SERPENT - 1 -

sep krimo [ TheEnvy ]

 死者を送る鐘の音が、村一帯に響いていた。
 小さな村の住人の殆どが教会に集まって死を悼んだ。閉鎖されたに等しい村では、全ての住民が知り合いだった。
 喪服を着た住民達は、死者の身内に哀悼を表す。しかし、その婚約者には声をかけることが出来なかった。まるで、魂が抜けたように呆然としている彼女。涙を流すこともできず、彩の無い瞳で、棺桶に寄り添ったままだった。
 その彼女を守るように、背の高い男が傍に控えている。
 棺桶に眠る青年は、癖のない金髪。あまり手入れをしていないのに、天然のそれは美しいと言っても過言ではなかった。美形ではないが二枚目の表情は、永遠に動きを変えることがなかった。
 既に召された青年を見下ろして、背の高い方の青年がちらりと軽蔑を浮かべる。
 彼女と二人の青年は幼なじみだった。
 だった、のだ。

***

「お前は、ずっとあいつに操を立てて生きていくのか…?」
 葬式が終わって三週間。俺は幼なじみの家に来ていた。相変わらず、彼女は喪服を手放さない。
「さあ、どうかしら」
 悲しげな笑みを浮かべて俺に振り返った彼女の名は、ジェイン。負けず嫌いで、きかん気が強い。だが、誰よりも優しく頑固だった。
 少女から女に変わるにつれ、伸ばしてきた銀の髪。澄んだ翠玉の瞳。こっそり野良猫を拾ってきては、一緒に育てたりもした。その猫が死んだときは人一倍泣いた。
 そんな彼女が、涙も見せずに空を見上げている。
「ねえ、ラハブ、森へ行きたいの。一緒に行かない?」
 彼女の提案を、俺は一度として拒絶したことはなかった。
 バスケットには果実酒とパウンドケーキを入れて。あいつと付き合うようになって、ジェインは料理を覚えた。クッキーを焼いて毒味をさせられたのは必ず俺だった。今では、失敗することの方が少なくなっていた。
 ジェインと俺は、いつの間にか二人で歩くようなことは無くなっていた。あいつが死んでからだ。こうやって二人で歩くのは。
 昔は三人で遊んでいた。この森で知らない所は何一つない。
 いつのころか、ジェインの想いに気が付いた俺は、二人を避けるように遠慮を繰り返した。
「何も変わって無いんだな」
 見覚えのある木の根を跨ぎながら、目の前を歩く喪服の彼女に声をかけた。
「変わってないわよ。ラハブが森に来なくなっただけ。そういえば、どうして来なくなったの?」
 無邪気な彼女の質問に苛立った。彼女のために、森への散策を諦めたというのに。彼女は優しいが、あまりにも残酷だった。
 告げた好意は、すぐに否定されて。それでも友情という名で求めてくる。
 あいつより、剣も魔法も勉強も頑張った。村の女に騒がれる程の身体と顔に育ったのに、彼女は俺を選ばなかった。
 髪だって、ミネディエンス人らしい金髪だ。瞳も新緑を思わせる。誰もが羨むほどなのに、彼女は俺を見なかった。 

***

 シャワーの蛇口をひねってもお湯は出てこない。ボイラーを働かせる精霊石が不足しているのだろうか。カーマ辺りならば、治水処理が行き届いているのに。
「…は…」
 頭から水を浴びながら、ミストは瞳を閉じた。
 ほんの少しの期間だが、この小さな村に滞在することになる。堕ちた自分が神職とは滑稽この上ないが、神聖なる神の使いとして教会に紛れ込むのだ。
 これほどまでに適職で、これほどまでに皮肉な。真実しか口に出来なかった昔に比べ、今は嘘も欺瞞も笑って告げる。
 神を信じていないわけではない。自分自身が人間にとってそうであるのだから。
「…冷た……」
 膝裏まで伸ばした髪。今は水を吸っているが、それでも銀に輝いている。人間を簡単に信じ込ませる容姿と言葉で巧みにその身の内を暴いてやろう。
 皮肉だな、と口の端を歪めて、ミストはノズルを見上げる様に頭を上げた。堕ちた自分が、神の使徒だとは。
「……いい眺めだな」
 くつくつと笑いながら。漆黒の闇その物の様な髪と瞳をもったサイファーがシャワー室の扉を開けてひとこと。
 もちろんシャワーを浴びているのだから全裸であるのに、膝裏まで届く銀糸の髪が硬質な印象を与える。まるで汚れを知らないような、純粋で堅実な印象。
「覗きの趣味でもあるんですか」
「お前が祭壇に立つなんざ見物だ」
「人の話聞いてください。ついでに扉を閉めて」
 纏う色は黒しかないサイファーは、いつものようにネクタイとシャツ姿。ミストが使っているのすら全く気にせず、彼はネクタイを抜き取って放り、シャツも同じように脱ぎ捨てた。
「腐った人間が居ない。俺にとって、この村は居心地が悪いぞ」
「それはご愁傷様です。…ってアンタ、二人で使える訳がないでしょう、出ていってくださいよ」
 銀糸を背中に張り付かせてままのミストは、紺色の瞳でサイファーを睨み付けた。
 一カ所に滞在する期間は精々数週間。その街で一番贅沢な部屋を使っているのだが、この町にそんな空き家は無かった。使われなくなった司祭用の宿舎を勝手に使用することに決めた。だから、シャワー室も質素なものだ。
 狭い室内で背後から抱くように覆い被さったサイファーは、冷たい水を浴びながらミストの耳元で囁く。
「いい獲物が見つかったんだろう?」
「………ええ」
 サイファーが好む人間。負の感情を手にした人間を。確かに見つけた。だから、こんなちっぽけな街に滞在することを決めたのだ。気をよくした彼は、猫のようにミストに擦り寄る。
「久しぶりに見たが、さすが元天使」
 濡れた髪を掬い、口付けた。
「貴方が望むなら、暫く伸ばしたままでいましょうか?」
「……そうだな」
 冷えた首筋に唇を押し当てると、熱が合わさった所から温もりが生まれる。人間のように免疫が弱く、体調を崩しやすい身体をしているわけではない。だから、こんな冷水を浴びるような行為で風邪を引いたりすることもない。
「なにも、こんな所で……っ…」
 水音が煩いくらいなのに、不思議と耳に付かなかった。
 サイファーはミストが拒否しようと、それを意に介したりはしない。欲しい時に、身体を動かす。己の欲望に、忠実に。
「祭壇の上で犯されるよりマシだろう?」
「アンタそんなこと考えてたんですか……」
 呆れた。
 深く息を吐き出して。熱を持った指が皮膚の上を這い回り、胸元で止まった。突起を爪でひっかかれて、ざわりと鳥肌が立つ。
 執拗な愛撫に、ミストは壁に手を付いた。押さえようとしても、甘い吐息が鼻から抜けた。
「背徳ってのは甘美なもんだ。一度やり始めると、止めることができねぇ」
 それは麻薬だ。堕落という名の麻薬。身体より心を蝕んで、気が付いた時にはすでに引き返せないところまで追いやられている。
「……んッ…」
 ゆるゆると淫らな手つきで下ろされた指が、双丘を割った。流れ落ちる水だけでは大した潤滑にもならないが、やわやわと解してから指を一本差し入れた。
「中は、熱いな…」
 羞恥に身を染めるミストの耳朶を嬲りながら、嗜虐的に笑んだ。そのまま耳を舌で侵すと、痙攣するみたいにミストが肩を揺らした。
「奥は……もっと、か?」
 ぐっ、と指を根本まで埋めて、ぐるりと円を描くように回す。
「やっ…ぁ、…ッ…ぅン…」
 器用に敏感な部位を突かれ、押さえきれない喘ぎが漏れる。壁に付いた手で爪を立てても、あまり気分を散らせない。
 逃げたくても従わざるを得ない本能と、崩れ落ちそうになる快楽の狭間でミストはなんとか理性にしがみついた。
 指一本で落とされるのは、酷く悔しい。
「………いっそ、俺も祭壇に立とうか?」
 ふと、名案が浮かんだみたいな声色で。無論そんなつまらないことをする気など無いのだが。
「それ…こそ、冒涜…で…しょうっ…、…あっ!」
 言い返せば、増やされた指で突き上げられた。知り尽くした彼の指は、貪り方を熟知している。
 十分に解している指とは逆の手は、ミストの腰をつかんでいた。決して前の高ぶりには触れずに。
「人を堕とすのは、俺の専売特許だ」
「ぁっ……!」
 愉悦混じりに笑いながら、サイファーは指を引き抜いた。あまりに急な動きに、敏感な内部がひくりと動く。
「そう啼くな、すぐに埋めてやる」
 シャツと違い脱いでいなかったズボンのジッパーを下ろし、勃ちあがったそれをぴたりと双丘の間に宛う。
 腰を引き寄せ、突き出させるような卑猥な姿をとらせてゆっくりと先端を挿入した。ずぶ、と音がしそうだったが、シャワーに掻き消されて聞こえはしなかった。
「…んんっ、…ぁ…ヤ………!!」
 強引な進め方はせずに、少しずつ少しずつ埋めてゆく。水に冷やされた身体と、体内に侵入し始めた熱のギャップに、ミストの思考が曖昧になってくる。
「どうした。随分きついな?」
 ぎちぎちと締め付けてくる熱い体内に、サイファーは苦笑を漏らした。確かな固さに変わった自身を、一思いに最奥まで貫く。そして、囓り突くみたいに、ミストの首筋を強く吸った。
「やめッ……ん、んっ…ァ……!」
 くっきりと残った痕に満足したサイファーは、一度ぎりぎりまで己を抜いて同じ早さで突き入れた。
 ミストは肌に痕を残されることを嫌う。彼は未だ堕ちきっていることを認めたがらない。だから情欲の証を残されると、自分が行為を拒絶出来なかったことを突きつけられているようで、罪悪感にかられるのだった。

***

 日曜早朝の礼拝が終わって。
「今日は、皆さんに新しい神官様を紹介しようと思います」
 中年の司祭が笑顔で村人を眺め、祭壇の袖を振り返って、人影に頷いた。
 影から祭壇に上がった人物を見て、村人は息を呑んだ。顔の両房を残して、背後はゆったりと編み込んだ見事な銀髪が朝日に煌めいている。白い神官服は質素だが、まるで王侯貴族のそれに見えてしまう、繊細で華奢な肢体。
 司祭の横で止まり、ゆっくりと村人に顔を見せた。濃い紫色の瞳が、宝玉のようだった。
「ミストと申します。どうぞ、お見知り置きを」
 瞳を伏せて、優雅な目礼で礼拝堂に集まった人々に微笑んだ。
 ほう、と感嘆の溜息があちこちで聞こえてくる。
 ミストはまるで天使のように振る舞いながら、住民の一人に目を留めた。黄金のような金髪、澄んだ翠玉の瞳をもった青年だ。
 二枚目の顔をいくばか不快に歪めている。唯一と言っていいその態度に、ミストは極上の笑みを送った。


「司祭さまぁー!」
 村の子供達が、息を切らせて走ってきた。ワンピースの女の子が、ミストの数歩手前で顔から転倒した。むくりと顔を上げて、次の瞬間火が付いたように泣き出した。
「ああ、大丈夫ですか?泣かないで、私が治してあげますから」
 やさしく、暖かい笑みを少女に向けて、ミストは少女の頬に手をあてた。短い呪文を唱え、赤くなった額に小さなキスをひとつ。
「……あ、…?」
 少女は小さな手でおでこを押さえて、痛みがすっかり消えてしまったことを確認して、ミストの法衣を握りしめた。
「すごいすごいー!」
「ありがとう。でも、あまり焦って転んではいけませんよ?」
 笑みを絶やすことなく、ミストは子供達の頭を撫でた。その様子を後ろで見ていた銀髪の女性がくすりと笑って話しかけた。その背後にはあの金髪が控えている。
「さすが司祭様ね、治癒術ってとても難しいんでしょ?私はジェイン、こっちはラハブよ」
「修行のたまものですよ。私に出来ることはこれくらいしかありませんから」
「そんなことはないわよ!司祭様はきっと、布教活動に役立つわ!とっても綺麗なんだもの」
「…ジェイン」
 青年は彼女を窘めた。
「あ…、ごめんなさい、私恥知らずなこと言っちゃったわ…」
 顔で信者を集められる意味にとれることに気が付いて、ジェインはシュンと俯いた。かまいませんよ、と微笑みながら立ち上がる。
 ミストはジェインに子供達を任せると、それを見守る青年に近付いた。
「こんにちは」
「……どうも」
 青年は素っ気ない。その視線はミストにはむけられず、ジェインを見つめていた。
「…私がお嫌いですか?」
 形良い眉を寄せて、いくばか悲壮さを漂わせる。
 そこで初めてラハブはミストを見つめた。初対面から好きになれなかった。ジェインより美しい銀髪が気に入らなかった。それに、気を抜けばこの美貌に飲み込まれてしまいそうな恐怖を微かに感じた。
「何か、気に障ることがお有りでしょうか…」
「……いや」
「睨んで、らしたでしょう…?」
 ラハブは視線を逸らした。後ろめたさがあるのかもしれない。
 答えが返ってこなくて、ミストは小さく息を吐いた。あくまでも司祭として、笑みを絶やさぬまま。
「……もし、悩み事がお有りなら、いつでも私を訪ねてください。きっと私が貴方を楽にして差し上げましょう」
 そう、楽に。悩みすら体感できなくなる程に。その言葉はラハブの心に刺さった。どういう意味合いを持っているのかと、ミストに尋ねようとしたとき、
「アルヴィトー!!」
 変声期前の少年の声が響いた。
 教会の柵を飛び越えてかけてくる少年を、その場にいた者が振り返って見つめた。漆黒の髪と瞳は、この辺りではとても珍しい。村人に似つかわしくない、黒いジャケットとズボン。何処か可愛らしいシャツの襟には、黒いリボンで飾ってあった。
 美少年、そう評するに値する、あか抜けた少年だった。
 少年は一目散にミストの元へ駆け寄って、驚きに瞳を見開いた彼に抱きついた。
「遅いぞ!アルヴィト。仕方がないから俺が迎えに来てやった」
 少年は満面の笑みを浮かべた。
 ミストと言えば、内心呆れかえって、それこそ神に祈りたい気分だった。
 こんなところで、そんな恰好で、何をやっているんだこの人は。
「ルイス…」
 なんとか作った完璧な笑顔で、ミストはサイファーを抱き上げた。年の頃は6歳かそこらか。無邪気な、邪気の塊がミストの首にしがみついた。子供達がそれぞれに不満を漏らしす。
「煩いぞお前等!アルヴィトは俺のものだ!」
 ふん、と見下した。そんなことをしてさぞ反感を買うかと思えば、むしろサイファーの優雅な笑みに子供達はおろか大人までぽかんと口をあけてしまった。
「司祭様のお子さん?」
 くすくすと笑いながら、ジェインは尋ねた。黒い髪と黒い瞳はカーマ人の象徴だ。
「ええ、実の子どもではありませんが…。友人の忘れ形見です」
 無難な嘘を、ついた。
 純血至上主義のミネディエンスで、カーマ人を育てながら司祭職に就くのはなんて大変なことだろう。こんな山奥の小さな田舎に赴任させられたのは、この子の所為なのかもしれない。ジェインは勝手に解釈した。
「アルヴィト!腹が減ったぞ」
「はいはい。もうお昼になりますね。司祭長様に挨拶をして、昼食をとりましょうか」
 子供に扮したサイファーに微かな笑みを向けて、地に下ろしてやる。子供達とジェイン達を家に帰すために向き直った。


「あんた、何やってるんですか……」
「獲物が気になってな」
 ミストは家につくなり盛大な溜息をついて、眉間のしわを伸ばすように手で顔を覆った。その気苦労も知らぬふり、サイファーは何食わぬ顔で。
「あの娘、お前に劣らぬ銀髪だったな」
「ああいうのがお好みですか」
「…妬いているのか?」
 まるで悪戯っ子の声色を使って笑う。
 まさか、とミストは冷たく吐き捨てる。自分が妬くなど、有り得ない。有り得ないと思っていたい。
 少年はリボンの結び目に指をつっこんで、無造作に引き抜いた。くるりと向き直ったサイファーは、いつもとは全く違う視線に愉快そうな笑みを浮かべる。
「あれだろう。金髪の男。いい腐臭がしていたからな」
 高い声が語るにはいささか物騒な内容で。
「憎悪に変換された想い、です。なかなかいませんよ、あれほどの憎悪を内に秘めた人間は」
「ならば、早く手に入れてみせろ。……俺のために」
 本当に穢れを知らぬ子供のような無邪気さで。そのあまりの化けっぷりにミストは頭痛を感じた。
 数度頭を振って、嫌なことは忘れて気分転換のためにお茶でも入れようかとキッチンへ歩みを向けた足は、途中で遮られた。
「やはり不便だな」
 銀の髪を絡め取ったのは、元の姿に戻ったサイファーだった。こちらのほうが、一癖も二癖もある。
 サイファーは戸惑うミストをよそに、髪を引いたまま唇を寄せた。

  

最初からエロ……。
子供サイファーは本編とは何も関係ないですが、書いてみたくなったのでくっつけてみました。
2004/5/7

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