LION 1

sep krimo [ ThePride ]

「酒屋に来て、オレンジジュースなんて飲むなよ。萎える」
「人の嗜好にケチを付けないでください。私まで呑んだら、誰が運転して帰るって言うんですか」
「ちょっと呑んだくらいでお前の運転が変わるワケでもねぇだろ」
「そういう考え方、私は嫌いです」
カクテルグラスにつがれた橙色の液体に口付けながら、青年は無表情に悪態を付いた。白銀の髪と濃い紫色の瞳で、彼が北極系の出であることが窺えた。
その横で、底なしの如く濃いアルコールを腹に収めている人物は、漆黒の髪に同じ様な深い黒の瞳を備えた東洋系の配色で、このバーの客達と同じ人種にみえた。だが、そう見えるだけで、端正に整った顔は何人と言われても納得できるよううな、不可思議で曖昧な姿だった。
二人ともスーツ姿である。週末の深夜、サラリーマンにしては高級そうだが、官僚や政治家の類には見えない。
「だいたいな――――」
「ふふ、あんまりしつこいと、アルハラで訴えられちゃうわよ?」
薄暗い室内のなかで仄かに明かりを保っているカウンターの近く、小さなテーブル付きで足の高い椅子に坐っていた二人の青年の間に女が割り込んだ。
「良かったら、私の車で送らせるけど、一緒に呑まない?」
脱色しているが、艶を失っていない髪。黒目がちの大きな瞳と、妖艶な色に染められたルージュが彼女の美しさだった。
「男二人で、ってのも、淋しいでしょ?」
小首をかしげ、少し細めた瞳での微笑。この女は自分をいかに美しく見せるかを知っていた。
ピンク色の爪でマスターを呼んで、上物の酒を三人分注文した。近くから椅子を引き寄せて二人の真正面に坐り、短いスカートからのぞく肉感的で長い足を惜しげもなく組んだ。
「手始めに奢らせて頂戴。私は毛利セリカ、よろしく」
にこりと、やはり優美な笑みを向けて。
二人の青年はお互いに顔を見合わせたが、黒髪の方が喉の奥で笑った。煙草とはまた違う、細長い葉巻に火を付けて。
「有り難く戴こう。俺は犀川。犀川、類。こっちは―――」
「アルヴィト・ミスト」


***

 

「もう我慢出来ないわ。あなたみたいなノロマが、私の側で働こうとしても無駄だったようね。無能に用はない。今日限りで出て行きなさい」
薄い化粧でも十分映える美貌で、焦げ茶色の瞳が冷徹に足下の女を見下した。
「でも…、社長っ…!」
「言い訳も御託も結構。あなたは、この私には卑小すぎたのよ。身の程を知りなさい」
ピンヒールが、大理石の床に音高く響いた。
初めて出会ったときに、彼女ならばきっと秘書としてやっていけるだろうと思ったのに、その微かな望みさえたった一つの失敗で濯がれた。
私は完璧な女である。
失敗は赦さない。
この私に敬意を示し、従順に付いてくる者でなければ用はない。
「社長っ……!!」
「このミスはあなたが招いた物よ。御陰で私は明日から先方を懐柔に回らなくてはならない。この、私に、そんな役回りをさせるのが自分だという事、解って居るんでしょうね!」
「申し訳ありません!しかしっ…」
「もう結構!あなたの顔も見たくはないわ!」
それっきり、この美しい女は黒のベンツに滑り込んだ。縋り付くようにして付いてきていた秘書は、鼻先で閉められたドアに絶望を感じた。
窓を叩いて慈悲を願おうか?
いいや、そんなことをしたって、この完璧を願う女社長には通じないだろう。
彼女は、冷たく美しく完璧で、傲り高い。




「……これから、どうすればいいのよ」
秘書は手にしたハンドバッグを抱きかかえるようにしながら、唇を噛んだ。
彼女の側で働けるようにコンタクトにしたけれど、いつも瞳が痛かった。とりあえずそれをはずして、眼鏡をかける。長い髪だと印象が被ると言われ、結わえていた黒い髪を下ろして、いつものように両房を編んだ。
あの女社長と比べると、明らかに地味な印象だが、彼女とて不細工なわけでも頭が悪い訳でもない。
昼過ぎの駅前。人通りの絶えない公園のベンチに坐り、彼女はこれからのことを考えた。
もう一度会社に戻って社長に謝ろうか。
そんなことをしても無駄だとわかっている。でも考えずには居られない自分が居た。これまであの社長のどんな暴言にも耐えてきた。彼女が蔑まれるたびに、社長は美しく輝いていった。所詮踏み台か、自らの美しさと完璧さを披露するためだけに、私は雇われたのだろうか。
ふるふると頭を横に振って、歯を食いしばった。
本当は、彼女が嫌い。
「………消してあげましょうか?」
「きゃッ……!」
いきなりかけられた声に、彼女は小さな悲鳴を上げた。
「な…、何?」
ひとり分のスペースを空けて、青年がベンチに座っていた。微かな笑みをたたえながら、じっと彼女を見つめている。
午後の太陽に透ける、銀色の髪。人を見透かすような葡萄色の瞳。
外人がこんなところで何をしているのかしら。でも、確かに日本語だし、さっきの言葉は私にむけられたものなのよね。でも、どうして。
「貴女を困らせている、その女性を消して差し上げましょうか?」
「どうして……!?」
独り言でも言っていたかしら。いいえ、そんなことより、なんで外人が私に話しかけて来るのよ。きっと、なにか危険なことがあるに決まっている。
「新手の宗教勧誘でも、ネズミ講でもありませんよ。ただ、貴女の苦しみを取り除いてあげたいだけです」
そう言って、青年は微笑んだ。
ああ、不思議なほど警戒心を打ち消してしまう。この人、すごく綺麗な人だ…。
薄汚れた服装でもなく、きっちりと着込まれたスーツ姿は、どこかのエリート商社マンに見えなくもないけれど。
「悩みがあるなら、その原因を消してあげますよ」
私は、拒否することも考えずに彼の言葉に頷いた。
思えば、疲れていたのね…。

 

***

 

 

 漆黒の真夜中、高層マンションが建ち並ぶ風の強いその区画。中でも一際高級なマンションのエントランスに、黒のベンツが静かに止まった。人影が二つ、その車から降りた。
「また誘ってもいいかしら?」
酔いが回って機嫌のいい毛利セリカは、犀川に尋ねた。ハンドバッグから名刺入れを取りだして、それを犀川に渡す。
表は役職名が書かれたもの。犀川はそれを眺めて、裏返した。11桁の数字が書いてある。どうやらプライベートの番号らしい。
「そうだな。今度はこっちから誘おう」
軽く手を振って、犀川はベンツの扉を閉めた。窓が下がり、彼女は手を振った。
「出してちょうだい」
運転席の男に、短く告げる。そのまま車は滑るように発進し、大都会の闇に飲み込まれていった。
マンションの前で見送った犀川とミストは、オートロックをあけてエレベーターに乗り込んだ。最上階のボタンを押して、箱が上昇する振動を背に感じ始めた時、ミストが犀川に向けて口を開いた。
「ここの場所を明かしてしまって良かったんですか?」
「構わん。あの女がこの部屋に来る時は、一方通行で終わるだろうよ」
唇の端だけで笑った犀川は、エレベーターの窓から広がる眼下の夜景を見つめた。ネクタイに指をつっこんでかるく引く。
「これだけ繁殖してくれると、餌に困らなくてすむな」
犀川の横顔を見ながら、ミストは息を吐いた。




高級マンションに二人が入っていくのを確認したセリカは、運転手に許可をだした。
彼女は一度車を走らせたが、あの二人が確かにそこに住んでいるかを知るために、少し離れた死角に車を止めていた。
「若手実業家?」
セリカは運転手に聞き返した。
「何よそれ。全米ナンバーワン並に信用できない職業ね」
「犀川類、28歳。国籍は日本。親族データは無し。天涯孤独の身ってやつでしょうか」
「学歴は?」
「海外の大学を出ているようですが、それ以前を辿ることは出来ませんでした」
「………そう」
有名大学を出て、有名会社に勤めているならいいのに。セリカは小さく溜息を付いた。
若手実業家。確かに信憑性は薄い職業だが、セリカとて同じ様な物だった。両親の会社をそっくりそのまま受け継いだ、まだ三十路も迎えていない若社長。
「外人の方は、何かおかしな所はある?」
あの二人とバーにいた時、化粧室へ行くと言って席を立った。その時に、携帯電話からこの運転手へメールを送っていた。二人の身元を出来る限り調べるように。
「アルヴィト・ミスト。国籍は日本です。北欧系と見受けますが、本国籍を取る以前の国籍は調べられませんでした。年齢は26歳。犀川の秘書的役割のようです」
この二人、あまり信用は出来無そう。けれど、あれほど上物の男はなかなかいない。この私の横に侍らすには、いい人材だわ。
服装だって、吊るしで売ってるスーツではなくて、生地から選んだオートクチュールだろう。スーツに金をかけるのは、余裕がある証拠だ。
「外人の方はとりあえずいいけど、犀川を手中にできないかしら。丁度秘書が足りないし」
ふふふ、と口の端をあげた。
「毛利グループの総帥に眼をかけられたんだもの、有り難く思って貰わなくちゃ」
独り言だが、運転手にも同意を求めていた。それを解りきった運転手は、しっかりと力強く頷く。この運転手は、仕事上の秘書よりもセリカに近い。プライベートを網羅する秘書だ。セリカが眼をつけた人間の素性を調べ、セリカが欲しいと思えば一も二もなく実力に出る。
もともとは、毛利重機のシステムに侵入しようとした根っからの情報オタクだが、警察に持っていかれる前に、セリカが買収したのだった。
「今晩あたり、電話を待ってみましょう。もしかかって来なければ、私から連絡を付けるわ。それまでに、犀川類のもう少し詳しいデータを調べておきなさい」



***



案内された先は喫茶店だった。
駅前のお洒落なカフェではなくて、一本路地に入ったそこは、準備中の居酒屋やバーが狭い中で肩を並べていた。
扉をひらけば、カランと熊よけの鈴が鳴った。そういえば、鈴の音は魔を払うんだったかしら。何かの本で得た知識が、ちらりと頭を掠めた。
「連れてきましたよ」
銀髪の彼が、奥の席で新聞を広げている人物に告げた。
「座んな。奢ってやるよ」
メニューを放って、そのひとは新聞を畳んだ。真っ黒な髪と瞳。きっと日本人だろうけど、随分整った顔をしている。ちょっと危険な匂い。黒いスーツに灰色のシャツ。濃紺にさりげない柄がついたネクタイ。こんな薄汚れた路地に似つかわしくない姿。
気を静めるために、アイスコーヒーを頼んだ。頼んでしまってから、カフェインで気が高ぶったらどうしようなんて考えた。
「俺は犀川類、そっちはアルヴィト。あんたの名前を聞こうか」
「…高梨玲梨花」
「結構。それで、あんたの胸に巣くうその女について話してみろ」
随分ぶっきらぼうに。シガレットケースから煙草を――煙草に似ているが、葉巻のようだった。取りだしてからジッポーで火を付けた。サラリーマン独特の安っぽい匂いではなくて、どこか高級そうな香り。
玲梨花は不安になって、アルヴィトと呼ばれた外人に助けを求めてみた。視線の意図を読みとったのか、微かな笑みを浮かべたままアルヴィト・ミストは頷いた。
この場で帰るなんて、言える雰囲気じゃないわね。
「私の上司……もう、元上司になったけれど、彼女の名前は毛利セリカ。毛利重機グループの社長で、総帥です。あの、ライオンのマークがついてある商品はたいてい毛利の製品なんですよ」
店員がアイスコーヒーを持ってきた。砂糖はいらない。ミルクを落として、ストローで混ぜた。
「私は、毛利重機の子会社にあたる高梨精機の社長の娘です。父について秘書をしていたところ、毛利社長に引き抜かれました」
「丁稚奉公?」
「いいえ、少なくとも父は反対していました。高梨精機は近いうちに独立を考えていたんです。なので、私が毛利に来てしまったことを未だに父は許せないのか、殆ど勘当状態で…」
「お家の家業を裏切ってまで毛利に来た理由は何ですか?」
ミストが聞いた。
「毛利社長が……」
確かに、私を毛利に尽くさせたのは彼女が原因だ。選んだのは私自身だけれど。
「彼女、凄いんですよ。美人で、頭も良くて、社交性に優れてて。そんな彼女が、私を引き抜いてくれたんです。彼女の完璧さは、傘下のグループでは有名だったから…。そんな彼女に引き抜かれるなんて二度と無いことですもの」
誇らしそうに玲梨花は笑った。
その笑顔に、犀川も笑い返す。しかしそれは、彼女の感情に共感を持ったからではなかった。むしろミストには、犀川のその笑みがとても怖ろしく写るのだった。
「私、ミスをしたんです」
グラスの中で、氷が音を立てた。
「社長がデスクに置いていた書類を、なくしちゃって。その所為で得意先との約束をずらさなくちゃならなくて。ほんとは、書類はちゃんとデスクの上にあったんですよ。私はそれをクリアファイルに入れて置いただけ。書類が散乱するからって、いつもファイリングしていたから…」
「それで?」
「すぐに書類を見つけられなくて、私はクビになっちゃった。常に完璧であるはずの彼女を、私が貶めたから…」
自分が完璧であるように、他人にもそれを強要していた社長。
「毛利セリカ。お前の前からそいつを消してやろう」
犀川が、玲梨花を見つめた。底のない漆黒の瞳が、偽りがないことを見て取った。この視線の強さは、セリカに似ているわ。
「もしそんなことが出来たとしても、私には返せる物はないわ」
「お前の代償は必要ない。口実が欲しいだけだからな」
「あなた達、社長に恨みでもあるの……?」
とても堅気にみえなくて、私は思わず尋ねていた。
「俺達にそんな感情はないな。恨みを持っているとすれば、お前の方だろうよ」
「…私が……?」
私が社長を恨んでいる?
そんなことは有り得ないわ。完璧なあの女性と共に働けたことはプラスですもの。この感情は恨みではないと確信できる。
「社長をどうにかするのなら、一つだけお願いがあるの。私の前からあの人を消してしまう証に、彼女の一部を頂けないかしら」
出来るはずがない。きっと、そんなことは出来ない。その思いは望みだったのだが、あっさりと肯定されてしまった。
「その願い、聞き受けた」



***


「セリカとレリカか…」
「調べてみましょうか、気になるなら」
立ち上げたパソコンの検索画面に名前を打ち込みながら、ミストは犀川をかえりみた。出窓に腰を下ろして眼下を眺める犀川はまるで王者のようだった。
「そんなことはお前がやらなくてもいいだろうよ」
「アンタの使い魔を使うより、私が調べた方がよっぽど早いんですけどね、この時代は」
「順応するのが早いな」
「お互いに」
そろそろ夜明けだ。夜明けには浄化作用があるという。地平線を眺めてみても、でこぼこのビルでぼやけていた。
「カーテン、閉めないんですか」
「不肖息子じゃあるまいし、この俺が朝日くらいでどうにかなる訳でもない」
なんて笑いながら、犀川は漆黒の髪を掻き上げた。ミストの白銀髪と違い、犀川の髪は光すらも吸い込む深さがあった。
ミストは、犀川を窺いながらも、情報の海から少しずつデータを拾っていた。
「毛利セリカ。27歳。毛利家の……養女ですね。生後間もなく毛利家に貰われてきました。そこから英才教育を受け、有名学校の付属幼稚園、小学校、中学と進んで、お嬢様高校に編入、そのままエリート大学に進学。同時に施された帝王学によって、現代の女王に仕立て上げられたようです。
セリカの養父母は4年前に事故死しています」
戸籍のデータを盗んできたミストは、かいつまんで説明した。
「父の死後、遺言状に則って社長職を継いだようです。幹部達からの反対も多かったらしいですが、彼女は技量で黙らせています。毛利重機についてもデータはいりますか?」
「いいや。興味ない」
「………そうですか」
眼下の景色を、まるでゴミでも見るような目つきで眺めていた犀川が、興味を失ったようにミストの方へとやってきた。そのまま背後に立つ。
「高梨玲梨花のデータは…―――っ」
後ろからディスプレイを覗き込んでいた犀川が、腰を屈めてミストの首を舐め上げた。
「仕事熱心なとこまで、日本人の真似する事はないだろ?」
「そんな気分じゃありません。どいてください」
「お前が俺に命令出来る立場か。大人しく従っておけ」
喉の奥で笑いながら。
「データ収集くらい、俺の相手をしながらでも出来るだろう?」
あくまでもマウスを放そうとしないミストの後ろから、まずネクタイを抜き取った。シャツのボタンを上から一つずつ外す。それでもミストは顔色さえ変えることはない。
「高梨玲梨花。27歳。高梨家の長女です。下に弟がいますね。ごく普通の学校に通っています。高校大学はレベルの高い所へ行っているよう…っ…です」
はだけさせたシャツから手を滑らせて、直に感触を楽しむ。幾つも口付けを落としていた肩口に、犀川は噛み付いた。
「邪魔、しないでください」
「俺に命令するんじゃない。弁えろ」
確信犯的な笑みで愛撫を繰り返す。ミストは歯を食いしばった。
「………玲梨花の出生記録を調べてみました。………双――ちょっ…!」
肝心の一行を読む前に、犀川によって椅子を反転させられてしまった。それでも振り返ろうとするミストの行動を封じて、犀川はパソコンをシャットアウトする操作を行った。
彼にとって、そんな情報など些細なことだった。目当ての人間に糸は繋げた。糸を引くことなど、子供にさえできるだろう。興味は今他にある。身体が求めるものはひとつ。
闇に濃紺の色を落とす紫の瞳が非難しているが、その口が悪態を放つ前に塞いでしまえ。素早くミストの唇を奪って、音を立てて離した。
耳元で囁く言葉は、重低音の命令だ。
「黙んな」 
椅子が、軋んだ音を立てた。


携帯電話を片手に、上質な名刺の裏に書かれた数字を見つめてにやりと笑った。数字の後で通話ボタンを押し、肩で携帯をはさみながらブラインドを下ろした。そろそろ昼だろう。
「……セリカか?犀川だ」
敬称はない。呼び捨てにされて、相手は数瞬言葉に詰まったが、犀川は気にしなかった。
「今晩暇なら、飯でも奢るが。…ああ、そうだな。二人きりで会おう」
時間と場所を指定し、短い別れを告げて通話を終えた。
クローゼットを開けて、スーツを選ぶ。あの女のことだ、高級をより好むだろう。スーツのブランドなど、瞬時に解ることはない。有名ブランドよりはオーダー物を選ぶ。
まだ肌寒い季節なので三揃えを。ベストだけ色の違うオッドベストにすれば、ディナーにはいいだろう。スーツの色は黒のオルタネートストライプ。ベストは無地で。カラーシャツはくどすぎるから、シンプルな白。ホワイトシャツがカラーシャツに見えれば最高だ、とは誰の言葉だったろうか。
ネクタイを選ぼうとしたとき、衣擦れの音が聞こえた。
「……ノイズフェラー…?」
寝ぼけてやがる。ミストの掠れた声に、犀川は笑った。
「セリカと会ってくる」
「…この時間からですか?」
ベットサイドにある時計で時刻を確認したミストは、シャツに腕を通す犀川の背中に声をかけた。
「鼠がうろついていてな。先にそいつを始末してくる」
ベージュのネクタイを手に取った。結び目を大きめに締める。
「晩餐の支度をしておけよ、アルヴィティエル」
犀川は笑った。

  

この物語はフィクションです(笑)
2004/04/11

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