SACRIFICE

Prototype of "The Majestic Tumult Era"

 村長の家と創主の祠はそれ程離れてはいない。しかし、間にある畑や溜池のせいで回り道をしなくてはならなかった。
 俺は走った。
 十数人の人の気配が段々近づいてきて、村人達が集まっていることを物語る。祠の入り口には松明が灯されて、明々と近辺を照らしていた。
「イレーネッ!!」
 叫び声と共に祠の入り口に入り込んだ。一番明るい所は祭壇だ。
「イレーネ、無事か!?」
 祭壇に飛び込むと、村人達が一斉にこっちを見た。
「シーク?!」
 その目には憎悪が燃えており、手にした農耕具を俺に突きつける。その向こう、創主の像の下に見慣れた金髪が横たわっている。
「イレー……、ネ……?」
 そんなわけはない。イレーネであるはずが。
「トマス、こいつはいつも通りだぞ」
「『姿変え』の術だと、何度も言ったじゃないか。こいつは本物だぞ。俺は見たんだ!」
「じゃあ、イレーネは何なんだ」
「……し、知らねえ」
 ざわめきが広がる。
「お前等……、イレーネをどうしたんだ」
「カーマの連中はこの村の災いだ!お前がハーフだと思ったから見逃してやったものを、この娘あろう事かカーマ人に肩入れしやがった」
「村長夫婦には子供ができん!どうせイレーネも養子に決まっておる!」
「お前が『姿変え』でわしらをだましておったんじゃ!妹もそうじゃないと誰が言える?一度やれば二度三度繰り返すんじゃ」
 次々に抗議しながら、俺は祭壇の前に連れて行かれた。強く押されて膝をつく。
 ふわふわした金髪と、白のドレスに点々と深紅のにじみができている。抱き上げるとまだ暖かい。
「イレーネ……?」
 血の気のない頬をたたき、耳元で名を呼ぶ。
「シーク……兄…様……?」
「イレーネ!!」
 青くなった唇で言葉を紡ぐ。だが、音になる前に呼吸と共に消えていく。
「イレーネ、喋るんじゃない!」
 胸から腰にかけてドレスは紅く染まり、熱の失われつつある身体を抱く俺の腕にもシミが広がる。どうして俺は、聖魔法が使えない。回復術で治せるのに、俺には、聖魔法が使えない。何故、こんな。
「に……様は、………殺さ…いで……」
 気丈に微笑む瞳から急速に生気が失われていった。
「イレーネ………!」
 その身体を抱く。何故彼女がこんな目に遭わなければいけない。
「安心しろ。すぐにお前も妹の側へ行ける」
「悪魔め、姿を現せっ!!」
 誰かが剣を振るった音がする。その剣が振り下ろされる前に、風の素を編み込んで防壁を作った。これで武器の攻撃は簡単には届かない。
「無抵抗の者を殺すお前達は、悪魔と言わずして何と言う?」
 俺の声じゃないみたいに枯れていた。
「黙れ!お前のその存在がこの村にとって悪なのだ!!」
 その声と共に皆が呪文の詠唱に入る。この村ではほぼ全員が何かしらの攻撃魔法が使える。過去から学んだ自衛手段が、今は怨みのために使われている。

『力を、使え』

 脳裏で声を聞いた。俺の弾かれたように詠唱を行い、咄嗟に最大級の障壁を張り巡らせた。ミネディエンス人は使うことの出来ない、闇属性の、それ。
「ぐあっ!!」
「きゃああああああ!!」
 魔法を使った村人達は、その全てを跳ね返されて自分たちが受け止めることになった。
壁まで吹き飛ばされたり膝をつくだけだったり、怪我の具合はそれぞれだが、反射の威力は思っていた以上だった。
「お前達が俺を殺そうとしても、俺にはお前達を殺す気はない。それではカーマ人の野盗と一緒だ。イレーネが、そう願った。けれど、障壁を消す気は、ない」
 魔力をこの身に張り巡らせたまま、俺はイレーネを抱き上げた。せめてこの場所からは連れだそう。
 村人達は動かない。それでも憎悪でこちらを見る者。ばつが悪そうに目をそらす者。その視線も、祭壇を出てしまえば感じなくなる。入り口へと向かう足取りは重い。
「イレーネ……」
 俺の所為なのか。俺にカーマの血が流れていなければ、『紅蓮の魔神』の血が濃くなければ、イレーネが犠牲にならずにすんだのか。
 何故半永久的である『姿変え』の術が切れた。義父は決して魔力が弱いわけではない。むしろこの村で一番強いだろう。その義父の魔力を打ち破ったのはいったい何なのだ。
「セイクリフィス?」
 義母の声。
「お前……それは……、イレーネ……?……イレーネ!?」
 祠の入り口に、息を切らした義母と義父が立っていた。俺の役目はここまでだ。
「義父上、義母上……。丁重に葬ってあげてください」
 頬を叩く乾いた音があたりにこだました。俺の腕からイレーネを奪い取り、地に崩れ落ちて泣き伏せる。
「シーク、行け!これ以上はわしも庇いきれん」
「イレーネ、イレーネ……こんな悪魔のために……どうしてお前が……」
 数歩足を踏み出して、うずくまる二人の方を見た。
「…………」
 足音で気付いたのか義母が涙に荒れた顔で叫ぶ。
「『紅蓮の魔神』!死んでしまえ!!」
 今の俺にできることは、この二人の前からいなくなることだけだった。

 もしもこの世に神がいるのなら、せめて妹に祝福を……。

 

***

 

 軽く二千を越えているであろう屈強な者達が、ひとりの青年をめがけて一斉に攻撃を仕掛けた。青年は動かない。細められた獣のような朱の瞳。尖った両耳のちょうど上から生える角。彼はこの中の誰よりも異質だった。
 襲い来る様々な武器と魔法のまっただ中で、邪悪なまでの深紅を纏った美しい青年は悲しく微笑んだ。
「なぜ、私の存在を否定しようというのか」
 つぶやきは戦士達の張りあげる声にかき消され、誰ひとりとして聞いた者はいないだろう。
 青年がその右腕を顔の前までゆっくりと持ち上げ、汚れを取り除くように一気に振り払った。上手く仕立てられた黒い上着の袖から覗く手の甲には、どこか幾何学的な入れ墨らしき魔術紋様が描かれている。
 たった一つの動作。呪文らしきものなど唱えてもいないのに、青年の周りに集った戦士達が吹き飛ばされ、激しい衝撃と共にあたりの樹木をなぎ倒して打ち付けられた。
 衝撃になんとか耐えられた者と、逃れた者が鬨の声を上げ、もう一度青年に向かってくる。
「私は人を殺めたいわけではないのだが」
 やはり哀惜に満ちた表情で言いながら、その闇紅の髪が風に揺れる。もしこの場に魔術学者いたならばその耳を疑っただろう。唱えられている呪文は確かに二種類。法陣も増幅器も無しに二つの魔法を発動させようとしている。それも、古文書に載っているような古の禁呪。青年の身体が炎のようなオーラに包まれ、辺り一面に爆音が轟いた。
 突然何かに気づいたとでもいうように、爆発の中心地で青年のその表情が喜色に染まった。その瞳はどこか遠くに馳せられていて、少なくとも戦士達に向けられてはいない。
「力を、使え」
 呟いた声は、小さな音にもかかわらず、染みだしそうなほどの魔力を纏っていた。
 辺りから砂埃が退いた後には、闇紅の青年は消えていた。生き残った戦士達が最後に見たその顔は、絶世の微笑だった。

「……おはよう」
 遠くに見える山の頂を眺めながら、青年がそう呟いた。空には夜の帳が降り始めている。ここは彼の居城。
 男の髪は紅く長い。そして両の尖った耳の上から突きだした異形の角。つい数刻前まで、彼は戦火の中にいた。戦場から帰ったなどとは思えないぐらいに整った恰好だ。
「何か言って?レグナヴィーダ」
 広くとられたバルコニーに黒髪の美女が現れた。
「姫もお判りか?」
 どこか神聖な獣のような深紅の瞳を遠い彼方の地に向け、レグナヴィーダと呼ばれた青年は女に尋ねた。その表情にはやはり、恐怖さえ感じる微笑が浮かぶ。
 射千玉の髪を夕風に任せながら、女はレグナヴィーダの笑顔をその時初めて目にした。
「わたくしたちと同じ血統の者が、汚れたミネディアに」
 同じ方角を見やり、青年と同じ色の瞳が日に照らされて輝く。
「運命はお前が嫌いらしい」
 零した言葉を受け取るべき相手は、この場には居なかった。

 

***

 

 『泉の森』の脇にある、よく目を凝らさなければ判らないような獣道の藪をかき分けながら奥へ進むと、タリアン村の者もほとんど知らぬ場所がある。シークがこの場所を知ったのは、幼いときに死んだ当時の賢女のおかげだ。
『わたしも、お前たちくらいの時はえらくおてんばでね、よく「泉の森」を抜けてあの滝へ行ったもんさ。………あの場所を知っているのも、もうわたしだけになってしまったよ』
 薬草を擂りながら緩やかに言う、あの口調が好きだった。
『せめてソフィアとシークくらいはあの滝を見つけておくれ。あそこにはとっておきの秘密があるからねえ………』
 春の生ぬるい夜風を肌に感じながら、ただひたすら走った。
 それは『空の滝』という。道のりは遠い。老賢女の言葉に夢を抱いた俺とソフィアは、その話を聞いた次の祝日に、昼食用の果実を片手に滝を目指した。幼い足では帰ってくるまでに日が暮れて大人達に散々怒られたが、俺達は頑として場所をはかなかった。
 成長するにつれて夕暮れ前には帰ってこれるようになったが、それでも近いとは言えない距離である。
 ふと、名を呼ばれた気がして立ち止まった。
 普段の自分からは考えつかないような距離を駆け抜けてきたおかげで、荒い呼吸は整うことがままならない。熱くなった身体に夜風が涼しく通り抜け、木々がざわめく。
 村から、よくここまで無事に走って来れたものだ。『空の滝』まではもう少し。歩いていっても平気だろう。
 空を仰ぐと、闇で黒く見える木の葉の間から白いくらいに感じる月が、周りの星に負けじと輝いている。道を誤らなかったのは、どうやら月明かりのおかげらしい。
 名を呼ばれたと感じたのは幻聴だろうか。実際シークと呼ばれたのかセイクリフィスと呼ばれたのか、区別は付かない。ただ漠然と、呼ばれた気がした。

 視界が晴れた。
 鬱蒼としていた樹木が嘘のようになくなり、ぽっかりと泉が現れた。『森の泉』より倍大きいが、澄んだ水はかわらない。視線を右に移すと、まるで空から流れてくると錯覚するような滝が、三弾になって流れている。傾斜が緩やかなおかげで、水音が小さい。
 森の中で見上げた空は小さかったが、ここで見る空は遮るものも無くそれが無限に広がっているように感じる。
 靴を脱いで泉に近づく。濡れないようにマントを脱いで靴の側に置く。
 拭くことも忘れ、渇いてこびりついた血液を洗い流そうと泉の中へ入る。心地よい冷たさ。滝壺に近づくにつれて深くなる。せいぜい胸くらいだが、それで十分だ。
 思い浮かぶのは妹の顔。喜怒哀楽の様々な表情。最後に見た、青白い表情……。
 力が抜けて後ろから水面に倒れ込んだ。月光に照らされて反射する水滴を眺めながら、泉に身を任せた。
『に……様は、………殺さ…いで……』
 彼女の最後の言葉を耳の奥で思い出して、自嘲の笑みが漏れた。
「もし、イレーネが俺を止めなければ……」
 視界がだんだん熱くなる、すっかり血糊のとれた右手を見つめるが、ぼやけて不透明に歪んで見える。
「俺は……あいつらを皆殺しにしていただろうな……」
 その昔、あの村を襲ったカーマ人と同じように。『紅蓮の魔神』の血せいにして。咄嗟に結界として流用したけれど、あの術は諸刃だ。攻撃魔術としても有効だから使わせろと、本能がそれを望んでいた。
 脳裏に響いた声は、聞いたことのないものだ。けれどきっと、あれは自分の声だったに違いない。学生である自分が大勢の大人に勝つ為には、闇魔術で応戦するしか方法がなかった。
「力…」
 呟いてから急に襲ってきた悪寒を振り払うように、目の前に上げた掌を水面に打ち付けた。
「魔神など……、滅んでしまえばいいのに」
 夜空の星が、滲んで乱反射していた。

「っ!?」
 電撃に似た衝撃を感じて目が覚めた。そして、薄暗く湿気のにじむ空気と起きあがるためについた掌に小石と土を感じて、自分がどこにいるのか判らない錯覚に陥る。
「シークぅぅぅぅぅー!!」
 洞窟にこだまするように聞こえるあの声はソフィアか。
「監視結界解きなさいよ!あたしが入れないでしょおっ!!」
 目覚めの電撃はどうやらソフィアのおかげだった。『空の滝』の裏側には洞窟がある。老賢女の言う『とっておきの秘密』とはこのことだ。流れる滝に打たれながら入ってこなければならないので、ソフィアはきっとずぶぬれだろう。
「言っとくけど、あたしの他にだれもいないわよ!!」
 それは気配でわかる。が、どうしたものか。彼女も昨夜の事件を知らないはずはない。自分が『紅蓮の魔神』の血統だということがソフィアにもばれているのだろう。
「結界を解除してくれなきゃ、いくらあたしでも傷付くわよ!?十年以上も一緒にいたのに信用してくれないのね」
 ちがう。彼女を疑ったりはしない。昨日の時点で村人は追ってこないだろうと推測している。
 それでもどうしようか考えていると、
「いい加減にしなさいよ、シーク。そんなに強情なら実力行使に出てもいいのよ?」
「!?」
 実力行使。無理矢理この結界をこじ開けようというのだろう。この監視結界は洞窟の入り口に網目状に張ってある。何者の侵入も無く絶対的な孤独を求めたので、四元素の火と闇の空間を練りこんだ必要以上に強力なものだ。壊すならば俺よりも強い力が必要だろう。
「………清純なる者よ、魂を燃やす火よ、肉のための大地よ、息吹を送る風よ、我を支配し流れ巡り、全てを生みし水よ、その………」
「ソフィア!」
 彼女の呪文の詠唱が終わる前に、思わず名を呼んでしまった。これは水の聖魔法だ。殆ど魔導に近い魔術。こと聖魔法に関して、ソフィアの右に出る者はいない。あんなものを正式詠唱で放たれたら『空の滝』など吹き飛んでしまう。
「あたしを入れて、シーク」
 どことなく寂しげな彼女の声色に、俺は結界を解除した。
 滝の水音が変化し、水見濡れた足音と魔法によるであろう光球が近づいてくる。三歩手前で立ち止まり、俺のつま先から顔へとゆっくり視線を巡らせたソフィアがやっと口を開いた。
「なんて顔してるのよ」
「………」
 おかしなことに濡れているのは腰から下だけだった。滝を抜けるときに魔法でカバーでもしたのだろう。
「あたし、賢女に聞いたわ。タリアンのみんながやったこと、聞いたの」
 光球に照らされた彼女の顔に表情はない。
「それで決意した。あたしは、あたしの意志で村を出るわ。カーマ人の肩を持つような言い方をしただけで、同じ村人を殺すような村に一時だって居たくない」
「!?」
 カーマ人の肩を持つような言い方をしただけで?原因は俺にあることを知らないのか?「……俺が」
「シークの所為なんかじゃないわ!!絶対に!」
 言おうとした言葉を遮られ、怒鳴るように俺に言いつけたソフィアの頬に浮かぶ涙の筋が光に照らされる。
「シークがハーフだとか、イレーネがカーマ人の肩を持ったとか、そんなこと関係ないじゃない!本当に悪いのは、何十年も前にタリアンを襲った『野盗』よ!そうでしょう!?」
 泣きながら、まるで自分に言い聞かすように話すソフィアを見つめながら、薄情にも俺はその話とは関係ない、だが今の俺には重要なことを確信した。ソフィアは俺が『紅蓮の魔神』の血統であることを知らないだろう、と。
「なんで、そんな過去のことを押しつけるのよ……!!」
 知られているよりは、知られない方がいい。彼女は決してカーマ人を憎んだりなどしないだろうが、それでも言いたくはない。今更、そんなことを言えない。気がした。
「昨日まで………一緒に、笑って………っ」
「ソフィア……」
 静かな怒りを込めて泣く彼女に、今は名を呼ぶことしかできなかった。そして彼女から目をそらす。おそらくイレーネのために泣いてくれているだろうソフィアのことを、これ以上見ていられない。
 俺は、この身に流れる血のことを考えている。俺は何て薄情なんだろう。

 ソフィアの洋服が乾く頃には、やっと元の自分達に戻っていた。無理矢理にでも、思いこんででも、
「どうしてもついてくるのか?俺は本当に二度とあの村には戻らないぞ」
「ついて行くに決まってんのよ。イレーネもシークもいないあの村なんか、あんな村になんか、………あたしの居場所は無いのよ。賢女にもお別れ言って来ちゃったんだから」
「………わかった」
 同志、か。この先何があるか一寸先は闇だが、俺一人で突っ走るよりいい。
「よし、決まりね!じゃあ、こんな暗いとこいないで早く出よ。いつまでもここにいると、悲しくて…、また…ないちゃうよ」
「……そう、だな」
 立ち上がり、洞窟の奥へと歩き出す。
「とりあえず、ここを抜ければティブルスの街が一番近いわね」
 『空の滝』の本当の秘密はここにある。滝の裏の洞窟、それは隣町につながる唯一の通路だ。地図上で見るのならタリアン村とティブルスの街は、幅は狭いが標高の高い山に遮られ、聖都ミネディエンスを経由しなくては行き来することができない。
「そういえば、何故俺がここにいるとわかったんだ」
 間抜けにも今し方沸いてきた疑問をぶつけてみる。
「アンタが追われるように飛び出してきたなら、村の奴らが誰も知らない場所に行くと思ったのよ。普通に行ってたら、村の奴ら追いかけてくるかもしれないでしょ?」
 口調はえらそうだが、視線が泳いでいる。じっと見つめていると、観念したように白状した。
「………うそよ。ちょーっとだけ、聖霊の力を借りたの!」
「そうか、……ソフィアが来てくれて本当は嬉しいんだ。ありがとう」
「べつに、どうってことないわよ。あたしが来たくて来ただけなんだから!」
 ソフィアは急にあわてた。
「あ、ほらっ!外よ!先行くわよ!」
 俺は置いていかれた。

 『空の滝』を抜けると、全面に浅い森が広がる。街自体は低い位置にあるので、ここからは緩い下りだ。木々の間に見える街の入り口まで小一時間も歩けば辿り着くだろう。
 街に着いたのは昼過ぎで、夜通し歩いてきた体に疲労が蓄積されていないはずはなかった。
「あんまりお金ないから高いもの食べれないけど、下町の宿屋なら平気よね」
 どうやら、空腹を感じているのはソフィアも同じようだ。
「金……」
 そうだ。何も持たずに飛び出してきたのだ。旅の道具といわず、手ぶらもいいとこだ。あの状況では仕方ないが、もしかしたらどうせカーマ人は働く事もできないだろうから、のたれ死ぬだろうと、村人達は予測していたのだろうか。
 渋い表情を読み取ったのか、ソフィアが言った。
「賢女が村人を諭してる間にシークの部屋に忍び込んだから、本当に重要なものしか持ってこれなかったわ」
 立ち止まり、背負っていた袋の中をあさりだす。
「魔法書と護身装具、それに短剣くらいね…。あ、そうだ、悪いけどシークが貯めてたお金と財布も勝手に取ってきちゃった。私のも足すから、今後の事を考えるために使いましょう」
 用意周到な彼女に敬意を払いつつ、鞄に目をやた。
「金はいいが、重くないか?」
「重いわ」
 沈黙。こういうときイレーネだったら、気の利いた返しができるのに。
「黙んないでよ…。魔法書に重量無視の魔法をかけたから重さはないの。剣と財布さえ持ってくれればいいわ。装具もいる?」
 ソフィアは他愛のない言葉に、俺はどれだけ助けられているんだろう。
「何があるかわからないから、一応付けておこうか」
 魔術師は歓迎されることが多い。見た目だけでも、整えておいて損はないだろう。
「そういえばさぁ、シーク」
「なんだ?」
「あたしたちって目的のない旅のしかた、しらないよね」
「………ああ」
 年齢はぎりぎり成人未満でも、やはりどう見たって子供の旅だ。
「ティブルスの街で支度をしたら、何処に行こう」
「そうね。いっそのこと世界を回ってみましょうか?」
 悪戯いっぱいにそう微笑む。不安がないと言ったら嘘になる。だが、恐怖は感じない。きっとソフィアがいれば平気だ。
「そうだな、目的は後付で」

 これが、始まりの一歩。今の俺たちは、この旅の結末など考えもしなかった。期待と少しの不安、胸に広がるのは楽しいことだけだった。

  

 この後二人はアストラエア(聖霊の話に出てきてた砂漠のひと)と出会い、ミネディアからサチャ=ユガに渡ってソフィアが水の聖霊に気に入られて召還獣を貸してもらったりします。旅の途中で、カーマの魔神を憎むカーマ人が仲間になって、彼の奥さんが魔神に殺されたとかそんな話を聞いたりして、カーマって何なんだとか反カーマ感情にシークがとりつかれ、魔神を倒すぞという流れにのるまま倒しに行くんですが、ずっと魔神を擁護してたソフィアが、レグノと対峙した時に彼を庇おうとしたお陰でカーマ人の男に刺され死亡し、こんな世界は嫌だと心底思って絶望したシークはレグノのもとに留まる決意をするという。長いな。
 唯一生き残って下界に降りてきたのはアストラエアだけとか。魔王を倒しに行く勇者ものの話で、魔王を倒さずに勇者が魔王の仲間になってもいいじゃないか!とかそんなコンセプトで書き始めてたきがします。シークはレグノが転生する前に出会った女性カルマヴィアの転生体ですが、記憶なんかは全く受け継いでいません。魂の色が同じというだけです。カルマヴィアさんは人間が神に平伏す中で唯一レグノに喧嘩売った強者という戦娘でした。ほんとは生贄とかのために、捧げられた人間だったんですが、レグノに人間を食べる属性がないのでどうしようか迷っていたら逆ギレされたと。そして一緒に戦うようになったけど、人間からは嫌われてしまったカルマヴィアさんはレグノしか友人が居ませんでした。それ以外は特に考えていません。
 レグノとシークはきっとずっとプラトニックのままなんじゃなかろうかと思います。割と早い段階で人間やめて魔族として生きていくです。
2008/10/16

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