3.ラヴァリリィ

Starved+Mortal afterward

 わたしは、大きくなったらこの人の奥さんになるんだ、と漠然と思っていた。
 それが単なる夢だったのか、それとも本気だったのか、今となっては誰にも教えないと決めた。


***


 カグリエルマは沈んでいた。
 フェルドレイクを追い出し、首のキスマークが気になるからと着替えをして家を出た。最初はグラエンダル邸へ。次にハンターギルドの本部へ行った。
 幌の付いた馬車で移動する。馬を操るのはカグリエルマだ。厩には馬が一頭、本当は三頭いたらしいのだが、一頭は私の国で餌食になったが、残りの一頭は多分貸し出し中だと言っていた。
 御者が付くなら日光に当たらなくてすむのにな、そう言って苦笑したカグリエルマは私に最大限の気を遣っていた。本当は、そこまで気に病むようなことではない。陽光は天敵だが致命傷を与える物ではない。そして、今の私には敵などいない。
 行きとは異なり、増える溜息に会話が減る。依頼主の言葉に相当傷ついたらしいが、私は何と声をかけようか。
「カグラ」
「………あー?」
「…それほど堪えたか」
 依頼主グラエンダル氏の元まで、私はついていかなかった。声を聴こうと思えば聴くことができるし、私が行くことで話がこじれることになるだろうから。
「アレはえぐられたよ、本当。この俺に『その程度の実力だからでしょう』は無いよな。依頼達成率百パーセントの俺に、その程度って…どの程度よ。お宅のお嬢さんのおかげですよと何度言おうと思ったか…。むこうに戻ったら絶対嫌がらせしてやるから覚えてろよジョウサイアス」
 私は苦笑を漏らす。堪えているが、それほどダメージを受けているわけではないようだ。
「しかも、アーサーいないし」
 文句を含んだ呟き。アーサーと呼ばれる男は、カグリエルマの所属するギルドの長だという。ギルドの事務に依頼内容を報告し、懇意にしているらしいジョンアーサーの行方を問うと、明日の夜まで不在とのこと。さらに事務嬢が言うには、『ロレンス家主催の祝宴』が明日の夜に開かれ、任務外のギルド員は参加が義務化されているらしい。それを聞いてカグリエルマは舌打ちをした。
「行きたくないのか?」
「いや…まあ、なんだ…色々複雑でさぁ…」
 本人もよく理解していないような訝しげな表情で歯切れ悪く言う。
「お前も来るよな?」
「もちろんだ」
 それこそ、何を今更、だ。
 カグリエルマが溜息をついた。


***


 近づく馬車の音に、わたしは確信した。白い家の白いドアを背もたれにして座っていた。土や雑草を払うように何度かスカートをならし、蹄の音に耳をそばだてる。
「……今まで、どこにいってたのよ馬鹿」
 自分でも聞こえないような小さな声で愚痴る。
 馬車が見えた。柵を乗り越えて、厩に近づいてくる。
 馬車を止めた橙色の髪の青年は、目を見開いて驚いた。そして破顔した。
「ラヴァリリィ!?元気だったか?」
 わたしの側に駆けてきて、抱き上げる。嬉しいけれど、恥ずかしい。わたし、もうそんなに子供じゃないのよ?身体だって重たくなったのに、どうして軽々と抱きかかえられるの?
「わたしをほうっておいて、三ヶ月もどこに行っていたの、お馬鹿さん?」
「悪いな、心配かけただろ?お袋さんも元気か?」
「母さんはソロモンおじさまの頃から心配性よ。これ以上わたしたち親子に心配かけるのは考え物ね、カグラ」
「……可愛くなったなあ、ラヴ」
「わかってないわね、そういうときレディには『綺麗になった』って言うものよ?」
 精一杯微笑んでカグラにキスをする。帰ってきたのなら、許してあげるわ。
 思いっきり抱きついたわたし達の向こう、馬車にはまだ人が乗っていた。驚いた、気配がしないんだもの。
 その人はとても不思議な雰囲気の男の人で、でもわたしにはその人が何を考えているのか瞬時にわかってしまった。
 この人はわたしと同じ。カグラが好きなんだわ。
 ちらりと伺うと、その紅玉の双眸と目があった。黒い髪に赤い瞳なんて初めて見たけど、鑑賞に値する色あわせね。
 でも、譲る気無いもの。
 わたしは意地悪く綺麗に微笑んだ。それこそ勝ち誇った女神のように残酷に。
 その途端、馬車上の人物は眉間にしわを寄せてビシリと固まった。
 ふっ、勝った。


***


 小娘…。
 思ったことを口に出すようなことをしなかったのは称賛に値する。私のカグリエルマに無造作に抱きつく小娘は、フェルドレイクよりたちが悪い。
 年は十が十二か、そんな小娘が一番手に終えない。将来どれほど美貌に恵まれるか無尽蔵な容姿は、この都市の特徴か。黙っていれば可愛いものを…。
 何も知らずに無邪気に抱き返すカグリエルマに怒りを覚えつつ、その矛先は違うと自答した。
 青緑の瞳が、雄弁に語る。あんたにはあげないわ、と。
 相手にするとどつぼにはまりそうなので、私は無言で馬車を降りた。日光をよけつつ、家の陰に入る。
「あ。悪い、中入ろう?」
 小娘を抱きかかえながらカグリエルマが言う。満面の笑顔で。
 彼は今私がどれほど嫉妬に燃えているかわかっていないのだろう、そう思うと一抹の虚しさが胸をよぎった。
 家の中に入って小娘を床に降ろしても、その少女はカグリエルマから離れようとはしない。………いい加減にしろ。
「ごめんなさい、カグラ。貴方の馬、勝手に借りてしまったわ」
 しゅんと落ち込んだように言う小さな唇も、恐らく計算ずくなのだ。
「気にするなよ。俺がいないときの馬の世話はラヴがやってくれてるんだから、好きに使っていいんだぞ」
 その答えを知っていたかのように小娘は微笑み、またカグリエルマに抱きつく。
 ……私のことは完全に無視か。
 どこかやさぐれた気分でソファに身を沈めたとき、ようやく気付いたカグリエルマが私に向き直った。オマケか。
「紹介するよ。この子はラヴァリリィ。俺の隣に住んでる。この子の母さんとはソロモンのときから世話になってるんだ」
「世話だなんて。夫婦みたいなものでしょう?」
 はにかんで笑う。
「どこでそんな言葉覚えるんだよ」
「そんなことはいいのよ。それより、この三ヶ月、わたしに何も言わずにどこに行っていたの?」
「うん、仕事で、ね」
 歯切れ悪い物言い。それでは答えになってないと思うが。そんな答えでは小娘がつけあがるだけだろう。
 私のあては外れていなかった。
「三ヶ月も音信不通になる仕事ってどんなお仕事かしら?」
「ん?まあ、イロイロと、ね」
「男の『色々』って信用ならない物よ?覚えておいて」
「……このひとに、世話になってたんだよ」
 と、私の方を向く。あからさまに助けを求められて、今の私に何を言えというのか。
「………誰?」
 カグリエルマに見えないよう、巧妙に笑んだ。それも底意地の悪い笑みを。
「ちょっと遠いところの城主」
「お城の、主?こんなに若くて?」
 お前に言われたくないな、小娘。
「あなた、お名前は?どうしてご主人様がこんな所にいるのかしら?」
「私はメンドシノ。ここへは見聞を広めに来たんだが、お嬢さん」
 メンドシノは、偽名の一つ。そうやすやすと真名を名乗る魔物などいない。
「まあ、見聞だなんて、とっても物知らずなのね」
 言ってくれる。
「ラ、ラヴ?それはとても失礼だろう?」
「そうね、ごめんなさい」
 カグリエルマに言われて素直に謝る。
「カグラが帰ってきたのを聞いて、母さんは大喜びしてるの。お昼、うちで食べるわよね?……そちらの御貴族様には口に合わないかもしれないけれど」
 どこまでも嫌みを忘れない。だんだん私は呆れてきた。子供相手に嫉妬してどうとなるものでもあるまい。食事をとるのなら、好きにすればいい。
 外野を気にとめず、私は立ち上がる。
「あ、おいっ!メリー!?」
「疲れた。私は少し休む」
 らしくもない科白を吐いて、私は奥の部屋に退散を決めた。


***


 ムカツクわ。余裕そうに。
 スタイルもよくて顔もいいし、気品に溢れてるのは認めるけれど、我が物顔でカグラの家を歩き回るのは許せないわ。
「ねえ、カグラ。あのひと、なんなの?」
「やけにつっかかるね、ラヴァリリィ。そんなに気になる?さては一目惚れかな?」
 意地悪そうににやける綺麗な顔が腹立たしい。どうしてそう鈍感でいられるのかわたしには理解できない。
「あなたにはわたしがいるのに、よくそんなことが言えたものね?」
「拗ねるなよ、可愛い顔が台無しだぞ?」
「おだてても乗らないわよ」
「………本っ当。可愛いな、お前」
 苦笑で誤魔化されるほど、わたし子供じゃないわ。
「ねえ、だから、なんなの?」
「なんなのって……」
 どうしてそこで照れるのよ。筋が通ってないじゃない。
「大人のヒミツな。もう少ししたらわかるよ」
「わたしは十分大人よ。……まさかお金で買われたんじゃないでしょうね。わたし、ドレイクも好きじゃないけど、カグラをそんな目で見る人はもっと嫌いよ」
「………俺のことそんな目で見てたのか、ラヴ」
「そうやって殊勝にでても許さないわ。わたしの前ではっきり言ってちょうだいな」
 問いつめると、カグラは両手を上げた。降参の印だ。
 でも、わたしの期待する答えは返ってこなかった。曖昧に流されるのは慣れていない。今まで、一度だってわたしに隠し事しなかったのに、どうしてあのひとのことは隠すの?
「お昼、くるわよね?」
 泣きそうに演技しながら言うと、カグラはわたしの頭を撫でてすまなそうに首を横に振った。
「飯、食って来たんだ。そのかわり、お茶には呼ばれたいんだけど。ラヴのお手製クッキー食べたくてうずうずしてるんだよ」
 気遣いに二重のショックを受けた。でも、顔に出すことはしない。
「………わかったわ。母さんにもそう伝える。時間になったらいつでも来てね。待ってるから」
 どうみても、わたしは相手にされていない。家事だってできるのに。いつでもお嫁にいけるのよ?
 苦い物を噛みながら、わたしは名残惜しげに家に帰るしかなかった。
 でも、絶対、譲らないわ。譲ってなるものですか。覚えてらっしゃい。


***


 台所とおぼしき奥まった所に、ワインセラーを見つけた。銘柄は知らないが、フルボディの赤ならまあいいだろう。本当はもっと強い物が呑みたいが。
 ロビーで話される会話は全て筒抜けだが、あまり気にとめないことにした。
 子供の会話に私が腹を立ててどうする。
 小娘が家から出ていくのはそう時間を食わなかった。カグリエルマは律儀に外まで送り、
私を捜している。
「ああ、いたいた。……って、何、昼から酒呑むのかよ?」
「時間など無意味だろう?」
 事実、私の国では時間に左右されずに好きな酒を飲みまくっていただろうに。
「………拗ねてるね?」
「この私がか」
 無表情で言うと、カグリエルマは悪戯を思いついた子供のような表情で私に近づいてきた。
「ラヴはまだ子供だぜ?」
「そう思っているのはお前だけだと思うが。よく、鈍いと言われないか?」
 身近に奥手のフェルドレイクと直球のラヴァリリィがいて、どうしてそう飄々とかわすのか、不可思議だ。優柔不断は好かれないと思うが。
「今更年齢なんて気にしないけどな。なんつーか、俺の好みじゃないの。…そうだな、ボナディアのほうがよっぽど俺のタイプ」
 私の想いは杞憂で終わったらしい。それこそアホらしい話だ。
「……熟女が好きか」
 通りで社交界の話が飛び交うわけだ。
「プライド高くて使い込まれてそうなところがそそるんだよ。どうやって屈服させてやろうかって」
 腐っても男。そんな言葉が浮かんだが、胸にしまって置いた。
「私はどれにも当てはまっていないな」
「遊びと本気は違うだろ?」
 その確信犯的な笑みに、私はワインを棚に戻す。あの小娘の笑みより、こちらの方がよっぽどたちが悪い。
「なあ、さっき、本気で嫉妬してただろ?」
「……そうだ、と言ったら?」
 網に絡め取られた蝶のように、私はカグリエルマの唇を奪う。濃厚なそれではなく、焦らすように軽いキスを。
「………アンタ、ときどき妙に可愛いよな」
 今度はそう来たか。
「昼飯はどうする。私は関係ないが、あの娘の家に行ってもいいんだぞ」
 事実、カグリエルマは昼食を取っていない。あの少女に言った言葉は完全に嘘である。
「もっと、違う物が食べたいんだけど」
 今朝の拒否はどこへ行った?よぎった言葉を表す前に嚥下する。据え膳を食わないのは男ではないな。
「寝室、二階」
 その科白を最後に、私は小娘の存在を思考から消し去った。

  

子供に嫉妬するメリーが書きたかったの。前の話と似てるけどいいんだ。書きたい物を書く〜
結局バカップル。

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