命令

Liwyathan the JET ""short story

 龍達は変身しない。人の姿のままで戦闘を行うらしかった。敵の海賊船を沈めてしまうわけにはいかず、その中の戦利品を奪うことも楽しみの一つである。
 戦闘員は全て甲板に上がって居た。この漆黒の海賊船には聖霊魔法が効かないので、何ら恐れることはない。
 魅朧は敵海賊船が近付いてきたら、その命知らずな船ごと自分のテリトリーに置いてしまおうと考えていた。そこからは、実力勝負だ。
 カトラスを振るい、打ち倒すのみ。
「船首に一番近い船に飛び乗る。俺の聖霊魔法だけ使用可能にしてくれるか?」
 細長いナイフを指で玩びながら、カラスは魅朧を窺った。
 心配するな、と低音で呟いて、龍族の王は人間の頭を撫でた。彼は龍族の身体能力を超えることは出来ないが、人間相手なら違う。小柄な体と素早い動きに加え、補助に特化した魔術の才能の御陰で、小規模戦闘に適した能力を備えていた。
 影のように黒い姿で、カラスは船首へ近付く。船首から突き出した、帆船としてのバランスを取るバウスプリット(斜墻)の上を忍び足で歩き、海に落ちないようにバランスを取りながら、小さく術を呟くとその姿は霞のように消えてしまった。
 味方も相棒も要らない。一人で敵を倒す自信がある。
 カラスのその姿勢に慣れてしまっている船員達は、気に留めることもなく敵船を見据えた。『船長のお気に入り』は、侮ってはいけない。少し前まで野良猫だった人間は、今では立派な豹に成長した。鋭い爪で獲物を狩るその姿は、引けを取らない。

「我らが前に立ちふさがりし全ての者よ、後悔しろ。骨まで食い散らかしてやろうじゃねぇか。―――泣き喚いて踊れ、人間共め」

 魅朧は唸るように口を開いた。
 三隻の船は漆黒の船を取り囲むように近付いてくる。

「この牙に命を!」
『この爪に宝を!!』
「漆黒の鱗を血で飾れ!」

 船長が怒鳴ったその声に空気を振るわす怒号が答えた。

 声が、煩いほど。
 戦いの鬨や、動作のために漏れる声。鋼同士が交差する音。それに、微かな悲鳴。
 カラスはそんな音を聞きながらバウスプリットの細い面積を走り抜けた。
「――――」
 使い慣れた呪分を呟く。膂力を上げ、素早さを上げ、追い風を起こして、跳躍力で飛んだ。ふわりと体を浮かせて、敵船の甲板へ着地する。両手を腰に回して、見事な曲線を描くダガーを鞘から引き抜いた。
 着地音に気が付いた男は、何事かと振り返る。しかし、姿を見つけることは出来ずに、眉を寄せて唸ったところで倒れた。
「ッ…、が…っ」
 血が噴き出す喉を押さえて、のたうち回る。
 着地から立ち上がる動作で一人倒し、何事かと混乱を生み出し始めた海賊達へと駆けだした。振り返ることはしない。すれ違いざまに屠ってゆく。
「誰だ出てこいッ!この船に『死に神』が乗り込みやがった―――ッ!!」
 叫び声が途中で途切れた。
 そのどれもが人体急所を狙っていて、カラスの姿が見えない者達にとっては悪魔の所行のようだった。
「…狙うにしては、相手が悪かったと思え」
 その船に乗っていた海賊達をあらかた片づけたところだろうか、龍族が船に乗り込んできていた。
 魔力を持たない龍族には、カラスの姿が見えていない。得に力の強い者は例外だが、殆どの者はカラスの気配だけでだいたいの居場所を把握していた。そろそろいいだろうと、カラスは姿を現した。血肉に濡れてはいるが、曇りのないダガーを両手に下げながら。
「魅朧は?」
 近くにいた仲間に尋ねた。
「もう一つ向こうの船だ。こいつらの親玉のトコじゃねえか?」
「ありがとう」
 礼を返しながら駆けだした。人波を器用に避けて、船首にむかい柵を乗り越えて跳躍する。まるで猫のような身のこなしで、カラスは未だ戦いの中にある船に乗り込んだ。
 縄梯子を伝ってマストに昇り、上から一気に艦橋を目指す。
 魅朧が笑いながら敵を薙ぎ倒していた。赤子の手をひねる、まさにそんな感じで。艦橋の屋根に降り立ったカラスは、素早くダガーを鞘にしまって、太股のベルトに挟んである細いナイフを指で踊らせた。
 ぶん、と空気を切り裂く音と供に、銀色の筋が駆け抜けた。魅朧の周りに散らばっていた人間達の手足に吸い込まれるように。
「……ぐ、ッ!!」
 数人が一斉に膝を突いた。
 カラスはさらに、指にナイフを挟み込んで勢いよく振りかぶる。魅朧目掛けて。
 丁度真後ろから放たれたそれに、魅朧はほんの少し体をずらすだけでそれをかわした。見なくても、判っていた。アイコンタクトすら必要がないほどのコンビネーションだ。
 魅朧はニヤリと唇の端を上げながら、急所をわざと外されてナイフを打ち込まれた人間の顔面を蹴り上げた。漆黒のコートが翻る。いつものそれより硬質で戦闘的なそのコートの裾には、おびただしいほど血液にまみれている。
「下りてこい」
 カラスは大人しくそれに従った。
「なんだそれ。こいつらの船長?」
「らしい。意識が有る内にフカの餌だな」
「は。そりゃご愁傷様」
 蹴り飛ばされた男を見下ろしながら。
 魅朧は頭一つと少し下にあるカラスの頭をくしゃりと撫でて、懐から取りだした煙草を差し出してやる。
 既に噴かしていた魅朧に顔を近づけて、その火を移して貰った。噎せかえりそうな血の臭いの中で。
 煙草を銜える唇を見つめ、白い頬に返り血が付いているのを目敏く見つける。銜えた煙草を指に移し、魅朧はカラスの顎を摘んで唇を寄せた。普段ならばそれだけで怒り出すだろうカラスは、黙って舐められるがままにしている。
 戦闘の昂揚と、血の臭いに酔っているのかもしれない。
「……負け戦なんざ、仕掛けるだけ無駄だと悟れ」
 くつくつと、唸るような声で龍族の長が笑った。

  

続きをの声が多数だったので続きです。
いやね、生臭いからね。人殺したりするからね。あんまりどうかなぁ、と思っていたのですが…。嫌な人は嫌かもしれないけど、海賊だもん。美化する気はない。殴ってナンボの職業だし。それにしても、カラスはスレたな、と(笑)。
2004/6/9

copyright(C)2003-2008 3a.m.AtomicBird/KISAICHI All Rights Reserved.