしそうな顔をしたが怒鳴りつける事は我慢した。
「…ついにヤリやがったか」
「まあね」
 以前にも似たような遣り取りをした気がする。けれど明確に覚えて居ないから、重要なものではないのだろう。ユージーンは使い魔から視線を外して、腕に抱いたミラビリスの頭部に口付けた。
 普段なら寝間着を着ている。だが今の二人はまともな衣服を纏って居なかった。暖かな毛布の中、裸で同衾していれば、そこまでの経緯など簡単に知れる。床に散らばった二人分の衣類や装飾品が無造作に散乱しているのが追い打ちだ。
「大人しく消えててやったんだから、ちゃんとアレ作れよな、お前」
「…ああ、スペアリブのオレンジ煮?」
「そうそれ。骨付き肉のやつ」
 ユージーンは昨日、ミラビリスが終業して自室に戻ってから翌朝まで、シャプトゥースが茶々を入れてこないように算段を立てていた。主の性生活に関しては魔族宜しく大歓迎である使い魔は、食べたことのない民族料理で買収されていた。
 きっと、ミラビリスが知ったら激怒するだろうから、口裏合わせに余念はない。
「昼過ぎにね。ミラ、今日の仕事は午後からだし。ブランチまでは、堪能させてよ」
「いけすかねぇよな、ほんと。色々端折るんじゃねぇよ、エロいオーラ垂れ流してんぞ」
「だって、仕方ないじゃない?ミラが起きたらどんな反応するか楽しみだし、宥めて丸め込んで次の約束取り付けたいし」
 一人と一匹の会話は、過剰労働の所為で熟睡するミラビリスを起こさないように抑えられている。けれど、漏れる雰囲気がいただけない。不穏な気配を隠さないユージーンがすぐ傍にいるのに眠りこけるなんて、我が主は神経が図太いのかただの鈍ちんなのかどちらだろうと、シャプトゥースは半眼になる。
「遠回しに色々下ネタで追い込んで、でも最終的に俺が縋れば絶対落ちるから。ううん、落とす。邪魔したら切り刻むよ」
 黙っていれば十分美形であるユージーン浮かべる極悪人の表情に、使い魔は尖った尾を逆立てて後退った。共同戦線を張ろうと、こいつだけは絶対に味方ではない。敵だ。小さな魔族は確信する。
「…お前なんてドブに落ちろバーカバーカ」
 扉の近くという安全圏で吠える使い魔を横目で見ながら、ユージーンはぞっとするような微笑を浮かべた。
 今日はおそらく、誰に何を言われようと良い気分で過ごせるだろう。

 ちなみに翌日、黒天師団の受付にヤハ=デヴァナ・ニコリューンを尋ねていったユージーンが、簡単な結果報告を兼ねて手合わせの都合を聞いてきた。ヤハが、素直に喜んでいいのか某召喚士へ同情を向けたほうがいいのか混乱に頭を抱えた事は、ある種の事件になったとかならなかったとか。

  

期待したほど変態っぽくないので、ちょっと不完全燃焼気味ですが、さいしょっからさいごまで書いたので、けっこうしんどいです。
きっと、これからジーンの快進撃が始まるんじゃないかと思います。トイレに拉致ったりとか、いろんな体位ためしたりとか。
ミラにたいして、「よかったね!」というものではなくて、両手を合わせて「ご愁傷様です…」と言いたくなるのが、へんなカップルだな…。
2009/02/14

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