「そんなに触って、面白い……?」
女とするときに比べて、必要以上に触れられている気がしてならないヴァリアンテは、率直に聞いてみた。
肌寒い寝室のベッドの上に転がりながら、子供みたいにじゃれあって。キスの合間に服を脱がせて、カーシュラードは暇なくヴァリアンテの肌に触れた。
「面白い、と言うより、嬉しいですよ。アンタにこうやって触れるんだから」
「…んっ…、こらッ!」
「剣士のくせに、肌に傷一つない…」
首筋からへそまで、ついと指をすべらせる。日に焼けている風でもないが健康的な肌の色。カーマ人にしては、ほんの少しだけ濃いかもしれない。
「………気になる身体ですね」
「……何言ってんだか」
わからない筈はない。この身体の構成要素は、殆ど同じなのだ。カーマ人より少しだけ長い耳、少しだけ濃い色の肌、それに究め付けて永久代謝細胞のおかげで傷ついてもすぐに治癒し、老いない身体。
髪の色や面影だって、お互いの母親に似ていないと言い切れない。
どうか、気付かないで。今だけは。
そんな微かな祈りも、熱い指が紡ぎだした愛撫に逸らされた。
「…結構、敏感なんですね」
「…ッ……、この…エロガキ…!」
「何とでも。ガキだって、やることはやれるんですよ」
心底楽しそうに喉の奥で笑って、脇腹を強く吸い上げた。そのまま唇を落として行って、中心を舐め上げる。慣れた仕草で、敏感に感じる部分を探し始めた。
「んッ…っ……放し…」
制止の声など聞かない。カーシュラードは器用にズボンを脱がせて、そのまま足の間に居座った。舐め取られ銜えられる感覚に耐えきれなくなり、ヴァリアンテは上下に動く赤毛を力無く握りしめた。
「…ふ…、…く…ッ…」
与えられた刺激に息を詰めて、時折握りしめたままの赤毛を引いた。
もう、本当に、この子は。一体どこで覚えてくるんだろうか。戸惑いのない動きで追い上げてくるその様子に、心地よさを感じながら呆れてしまった。
次第に先走りで濡れてきた指をさらに奥へと進められ、何度かぐるりと指で押されてゆっくりと体内に侵入してきた。
「…ん、…ぅん……!」
痛みと言うより酷い圧迫感に、ヴァリアンテはきつく瞳を閉じる。枕に押しつけたままの顔を弱く左右に振る。
「……初めてですか、もしかして」
「…ぁ…人の…こと、何だとっ…!」
「アンタなら、経験あるのかと…」
「男に…、キョーミなんて…、ないっ…ッ…」
何かを探す様な微妙な動きで体内を這われる感覚に、嫌悪感を何とか飲み込んだ。ちゅ、と音がして、カーシュラードはその先端を舐め取った。
ぐ、と奥まで指を押し入れ、指先をほんの少し曲げてみる。
「あッ…!」
ぴく、と身体が跳ねて、ヴァリアンテは自分の口を掌で覆った。指でそこを押し上げられるたびに断続的な声が漏れてしまう。
「ゃ、…ぁ…あ、…んっ…!」
艶の混じる喘ぎを耳にしながら。藻掻く指がシーツをたぐり寄せる音や、滲ませた先走りの濡れた音。
女みたいな声で啼きながら足を開いていること自体に羞恥は感じるが、この行為自体には不思議と羞恥を感じなかった。ヴァリアンテは潤んだ瞳を微かに開けて、何か訴えかける様な視線を送ってみる。
「…あんまり煽らないで下さいよ。乱暴にしたくなる」
「調子…乗るな……」
「手遅れ、ですよ。こんな乱れたアンタ見て、興奮しない訳ないでしょうが」
喉の奥で笑って、増やした指を一気に突き入れた。
「ア…!」
軽く仰け反った首に、伸び上がってキスをした。そのまま歯形を付ける勢いで吸い上げると、熱い体内に締め付けられた。
「…っとに、誘ってんですか、アンタは」
「黙れクソガキ!……ん、…ちょっ……っ!!」
罵った途端、もう十分すぎるほど掻き乱していた指を引き抜かれて、代わりに指よりもっと熱く猛ったものが押し当てられた。
「待…てっ、カーシュ…!」
本能的な畏れに拒絶しても、
「今更。アンタ殺したって、止めない」
自分より年下とは思えない凶暴な男の顔で、噛み付くようなキスを繰り返して。
「んっ、ん…、っ――――――!」
態度よりはゆっくりした動きで押し入り、ヴァリアンテが息を吐いた瞬間を見計らって、一気に最奥まで貫いた。
「アンタ、…キツすぎ」
「動く、なっ……馬鹿!」
痛みに伴う圧迫感をやり過ごしながら喘ぐと、心底楽しそうに囁きながらカーシュラードが腰を揺する。
「…これで、全部」
指で散々探った場所を突かれて埋められて、ヴァリアンテは堪えられないようにその手をカーシュラードに回した。
いつのまにか、痛みなんて快楽にすげ替えられて。直にそこを擦られて、堪らなくなる。見事なまでの両腕の霊印に爪を立てると、カーシュラードが息を詰めた。そして仕返しだというようにさらに激しく腰を打ち付けられた。
「あ…ぁっ、…く…ぅ…やッ、ぁ…!」
「熱…。アンタ、本当に初めて?」
「…っかやろ、…ぁ、んっ…」
「凄い、な」
ベッドが軋むに任せて何度も何度も奥へ。生身の肌が擦り上げられる濡れた音が響いて、それにすらさらに煽られて。
時折痙攣するように動く両足を開かせて、男にしては細い腰をもっと引き寄せ、自制心と理性を焼き切る動きを繰り返した。
「……一回、終わらせますよ」
欲情に煙った低く掠れた声で告げられて、理解する前に一気に追い上げられた。
「待っ…、ぁ…あ、やぁっ……!!」
「…くっ、…」
ぐ、と信じられないぐらい奥まで突き上げられ、早鐘を鳴らす鼓動に沿うように何度かに分けられた熱い塊を体内で感じた。
殆どしがみついていた腕をぱたりとシーツの上に落として、ヴァリアンテは弛緩する身体と共に酷い罪悪感を感じた。
濡れた瞳を開けると、丁度カーシュラードの首もとが目に入った。先日確かに切られて血が滲んでいたその首筋は、綺麗なものだった。あれくらいの傷が治るのに、一日とかからないだろう。そんなとこまでも、自分と同じなのに。
落ち着いた呼吸を取り戻したヴァリアンテを見計らって、カーシュラードはゆっくりと腰を引いた。
「…ァ…っ…」
恐らく無意識に漏らされたであろう喘ぎに、身体の熱が再発する。
気まずそうな切なそうな顔で視線から逃れるヴァリアンテの下肢をちらりと盗み見ると、半ば強引に放ったものがとろりと溢れ出た。
「………やらしいな」
「…な、に…?」
何処か舌足らずなその口調に、もう後退できなくなった。そのまま器用に身体を反転させて、腰を掴んで引き寄せた。
「カーシュ…!」
咎める声なんか、聞いてやるものか。
「や…んっ…、ぁ…ああっ…!」
獣みたいな繋がり方で。最初よりよっぽど滑りの良くなったそこは、難なく飲み込む。ぎりぎりまで引き抜いて一息に突き上げる。正面で抱き合った時とは違う角度で責められ、ヴァリアンテはただ流されないように荒く息を付いた。
一年半。良く我慢した。何度も襲いそうになったそれだけの想いの責任を取ってもらおう。
「やっぱり…、アンタ、凄い」
今は汗の浮いた背中一面に描かれた霊印が、闇に紛れて淡く光っているような錯覚を受ける。その背骨に沿うように、首の付け根から腰骨まで、淫らっぽい指の動きで辿られて。
「あ…っ」
「…っ…」
途端に啼いたその声が、随分甘かった。それに加えて、いきなり締め付けられた。
煽っていた筈なのに、追いつめられた感じがして、カーシュラードは舌打ちをした。主導権を渡さないように、突き動かす腰の動きだけを早めてやる。
「…ゃ、あ…っ……、ん、…ふっ…ぁ…!」
「……いい、声」
無意識に締め付けてしまってから、尾を引くように何度も内壁が収縮し、出入りするその激しさに慣れて飲み込もうとする自分の身体が、ヴァリアンテにとって酷く恨めしかった。
腕はすでに力を無くしていて。腰だけ高く上げた卑猥な恰好をとらされているけれど、それを意識している余裕なんて無かった。
「どうせなら、……とことん。付き合って、ください…」
「…なっ、手加…減ッ…して…よ……っ…」
「…………無理」
お互いに思いも寄らない熱を呼び出し、理屈とか倫理なんてものが掠れてしまうぐらいの力強さで追い上げて。
溜め込んだ想いを全部混ぜ合わせてしまえば。後はもう、原始的な欲求を満たすことに集中した。
***
カーテンも掛かっていない窓から差し込んできた朝日に、ヴァリアンテはうっすらと瞳を開けた。
目覚めは割といい方だ。記憶の整理なんかしなくたって、ちゃんと覚えている。
「………サイテー」
誰が。
自分が、だ。
すっきりと清められた身体と、綺麗なシーツ。サイドテーブルには見慣れた銘柄の煙草と灰皿代わりになった小皿。
ゆっくりと緩慢な動きで煙草を一本取りだして、魔力を使って火を付けた。何も身に纏っていないので少し肌寒い。毛布を腰に巻き付けて、背をクッションの山に埋める。
「………弟とやっちまったよ…」
ぼそっと、薄情にも背を向けて眠るカーシュラードをじと目で睨み付けながら。
それにしたって、あんなに訳が分からなくなるほど過激な触れ合いなど経験したことがない。悪くはなかったが、度が過ぎている。
深く深く煙を吐くと、がしがしと甘栗色の髪を掻き上げる。
「……仕事、休むしかないよなぁ…、さすがに」
ろくに歩けそうにない。声だって嗄れている。こんなに怠い身体では、剣など振るえるはずがない。
「…まぶし…」
寝起きに掠れた低音が、枕元から聞こえてきた。
煙草を銜えたまま拳で赤毛を小突くと、もそもそとカーシュラードがこちらを向いた。
「おはよう」
逆光で眩しいのか、瞼をしばたいて。
すすす、と近付いてきた力強い腕が腰に回って、甘い肌に猫みたいに鼻先をこすりつけて。
「……もいっかい、しません?」
「しません」
「………即答ですか」
冗談とも本気ともとれない笑いを返しながら、カーシュラードはヴァリアンテの煙草を奪い取った。
「オーバーワークもいいとこだよ…」
「………そういえば、素でしたね」
乗り上げてきて、唇を奪う。顔を傾けて深く貪ってから、にやりと笑って。
「剣を振るう時とセックスは同義なんですか?」
「………は?」
人が罪悪感に苛まれていたのに、何て呑気なんだろうこの弟は。
「まあ、いいですけれど。これで、許可降りたと思っていいですね」
赤い長めの前髪を掻き上げて煙草を銜える様は、とても未成年には見えない。
程良く筋肉の付いた腕の、瞳と同じ漆黒色の霊印を見つめて息を呑む。あまり人前に見せない両腕のそれを、こんな明るいところで目にしたのは殆ど初めてかもしれない。
鋭く、力強い。人外の何かが描いた様な精巧さは、刀を振るう剣豪には相応しい物だ。
「……負ける、かもな」
これじゃ、剣技で、勝てるわけ無い。
「は?何か言いました?」
「…うん?……すごいね、腕」
「アンタには負けますよ。きっと、一生勝てない」
「………勝つよ」
勝つだろう。
今すぐにではないけれど、そう遠くないうちにきっと。この国の誰一人として敵わないくらいに、いっそ成ってくれると誇らしい。
自分で納得してしまうと、悩んでいたことが不思議なほど落ち着いた。すとんと、型がはまるみたいに、すっとした。いつものようににこりと微笑めば、灰皿に煙草を押しつけて唇を求めてきた。
珍しくヴァリアンテも求めてくれて、有頂天気味に腰を抱こうとしたカーシュラードは、唐突に響いてきた音に気を散らされた。
「…痛っ…」
「カーシュ…?」
「何だ、これ。いたたた…」
こめかみを指で押さえながら、鋼を打ったような澄んだ音が体中の血管を駆け抜ける。
じわりと来るのではなく、強烈な呼びかけの様だった。耳元でがんがん叫ばれているふうに感じる。
「何でこんな音…」
「音……?ちょっと、どんな音…?」
ひっかかりを感じたヴァリアンテは、問いつめるみたいにカーシュラードの肩に手をかけた。
「剣を打ち合わせたみたいな高音の、女の叫び声というか…。やたら呼ばれている気がするんですけど」
痛い。ずきずきするこめかみをさする。
「………着替えて、カーシュ。行くよ」
「はい?ちょ、行くって?何ですかヴァリアンテ」
戸惑うカーシュラードにそれ以上何も言わずに、ヴァリアンテはベッドを降りた。
臙脂と黒を基調にした簡素だが格式あるコートに身を包んだヴァリアンテは、その屋敷の前で立ち止まった。体が不調だろうと構っていられない。
「………こんなとこにあったんですか」
朽ち果てたあばら屋の風体を露わにした石の家だ。伸び放題の蔦と建物よりも強固な結界柵が周りをぐるりと囲んでいる。
「どう?まだ、聞こえる?」
「というより、さっきより酷い。滅茶苦茶泣きわめかれている感じです」
苦笑を浮かべながら。
制服ではなく、何時だかヴァリアンテの家に置いたままにしてある洋服だった。黒いズボンと、長めの革コート。
「……行っておいで」
かつて自分も自らの師から言われた言葉を教え子に告げて。
半分理解できないような表情を浮かべながらカーシュラードはその柵に手を触れた。ざわりと脈打った蔦が弛み、軋んだ音一つ立てずに鉄の格子が開いた。
朝であるにも関わらず夜のように暗いその屋敷の中はしんと静まりかえったいた。
室内に満ちる魔力の気配に、この場所を悟る。
「ギュスタロッサ…」
その剣が、呼んでいる。
消えることのない蝋燭のほのかな明かりや、距離感や空間認識がおぼつかないにも関わらず、カーシュラードは迷わず歩みを進めた。階段の上にある部屋の扉を開けると、一斉に視線を感じた。
剱に瞳があったのなら、その部屋の剱という剱が見つめていた。ギュスタロッサの剣は生きている。それは言葉のあやではない。
部屋の奥まで進むと、棚の上に一本の黒い太刀があった。無造作に置かれているが、解る。利き手で握り、鞘から引き抜いた。
大きく反りを持った湾刀。刀身の半分以上が両刃という鋒両刃作(きっさきもろはづくり)だ。切断することはもとより、刺突にもむいていると言える。
「儀卿傲鋒妃、號仭(ごうじん)」
銘を呼ぶと、その音はぴたりと泣くのを止めた。
これからの生涯で死ぬまで共に闘う相棒だ。
決して誰にも告げたことはないが、本当は心底欲していた太刀を手にしたまま、カーシュラードはその鋼と同じ漆黒の瞳でにやりと笑った。
儀卿傲鋒妃は「ぎけいのごうほうのきさき」と読みます。
「仁義を知る王の傲慢でどーしよもない奥さん」とか、そんな意味だと思ってくださいまし。えらいじゃじゃ馬姫です。
悪魔の名前引っ張り出そうかと思ったけれど、太刀がカタカナ名前はなんか嫌なので、愛する柚木嬢の協力のもとオリジナル名前を考えましたよ…。有難う柚木嬢愛してる結婚しよう(待て)。
エロが長いんだか短いんだか…。なんか、だらだら書いてもとか言いながらだらだら書いてしまったか私…?
しかし、久しぶりに言わせたい台詞をいっぱい言わせられて満足。ん。腹八分目。
さて次回最終回。
2004/1/5