PIG - 2 -

sep krimo [ TheGluttony ]

「……ぁ…?」
気が付けば、レダは歩道に立っていた。きょろきょろと辺りを見回して、何故自分がこんな所に立っているのか考えたが、まったく理由が浮かばなかった。
後ろに、洞窟みたいな穴があいている。マンションの入り口。ここに用があったのかしら、それさえも解らない。
ふらふらとしながら、彼女は通りを渡った。
月明かりが、雲に消えて束の間の闇を作り出す。
「…サリエラ?」
目の前数十メートル先に、顔見知りの娼婦が立っていた。ここのところ顔を見なかったから、てっきり何かに巻き込まれたのかと思っていたのに。どうやら無事だったみたいだわ。これでまた、客の取り合いを水面かで競うのだ。
「………レダ」
ほつれた巻き毛の金髪と、真っ赤なドレス。裸足の足は汚れていた。少し生臭い匂いがする。
「こんなところで何やってんのよ」
レダは呆れながら近付いた。サリエラは顔を上げてレダをじっと見つめている。
「お腹が、空いたの」
「あらそう。じゃあ、リトルゴテスで何か食べなさいよ。付き合ったげるわ」
「……そんなのじゃ、足りないわ。この子は、満足してくれない」
「何わけわかんないこと言ってんの、行くわよ」
レダはサリエラの腕を引きながら、前を歩いた。
サリエラはきっと質の悪い客に捕まったのだろう。こんな姿で、支離滅裂なことを口走る。きっと麻薬でもやられたのだ。可哀想かもしれないけれど、同情はしないわ。私たちは危険を回避できてこその娼婦。
「マスター、アンタの行方探してたわよ」
小さな女神(リトルゴテス)は小さな快楽を売るあの酒場。あら、そういえば他にもこのコの事を聞いていた人が居た気がしたのに。思い出せない。
「ちゃんと代金―――――」
サリエラの腕を掴んでいたはずの手首が、燃えるような熱さを感じた。悲鳴を上げることも忘れて振り返る。
「サリエ………」
サリエラは、笑いながら何かに囓り付いていた。
それが人間の手首と解るまで、ものすごく時間がかかったように思う。
誰の、手首?
「何………?」
さっきから、腕が熱い。
レダは自分の右手を見つめた。
手首から下が、無かった。
「ヒっ………!!」
息が止まったような錯覚に陥って、次の瞬間悲鳴を上げた。がくりを膝をついて、無事な方の手で吹きだす鮮血を止めるように手首を握り込んだ。痛い、熱い。どうして。
涙がぼろぼろと零れて、歪んだ視界で見上げると、サリエラが笑いながら手首の肉を食べていた。白い骨の覗くそれから、生暖かい血が流れ落ちてドレスを染め上げる。
罵って殺してやりたいと立ち上がりかけたレダは、サリエラの瞳に狂気を見た。
手首を口にくわえたサリエラは、両手で鉈を振り下ろす。
果物が転がるみたいに、それはごとりと地に落ちた。



***



これで4人。まだ、足りない。
邪魔な服は破き捨てて、暖かく柔らかい肉に歯を立てた。
こんな物じゃ、私のこの子は満足しない。
血は要らない。その肉を内臓を、いくら食べても満ち足りないけれど、それでもこの子の糧になっているかしら。
ああ、早く食べさせなきゃ。
私が代わりに、食べなくちゃ。



***



「小柄の割に、よく食う女だ」
カツン、と靴底が鳴った。
「邪魔しないで」
女は振り返りもせずに、手羽のような肉を噛みちぎった。
「旨いか?」
「美味しいわ。でも、これくらいじゃあ足りないわ」
ピチャ、と臓腑に手を突っ込んで。最初は、真っ白だったはずのイブニングドレス。どす黒いまでの赤に染まるまで、彼女は食事をしてきた。
サイファーはゆっくりと彼女に近付いて、残骸に近くなった死体を眺めた。すぐ側に置き去りにされた首が転がっている。髪を掴んで引き上げると、恐怖に見開かれたままの瞳が、虚ろな闇を見つめていた。
ずる。ぺたり。
口の周りを真っ赤に染めた女が、ふらりと立ち上がる。そのままサイファーの背後に近付いて、レダを解体したときのように腕を振り上げた。
ごとり、と腕が落ちた。
女は笑う。笑いながらその腕を拾い上げて口を付けた。
流れ出る血を気にすることもなく、肉に噛み付いて引きちぎる。
「この街ごと食い荒らす気か?」
切り取られた腕を見ながら、サイファーは笑って尋ねた。
「私のこの子が満ちるまで、必要ならば何でも食べるわ」
「そりゃ、結構」
それでこそ、俺の喰いがいがある。
「貴方、不思議な味がするわ。とても、美味しい。美味しいわ」
サリエラは瞳を輝かせながら、サイファーににじり寄ってゆく。
「ねえ、貴方を全部―――――ッ!!」
彼女は咄嗟に口を押さえた。ゴボゴボと、まるで噴き上がるみたいに、指の間だから黒っぽい血が溢れ出る。
膝を突いたサリエラは、血反吐の中に這い蹲ってサイファーと見上げた。彼は切り落とされた自分の腕を取り上げて、そのまま元の場所に、切り口に戻した。
それはまるで何もなかったかのようにくっついて、サイファーはくるりと手首を動かす。不思議なことに、黒いコートの袖まで元に戻ってしまっていた。
「たかだか人間風情の器には、俺の血肉に耐えられる筈もない」
くつくつと喉の奥で笑いながら、彼はうつ伏せにうずくまる彼女を、革靴の先で緩く蹴って仰向けにする。
咳と共に、込み上げてくる血が彼女の肌を真っ赤に染め上げていく。それでもサリエラは、少しも膨らんでいない腹を守るように腕で隠しながらサイファーを睨み付ける。
傍に転がっていた鉈を手にとって、彼女の腹を見つめながらその刃を舐めた。
「止めて、お願い、止めて」
涙すら浮かべながら、サリエラは彼の意図を全身で拒否した。
「お前の赤子は、その腹の中だ」
「そうよ、だから、この子を殺さないで」
「殺さないで?それは、生きている者に使う言葉だ」
しゃがみこんだサイファーは、毒で痺れたようになった無抵抗な彼女の腹にその鉈を滑らせた。
赤く、黒く、痙攣するようなその中には、臓腑しか詰まっていない。生きながら、その中身を混ぜられて、彼女は血の混じった悲鳴を上げる。
「止めてええええ!」
私の子供を、殺さないで。
悲痛かもしれないその叫びに、当の本人が同情するわけもなく。
「お前は、赤子を喰ったんだろう」 
サイファーを中心に、滲み出るような闇が広がってゆく。
まるでミートパイの中身を見ているだけの様な視線で、サイファーは深く静かに微笑を浮かべた。

***



ミストは寝室の窓から、闇の中に女が引きずり込まれて行くのを見下ろしていた。夜の闇より暗いそれが静かに波打ち、徐々に小さくなってサイファーの影に戻る。
ベッドサイドの引出に、置いていったままの葉巻を見つけた。銜えて火を付ける。いつもの嗅ぎ慣れた匂いが鼻孔をくすぐった。
眼下でサイファーがかぶりを振った。そのまま首を巡らせて、黒い瞳をぴたりとミストに合わせた。肉食獣が獲物を狙うようなその視線。
『腹が、減っただろう?』
サイファーの口がそう動いていた。
冷ややかな紫色の瞳で見返しながら、ミストはカーテンを閉めた。


足音はしないまま、扉が開いて閉じられた。
サイファーの気配は感じない。それでも、彼が近付いてくることは解った。むせかえるような、血の臭い。
「出迎えくらいはしたらどうだ?」
「そんな必要、ありますか?」
重たいコートを脱いで、そのまま床に放る。
酔いそうな程の、血の臭い。その身体のどこにも、血痕一つ付いてはいないというのに。
吸い終わらないままの葉巻は、サイファーに奪われた。口の端に静かな笑みをたたえたまま、どちらからともなく唇を合わせた。
薄く開いたそこに舌を差し入れて、ゆっくりと絡ませる。いつものような激しさは微塵もなく、まるで慈しむようなキスだった。
「………」
サイファーの眉がぴくりと動く。一度唇を離すと、まるで人間に似た血液が一筋。
「それでこそ」
声を立てて笑いながら、サイファーは寝台に腰を下ろした。相手の舌を噛んだミストは、無表情のまま瞳だけで笑い返す。
甘んじて、受けると思うな。宣戦布告のような態度。
「舐めろ」
人差し指で呼んで。
ミストはサイファーの口の端に付いた血を舐め取って、それから膝を折った。
女は、サイファーの血を口に入れただけで血を吐き出した。人が口に出来るほど、彼らの血肉は安くない。わざと切らせて、内側から破壊していくサイファー も大概趣味が悪い。 神聖な生き物は、血や肉や性を嫌悪する。悪魔の血で病んでしまう。同じように、悪魔も聖なる血には弱い。
世界の底に住む王は、世界の天に住む王は、お互いに穢れることはない。どんな理由であろうとも染まることはない。その格位に近ければ近いほど耐性は強くなる。
「…ん…ぅ、…はっ…」
眉を寄せながら、ままならない呼吸に喘いだ。口内に収まらないそれを、緩く吸い上げる。
闇の底に引きずり下ろされて、彼の毒になど等に慣れた。
先端を舐めて、そのまま幹に舌を這わせる。最初は無理矢理教え込まれた。嫌悪感が麻痺してしまうと、言われなくても彼の欲求に答えることを学んだ。
「どうした。随分、従順だな?」
「…誰が…」
銜えながら話して、軽く歯を立てた。
「………可愛いねぇ」
やはり笑って、軽く突き上げてやる。
喉を犯されて、ミストは苦痛にむせそうになった。なんとか吐き出してしまうことは耐えて、舌で押し返す。唾液と、先走りに濡れた卑猥な音が聞こえる。
サイファーは、いっそ滑稽なほど健気に奉仕する銀糸の髪を一筋手に取った。あやすように梳いてやる。
羞恥心はそれでも捨てきれないのか、赤く染まった耳が覗く。
「…ふっ…ぁ……、…っ…ぅん…」
吐息が、熱い。お綺麗な天界の生き物を汚す行為は、闇に生きる者にとってこの上のない優越感を生み出す。声が出せないほど啼かせて、立てなくなるほど乱暴に犯してしまいたい。
やろうと思えばいつでもできる。力の差も、階級の差も歴然だ。尊厳のために何処までも抵抗する彼を犯すことなど、容易い。それはあまりにも甘美だ。
見下した視線を感じながら、ミストは屈辱を唾液と共に嚥下した。細く繊細な指で、柔らかくなぞりあげるように。舌で先の敏感な皮膚を擦り上げ、きつく吸う。
紺色にすら見える紫色の瞳が、濡れて酷く扇情的だった。
「そういえば、お前を喰ったことは、一度もなかったな…」
ぴくりと、ミストの肩が揺れた。自分よりも階級が下の者にどれだけ傷付けられようとも、その身体はすぐに再生してしまうが、彼だけは駄目だ。喰われれば、そのまま死に至る。
「……怯えるな。本気で囓り付きたくなる」
自分でも不思議なほど優しい笑みを浮かべながら、サイファーは再度突き上げた。片手を置いた太股に爪を立てて、ミストは甘んじてそれを受ける。
括れた部分を重点的に、舌の先を使って卑猥に舐める。暫く賢明に口を動かしていると、合図のように髪を引かれた。
上目使いでサイファーを見つめ、しっとりと濡れた瞳を閉じて、包み込むように口に頬張った。
「いい子だ、アルヴィティエル」
くすぐるようなその低音の声を聞いた直後、
「…っん…く…!」
喉に熱く放たれた精液が口腔に溢れた。眉根を寄せて、何度かに分けて飲み下す。絡むようなそれを、なるべく零さないように。緩く吸い上げながら、最期の一滴まで。
「少しは、腹も満ちるだろう?」
ああ一度、コイツを殴りつけてやりたい。
荒い呼吸の中で、ミストは悔しさを胸の中に沈めた。
身体を抱え上げられ、寝台に押さえつけられて。これからが、自我を失うような『食事』の始まり。

  

ライオンより書きやすい。きっとこっちの方が面白かったんでないべか。表現緩く書いてますが、気持ち悪かった方ゴメンナサイ><
2004/04/17

copyright(C)2003-2008 3a.m.AtomicBird/KISAICHI All Rights Reserved.