血脈を守る者 8

The Majestic Tumult Era "Stand by BLOOD"

 集められた兵士の数は十八人。それは負傷のない完全な状態で戦闘が出来て、かつカーシュラードを隊長として死力を尽くすことに疑問を抱かない者の数だった。それから魔天師団より、戦魔導師が五人派遣されてくる。通常の部隊数には幾分足りないものの、これだけの人数が集まったことは、数少ない幸運の一つだろう。それだけ魔神の威力は強大だった。
 カーシュラードは、正直両手の指で足る人数しか集まらないものと思っていた。自分の部下ではなく、他の部隊の部下から志願が出るとも思わなかったから。
「新たに入った情報ですが、現在両軍とも一時陣営まで退却しています。二列横隊で展開待機中。我が黒天師団の負傷は、重傷八、軽傷二十四です。目標への援軍は今のところ発見出来ません」
 黒天師団の小会議室に集められた全員は、武装確認を行いながら静かに副部隊長の発言に聞き耳を立てていた。
 カーシュラード自身は既に用意が調っている。彼は事件当時、ヴァリアンテを搬送した後に念のためいつでも出撃出来るよう準備だけは行っていた。
 査問会場から退席した黒天師団三役は、師団に戻って直ぐに前線に出せる兵士を召集した。ミネディエンス側からの奇襲事実を殆どの者が知って居たので、深く説明する必要は無く、ただカーシュラードの元で迷い無く戦える者を選別するだけだった。地位や所属に関わりなく自薦でのそれに、求められるのは実力と従属さだ。また、万が一のことを考えて師団の重要ポジションに居る者と、実力の伴わない者は選別から除外された。
 結果、現在会議室に集まって居る者達の中には数人の剣位持ちが混ざっていた。
「立地的に迂回と奇襲は望めない。ミネッド(※1)も横隊ならば此方は切り込みで行くしか無いだろう。補助と輜重(しちょう※2)は魔天が行う。各個撃破される前に叩き潰します。一騎当千の突破になるが、貴君等の実力は信頼している」
 カーシュラードの静かな言葉に、兵士達は顔を上げた。
「指揮は僕が陣頭で行います。ですがこれは公式の戦闘ではない。スタンドプレーは認めましょう。だがその場合の援護は行いません。まあ、そもそも援護を期待するような者はこの場に居ないでしょうが」
 微かに唇の端を上げれば、兵士の数人がにやりと笑った。
「勲章も戦歴も残らない。僕等に求められているのはただ殲滅のみ。此方の武器は早さと剣技、己に流れる血と誇り。貴君等に敬意を」
 石の床に、カーシュラードの魔刀のこじりを打ち付けた音が響いた。
 兵士が己の武器を掲げ、忠誠の礼を取る。
 鬨の声は無く、ただ静かに。

 黒天師団の演習場には、魔天師団から派遣された魔導師の数人とM3が控えていた。地面に描かれている方陣は、ヴァリアンテが使った王城の一角にある転送門のそれと同じ物だ。規模は全く違うが。
「休廷から六十五分。及第点はやれないな、坊や」
「そうですね。移動時間を考えてもあと十分は短縮できるでしょう」
「…嫌味も通じねぇかよ」
「事実ですから。…先遣隊は行きましたか」
「ああ、きっちり十五分前に」
「結構です」
 軍馬のいななきを聞きながら、カーシュラードは簡潔に答える。M3と嫌味の応酬をしている暇は無かった。
「では、行きましょう―――」
 方陣に進もうとしたカーシュラードは、言葉尻を纏める前に見知った気配に気を取られた。視線を向ければ、黒馬で駆けてくるヴァリアンテの姿を確認する。指南役の正装で馬を走らせる彼を止められる者など、きっと城内に居なかっただろうことは想像に難くない。
「よかった、間に合って」
「何か有りましたか」
「お前も行くとか言うなよ。俺は全力で止めるぜ」
 ヴァリアンテは王女の側に居た筈だ。軍務に肩入れすると、背後関係を疑われることになるだろうから、個人的な接触は避けていた筈なのに。むしろ、ヴァマカーラ王女を独断で連れてきたために、何らかの問責を受けているだろうとカーシュラードは思っていた。
 確かにヴァリアンテは本来この場に居るはずは無かった。
「まさか、自分の役目くらい解っているよ。M3、君と同じく」
 若干息を弾ませたヴァリアンテは、馬から下りてカーシュラードに近付いた。
「ヴァマカーラ王女殿下が助言をくださったんだ。私はそれを伝えに来た」
 議場を、混乱に乗じて退出したヴァリアンテと王女は、来た道を足早に戻った。城の転送門からレグナヴィーダの居城に戻ってほっと息を吐いたとき、王女はどこか不安気だった。訝しんで尋ねれば、彼女は逡巡の後に応えた。
「敵の数は百八十くらい。ずっと背後、ミネディエンス領に五十あまり待機兵が居るわ。彼らはどちらかと言えば魔剣士寄りね。それほど強大な魔導師は居ないみたいだけれど、魔術には気をつけて」
「姫?」
「早くカーシュラードに伝えておあげなさいな」
 琥珀色の瞳が見つめる先は遙か遠く、ヴァリアンテはそこで漸くヴァマカーラ王女が千里眼の片鱗を垣間見た。訓練した洗練さはないが、魔を読み取る本質は彼女に備わった異能だ。
 ヴァリアンテはそれを一言一句違わずに、司令官であるカーシュラードに伝えた。斥候でも知り得ぬ情報に、幾人かが眉を顰める。一般兵は、王女が千里眼持ちである事実をあまり理解していない。
「将来が楽しみな姫さんだ」
 鼻を鳴らしたM3に、ヴァリアンテはちらりと視線だけ向ける。
「殿下に感謝を。サムハイン副長、現地に到着後の伝令は任せます」
「御意に」
「皆、敵の想定は変わらない。魔術にだけは気をつけるよう。発動動作に気をつけろ」
 焦りも見せない冷静な隊長に、部下達は短く敬礼を返した。
「カーシュ」
 時間の余裕がそれほど無いことは解っているけれど、ヴァリアンテは短く実弟を呼んだ。真剣な暗赤色の瞳に気付いたカーシュラードは、副官に最終確認を取らせる指示を出して、その場から少し離れる。
 相当耳の良い者なら聞こえるかもしれないが、それほど礼儀のない者などこの場にはM3くらいだろう。
「ひとを殺したことは有りますか?」
 誘ったのはヴァリアンテだが、先に口を開いたのはカーシュラードだった。
「有るよ。演習の補佐として学生を率いてたときに、山賊に出くわした。学生にやらせるわけにいかないだろう」
「では、誰かを守ったことは?」
「まだ、ないね」
「あれだけの兵士を守っておいて、無いと言うのか。傲慢ですね」
「だって、義務だもの。命を削ってしまうのは、本能だけど」
「では、忠誠は?」
「誓ったよ。魔神と姫とカーマに」
「貴方が守るものは個ではないということです。盾たるに相応しい」
「じゃあ、君は剣だ。鋼を振るい、それによって護る」
 数日ぶりにまともに会話したと言うのに、彼らは随分とそっけなかった。状況を解っているからかもしれない。ここで甘い会話などしているようでは、きっと軍人などやっていないだろう。
 カーシュラードは確かに類い希な剣士に育ったが、敵国と冷戦状態にある今、その腕を振るうのは今回が初めてだ。彼の地位や状況がいまだ彼の手を血に染めることは殆ど無かった。平和惚けしていた訳ではない。覚悟は当に出来ている。けれど、部下の命を預かるという責任と、緊張状態におかれたこの十数日を考えて、ヴァリアンテは心配していた。
 案外感情を表に出す筈のカーシュラードが一瞬垣間見せた冷酷な表情を。
「本音は?」
「それは無事凱旋したら教えます。だから、両腕を空けておいてください」
 微かに唇の端を上げたカーシュラードに、ヴァリアンテは漸く安堵する。自滅するような性格などしていないことを、今更ながら思い出した。
「熱烈なキスでも欲しいんですけれどね…。むしろ僕から差し上げたいくらいなんですが、そんなことをすれば士気に関わる」
「そこの甘ったれ!いつまで待たせるつもりだ!!」
 やはり礼儀知らずに聞き耳を立てていたのだろうM3が、石でも投げそうな表情で杖を振り上げていた。
「だ、そうなので。行ってきます」
「武運を」
「あなたも」
 短く締めくくったカーシュラードは、ヴァリアンテに背を向けて方陣の元へ戻った。
 出発が整った事を確認し、兵と魔術師と馬が方陣に乗る。転送術を発動させるのはM3だ。これだけの人数を一度に正確に送り届けるには、彼程の魔導師でなければ出来ないことだ。
「これは私からの餞別だ。回復魔術が若干効きにくくなるかもしれないけれど、その辺の力加減は魔天に任せなさい。彼らはエキスパートだから」
 にこりと微笑んだヴァリアンテは自分の知る魔術の中から戦闘を有利に進めるような補助術をいくつか織り込んで、解きはなった。恐らく現地に着いたと同時に魔天師団の魔導師達が行う負担を、一手に背負う。
 きっとカーシュラードは凱旋後まっさきに咎めるだろうけれど。
「カーマに栄光あれ!」
 方陣が輝いた。
 一瞬後には、残光を残して兵達が戦地へ消えた。

 

***

 

「余計なことをしてくれる」
 方陣の処理を部下に任せたM3が、顰め面でヴァリアンテに寄ってきた。
「これで戦術が変わったらどうするつもりなんだお前」
「この程度、君の部下達が修正するだろう?」
「その部下達の仕事を取り上げてくれるんじゃねぇ、と言ってる」
 確かにそうだ。ブリーフィングでどの術をどの場面で使用するか等も話し合いがついているだろう。解っていても、ヴァリアンテは行った。
「私は、議場で君があの子を好き勝手言ったのが気になってね」
「…嫌がらせか。遠回しな」
「まあね」
 M3は、カーシュラードが死んでもいいと言ったも同然だ。クセルクス家の誰がそれを認めようとも、ヴァリアンテだけは許せなかった。
「あれは詭弁だと解ってんだろ?」
「本心だったら殴ってるよ、マグナス」
「その名で呼ぶんじゃねぇ」
 紳士録にも載せていない正式名称を呼ばれて、M3は本気で怒った。
 上層部の腹を押さえてカーシュラードに非公式ながら戦歴を残し、その実力を知らしめるには上出来のパフォーマンスだった。それは理解している。M3は年齢の割にしたたかな策士だ。彼の中ではすでに、今後のカーマを見据えている。
「結果を心配しても仕方ねぇ。戻るぞ。やることは腐るほどある。今できる事はやった」
「そうだね。責任問題の後始末か、カーシュラードが戻る頃には決着が付いてるといいな」
 撤収作業が終了した魔天師団の者達は、M3の指示で師団へ戻り始めている。しんがりを歩くヴァリアンテは、馬を引きながら溜め息を付いた。歩くのが嫌そうなM3には気付いていたが、馬に乗せてやる気はない。
「魔神は責任など取らない。そんな必要無いんだが、上は解らねぇんだろう。責任問題が生じるのは同じ人間関係においてだけだ。魔神は人間じゃない。やりっぱなしでいい存在なんだ」
「今のカーマじゃ、そう簡単にいかないよ」
 けれど、きっとどうにかなるだろう。そう願わずにいられない。今頃議場では数多の論戦が行われているだろう。全員が笑顔で締めくくられる議題ではないけれど、これ以上蒸し返す事もない筈だ。
 これからやらなければいけないことは、早急に国防を固めることと、開いた議席を埋めること。図らずも国家の脅威が他国であることを思い出した上層部達は、己の保身に走る筈だ。レグナヴィーダに対する罪云々も、その隙間に紛れ込むことは目に見えている。
 それが正しいかどうかは、解らない。けれど査問会が公式であるから、忘れられる事は決してないだろう。
 ただ一つ確かな事は、このカーマという王国は、確かに魔神の元生まれたのだという事実。象徴ではなく、己の血が現実の元であるという事を、各々が確認するだろう。
 ――君が剣なら私は盾だ。
 ヴァリアンテは空を見上げた。この空は確かに、戦場へと続いている。

 

***

 

 オヴェロアン辺境、黒天師団国境警備隊基地に寸分の狂い無く正確に到着した、カーシュラード率いる部隊は、直ぐに前線へ出られるよう緊張を高めた。
 天蓋陣営から直ぐに飛び出した先発隊が、警備隊の司令官を伴ってカーシュラードの元へ馳せ参じる。
「司令官のマレフィカルムです。無事の到着、お待ちしておりました」
「状況に変わりは」
「方陣術の光で、敵目標が二波攻撃の構えを見せています」
「わかりました。警備隊には基地防衛を任せます。指示はサムハイン副部隊長からお聞きください。私達は直ぐに出ます」
「す、直ぐにですか?」
 中年の司令官は、先発隊から事前の計画を聞いていたにもかかわらず驚いた。儀礼に則った挨拶をする時間が無い事は解っていたが、作戦の確認等を黒天師団中枢から派遣された部隊長が行うものだと思っていたのだ。
「目標は殲滅。時間ではない分の勝負です」
 簡単に言ってのけたカーシュラードに、マレフィカルム司令官の眉間に谷が出来る。彼は今回派遣されてくる部隊長を、資料の上でしか知らなかった。元々士官学校を出てから、首都ではなく外苑で過ごしてきた男だ。王族の部隊長など、いくら金剛位を保持していて同じ地位にいるにしても、国境の緊迫を知らない若造だろうと、有り体に言えば舐めていたことは確かだ。
「私達の背中は、誇り高いカーマの国境警備隊にお任せします」
 カーシュラードは瞳に怜悧な笑みをのせ、司令官を射抜いた。鋭い視線に己の魔力の片鱗をちらつかせる。背筋に冷たいものが走った司令官は、二の句が継げずに大人しく黙った。
「サムハイン、後は任せる。ケレス魔導師は基地防衛の布陣を」
「お任せください」
「承知した」
 短い応えに頷いたカーシュラードは、馬上から地平線を見つめる。目視で敵を確認し、武者震いに身を任せながら手綱を握った。
「作戦を開始します」

 時間ではない分だ。
 そう言い切ったカーシュラードは、部下を引き連れて戦場を駆け抜けた。本来彼は騎兵ではない。全力で馬を走らせて混戦になる直前に馬を捨てる算段だった。彼の赤毛は戦場では目立つ。旗印など必要なかった。
 果たして、その通りになる。
 障害物など無い平地で、敵目標は少数で突撃してきたカーマ兵達を囲み込もうと横隊で挑んでくる。三分の一程度の兵を陣営に残していても、数はミネディエンス人のほうが圧倒的に多かった。
「砲撃ッ!」
 二人乗りで最後尾にいた魔天師団の四人が、基地を出た直後から唱えていた魔術を敵中央に打ち込む。強襲は初檄にのみ通用すると読んでいたカーシュラードは、持てる最大の攻撃魔術の使用を指示していた。
 敵も馬鹿ではない。魔術防御は行っていた。けれど、剣士ばかりで攻め込んできた相手に、それほど強力な魔導師が一緒に前線に出てくるとは読み切れていなくて、結果横隊の中央が分断されることになった。平地が抉れる程の威力で放たれた魔術は、連続で使用できる類のものではない。両側から挟み込もうとした敵兵の一方が、さらに続けざまの魔術を食らって足止めされる。
 カーマの魔導師は全員が一斉に魔術を放つのではなく、発動の時間的猶予をちゃんとずらしていた。
「突撃せよ」
 号令と同時に、最大級の魔術反射術を味方にだけ行ったカーシュラードが、馬を捨てる。長時間防御出来るわけではないが、短期の戦闘では限りなく負傷を減らす魔術を身に纏ったカーマ兵達は、己の斬檄で敵兵の魔術を弾き飛ばした。
 身体能力を底上げする術は、普段では考えられない高度な物を使用している。少数だから行える荒技だ。
 先陣を切ったカーシュラードの魔刀が黒い光を放ちながら複数の敵兵を屠った。鞘ごと殴って防具を破壊し、返し手で間合いを見極める。黒刀が啼いた。抜刀に乗せた魔力が、衝撃波となってあたりを薙ぎ払う。欠損した四肢と血飛沫が半円を描いて広がった。
 開始から数分で混戦に持ち込まれたミネディエンス兵達は、対峙している相手がただの増援でないことを悟った。小競り合いでどうにか出来るレベルの相手ではない。これは戦争で扱うべき戦力だ、と。
 突撃してきたカーマ兵ひとりひとりが、総力戦の構えだ。捨て身の戦法をとる程、カーマは頻拍しているのかとも考えるが、悲壮感も必死さも無い。ただ圧倒的な威力を見せつけている。何より先陣を切って黒い刀を振るう男が、鬼か悪魔のように強かった。
 薙ぎ、切り上げ、突き刺す。相手の隙を確実に突いて戦闘不能に持ち込んで行く。ならば、と魔術攻撃を加えるが、並の術では弾き返されてしまうし、高位の術では相反する術で相殺してくる。
 味方を背に護っている所為で、前方の敵はいい的になった。普段使用することが敵わないような高規模の攻撃魔術でさえ思う存分発揮出来るカーシュラードは薄く笑った。
「何なんだ…、これは…」
 ミネディエンス人の一人が、剣を片手に呟いた。
 量産品ではあるが、良品だと信じていた武器がことごとく破壊されて行く。弾き飛ばされるだけでも、肩を脱臼して戦闘不能に追い込まれた。
 カーシュラード率いる部隊の勢力は衰えることは無い。どれだけ底上げされているのか考えるだけでも恐ろしい魔力が、個々から発せられている。
 目の前で倒されていく味方に、ミネディエンス人達の士気が崩れた。切っ先と表情で感じ取ったカーシュラードは、攻撃魔術を放つ合間に織り込んでいた闇属性の呪術を完成させる。元よりカーマ人は闇の属性を最初から持っている事に加え、戦闘用の味方識別方を、個人的に魔天師団に通って体に叩き込んだカーシュラードは、しっかりと敵兵だけを選んで術を放つことが出来た。腕に合わせて握った鞘で装甲を割り、黒い刃が首を落とす。
 一瞬、視界が暗くなったと錯覚しただろう。それは本当に微かな間であったから、ミネディエンス人達は気付かない。彼らは四大聖霊魔法を得意としているし、誰一人として闇属性を持って学んだ者は居ないだろう。それは宗教に反する。
 闇属性の魔術を使いこなせる者はカーマ人の血を持つ者だけだ。それは直接的な攻撃法としての魔術もあるが、人体に悪影響を及ぼすような凶悪な毒や呪いの作用を持つものも多かった。カーシュラードが行った呪術は、その手のえげつないもののひとつだ。
「慈悲も容赦もねぇんだな…」
 剣位を持ち、側で戦っていた部下の一人が畏れに苦く笑った。血泥に汚れた軽装の戦闘服を視界に入れ、赤毛の隊長の決して鈍ることのない切っ先に心を震わされた。
 その時々で的確な指示を下し、味方を護ると同時に敵を屠る。混戦で入り乱れ、魔術の爆音、剣を打ち、肉を絶ち、金属と人の錆びた悲鳴ですら、彼は味方の音を聞き分けていた。本気で、この少数の部隊で、圧倒的な勝利を勝ち取るつもりなのだ。
 目標は殲滅。
 それが現実味を帯びてきた。
 時間ではない、分だ。カーシュラードの言葉を部隊の皆は思い出した。それだけ短期で決着を付けるには、時間単位の戦闘では潰されると解っていたからだ。意気込みではなく、分で片付けなければならないのだ。
「本陣を潰しますよ」
 気付けば、分断した両方の敵兵はちりぢりに本陣へ逃げ込んでいた。四肢や発声を鈍くするカーシュラードの呪が効いている者は、カーマの鋼の餌食になった。
「クセルクス!防御結界が見えるか!?」
 馬を捨てずに後衛に徹していた魔天師団のひとりが怒鳴った。
「確認しています。破れますか」
「やるなら確実に一人は戦線離脱だ」
「では僕がやります」
「何だと!?」
 顔にかかった血を袖で拭ったカーシュラードは、その手に握った己の魔刀をちらと掲げる。
「避雷針か」
「使い方は逆ですが。僕の術に上乗せしてください。威力の程は任せます」
「壊れても魔天は責任を取らんぞ」
 同じく馬上の別人が冷静に告げたが、カーシュラードはシニカルな笑みを返した。
「儀卿傲鋒妃、―――『號仭ごうじん』!」
 耳障りな、甲高い女の悲鳴に似た啼き声を上げ、黒い大刀が漆黒の光を帯びた。大人しく動作まで入れている暇は無い。口頭でも省略せず出来るだけ正確に術を練り上げながら、カーシュラードは走った。敵の本陣目がけて。誰一人欠ける事なく、部隊が続く。
「啼き喚きなさいッ!」
 術の完成と同時、カーシュラードが低く叫んだ。抜刀の構えに似ている。体を捻って懐に刀を入れ、助走の反動を利用し、魔刀を結界目がけて打ち込んだ。
 風を裂く悲鳴に、耳を塞ぎたくなる。魔天師団の魔術師達は、顔を歪めつつ、己の術を上乗せした。括り付けた糸を辿るように、四筋の魔術が魔刀を追った。追いついて絡み合う。ミネディエンス側本陣を護る結界の半ばに、鋭い音を響かせて刺さり込んだ。
 視覚認識の出来ない空間に、罅が入る音が響く。音は次第に大きく響き、刀を中心にしてびっしりと亀裂に光った。砕け散る。
「『號仭』、戻れ」
 役目を終えて地へ落ちる己の愛刀を呼べば、それは直ぐにカーシュラードの手に戻った。ギュスタロッサの魔具は主の呼び声に応える。魔族が封印されているという逸話はそんな能力からも伺えた。
「さあ、仕上げと行きましょう」
 カーシュラードの底知れぬ笑みに、部隊が応える。
 敵兵は、ここで初めて聞いた鬨の声を、殺戮宣告と感じとった。

  

※1 ミネッド : ミネディエンス人に対する蔑称
※2 輜重(しちょう) : 軍隊に付属する糧量・被服・武器・弾薬など軍需品の総称。また、その輸送に任ずる兵のこと。

カーシュラードのターン。刀の名前は、「ぎけいごうほうのきさき ごうじん」です。
勢いでかいてしまった第二弾です…。なんか、どうもうまくいかなかったような…。ううむ。
2008/08/04

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