血脈を守る者 3

The Majestic Tumult Era "Stand by BLOOD"

「密会場所に病室を使うっていうのは、如何なものかしらン」
 音もなく気配もなく。
 見舞いに来るにしては物騒な侵入方法で、赤天師団の部隊長であるドナ・デヴァナは部屋に入った。
「僕の結界下にある此処が、この城の中で一番安全なんですよ」
「寝てるの?カーシュ」
「たまに、ね」
「貴方に倒れられちゃ本末転倒ヨ」
「わかってる。本題に入る前に、一つ聞いてもいいですか」
 未だ目覚めぬ人物が眠るベッドに座り込んだカーシュラードの対面に、ドナは折りたたみ式の椅子を持って来て腰掛けた。
「どうぞ?」
「貴女は騎士としての忠誠を、何に対して誓っていますか?」
 カーシュラードの問いに、見事なラインで足を組んだドナは眉を寄せた。柳眉が寄り、琥珀色の瞳に鋭さが混じる。
「その質問は、ギリギリだってわかってるのかしら」
「解っています。貴女は僕の事を聞いているんでしょうし、それについての密談だ。ヴァルが一番信頼していた貴女だからこそ、答えを知りたい」
 騎帝軍の軍人は、その任命式の折に国王の前で忠誠を誓う。
「アタシは『我らに流るる魔神の血脈へ』忠誠を誓うと宣誓したワ」
 叙任式での形式上の文言をそのまま発したドナに、カーシュラードは首を振る。その文言は台本に載せられているような物であって、殆どの物が気持ちの上で国王家に忠誠を誓っている。それは暗黙の了解だ。むしろ国家軍である騎帝軍の者達はそれ以外への忠誠を大っぴらにすると王家からの覚えが悪くなると考える節があった。
「…わかったわヨ。アタシはアタシとしての強さの源であるカーマの血に対して忠誠を掲げてる。誰かじゃなくて、もっと漠然としたもの。カーマの民の為になら喜んで剣を振るうわ」
「血は力だ。純血のカーマ人として、魔神たらしめるその血が濃く、尚かつ魔力が強ければ強いほど守るに値する。配合的に王族には魔力が高い者が多いけれど、魔導のなんたるかを吸収する者は少ない。例外的に血が濃くても魔力が並の者も居る」
「だからと言って守護に値しないってワケじゃあないでしょう。純血であるってだけで価値があるもの。純血であるということはその殆どが王家の一員って事に間違いはないでしょ」
「そうですね」
 一度言葉を切って、深く息を吸い込んだ。
「もし、貴女の目の前に、血が逆流するように畏怖を感じるカーマの魔力を持つ者が現れたら、どうしますか」
「例えば、ヴァリアンテとかアンタとか姫様とか?」
「姫は正しいかも知れませんが、厳密に言えば僕とヴァルはイレギュラーなので違います。まぁ、僕たちのことは追々話すとして。
 ―――ドナ、貴女は現国王と、魔神と思しき人物、どちらに剣と魂を捧げますか」
 言明を避けていたカーシュラードが漸く言葉にした内容に、ドナはニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。迂闊に口付けると毒牙にかかりそうな、紫紅の唇がつり上がる。
「『あの混乱の中、首謀者に忠誠を誓った者が居る。実力と地位の所為で反逆罪に問うべきが否か。即断は避けねばならない』。これが赤天師団での見解よ。アンタは随分危ない橋を渡ってる」
「理解しています。ですが、僕はこの血に誓って正しいと言い切る事ができる」
 ドナを射抜く漆黒の瞳には、狂気や暗さなど一遍も見えなかった。確信に満ちた表情は揺るぎない。
「いいわ。答えてアゲル。
 ―――アタシは、もしも現世に出でたのならば魔神に忠誠を誓うワ。それがギュスタロッサの剣を背負う騎士の義務でしょう?」
 カーマ建国より初期の時代に生きた伝説じみた刀匠の名前がギュスタロッサと言う。刀匠自身が魔導師としても高位で、魔神と縁深い魔族や魔人を召喚してはその剣とした。ギュスタロッサの剣を振るう事ができる者はカーマ人としてその祖である魔神の血を濃く受け継いだ者のみで、その力は全て魔神へ捧げる意志がある者を選り分けていると伝えられている。
「それを聞いて安心しました」
「そうも言ってられないわよ。アタシ達、ギュスタロッサの騎士は半端じゃないくらい強いけれど、それはカーマを守る為という大儀があるから。敵がカーマの王族やカーマ国民になればアタシ達に勝利は有り得ない」
 例え金剛位程の力があろうとも、それがカーマにとって害為す者でない限り、排除行為を行えない。カーマの血というものは、誇りと同時に呪縛にも近かった。
 騎帝軍の忠誠は王家と国家へのそれだと、一般市民は思っている。もしその他の一個人へ剣を掲げる事などがあれば、市民への猜疑と軍内の士気に関わってくる。
「わかっています。僕は尚更に。―――だから、僕たちが正しいという事を認めさせなければ成らないんです」
「正しい、ネ…」
 ドナは浮かべていた笑みの一切を消し去り、目の前の男を見据えた。
「カーシュラード・クセルクスが罪人レグナヴィーダ王子に忠誠を誓った。それは事実なのネ」
「事実ですよ。僕だけではなく、ヴァルも確実に誓うでしょうね」
「本来なら、アタシはそれを査問しなきゃイケナイ立場にあるんだけど」
「僕が剣を掲げた相手は『紅蓮の魔神』ですよ?査問される謂われなど皆無だ」
 漆黒の長太刀、カーシュラードの魔刀、『號仭』の柄を手に床から垂直に立てて、彼は揺るぎない自信と共に言い放った。
 赤天師団は国の防衛を司る黒天師団と違い、国内の警務を主に引き受ける部署である。重軽犯罪はもとより、国家反逆者の摘発や軍内部の風紀を乱す者の取り締まりを生業としている。
 カーシュラードの発言は、赤天師団の部隊長たるドナにとって、離反者として拘束するに値するものだった。
 しかし、とドナは自分の愛剣の柄を玩ぶ。自分の中に流れている、本能に近いこの連綿たる血が騒ぐのだ。気のせいと思うような微かな気配で感知する。
「静かな怒りと歓喜する程の威圧」
 ぽつりと呟けば、カーシュラードが何かに気がついたようにドナを見つめた。
「そういえば、貴女は魔力の感知に長けているんでしたね」
 こくりと頷いたドナは、次にカーシュラードを見つめる時には既にいつもの妖艶な美女に立ち戻っていた。
「証拠が、必要だわネ。―――いいこと?レグナヴィーダ王子は、姫を連れ去ってしまった。それでなくても処刑場であれだけの惨事を起こしたのだもの。あれはどう考えても彼の仕業に違いないし、他のとばっちりはどうかわからないけど、ニーガス公を殺害したのは明確な意志によるものでしょう」
「その動機を探すことこそ、あの方を救える方法であるし、今のカーマを変える事にもなる。あの方は僕に言いました。『実父の行いは断罪である』と」
 それに、とカーシュラードは懐からひと包みの書状を取りだした。
「ヴァマカーラ姫は確かに無事であることを証明する物です。姫は今、レグナヴィーダ様と共に居、全てダークエルフの者達が世話に当たっています」
「ダークエルフ…?」
「全ての氏族の長である者と、その娘が警護を務めている。ダークエルフは元来魔神の復活を心待ちにしていた者達です。彼らは魔神とそれに類する我らがカーマの民を無条件で守る」
「崇高な彼らが我々に敬意を払うのは、魔神の血が一滴でも流れているから?」
「そう。だからこそ僕は、レグナヴィーダ様に膝を折るんです」
 カーシュラードは眠ったまま身動きもしないヴァリアンテを覗き見た。
「知りませんか?僕の身体の半分には、ダークエルフの血が流れている」
「…!」
 その昔、カーマ人ではない、いや人間ですらない孤高の種族を後妻に迎えた王族が居たという。あまりに小さい頃の話だったので、言われてみるまで思いもしなかったドナは、目の前にいる男を再度見つめた。
「僕の母は、ダークエルフ全氏族長の娘です。彼女は全てを暴くよう、僕に伝えた。それがこの国と魔神の為になるというのならば、僕はそれに報いるだけだ」
 漆黒の瞳には、迷いの欠片すら見当たらなかった。

***

 ドナの行動は早かった。赤天師団の権限をフルに使用して、レグナヴィーダがほとんど幽閉のように暮らしていた部屋と、ニーガス公の執務室にあるすべての物を押さえて調べ上げた。出入りしたことのある人間は全て話を聞き止め、過去の記録を掘り起こした。今も殆ど不眠不休で作業に当たっているだろう。彼女はその顔の広さを利用して、事の重大さと重要性を理解できる人物の全てを懐柔にかかっている。
 その間にカーシュラードは軍人としてではなく第四王家クセルクス家及びダークエルフ全氏族の代理として国王への謁見を願い出ていた。
 黒天師団の部隊長という地位の者ではこんなに早く目通りなど出来ないが、ヴァマカーラ姫の書状を持った王族の者となれば話は別である。
 書状の信頼性は非常に高い。魔力によって描かれた署名は偽造することが困難であるし、特殊な親展処置技術も身近なものだった。
 正装に帯剣を許されているとはいえ、ギュスタロッサの剣と金剛位を表すダイヤが埋め込まれた指輪を身に付けたカーシュラードは国王の眼前でも全くひけを取らなかった。
 国王の背後には側仕えと剣聖と謳われしイラーブルブ・ゼフォンが控えている。
「クセルクス家の次男坊か」
 カーマ王国を治める国王クーヴェルトが、忌々しげに呟いた。最もクーヴェルトはあまり陽気な性格をしていないので、眉間に刻まれた皺が消えることなど一度もなかったが。
「お久しぶりでございます、陛下。御親友を亡くされ、心痛お察します」
 形式的に跪いて頭を垂れた姿に、クーヴェルトは長嘆した。
「皮肉がましいな」
 辛辣な言葉をかけられても、カーシュラードは怯まなかった。目の前の国王が憎いという訳でもなく、この国を治める者としてそれはなんら変わりないため、何を言われても腹を立てることもない。
「で、ヴァマカーラからの親書を持ってきたということらしいが」
「ダークエルフ全氏族長ギルデメレクの娘で、今現在ヴァマカーラ姫のお世話をしております我が母ギラーメイアが持ってまいりました」
「カラケルサスの後妻がそのような地位に居たとは初耳だ」
「ダークエルフには紳士録など御座いませぬ故」
 懐から書状を取りだし、それを側仕えに手渡す。側仕えは書状の表に書かれたヴァマカーラの署名と感知できる魔力に、それ以上の検分はせず国王へ渡した。
「お前は目を通したのか?」
「それは陛下宛の書状。私が開封など出来る筈はございません」
「だろうな」
 妹から兄へ宛てられた書状を開き、クーヴェルトは眉の皺を深くした。彼は元より、この書状の大筋の内容は理解していた。

『―――わたくしの魔眼はレグナヴィーダ王子を『紅蓮の魔神』であると認識しております。
 わたくしがお兄様の元から居なくなったのは、王子に教えを請う為。攫われたわけでは御座いません。このお手紙をお読みになっているのなら解ると思いますが、私の意志で此処に留まっているという事をお解りでしょう?
 わたくし達カーマの民は、『紅蓮の魔神』の子孫。何時かの復活を望み、魔力と力とこの力に敬意を表することこそその本質。ニーガス公はカーマの血によって御姉様を奪われたとお思いでしょうが、それは違うことの様に思われます。わたくし、御姉様をお兄様と同じように愛してます事はお兄様も御存知でしょう。まみえた事が一度もなくても、御姉様の痕跡だけで十分ですのよ。それをふまえて言わせていただきますが、御姉様は魔神の復活をその身をもって体現為されたのではなくて?
 カーマの王族が近親婚を繰り返していたのは、レグナヴィーダ様を世に顕すためでしょう。カーマは復活を迎えました。それを知らしめて下さい。レグナヴィーダ様は国に介入する気は無いとおっしゃっていますが、あの方こそ建国の祖の生まれ変わり。それをお認めになってください。
 わたくしたちは地位や財産が欲しいわけではないのです。ただ、魔神の血を最大限に引き出す事を阻害なさるような働きを止めたいだけ。どうか、それをお解りになって、お兄様』

 親族への愛や侍女達への処遇、今の生活について等も書かれていたが、ヴァマカーラからの手紙の内容は魔神の復活に終始していた。
「ヴァマカーラの千里眼は、レグナヴィーダが魔神で在る事を視たそうだ」
「でしょうね。僭越ながら私はあの場で、目の前で、血の歓喜する体験を致しましたので」
「あまり不適切な発言は控えた方がいいな、クセルクスの。この場には私一人というわけではないのだから」
 親書をたたんだ王は、側仕えにそれを渡して顎で指示を送る。背後にいた幾人かの重役に書状が渡されるのを見届け、カーシュラードの出方を待った。
「不適切では御座いませんでしょう。魔神の復活はカーマにとって最も重要たる事。私に流れる王族の血とダークエルフの血が、ヴァマカーラ姫の見立てを肯定しています」
「罪人であっても?」
 カーシュラードは微笑んだ。謁見の間に一瞬立ちこめた底冷えのする魔力に、全ての者が顔を上げて息を飲む。イラーブルブだけはただ眉を顰めたに過ぎなかったが。
「その真相もいずれ証されされましょう。魔神の力を解っている者達はその真実を白日に晒す事になんら異を唱えないはず」
 カーマの国王は、忌々しいと鼻で笑う。
「大きく出たな」
「それはご無礼を。魔神の末裔たるカーマ国王である陛下にとっては愚問で御座いました」
 大見得を切ったカーシュラードは、深く頭を垂れた下で微かに笑んだ。

  

Σ(゚Д゚;≡;゚д゚)ホモは何処だ!?
2006/6/25

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