血脈を守る者 9

The Majestic Tumult Era "Stand by BLOOD"

 カーシュラード率いる特別部隊は、作戦終了後から一週間から十日は様子見の為に逗留する決定をした。ヴァマカーラ姫が『千里眼』で見通した援軍の情報もある。これ以上の応酬は本格的な戦争問題に発展しかないので、恐らく更なる戦闘行動は無いだろう。
 副部隊長サムハインは深夜、隊長から受け取った報告書に補足事項や今後の経緯を書き加えながらペンを置いた。
 作戦開始から一時間も経たず、目標殲滅の報が早馬で届けられた。基地内は真っ先に誤報を疑ったが、戦闘を注視するために前線を観察し続けていたので、それが真実だと信じられない気持ちで受け止めた。
 丁度太陽が最後の名残を消して、夜の静寂が空を覆った。
「…なんという―――」
 マレフィカルム司令官が驚愕の声を上げたが、利口にもそれ以上口を開かなかった。
 だがサムハインには解った。敵を恐ろしいと思った事はない。けれど今、味方であるはずの者達に畏怖を感じる。
「食事と着替えを用意する。湯が用意出来なきゃ水でいい。戦の汚れを落として、休息を与えよ」
 言葉を失う兵士達の意識を取り戻させたのは、ひとり防御に残された魔天師団の魔術師だった。
「飲料水と消化に良いものをお願いします。隊長の許可が下り次第、警備と休息に入りますので。よろしいですか、司令官殿」
「ああ、解っている。宿舎と野営で半々、天蓋は設置済みだ。彼らが戻る頃には、湯と食事も揃えられるだろう。これほど早いとは思わなかったが…」
「感謝いたします。では、第一種警戒態勢で通常業務にお戻りください」
 ぎこちない動きを見せながらも、警備隊の兵士達は己の仕事を全うした。事実カーシュラードの部隊が誰一人欠けることなく戻った時には、暖かい湯と食事の支度が調っていた。
 文化的な生活は精神を落ち着かせる。
 その言葉を思い出し、そうであればいいとサムハインは願う。
 黒天師団の軍服は、その名の通り黒い。基地に戻った兵士達のうち、近距離戦闘を行っていた魔導師以外の者の衣服が、出立よりも色濃い姿だった。
 宵闇に滲み、漂う血臭の原因が解らなかった。だが、無言で戻った兵士に近付いて気付いた。黒服は血を吸って闇色に染まっていた。髪や露出した肌が酸化して茶色くなった血液をこびり付かせ、その凄惨さを物語っていた。
「作戦は終了しました。逃走兵を追う必要はありません。あちらの本陣からでも確認出来なかった推定援軍を警戒しつつ、警護にあたるように。余力有る三人を第一シフトに組み込みます。残りは魔力体力の回復に専念するため、休息とします。警備隊からの協力は?」
「整っております」
「よろしい。僕は報告書をまとめますが、その前に湯を使わせていただきたいですね。この服のままでは無駄に施設を汚すでしょうから」
 常のような穏やかな口調で副隊長に指示を下したカーシュラードの、その黒い瞳だけは戦闘の興奮で翳りを帯びていた。
 魔天師団が緊急輜重として持ち出してきた、魔力回復を促す薬酒を規定量振る舞い、緊急時に備える。湯で血と泥と汗を落とし、清潔な衣服に身を包んだ兵達は、素早く食事を取ってから直ぐに武器の手入れに入った。それが終わった者から順次休憩に入る。皆一様に無言だった。
 サムハインは長く息を吐き、知らず張っていた緊張で固まった肩を解した。報告書の追記は終了した。あとはこれを通常転送門を使用して首都へ送ればいい。
 ペン先に残るインクを処理しようと砂壷を手にして、はたと動きを止めた。新しい紙を用意して、報告書とは別の用件をしたためる。封蝋で留めて漸く彼は一安心した。

 二日後の昼過ぎ。
 王城の転送門から、国境警備基地に使者が渡ってきた。彼は黒天師団の制服ではなかったので、客人として扱ったが、名を聞いて司令官は何度目か解らない驚愕を受けた。今生剣聖と同じ家名を持っているのだ。剣豪の録など文字上でしか知らなかったのに、この数日でどれだけの傑物がこの基地にやってくるのだろう。
 正式な従軍では無いにしろ、今回の騒動がもたらしたものは、水面下を激しく掻き乱したに違いないとマフェフィカルム司令官は唇を噛んだ。
 主要基地であるのに、護りきれなかった自分の采配が今ほど悔しいと思ったことはない。
 司令官は決定事項や報告書の分厚い束を受け取り、部下の一人を呼んだ。特別部隊にも報告することがあるのだ。三者会談は、お互いに情報を整理する時間を取る為に数時間後で設定し、甘栗色の髪をした使者は司令官室を退出した。
 転送門は軍の主要基地または政庁に備え付けられてある。出入り口が対になった方陣が必要なので、首都の転送門には専用の術士が魔天師団の管轄で制御されている。ただし、個人で転送術を発動出来る者が存在し、彼らは許可があれば通常のローテーションに割り込んで転送術を使用することが出来る。人物ならば主に二人が限界だが、M3のように規格外の者も希に存在する。
 ヴァリアンテは通常の転送門から昼の便を使用して訪れていた。まだ指南役見習いの頃一度立ち寄っただけのオベロアン国境警備基地だが、当時の記憶とそう違いは無かった。
「まだ第一種警戒のままですか?」
 案内の兵士に尋ねれば、彼は正直に応えるかどうか言い淀んだ。
「…ああ、私は軍人ではないから、答えなくても結構です。すみませんね、どうも基地内がピリピリしているから気になったもので」
「申し訳ありません」
 それは答えられなかった事に対する謝罪か、基地内の様子か、解らないけれど、ヴァリアンテは気にしなかった。
 基地を出て、国境側に中程度の天蓋が設置してあった。警備隊の制服ではなく、黒を基調にした軍服。黒天師団の特別部隊だ。
「ヴァリアンテ指南役?」
 天蓋の外で警護にあたっていた兵士の一人が、素っ頓狂な声を上げた。彼に見覚えがあったヴァリアンテは、案内の兵士を帰して天蓋の側に寄った。
「ご苦労様。クセルクス部隊長に話があるんだけど、何処にいるかな」
「隊長は中です」
「有り難う。お邪魔するよ」
 詮索を避けて手短に話し、ヴァリアンテは天蓋の中へ入った。十人程が野営寝台や椅子に腰掛けている奥、簡素な机にカーシュラードとその副官が居た。
「ヴァル…?」
 黒い瞳を見開いたカーシュラードが小さく呟く。
「黒天師団代理総帥、剣聖イラーブルブ・ゼフォンより親書と議会の報告書を持参した。ヴァリアンテ・ゼフォン指南役です。マレフィカルム国境警備司令官には先ほど目通りしたのだが、カーシュラード隊長にもお時間を割いていただきたい。よろしいか」
 軍式ではない敬礼をすれば、副官が見事な返礼をした。カーシュラードは瞳を細めて頷いて、副官以外の部下達に退出を指示した。
 サムハインが目視だけで訴えかけてくるので、ヴァリアンテは解っていると同じく視線で返す。
「まず、此度の作戦の成功、良くやってくれた。国王陛下と剣聖より感謝の辞をお伝えする」
「勿体ない言葉です。有り難く頂戴いたします」
 形式に則った余所余所しい挨拶を終えれば、ヴァリアンテは肩の力を抜いて微笑んだ。サムハインがすかさず椅子を持ってきてくれる。素直に受け取った。
「此方の状況を教えてくれるかな」
「サムハイン」
「はい。クウィンデル・サムハインと申します。現在奇襲に備えて魔導師の監視及び騎兵での目視観察を行っています。このまま一週間ほど継続予定です。部隊の損害は修復済みで、兵の体調を考えてローテーションを組んでいます。一週間後に変化が見受けられないようでしたら、五名を特別配置に就かせて帰還予定であります」
「敵の死体は?」
「本日午前にカーマ側の約半分ほどを魔術使用によって処理いたしました。残りは明日決行予定です。ミネディエンス側は手を付けません」
「そう。骸骨平原に眠る者が増えたわけだね。特に問題は無いから、そのまま続行してください。帰還に転送門を使用するなら、申請書を出せば最優先で処理出来るように準備しておくよ」
「ご配慮痛み入ります」
 サムハインが目礼する。
「報告を受けて、議会が此度の決定を下した。それがこの報告書。同じ物を司令官にも配布してあるから、読みたければ部隊の者達に閲覧させてあげて。彼らには読む権利があるだろうし」
「頂戴いたします」
 分厚い封筒を副官に渡したヴァリアンテは、数日前から見れば随分と鋭さを増したカーシュラードを真正面から見つめた。
 有る意味修羅場をくぐったのだ。随分と冷静に振る舞って居るが、その精神が昂ぶったままであることを、瞳の奥から読み取った。
「詳しい事はそこに書いてあるけど、口頭で伝えておくよ。レグナヴィーダ様の殿下返上と資産返還は正式に受け入れられた。ヴァマカーラ姫については未だに保留のままだけれど、恐らく留学扱いになるだろうね。ニーガス公の一件は、これで終了とする。これ以上の詮索は個人の問題で、あらすじは国営新聞で数日中に公開されるだろう。不幸な事故として」
「そうですか」
「黒天師団の扱いだけれど、重要ポストが空いてしまっているから、今のところ剣聖が代理で総帥を務めることになった。君の部隊が帰還したら正式に編成が始まると思うから、デスクワークを覚悟しておいたほうがいい。
 ああ、そうだ。君が率いる特別部隊に勲章の代わりに報奨金が出るみたいだよ。金額までは知らないけれど」
 戦死者よりも貰える額は少ないだろうけれど、とは言わなかった。元より金で派遣されて来たのではないから、と考えていれば、カーシュラードが皮肉下に唇を歪めた。
「僕は辞退するとお伝えください。その分、部下達に回してくださると幸いです」
「君はそう言うと思ったよ…。一応上に伝えておく」
 報告書を確認している副官をちらりと見たカーシュラードは、幾分小さな声で、
「僕の扱いはどうなりますか」
 と、聞いた。サムハインは聞こえていないふりをしている。
「議会中座でその日の内に平定させたからね、議員達が皆一様に黙った。あれは君に見せてあげたかったな。少なくとも、誰一人として君を軍から辞めさせようとは思っていない」
「危険分子は子飼いにしておくが得策と?」
「逆だよ。良い意味でも悪い意味でも実力社会だからね、カーマは。君の信者が出来たんじゃないかな」
「…まさか」
「その辺は私とM3、それに剣聖と赤天師団長の手腕に期待するといい。君の部隊は嫌でも役職者にされると思うよ。魔神の血の元にカーマを護ったと堂々と言ってやればいい」
 凱旋パーティも晩餐会も開けないけれど、恐らくあの議場にいた誰もが、カーシュラード・クセルクスの名と彼の部隊の本来の強さを知った。もし軍を辞めたいと言う者が出れば、上層部は全力で止めるだろうし、押し切ったとしてもその後の職は引く手数多だろう。
「他に質問はある?」
 概略はこんなところだろうと検討付けたヴァリアンテが尋ねれば、カーシュラードが腕を組んだまま問うた。
「ミネディエンスからは何かありましたか?」
「特に無いね。カーマ側から賊の討伐を行った事実と、それによる国境警備の強化、一時的な通行規制の報告をしたけれど、返答はまだ無い。近日中に返ってくると思う。でもきっと異は唱えないと思う。ミネディエンスのカーマに対する戦略攻撃だと認めることは無いだろう」
「それは恐らくそうでしょう。そこまで愚かじゃないと信じたいです。こちらもミネディエンスからの正規攻撃らしい証拠が残らないようにしています」
「見事だね。抜け目なくて助かるよ。正直、今戦争になれば少し厳しいから。これはオフレコで」
「ええ」
 それほど、黒天師団は疲弊していた。
 カーシュラードは本陣を潰した際、敗走兵は放置したが、陣営内に残された全ての物を破壊しつくして、部下にも証拠品と思しき物の持ち出しを一切禁止した。敗走兵を追えば、下手をすれば領地侵略になる。
「さて、サムハイン副部隊長、部隊長殿と個別の相談があるのだけれど」
 ヴァリアンテはさりげなく告げた。報告書から顔を上げたサムハインは、特に疑問に思う事もなく了承する。
「クセルクス隊長、基地内宿舎へお戻りください。此方は私の方で纏めておきます。後ほど報告書をお持ちいたしますので」
 見事な采配ぶりに、ヴァリアンテが密かに笑った。

 

***

 

 カーシュラードに与えられた一室は、部隊長として申し分のない個室だった。ヴァリアンテは室内に入った途端、堪えきれずに笑い出す。
「何ですか」
 訝しそうに眉根を寄せたカーシュラードが、剣帯を外して低く唸る。
「いやあ、サムハインは使える男だね。君の部下にしておくには勿体ないと思って」
 ヴァリアンテは彼から私信を預かっていた。報告書に添付され、親展扱いの簡素な封書だ。曰く、
『私は部隊長に長く仕えておりますが、今の隊長は触れば切れんばかりの気配を帯びております。指揮に問題はございませんけれど、此度の事件で幾分疲弊なさっておいでと思います。誠に僭越かと存じますが、貴殿のお力をお貸し願えませんでしょうか』
 たったこれだけの文面だが、ヴァリアンテは文間に隠された意図を正確に読み取ることが出来た。だからこそ養父に無理を言って使者になったのだ。本来ならば、軍人が来る方が理にかなっている。
 使者として視察にくる前にサムハインの事を調べたが、彼はヴァリアンテより年上で妻子持ちだ。疲れを見せない上官が求めている物を、しっかり把握していた。
 近いところほど恵まれていて良かった。ヴァリアンテは唇の笑みを残したまま、同じように剣帯を外した。
「まさか…。だから『貴方』ですか。こんな時に私情を挟むように見えますか、僕は」
「君には、君が思うより多くの味方が居るってことだ。愛されてるんだよ。卑屈になる必要はない。年長者からの、忠告」
「貴方が甘いんです。いつもつれないのに、甘やかし方だけは天下一品だ…」
 机の端に腰掛けて、長い指で自分の顔を覆ったカーシュラードは、笑って良いのか怒って良いのか泣いて良いのか自分でもよくわからない感情に支配されていた。
「お兄ちゃんだからね。可愛い弟の為なら、私はどんな事だってしてあげよう」
「僕の昂ぶりを鎮める為に生贄扱いされても?」
「何とでも。ここで弟を見捨てるほうが、耐え難いね」
 ゆっくりと近付いたヴァリアンテは、両手を後ろで纏めたまま、やや小首を傾げて赤毛の隙間を覗き込んだ。
「君を落ち着かせることなんて、私にしか出来ないだろう?」
 色香を隠しもせず陥落にかかるヴァリアンテに誰が抗えよう。カーシュラードは両手を挙げた。本当は、一目見た時から、その服を剥ぎ取って貪り尽くしてしまいたかった。鉄の自制心でもって耐えていたのに、どうぞ食べてと目の前に差し出されてしまっては、それが毒だろうと薬だろうと残さず口に入れるだけだ。
 カーシュラードは手加減無しにヴァリアンテの手首を掴んで、腕の中へ引き寄せた。自分の唇を湿らせてから食い付く様にして口付ける。細腰に腕を回し、折れんばかりに抱きしめた。
「…ふッ、ぅ…ン…」
 呼吸の為の間すら惜しい。カーシュラードはまさしく飢えた獣だった。ヴァリアンテが苦しさに、広い背中を叩く。けれど解放されることはなく、何度か息継ぎが許されただけで唇が離れることも無かった。
 舌を絡ませ、唾液で濡れた音を響かせながら、二人は器用にお互いの衣服を脱がせようとする。急く心に指が追いつかず、思うようにいかないカーシュラードは仕方なく一度繋がりを解いた。
「キスで犯された気分だ…」
 はだけた首筋に熱い吐息を感じながらヴァリアンテが呟けば、カーシュラードが鎖骨に歯を立てて抗議した。文句は聞かない、という意思表示だろう。
 そのまま寝台へなだれ込めば、二人分の体重を受け止めきれずにぎしりと悲鳴を上げた。ボタンを外すことすらもどかしいのか、今にも引き千切られそうな危機感を覚えたヴァリアンテは、喘ぎながらも協力してやった。いつも人任せにする彼にしては珍しい行為だ。
「カ…、シュ」
 肌を舐め囓られるヴァリアンテは、赤髪を一房握り込んだ。胸の突起を甘く噛まれて息が詰まった。久しぶりの刺激で、敏感すぎる自分の反応が怖い。きっと、戦場の空気にあてられた。溜め息。
「呆れても止めませんよ」
「違うって」
 唇を肌に触れさせたまま囁かれ、振動にぞくりと震えた。カーシュラードは納得しなかったのか強く吸い上げて痕を残す。雰囲気を崩さず素早い動きでズボンと下着を抜き取って、両足の間に陣取った。
「こら、…私は、いいから…ッ…」
 中心をいきなり咥えられてヴァリアンテが呻いた。
「君のほうが、…必要、だろう」
 久しぶりに感じた快感に、途切れ途切れになりながらも口を開けば、一度喉の奥まで頬張ったカーシュラードは唾液に塗れた根元に指を這わせながら、唇から解放した。
「珍しいですね。してくれるんですか」
「…まあ、君が望むなら」
 額に手の甲をあててヴァリアンテなりの降参を眼前で見つめたカーシュラードがにやりと口角を上げる。
「じゃあ。お願いします」
 珍しい事は続くものだ。
 体勢を入れ替えながら、カーシュラードは己の心拍が戦闘時以上に高まっている事を意識した。
「…技術は求めるなよ」
「そんなもの要りません。僕の方が余裕が無い」
「……みたいだね」
 ズボンの前を寛がせて取り出した雄芯に、ヴァリアンテが指を添えて笑う。既に硬度を保ち重量の増えたそれを握って、尖端を舌で舐めた。ぴくりと反応が返ってきて、嬉しく思う自分が不思議だった。
 男の下半身など、直視するのも嫌だし、触るのなどもっと嫌だ。けれど実の弟であるカーシュラードに対して、嫌悪を感じたことは一度も無かった。
「凄いね」
「…ヴァル」
 咎める声色を楽しく聞き、口内に誘い込んだ。口一杯に広がる味は無視して、舌を絡める。ヴァリアンテの長い耳の端を指先で辿るカーシュラードが、満足そうに息を吐いた。
 締め切ったカーテンの向こうは、厳戒態勢を布いた戦場の空気が漂っているはずなのに、今この一室は秘め事の淫猥な音で満たされている。同じ空間なのに、密度がまるで違って感じた。
 唾液で濡れた幹以外にも指で触れて、思い付く限り出来る愛撫を加える。括れた部分を丹念に舐め、先走りが溢れ出る度に掬い取る。筋を這い上げ、張り出した部分を含み、飲み込めるぎりぎりまで受け入れて、強めに吸った。
 どれくらい繰り返していたか、そう時間はかかっていないだろう。カーシュラードの擦れた吐息を心地よく聞いて、戦時はやばいな、と頭の片隅で考えた。
「ヴァリアンテ…」
 甘栗色の髪を引いたカーシュラードは、後頭部を押さえつけて無理矢理付き入れたい衝動を必死で押さえ込んだ。それでも腰が動いてしまうことは止められなかった。知ってか知らずか、ヴァリアンテが深く咥え込んだまま頷く。
 数瞬の後、カーシュラードの指に力がこもった。低い呻き。ヴァリアンテは喉の奥に叩き付けられた白濁を、何度かに分けて嚥下する。独特の味と粘りに難儀したが、零すことは無かった。
 管に残った物まで吸い出してから顔を上げれば、気まずそうな顔をしたカーシュラードと目が合う。
「…飲んだんですか」
「まあ。あれだけ奥に出されたら。…君だっていつもしてるだろう」
「そう、ですか。…有り難うございます」
 余裕が出たのか、天蓋で会った時より随分と気配が緩んでいる。目を反らすのが物珍しくて、優位に立てた事が楽しい。けれど、これで終わるとは思っていない。
「後ろからでいいですか。手加減出来そうにない」
 言葉の内容とは裏腹に紳士的な動作で体を反転させて、カーシュラードはヴァリアンテの足を開かせた。形の良い双丘に口付けし、肉を分け、その秘部に舌を差し込む。
「おい…、それは」
 止めろ、とも、嫌だ、とも続けようとした唇は、言葉を発する前に噤まれた。体の内側を探られる事は未だに慣れない。いくら奔放な性格をしているとはいえ、排泄に使う部分を舐められる事に抵抗を感じる。
「潤滑油なんて無いんですよ。輜重を減らした言い訳を考えてくれるなら、軟膏でも取って来ますが」
 ヴァリアンテに反してカーシュラードはこの行為が好きだった。唾液で濡らした指を差し入れて抜き差しする。
「それに、僕の望む事をさせてくれるんでしょう?」
「…屁理屈、だ」
 批難には微笑みで応え、カーシュラードは思う存分堪能する。指が三本に増えた頃には、ヴァリアンテの跡切れがちな喘ぎを心地よく聞くだけの余裕が出来ていた。
「…入れますよ」
 宣言だけで返答は聞かず、堅さを取り戻した分身を、潤んだ秘所に宛がう。片手で己を支え、もう一方でヴァリアンテの腰を掴む。
「…っ、あ、ア…」
 太い尖端を押し入れ、挿入に息を吐くヴァリアンテを黒瞳を細めて見つめる。半分ほど埋めたところで、両手は腰を掴んで引き寄せた。
「ん…ッ…!」
 一気に根元まで受け入れたヴァリアンテの肌がしっとりと汗をかいていた。力なく頭部を枕に押しつけている所為で、ずり下がった上着から背が見えた。美しい霊印。興奮を象徴するかのように光って見える。
「ヴァリアンテ」
 低く、低く囁いて、カーシュラードは理性を殆ど手放して動いた。ベッドが軋む音と嬌声が連動している。今までの、一応紳士的な振る舞いが一転して、律動は獣の様だった。激しい揺さぶりに喘ぎを押さえる事さえ出来ない。
 言葉にならない甘い悲鳴の合間に名を呼んで、体内を滅茶苦茶に擦られる。確かに感じるそこを何度も押し上げられて、その激しさに快楽の涙が浮かんだ。
 永遠にも感じ、けれどたった一瞬にも思えるような強烈な快感が全身を駆け抜け、二人は漸く動きを止めた。快絶の淡い痺れが全身を駆けめぐり、欲望が弾けた満足感を全身で味わう。
 二度目はお互いに衣服を脱ぎ捨て、正面から求め合った。いつものフレグランスではなく、砂と汗の匂いに現実を実感する。
「これ以上は無理でしょうね」
 満腹感とは程遠いけれど、満ち足りている。飢餓感は無くなっていた。
「…この部屋、シャワーくらいあるかな」
「士官用ですから一通り」
 離れたくはないけれど、そうも言ってられない。動けなくなる程の快楽は、次の機会に取っておく。
 最後の一線を越えるほど自失していなかったカーシュラードは、ヴァリアンテの体内に精を残す下手は打たなかった。十年前ではこうはいかなかっただろうと、馬鹿なことを考えて喉の奥で笑った。
「内務省が動いたよ」
 カーシュラードの腕の中に居たヴァリアンテが、ピロートークの一部でもあるような口調で告げた。一瞬内容が理解できなくて、カーシュラードが聞き返す。
「ミネディエンスのタイミングの良さは、不思議だろう?」
「…ああ。内通者狩りですか」
「自国を売るのは、自国民を殺すより罪が重い」
「赤天の意地と誇りとプライドを見せてもらいましょう」
 決して表に出せない話題だ。ヴァリアンテとカーシュラードの会話が一段落する頃、扉を叩く音が響いた。
 室内の防音魔術を解いたカーシュラードが誰何すれば、案の定副官のサムハインだった。
「報告書をお持ちしました。会談は四十五分後です」
「わかりました。一分そこで待ってください」
「了解いたしました」
 名残惜しそうに身を離したカーシュラードが素早く身支度する。どうせ一度シャワーを浴びるのだが、まさか全裸で扉を開ける訳にはいかない。ヴァリアンテはその隙にベッドを出て、付属のシャワー室へ入り込んだ。
 扉を半分ほど開けたカーシュラードに、サムハインが報告書の束を渡す。一緒にインナーも渡す部下に、何て答えていいものか言葉に困った。
「十五分前に窺いますが、よろしいでしょうか」
「…色々と、すまないな。感謝します」
「何のことか存じ上げませんが、お言葉は有り難く頂戴いたします」
 知らぬ存ぜぬを貫き通す副官は、確かに使える男だ。弱みを握られたわけでも、恩を着せられたわけでもないが、カーシュラードは自分の地位が引き上がったとしたら、サムハインを同時に引き上げてやろうと決意した。

  

つっこんで言えば、カーシュの部下達はみんな花街にもいけていないわけで(笑)。
2008/08/13

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