命令

Liwyathan the JET ""short story

 戦艦の数は三隻。
 皮膚を覆う漆黒のつなぎを纏い、革ブーツの紐をしっかり編み上げる。テーブルの上に置かれた小刀を太股に巻いたベルトに幾つも挟み込んでいく。
 微妙に伸びた灰色の髪をきっちりくくって、しっかりと手に馴染んだ革手袋をはめた。
「どうしても行くんだな?」
「勿論。お前は俺の価値をもう少し評価してくれていい」
「別に、お前を軽んじたりはしてねぇけど…」
 いつもの彼らしくない。残忍で冷酷な海賊の王は、時々人一倍優しい。
「俺は、殺し屋だったんだ。お前の炎には負けるだろうけど、船一隻沈めるくらいわけない」
 卓上に置かれた漆黒のダガーを両手に取り、器用に回してから腰の鞘に収めた。曲芸のような動きは、見事としか表しようがない。
「それに…、俺だって役に立てることを見せておきたいし」
 人間と龍では、基礎体力や筋力から違うことは明らかだが、それでもせめて役に立つことぐらいは示したかった。自分は姫ではない。ただ守られている、安寧とした扱いは少々願い下げだった。
「お前が強ぇってのは、俺が知ってる」
 ちょいちょい、と頬にうっすら残った傷跡を示して見せた。

 甲板に上がると、遠くに黒い影が三つ見えた。それが的の海賊船だ。大洋一と謳われるこの漆黒の船に喧嘩を売るとは、肝の据わった人間もいるものだ。
「なあ、魅朧。一つ頼んでいいか?」
 漆黒の戦闘服に身を包んだ船長は、その声の主に顔を向けた。
「何だ」
 短く答えると、習慣って嫌なもんだな、とつぶやいてから。
「俺に命令を下してくれるとありがたい」
「あ?」
「今までの俺は猟犬の扱いをされてきていたから…」
 命令を下されることによって、マインドセットを戦闘モードに切り替えやすくなる。人に危害を加えることが今更怖ろしいとか、罪悪感を感じるとか、そんな理由ではない。そんな柔な教育はされてこなかった。あまつさえ、従うことによって悪事を魅朧に擦り付けるなどとは全く考えていない。
 だから、これはあくまでも効率の問題だった。
 自分の揺るぎない意思で決めたことなので、きっと魅朧からヒトコト命令されなかったとしてもやっていけるだろうと思う。意思の上では。
 しかし、きっと俺は『使われる』方が上手く動けるだろう。そう理解していた。
「……その方が楽なら、いいぜ」
 瞬時に思惑を読んだのか、黒衣を纏った海賊王はにやりと笑った。
「カラス」
 その声には威風があった。

「殲滅してこい」

 三艘の船影が近付いてくる。
 うっすらと笑みを浮かべ、青磁色の瞳を妖しく光らせて魅朧を見上げた。
「……諒解」

  

カラスは戦闘機。
2004/6/2

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