VSeI - nexterface -

Vir-Stellaerrans Interface

『枢機卿、外線通信が入ってます』
「やあ、ロキ。誰から?」
『子供達の学習プログラムで一度世話になった――』
「ああ、解った。いいよ。繋げて。盗聴はしないでね」
『解ってます。繋げますよ』
「…………やあ、久しぶりだね。…ああ。文字通り飛んでいったよ。仲が良くて何より。…え?何だいそれ、物騒だね。冗談だろう?…そう?それにしても、私の二の舞に成らずに済んで、良かった。…うん、君ならそう言うだろうとは思ったけれどね。でもやはり、独りというのは…堪えるよ。…ああ、大丈夫。君のことは伝えていない。そういう約束だ。今後伝える気もないよ。君達が今後どうするかなんて、『客』である私の関与すべきことではないからね。…うん?まあ、そう言わずに、今度またお茶でもしようよ。…はは、冷たいな。…ああ、それじゃ。君も元気で」
  端末を置いた麒麝は、子供の容姿に似合わぬ老獪な笑みを浮かべ、窓の向こうを見つめた。晴天の空。受ける光を樹木の緑が跳ね返す。森の奥に佇む獣は、何を考え、何を想うだろう。
  あの閉じた中庭は、もしかしたらもう必要ないかもしれない。そんなことを考えながら、溜まった執務に戻った。
  人としての生活も、案外楽しい物だ。

 

***

 

 銀色の体毛と紅い宝石のような瞳の獣は、同種の遠吠えを聞いた気がして顔を上げた。
  今日は愛しい相手が来ない。だが、もっと大事な何かが目覚める気配を感じていた。それは母か父か。いいや、力や存在の根源であるものだ。主と言っていいだろう。人間が作った檻に大人しく眠る自分は、最も残酷な獣だ。鋭い爪を隠し、無害を装っているだけ。同族を殺し尽くしてまで護ろうとした者を、目覚めぬ主に変わって愛す為に飼われていた。
  これから、どうするべきだろう。
  もし彼がここに戻らないのであれば、自分はこんなに人間が多い場所に紛れている必要は無い。あの憎らしい獣の縄張りさえ侵さなければ、何処へだって行ける。
  先程聞こえた気がした声は、あの獣だろうか。
  自分とは違い、ずっと眠ったままの獣。漸く目覚めたなんて遅すぎる。彼の傍に居られるこの庭に、頼まれたって入れてやるつもりはない。
  銀色の獣は後ろ足で首筋をかき、そのまま首を下ろして寝の体勢に戻った。きっと彼はここに帰ってくる。待つのは嫌いじゃない。長い尾がゆらりと芝生を撫で、辺りは静かになった。

 

***

 

「平和だな」
「それが何よりですわ、ヴァン=ウル将軍」
「つれないな、クイーン。昔みたいにスルガでいい」
「誤解を招く発言は控えてください、中将閣下。それに、私は昔の男に興味が沸かないのよ。ごめんなさいね」
「君こそ十分誤解を招きそうなことを言ってくれるじゃないか。妻が聞いたら殺されそうだ」
  思わず肩を震わせて笑い声を上げたスルガは、新しい珈琲と一緒に電子バインダーを受け取った。
「君の『今の男』は、休暇を満喫中かな?」
「さあ。自分で申請しておいて、許可が下りた途端に素っ頓狂な顔してたわよ。『殺すか壊す以外にやることなんかねぇよ』なんてぼやいてたけど」
「…流石、似てるね。ルイそっくりだ。まさか私の真似も得意だったりしないだろうな」
「うふふふふ」
「解った。出来れば余りやらないでもらえたら助かる」
  渋い顔で電子バインダーに署名を終えたスルガは、それをクイーンへ返す。書類の中身は、その昔自分が作成していたものと良く似ていた。数年前までの肩書きを後進へ譲り、今は彼らを統括する位置にいる。
「奴にならば、この椅子も譲ったのだがな…」
  遠い記憶から零れた言葉を、クイーンは聞き漏らさなかった。用が済んだ執務室を出る前に、苦笑混じりで過去の上司を見つめやる。
「敵わない恋ね」
「…馬鹿なことを言うものじゃない。奴の力に惚れ込んではいたが、恋心などかけらも湧きはしなかったぞ」
「ふふ。ごめんなさい。知ってるわ」
「君がルイの真似をしたので、懐かしいことを思い出したよ。私も年を取った物だ」
  惑星グラビールの生まれとして、齢六十を過ぎた今となっても第一線で戦える自信はある。だがそれでもやはり老いは近付いてきていた。戦闘種族として戦いに身を投じる情熱は忘れられないが、後進を育てる事もそうつまらなくはない。
「奴は昔言っていた。白兵戦が好きだ、と」
  スルガは椅子の背もたれに身体を預けた。長嘆と共に瞳を閉じる。
『俺は白兵戦のほうが好きだ』
『生臭いな』
『殺し合いは血なまぐさいもんさ。戦闘機を打ち落としたって、数値が減るだけだ』
『手応えを求めるとはお前らしいよ』
  今でも鮮明に覚えている。古い記憶だが、脳裏に浮かぶ自分と相手の姿は色あせては居なかった。
「まったく同じ会話をルイとしたときには、なかなか堪えたな」
  これもまた完璧に思い出せるものだが、自分の姿だけ何十も老けていた。
  戦死した親友の息子が、その父と同じ職を選んだ時、心の中では止めたかった。あの当時は権限など殆ど無かったので知ることの出来なかった軍の機密も、年齢と経験を積んで地位が上がるにつれて知ることが出来た。
  年に一度会えるかどうかという親友の忘れ形見を見る度、何処へも吐き出せない罪悪感や苛立ちを覚えたものだ。
「『血の茨』なんて名前の兵器が有るって聞いた時は、何かの痛そうな拷問器具かしらと思ったけれど」
「クイーン。君がその名を知っているということを、私は知らないでおくとするよ」
「そうね。知っているのは名前だけ。後は想像しかできないわ。きっと、私が知らなくていいことでしょう?」
「その通りだ。…もっとも、ただ発音が似ているという理由だけで名付けられただけだがね。東方の何処かの惑星の地方言語らしい。言い得て妙だが悪趣味だとは思う」
  スルガの昔話から発展してどうして兵器の名前に繋がるのか、互いの地位や様々な理由が絡み合って賢くも言明を避けた二人は、小さく笑ってお互いに視線を外した。
「私の故郷では、どんな茨だってちゃんと愛せば綺麗に咲くのよ」
  目尻の皺もチャーミングに寄せながらウィンクをして見せたクイーンは、形式通りに礼をして執務室から立ち去った。
  残された室内で、返礼を忘れて呆気にとられていたスルガが、一人喉を震わせる。くくく、と唸るような声は次第に笑いへと発展した。愉快なわけではなかった。悲しみの混じる、苦笑に近い。
  彼女はきっと、名前以外は何もしらない。それは真実だろう。だからこそ無邪気に言えたのだ。だが、なんて皮肉だろう。
「咲いた瞬間に首が落ちる。私は二度と見たくはない。だからこそ、総帥の言葉を信じよう」
  笑顔でいられるのは、ひとつの希望があるからだ。
『古い馴染みが育てた子は、茨の呪いを解くだろう』
  滅多に見せぬ『麒麟』種としての威厳でもって告げられた言葉を思い出し、スルガは執務に戻った。
  せいぜい存分に、与えられた休暇を満喫するがいい。

  

関係者それぞれ。
2010/09/08

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