Koerakoonlased - Ending -

Koerakoonlased "Radid Canine"

 魔天師団施設内での事件から一週間が過ぎた。
 秘密裏に処理するにしては派手なパフォーマンスになったお陰で、剣聖の出現が公になった。各師団は一斉に剣聖の取り込みを図ったが、件の本人はどの誘いにも乗らず、軍部というより学術色の強い騎士院をうろついていた。それはもちろん、ミラビリスの側を離れたくないという個人的な理由で。
「軍人になるのも、宮仕えも、遠慮するよ。俺のガラじゃない」
 叙任式もあと数時間という頃に、ユージーンはそう呟いた。
「軍属は強制じゃ無いが、しかし」
「いまさら兵法を一から覚える気もないし、根っからの傭兵だからね。フリーランスでいいかな。本職はミラの護衛のつもりだけど」
「指南してくれっつー、やつらが連日並ぶぞ」
 クッションの上に寝そべるシャプトゥースが、二人の様子をぶっきらぼうに眺めながら呟く。その姿はどことなく小さくて、影が薄い。
「どこかの使い魔がちゃんと主を護衛できる力があるなら、安心なんだけどね」
「…どっかのマヌケな召還士が魔力開放なんかしたせいで、俺様の魔力も食われちまったんだが、ご存知ですかね」
「……お前達、邪魔をするなら出て行ってくれないか」
 溜息混じりに冷たく言い放ったミラビリスは、騎士院の正装に王家の紋章や身分を表す装飾を装備している。ここは王宮の控え室だ。
 主役であるユージーンがこの場に居るという異例の事態だが、貴族の流儀も騎士の規律も持ち合わせていない彼は周囲の困惑を余所に我を通していた。
 ヒュー・シグモントを主犯とした集団はその後、警邏から魔天師団に戻され、査問会を待っている。ユージーンは文句を言ったが、ミラビリスは彼らの罪を司法へ委ねることにした。重刑を望まないかわりに嘆願も行わない。
 恐らく階級の降格と減給程度だろうと思われるが、処分を受けても軍に残るかどうかは本人しだいだろう。ただ、術者が封じている魔力を強制的に解術する術をどこで手に入れたのか等を徹底的に調べられるだろうが。
 椅子に座ってミラビリスを眺めているユージーンの視線を感じながら、ミラビリスは浅く息を吐いた。ユージーンはすでに叙任式用に用意された衣装に着替えている。インバネスや手袋などはミラビリスの衣装とともに置かれているものの、いつも纏っている民族衣装ではなくカーマ式のそろえは長身に栄えていた。国色である暗い臙脂を基調にしたロングコートは赤と黒と白で飾られ、剣聖には相応しい。
 剣帯に収まる二本の魔剣。白銀のそれは、滅多なことでは喚べないと後から教えられた。ギュスタロッサの名を戴き、守護を司る霧の魔神の力が流れているという。
「ジーン、ベルトを返してくれ」
 振り返って頼めば、にこりと笑ったユージーンがベルトを手に近寄ってきた。受け取ろうとして差し出した手にはしかし渡されることはなく、彼はベルトを卓上に戻す。
「おい…」
 文句を言おうとしたミラビリスは、ユージーンに背後から抱き込まれた所為で言葉をつなげなくなった。
「うん?ミラの着替えって、こう、ムラっと来るんだよね」
「…着替えの邪魔をするなら、控えの間で来賓に愛想を振りまいてきたらどうだ」
「叙任式に出る俺の緊張を解すと思ってよ」
 緊張など微塵も感じさせない声色で囁き、ミラビリスの首筋にキスを落とし、腰を抱く腕に力を込めた。もがく動きを封じ込めるのは易い。
「おいッ…!ジーン、脱がすな!本気か!」
「最後までしないから、触らせて?」
 シャツをたくし上げ手のひらを滑り込ませれば、ミラビリスの肩が跳ねた。金剛石の指輪が冷たいのか、身をよじる。
 側に居てくれと望まれた。心は委ねられたけれど、身体を拓くことは未だ許可されていない。ことあるごとに挑戦しているユージーンは、本来あまり我慢強いほうではなかった。
「シャプトゥース!黙ってないで止めろ!!」
 唇が触れた肌を強く吸われ、本格的に危機感を感じたミラビリスは己の使い魔に助けを求める。こんなことをしている時間など、ないのに。
「俺様の力を復活させるのにちょうどいいじゃねえか。一緒に寝てるくせに何もしないなんておかしいぞお前ら」
「この裏切り者め!…本当に、待て、ユージーン!三時間後には叙任式なんだぞ!?」
「ジーン、ジーン。ミラは照れてるだけだから、がんばれよー。俺様はおとなしく消えてるからな」
 けらけらと甲高い笑い声を残して、シャプトゥースは姿を消した。
「この…、…ッ…んぅ」
 二の句を告ぐ前に、唇を塞がれ、熱い舌がぬるりと入り込んだ。触れるだけの幼稚な口付けではなく、理性を奪うような、身体に熱を灯す激しいキスは、この所、日に数度仕掛けられていた。いい加減慣れてもいいようなものだが、相手がユージーンだというだけで恥ずかしい。身体を繋げるなんてもっての外で、ミラビリスは必死に逃げ回る。
 本格的に覚悟を決めるまで、ユージーンは様子を伺っているのか、ミラビリスが追い詰められる前に開放してくれる。けれど試すかのように触れる範囲がだんだんと広がってきていることに、ミラビリスは気が付いていた。本気で拒絶出来ないことを見透かされているようで、悔しい。このままでは、陥落するまでそう長い時間はかからないだろう。
 深められた口付けに立っていられなくなり、ユージーンの腕を握りしめる。正装しているという事に気づいて、手を離した。
「大丈夫。気にしなくていい」
「するだろう!何を考えているんだ本当に…」
「ミラのこと、かな。好きだよ、離したくない」
「…馬鹿か、お前」
 呆れて脱力するミラビリスの腕を取り、先ほどまでユージーンが座っていたソファに座らせる。目尻を赤く染めてそっぽを向く姿が可愛くて、啄むような口付けを落としてから、唇を首筋へと滑らせた。せっかく留めたシャツのボタンを外し、目につくところを舐め、きつく吸って跡を残す。見えない場所だから、大丈夫だろう。
 全て脱がしてしまうと歯止めが効かなくなりそうなので、服は緩めるだけに。汚れないよう、注意しなければ。
「ふ…、ッ…あっ!」
 胸の突起を舌で嬲りながら、ズボンを寛がせ下着の中から堅くなりかけた熱を取りだしてやれば、ミラビリスが小さな悲鳴を上げた。咎めようとした手首を取って指を絡め、握り込む。上下に扱きあげ尖端を親指で回すように擦ってやれば、びくびくと肩が跳ねる。
「ん、…ぅ…、ジーン…っ」
「…かーわいいな。舐めてあげようか?」
「…やめ、…ァ…は」
「残念。もっと気持ちよくしてあげられるのに。次のお楽しみだね」
 毎日のようにベッドへ潜り込み、文句を言われる程度ではめげもせずに絡んでいた所為か、スキンシップというには行き過ぎた行為でも受け入れるようになってきた。
「……じゃあ、俺も気持ちよくして」
 耳の端を舐めながら重低音で囁いて、ユージーンは自らのズボンを緩めて雄芯を引き出す。ミラビリスの足を開かせて間に陣取り、互いのものを密着させた。腰を揺すって押しつける。
「な…に、…?」
「ん。大丈夫だから」
 服も脱がずに局部だけを外に晒して快楽を追う。どこか滑稽だけれど、昼間の王宮内で行われる情事としては十分に密事めいていて高揚する。
 互いの体液に濡れる卑猥な音を聞きながら、ユージーンは堪らず声を立てて笑った。ミラビリスを愛せる事が嬉しい。傭兵をやっている時には考えられなかっただろう。幼い頃の記憶に縋り付いて想像していたときとは、比べられないほど気分がいい。なんという僥倖。顔の霊印に舌を這わせて、目尻に口付ける。
 笑い声に不審を抱いたのか、ミラビリスが艶を帯びた紫玉の瞳で見上げてくる。笑みは止めず、ユージーンは絡めた指を引いて、熱の中心へと導いた。同じ性を同時に触る事など初めてに等しいミラビリスはが咄嗟に手を引こうとしても、それを許さず指と一緒に握り込んだ。
「…ゃ、う…ッ」
「……黒と、白、か」
 昂ぶり同士が擦れ合うそこを凝視して、ユージーンが嘯く。何を言っているのかと視線をユージーンと合わせれば、重なり合う局部が目に入った。正視に耐えず視線を逸らした瞬間理解した意味。お互いの体毛が表すそれに、羞恥を通り越して呆れてしまう。
「いつも夜にしか見せてくれないから、いいね、こういうの」
「この…、馬鹿…ッ」
 ユージーンに触れられる回数と同じだけ、彼を馬鹿と罵っている気がする。けれどそれは照れ隠しだと解っているので、ユージーンにとってはくすぐったいものでしかない。
「ン…っ、は、…あ」
「…ほんと、早く全部食べさせてよ?」
 指の動きを早めながら、浅い吐息で喘ぐミラビリスが愛おしくて堪らない。俺の本性はもっと残忍で凶暴なんだよ、と言ってしまえればどんなに楽だろう。
「おい、そろそろ騒がしくなってきたぞ」
 突然響いた使い魔の声に、二人は同時に動きを止めた。姿が消えていると言っても、居ないわけではなかっった事に今更気が付いた。
 宥めるように微笑みかけたユージーンがミラビリスの額に口付け、ミラビリスは広い背に片腕を回してそれに応える。束の間の逢瀬。数時間後には剣聖を謳う叙任式が始まる。
 後は必死に出口を求め、互いの身を寄せて愛を交わした。

 この日、カーマ王国に誕生した剣聖は、後の世までその異質さをもって語られる事となる。
 ――傍らの召還士に傅いて。

  

ジーンはへんたい。
お付き合いいただきまして、ありがとうございましたー!
2008/10/26

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