束縛の騎士団 - 3 -

The Horn Tablet [ The Knights of bind ]

 この世界の中央にある二大国。神聖ミネディエンス、カーマ王国。ミネディエンスは聖なる属性を司る『創主』を崇める宗教国家だ。それと対するカーマ王国は、『創主』の双子神の片割れ『紅蓮なる魔神』として畏れられた神の血を受け継ぐ軍事国家である。両国は相反しているが、戦を呼ぶほど諍いはない。
 創世記、双子神は昼と夜のように表裏で世界を治めた。
 その終演は『創主』自身が作り出し、結果皮肉にも同士討ちの形で世界は救われる。神体を保てなくなった『魔神』は人間に移身し、その血と魔力を人に分け与えた。
 その史実は、事実である。
 双子神の戦いの地になった大地に今、人は溢れている。
 しかし、その両方もお互いに助け合うことはなかったが。

 ミネディエンスの武力の要である、四聖騎士団。大主教を頂点とした『創主』信仰のこの国で、その教派に所属する厳格な騎士達。国民は彼らを尊敬と畏怖の念を持ってホーリーナイツと呼ぶ。しかし、一部皮肉げにその戒律厳しい騎士団を揶揄する呼び方があった。
 ナイツオブバインド、すなわち『束縛の騎士団』、と。
 彼らは自分から型に填り込む。自らを厳格に縛り付ける。今は亡き神のために。

 セツは深緑色の重たげなマントを目深までおおい、一人の騎士に近付いた。
「魅朧(メイロン)に伝言を頼む」
 朝日に輝く甲冑を身に纏った騎士のマントの色は青。聖水騎士団の一人だ。
「メイロンとはどなたの事をおっしゃっているのか解りませんな、旅の方よ」
「俺の声を忘れたのかハロク」
 くつくつと笑いながら、セツは服の中から一つの指輪を取り出した。たった一瞬相手に確認させてすぐにしまったそれは、プラチナの土台にブラックオニキスがはめ込まれている。そのオニキスを囲うようにプラチナには鱗模様が掘ってあった。この騎士も同じ指輪をしている。
 マントを少し上げて顔を見せると、ハロクと呼ばれた男は眉を跳ね上げた。
「流幽(リィウヨウ)……。そうか、今朝の魔物の気配はお前がこの街に来たせいか」
「俺も好きであんなのに追いかけられてる訳じゃない」
 ふん、と鼻を鳴らして。
「魅朧に伝えろ。『獣が大陸』まで乗せて行け、と」
「また足に使う気か?キャプテン怒るぜ」
「それくらいの貸しはある。利子の取り立てだと思ってくれ」
 飄々と言ってのけるセツにハロクは溜息をもらす。
「場所にもよるが、どんなに遅くても二日後には港に着いてるだろうよ、流幽。とっととこの街を出てってくれ。あんたがいると仕事が増える」
「ハギアみたいなことを言う」
 前聖水騎士団長の名前を出すと、ハロクは厳つい顔に笑みを浮かべた。
「……あのくそ親父に伝えておけ。結婚おめでとう。子供生まれたら手紙よこせってな」
 セツが頷いたその時、ハロクと同じ青いマントをはためかせた騎士が近付いてきた。
「ハロク殿、団長がお呼びですが」
「了解しました、すぐにはせ参じますとお伝え下さい」
 お互いに敬礼を返す騎士達は、全く隙すら見せていない。
 この縛り付けられた集団を見るたびに、セツは気分が悪かった。信じること、決められた作法。それが我慢ならない。結果のために、全員が同じ動きをする必要が何処にあるのか。捨て駒にするより、機動性のある優秀な駒の方がいい、と無言で吐き捨てる。
「あんたの気持ちもわかるがな、俺達は好きでこの職についてる」
 セツの気配を目敏く読んだハロクが、伝言を伝えに来た騎士の後ろ姿を眺めつつ小声で呟く。
「天職だと思ってる野郎じゃなけりゃやってられない生活だが、ハギアの親父もあれで見事な騎士団長だったんだ。俺達にとっちゃな」
「水の風紀は乱れてる。噂は本当らしい」
「笑うな。俺達は例外だ。少ーしばかり世渡りに長けていて、がっちがちに固まってねえってだけだ。それも俺達の代で終わるだろう。ハギアをあれだけ尊敬していても、実際に行動を起こせるような度胸は、もうねぇよ」
 その笑顔は皮肉げで、でもどこか悲しみに満ちていた。銀色の甲冑が、泣き声のように軋んだ音を立てて消えた。

***

 朝食もあらかた食べ終わって、新しく注がれた小麦色の液体をすする。世間話などできるはずはなく、リディジェスターは居心地の悪い思いをしながら座っていた。
 ふいに、主の気配を嗅覚で感じて、その発信源を凝視した。スコーンに塗りかけた苺のジャムが、その指にぽたりと落ちる。気付いたダイクは、何事かとリディジェスターの視線を追った。しばらくすると、賑わい始めた道の角から濃緑のマントにくるまれた人物が目に入った。
「恐れ入るな、その忠信」
 軽い揶揄を、リディジェスターは無視した。
 迷いもなく近付いてくるセツは、改めてリディジェスターの容姿に目を細めた。生みの親キュヴィエに瓜二つだというその美貌。淡い色の付いた髪は、朝日にきらきらと輝いていた。琥珀色と深青の瞳が、じっとセツを見つめている。
 その迷いのない視線。挑むような。
 絶対の信頼を寄せてなお、決して自分の物にはならないその視線。虐めたくなる、胸中で残虐に笑ってみる。
 マントのフードをおろして、セツは二人の座る席に近付いた。
「早かったな、セツ」
「ハロンから伝言だ。『結婚おめでとう。子供生まれたら手紙よこせ』」
 言われたそのままの台詞を述べ、セツは空いた席に座った。
「…ふっ…。あいつらしい」
 苦笑を漏らすダイクは、皺の寄った眉間を指で慣らした。哀愁に浸る元騎士団長を横目に見ながら、セツは魔獣に目を向けた。
 何か言いたげなその視線に笑い、その指に付いた赤いジャムに目を留める。何のてらいもなく、セツはリディジェスターの指を口に運んだ。舌を使って、器用に舐め取る。
 今朝方その血を舐められた事を思い出し、リディジェスターがやはり訳の分からないような顔で主を見つめ返した。
「……………………この色ボケ」
 じと目で睨み付けるダイクをしっかりと無視して、セツは濡れた音を残して唇を離した。
「いい子にしてたか?」
 あからさまなからかいの口調に、リディジェスターが激昂する。一連の行為がからかいだと理解した魔獣は、含み笑いを残すセツを睨み付けた。
「かみさんの母胎が心配だから、そういうのは余所でやってくれ」
「ダイク、俺達は二日以内にここを立つ」
 唐突に真顔に戻ったセツは、片眉を上げたダイクに告げた。
「………この街は通過点か。捜し物が見つかったのだな?」
「……可能性が開けただけだが」
「そうか……。では、おめでとうと言えばいいのか?もしかしたらこれがお前に会う最後かもしれん」
「そうであることを願うだけさ…」
 淡々と語る二人に、リディジェスターが告げた。深い溜息と共に。

「理解できない」

 そして、立ち上がる。呆気にとられる二人を置いて、魔獣はひとり歩き出す。引き止めることも忘れた。
「なあセツ。もしかしてあの子が一番まともなんじゃないのか?」
「……………俺に聞くな」
「錬金術界の遺産みたいなあの子をどうする気なんだ、と聞いてもいいか?」
 真面目とも不真面目ともとれる視線で、肘を突いて獣を見送るセツに尋ねる。
「アレが見つかったなら、とっとと一人で発掘しに行けばいいだろう」
「……………ダイク、何故結婚した?」
 くつくつと笑いながら、セツはリディジェスターが残していったコーヒーをすする。
「何故だと?直感だ。私にはあの女性しかいないと、気が付いた。この件に関してだけは、運命と神を信じてもいい。随分遠回りしたが、結果的にお前のお陰で年相応だ。それと何の関係がある?」
「『角刻版(ホーンタブレット)』を見つけたら、俺は確実に死ねるだろう」
「………ああ」
「いざ死ぬとなったら、証人が欲しくなった」
「都合のいい事だな」
 旧友を皮肉る。
「私がその役目でなくて感謝するよ。友人の死ぬ姿を目の前で見れるほど図太くないんでな。殺しは一人で十分だ。私はお前の真似など生涯できないだろう」
「俺は束縛を受けていないからな」
 皮肉を返したセツへ、元聖水騎士団長は盛大に溜息を付いた。濃紺の瞳は、青年のそれでなく年老いた色を滲ませている。
「セツ…。ゼフィルス。私にまで隠したまま逝くのか?」
「………じゃあ、何て言えば納得する。キュヴィエの名にまんまと引っかかったとでも?明らかに魔物なのに妙に綺麗に感じたとか?確かに死ぬだけなら一人でいい。人の倍生きてきて、殺しも孤独も何一つ感じなくなったが、本当に久しぶりに………感じた」
「…何を?」
「欲しい、ってな…」
 まるで吐き捨てるように。

「汚してみたくなるだろう?」
 

***

 朝日が通りの煉瓦を照らして光る。輝砂でできているから、きらきらと光を反射する。行く当てもなくうろうろと。
 どうせ、帰る場所は主の元しかない。
 こんな事をしても無駄だと解っている。
 それでも、あの二人の会話が気にくわなかった。
 最初は憎かった。それがセツに対する第一印象だ。何百年も苦痛と共に囚われて、それこそ死を願った。
 それを、結果的に救ってくれたのはセツだ。俺に服従を望むはずなのに。俺はこんなにも自由だ。
 もう、契約に縛られずに、俺はあいつの命令に従ってもいい。
 ぐ、と拳を握りしめて。
 仕掛けられた檻に、自ら飛び込む。自由になりたいと願ったはずの意思は、いつの間にか束縛を良しとしていた。
 知識はあっても、経験はない。それは無知であるとほぼ同じ。教えてくれたのはセツだ。その点において、リディジェスターの世界は主を中心にしていると言って過言でない。
 今更、殺してでもこれ以上の自由を望む必要はない。
 だから。

「………束縛されてやる」

  

無理っくり終わらせてみた(懺悔)。脇役に騎士団を書こうとしたけれど、大したことはない設定吐き出しになるから止めました。
そのかわり次章は海賊!
2003/10/06

【どーでもいいネタ】
ハギア=ダイク・ハイマルメーネ
彼はミネディエンスで稀代の魔剣士でした。残りの寿命を妻と娘のために惜しげなく使い切ります。
むかしノーマル小説(カーマページにある「セイクリフィス」)を書いていたんですが、その中の悲劇のヒロインの父。(ちなみにその小説、生まれ変わった魔神(男。カーマの例の兄弟のエロシーンで、カーシュがちょこっと名前を出しています)と魔神の妻だった女の息子の対決話。普通じゃない勇者モノ。そういわれるとヤオイだわ)
部下からの信頼熱いオッサンでした。

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