4.運命の三魔女(ウィアードシスターズ)

Starved+Mortal afterward

 ドレスアップを必然とした社交パーティ。
 最後の会合になるだろうな、カグリエルマは感傷的に呟いた。
「どうせなら、新しいの仕立ててからにしたかった」
 自分の洋服ダンスとソロモンの洋服ダンスを引っかき回しながら、メリアドラスの分のスーツを探す。橙色の三つ編みが左右に揺れる様が微笑ましい。
「テールコート限定か?」
「いいやー…。高官が集まる訳じゃないから。アグライアのハンターはあんまり地位が高くはない。そんなに着飾る必要はないんだ。でも、まあ、気合い入れてくる奴はそれなりの格好で来る」
「ふむ……」
 メリアドラスは少し考えた後、机の上に載っていたメモ帳に何か走り書きをして、腰に下げたホルスターから白い銃を取り出した。
 ビフロンズを取り巻く燐光が変形し、どことなく人の形に似た輪郭を作り出す。メリアドラスはそれにちぎったメモを差し込んで、何事か呟く。
「何してんの…?」
「服は探さなくていい」
「は?」
 困惑に首を傾げたカグリエルマを後目に、ビフロンズは塵となって消えた。


 爛々と輝く三つの月の光が、三階建ての豪邸に降り注ぐ。
 入り口に次々と吸い込まれてゆく馬車からは、様々に着飾った男女が降り立つ。女達は優美に、男達は精悍に。エスコートは様になっていても、ほとんどの人物からはどこか危険な香りがした。魔物と戦ったことのある、度胸のようなものだった。
 きらびやかに着飾るのは服だけで、馬車自体はどこか実用性を第一に考えたようなそっけないものが多い。質は悪くない、ただ無駄な飾りは一切ないのだ。
 アグライアの退魔ギルド「運命の三魔女」。その長でもあるジョンアーサー・ロレンスの館で行われる祝宴のため、集まった人たちは主に現職のハンターがほとんどだった。
 その馬車の群の一つに、あきらかに他のハンターとは毛色の違う二人が乗っていた。
 入り口前で馬車を止め、雇われのボーイに馬車を引き渡す様は手慣れている。そのボーイは一瞬自分の仕事を忘れかけたが、なけなしに残ったプロ根性で何とか微笑んで馬車の手綱を受け取った。
 まず馬車から降りたのはカグリエルマが先だった。いつもは無造作に革紐で結ばれている三つ編みは、両サイドの房を残して後ろで編み込まれ黒いビロードのリボンで纏められている。同じ黒のビロードで仕立て上げられたフロックコートが、白い肌と繊細な肢体を包み込んでいる。ウィングカラーのシャツは深みのある青。アスコットタイは濃紺でプラチナのピンがさりげない。コートと同じベストや袖口をあしらうボタンは全てガラス製だった。
 女性的といえば女性的な整ったその顔には、今は妖艶ともとれる笑みがのっている。近寄りがたき美貌である。
 後から下りてきたメリアドラスは銀糸のストライプが入ったチャコールグレーのロングタキシード姿だ。白いシャツはウィングカラーで、アスコットタイは金がかった黒。ルビーのピン。漆黒のベストで体躯をかため、ボタンはカグリエルマと同じガラス細工だ。肩に羽織ったファー付きのコートはいつもより幾分長毛になっている。
 長身に見合った美しい顔は、老齢さが漂うどこかミステリアスな若者だ。闇に溶け込みそうな髪と燃えるような瞳が、軽薄と言うよりは性的魅力のあるクールな精悍さを醸し出していた。
 他の招待客達も、その二人を振り返り、そして一様に目を見開く。あるものは口を半開きで唖然としている。まるで一枚の絵のような二人に、気安く声をかけられる者はその場にはいなかった。 
「すごいな…」
 カグリエルマは人々の視線を肌で感じながら、それでも表情だけは悠然と玄関の階段をゆったりと上った。
「何がだ」
「この服だよ、服」
 メリアドラスがビフロンズに託したメモは、瞬時にニュクスの城にいたメフィストに渡され、一刻とかからない内に大きなボストンバックがカグリエルマの家に届けられた。
 カグリエルマの持ち服は安物とは言えない物だったが、メリアドラスが届けさせたスーツは全てが一級品だった。それこそ、この都市の領主の面々が纏うような材質とデザインだ。
「どうせやるなら派手な方がいいだろう?」
「お前からそんな言葉でるとは思わなかったけど、有難うな。さっきから視線が刺さる刺さる」
 どこか得意げにカグリエルマ。実際優雅に着飾ったカグリエルマと、高貴なメリアドラスに対抗できるような人物は、いかに美形の多いアグライアとはいえ、この会場にはいなかった。
「なかなか、優越感があるな。誰一人声をかけて来ないが、すれ違う人々は顔見知りなのだろう?」
「まあ、同僚だから、その程度の付き合いだけど」
 カグリエルマはそう言うが、『その程度』でくくられた同僚達は、あんぐりと口を開けて上げかけた手も下げずに、まるで別世界を作り出している二人を遠巻きに眺めている。あからさまな嫉妬をメリアドラスに向ける者、感嘆を向ける者、憑かれたようにカグリエルマを見つめる者達。
「嫉妬と羨望の視線が煩わしいほどだ」
「それ言うなら、さっきから数少ない女達のどす黒い視線が刺さりまくりだよ。けっこう心地よかったりするけどさ」
 そう言ってカグリエルマは絶世の笑みを浮かべるのだった。


***


 主賓であるジョンアーサー・ロレンスが、グラスを片手に簡単な挨拶を述べて、会場には音楽が満ちた。
 つり下げられたシャンデリアの下は、大きく開けられたダンスホールと化している。簡単なワルツを踊るのに適した曲を繰り返し流す楽隊は、客に合わせて曲調を変えていった。
 ホールの端には食べ物が載ったテーブルがあり、量より見た目の料理が卓上を飾っている。そして、等間隔に暖炉とカウチが並んであり、誰でも簡単に休憩することができるようになっていた。
 カグリエルマはスパークリングワインを片手に、ジョンアーサーを捜した。メリアドラスといえば、カグリエルマが一瞬離れた隙に着飾った女性達が取り囲んでしまった。明らかに無下に断ろうとする気配を感じ、カグリエルマはその背中をぽんぽんと叩き、適当に相手をするように目配せした。何か言いたげに眉を寄せたメリアドラスだったが、あっという間にホールの隅にあるカウチへ連れて行かれ、まるでハーレムを築き上げてしまった。それを横目で見て笑いながら、カグリエルマはホールを見渡す。
 ホール中央から伸びる階段の中間、小さなテラスにギルドの長は陣取っていた。見事な銀髪をオールバックにし、長めの後ろ髪を濃紺のリボンで纏めてある。
 彼は彼と同じ様な初老の男性達となにやら歓談しているが、カグリエルマを見かけた途端に相手との会話を切り上げて催促するように手招いた。
 漆黒のロングタキシードに、濃紺のビロードマントを右肩にだけ掛けている。肩だけのマントは、ギルドで一番偉い証である。
「やあ、カグリエルマ。三カ月ぶりに会ったが、随分美しいな」
「それはどうも、アーサー。ご心配おかけしました」
 殊勝に謝り、軽く頭を下げる。
「ドレイクに聞いたが、怪我をしたのだって?」
「大したことはありません。馬に乗れる様になるまで、少し時間がかかっただけで…」
「それにしても、三ヶ月も音信不通にするとは君らしくない。何があった?」
「………報告書の通りですよ」
 カグリエルマは、最初から真実を隠し通すつもりだった。誰でも見惚れてしまうような優雅な微笑で。
「同伴で連れてきた男は、紹介してくれないのか?」
「紹介しようと思ったんですが、女性陣に捕まってしまいまして。彼はメンドシノ卿。負傷した俺を助けてくれた方です」
「ふむ。それは礼を言わねばなるまい」
 顎髭を撫でながら、ジョンアーサーはホールを眺めやった。
「アグライア人ではないな?何者だ?」
「身分までは把握できませんでしたが、無数の召使いを抱えられるだけの存在ではあるようですよ」
「三国の諸王か?」
「三国を知ってらしたんですか?」
「わしを誰だと思っておるか。お前こそ三国を知っているとは驚いた」
 三国。アグライア、タレイア、エウプロシュネを取り囲むように遠方に連なる3つの国である。一つをバザンディ、もう一つをスクルディア、最後にウルズ。
「詳しいことは、俺でなく本人にでも聞いてください」
 それ以上つっこんだ質問を避けるために、カグリエルマは有無を言わせぬ笑顔でアーサーに微笑んだ。
 ギルドの長もあえてそれ以上は聞かず、ここ三ヶ月にあった世間話をしながら階段を下りていった。ホールの人混みに混じらないように、壁側を移動する。
 のどを潤すために、カグリエルマはボーイからメープル酒を受け取った。ひとくち口に含んで、違和感に口を押さえた。
「どうした?」
 明らかに不審がったジョンアーサーはカグリエルマの顔を覗き込む。
「……いえ。昔取った杵柄です。すみません、水もらえますか?」
 柳眉を寄せて不機嫌な表情を作るカグリエルマに、コンパニオンが急いで水を持ってくる。カグリエルマは水の入ったグラスを受け取り、かわりに今まで持っていたグラスをわたし、中身はそのまま捨てるように指示を出した。
「申し訳ありません、アーサー。大切なことを話したかったのですが……。ちょっと休憩させてください」
 できるだけ平静に会釈をし、ひっそりと人気のないカウチへと移動した。途中で新しく水をもらい、深く深呼吸を繰り返す。
 あまり高くない背もたれによしかかり、カグリエルマは舌打ちした。心の中で罵詈雑言をわめき立てる。
 砂糖楓の樹液とアルコールソーダで割ったメープル酒はアグライアの名産だ。そのメープル酒に、とある果物の果汁を加えると即効性の痺れ薬になる。効果は弱く、痺れるといっても端から見れば微々たる変化しか及ぼさない。酒に酩酊した状態と対して変わらないものだ。大量の水で効果を打ち消してしまえるほど他愛ない。
 アグライアの社交界で暗黙のゲームとして無作為に仕掛けられたりするものだが、この時に限ってカグリエルマは誰かの意図を感じずにはいられなかった。人目に付かないところにいるはずなのに、どうも視線を感じる。
「久しぶりだな、カグラ。ギルドマスターとの話は終わったのか?」
「三ヶ月もお前さんが酒場に現れないから酒がまずくてしょうがねぇ」
 狙ったように声をかけてきた二人組を知らないわけではなかったが、いつもと違って愛想良く答えてやるのですら面倒だった。
「悪い、ちょっとな…」
 実に適当な返事を返して、灰色の瞳はメリアドラスを探した。場所が悪いのかみつからない。
「どうした?まさかお前さんが酔ったのか?」
「いや、別に」
 会話に付き合わされるのかとうんざり思った時に、二人組の後ろにすっと黒い陰がよぎった。
「何かあったのか?」
 二人の男を無視してカグリエルマの前に立ったメリアドラスは、片手をカウチの背につけ腰をかがめてその顔を覗き込んだ。カグリエルマはそのあからさまな態度に内心苦笑いを漏らす。
「少し具合が悪い。風にあたりたいんだ」
「ではテラスへ」
 深い笑みと共に差し出された手をとって起きあがると、頭から血が引くような目眩を感じ、カグリエルマはつんのめるようにメリアドラスの胸元に倒れこんだ。
「大丈夫か?辛いのならば馬車を呼ぶが」
「いや、いい。ちょっとふらついただけだ。………悪い」
 ばつ悪そうに謝って、カグリエルマはメリアドラスを押しのける。陰になって見えにくいとはいえ、いささか視線が集まりすぎていた。もやもやする頭のせいで眉間にしわを寄せて目頭をさする。直に見つめる二人の同僚の視線が痛い。
「休憩室があるけど、行く?」
 二人の片方が手をさしのべたが、それをやんわりと遮ったのはメリアドラスだった。
「結構。好意だけ受け取っておこう。行くぞ、カグリエルマ」
 カグリエルマが頷く前にメリアドラスはその背に軽く手をやって、誘導するようにテラスへと歩む。
 肌寒いアグライアの夜風をほんの少しだけ取り入れるために開けられたガラス窓から、二人はひそっそりとテラスへと足を踏み入れた。
 もう少ししたら雪が降り出しそうな肌寒い夕風に、カグリエルマは自分の肩を抱いた。しかし、その冷たい風が身体と頭にこごっていたもやもやした痺れを薄れさせる。欄干によしかかって浅い呼吸を繰り返す。
「あの二人は知り合いか?」
 どこから取り出したのかいつものコートをカグリエルマの肩にかけながら、幾分苛立った口調でメリアドラス。
「酒場で会うくらい。ライトとイフィルーだったかな。嫉妬するまでもないない」
「何かされたんじゃないのか?」
「あー…違うって」
 カグリエルマは今の自分の状況をかいつまんで教えた。
「不特定多数が犯人だし被害者なんだよ。俺も昔ひっかかったことあるぜ?というか、ひっかかったことが無い奴の方がおかしい。ま、若いときしかやらんけど」
「不可思議な習慣だな」
「下心込みなんだ。ちょっとふらついているのを介抱してやるって名目でそのまま個室にしけ込むってワケ。……よく考えると下衆っぽいよな。でもまあ、暗黙の了解で周知の事実だから、関わりたくない奴はメープル酒を飲まなきゃいいだけなんだ。俺はすっかり忘れてたけど」 
 うーんと唸りながら、大きく伸びをする。それからしばらく冷たい風にあたると、意識も身体もはっきりとしてきた。
「さて、アーサーに脱退の話しつけなきゃならんな」
 戻ろう、と促すカグリエルマの後に続いたメリアドラスは、ホールに戻る手前で一瞬の死角を突いて不審がったカグリエルマの唇を塞いだ。寒さを忘れる程の激しさを持った口付けは本当に短い間だったが、貪るようなそれに珍しくカグリエルマは照れたのだった。


***


「重要な話がある」
「大事な話があります」
 ギルドマスターの執務室で、カグリエルマとジョンアーサーは同時に口を開いた。メリアドラスは今度はついてきて、今は入り口に近い壁によしかかっている。
「どうぞ」
 お互いに面食らったが、促したのはカグリエルマが先だった。
「『運命の三魔女』の管理職に就かないか?」
「………え?」
「ずっと考えていたことだ。一塊のハンターに比べて実入りも安定しているし、給料も悪くない。勘違いして欲しくないが、お前のハント能力を過小評価しているわけではないからな。ただ、お前が怪我をするたびに私はソロモンに顔向けができなくなってしまう。私を安心させてくれ」
 子供を諭すような深みある口調で、ジョンアーサーはカグリエルマに提案した。いきなりの話しに返事を返せないでいたが、しばしの逡巡の後カグリエルマは頭を垂れた。
「わがままばかり言ってごめんなさい、アーサー」
 それを自分の言葉に対する否だと誤解したギルドの長は小さく溜息をついた。
「やはりハンターがいいのか?」
「………いいえ。違うんです。俺は今日、ギルドの脱退のお願いに来たんです」
「…………なんだと?」
「俺は…また直ぐにこの街を出ます。もう依頼を受けることもないと思います。ソロモンが失踪してから、あなたには本当に世話になりました。とても感謝してるんです。でも、アーサー…、俺はこの街を出ます」
 灰銀の瞳に固い意志を浮かべ、カグリエルマは真っ直ぐにギルドマスターを見つめた。その困ったような微笑をしばらくの間眺めてから、ジョンアーサーは深い溜息をついて窓の向こうに視線を投じた。
「止めても、行くんだろうなお前は」
「ええ。すみません」
「お前も25か…。私も老けるわけだな」
 とても初老には見えない顔つきでしみじみと呟いた。
 意外とすんなり脱退を許可したギルドマスターは、二人が退出するときにメリアドラスを呼び止めた。カグリエルマは部屋の外に出され、メリアドラスは静かに扉を閉める。
「メンドシノ卿といいましたかな?」
「そうだ」
 ジョンアーサーはロングタキシードを纏った長身の青年を吟味するように見つめて、微かに笑みを浮かべながら口を開いた。
「私もこの歳になるまで様々なものを見てきた。あなたは三国の諸王などではないな?」
「だとすればどうする?」
 見下したような挑戦的な笑みを浮かべるメリアドラス。その明らかに挑発的な仕草に溜息をついて、ジョンアーサーはゆっくりと腕を組んだ。
「どうもせんよ。どうかできるものでもない。私の可愛いあの子を餌食にする気でもなさそうだ。………とりあえず、礼を言っておく。あの子を救ってくれたことに。あの子は、この街では本当に自由にはなれないだろうからな」
「心配には及ばん」
「ああ、そうだと信じよう。…………ソレイモルンもカグリエルマも、ミイラ取りがミイラになってしまったな…」
 最後の囁きは、夜の静寂に溶け込むようなか細い声だったが、メリアドラスはそれを聞き逃すことはなかった。

  

ちょっと書きにくかったので、一人称をやめました〜。

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