Liwyathan the Jet 2 RISE - 1-

Liwyathan the Jet 2 RISE

cerco intensamente di capire ma so che non ritornera l'amore, no
cerco intensamente di reagire ma so che non ritornerai indietro, no

 

***

 

 魅朧は、ときに千里眼より洞見があると思う。
 それは特別何もない、ごく普通の一日を締めくくる夕食後の団欒時の事。仲間達と酒を酌み交わして居たくつろぎの空間を破ったのは、彼らの長であり海賊王と謳われた人物だった。
「『群青の尾(アズーロ・コーダ)』号へ向かえッ!」
 初めて耳にする単語に、側に座っていたカラスは理解できずに居た。
 ただ、皆と笑い会っていた魅朧が、ふと表情を無くし、確かな方角を睨み付けた次の表情は真剣その物だったことが、一抹の不安に感じる。
 漆黒の長コートを翻し、船橋へ歩みを向けた船長に、その場にいた船員達の目付きが代わったことを知る。一瞬にして船内は緊迫した空気が漂い、まるで旅客船を襲う前の張り詰めた空気に似ていた。
 カラスはそんな魅朧の数歩後ろを黙って付いていく。
 背後を取る事に不平を唱える事はなく、この船の船長はそれがさも当然といった様子だった。
 一体、何があったのだろう。
 カラスは声には出さずに思った。『号』と言うくらいなのだから、きっと船舶の類だろうと検討を付ける。世界最強の海賊船と名高いこの『漆黒の鱗(スケイリー・ジェット)』号に乗っていては、その他の船の名前など殆ど聞くことが無かった。
 魅朧の種族はその殆どが海賊として位置づけられているが、カラスはこの船以外の海賊船を見たことが無い。無論、人間の海賊ならば暫し見かける事はあったが、この船ひいては総ての海賊の頂点に君臨する魅朧は人間ではなかった。
 聖霊とも魔族とも相容れない、この世界固有の最強種族、『海龍』、それが魅朧の種族だ。
「錨を上げろ。全速でアズーロ・コーダを捕まえる」
 船橋の扉を開けた途端発した命令に、舵を握った操舵主任が無表情に応えた。
「針路を」
「獣が大陸、ラーハスへ」
「了解。―――風を捕らえろ!これより一切立ち止まる事はない。日も月も我らを遮る事はないと思え!」
 操舵主任の声に、船橋のクルー達は各々了解の声を上げる。舵を切った途端、世界最強で最大と名高い海賊船が波の上を滑りだした。
 船長は彼のみが座ることの許された席に腰を下ろし、遠く海原の、水平線の向こうを睨み付けている。
 ひとり取り残されたようなカラスは、定位置と化した船長椅子の肘掛けに寄りかかった。魅朧が何も言わないときは、思案しているときだ。彼は助言を求める以外は自分で総てを決めてしまう。船員達はそれに否を唱える事はない。彼らは魅朧の命令に従うことに疑問すら抱かないだろう。一族の長の決定は、種族総ての意志と同じ。
 それに、いつも人を食ったようなどこかニヒルで粗野な笑みを浮かべていることが多い魅朧の、心を凍らせるような張り詰めた表情など滅多に見られないので、暫く眺めるのも良いかもしれないと思った。
 獅子を思わせる黄金色のたてがみに似た髪は肩口で無造作に伸びているが、不潔さはまったくなくてむしろ様になっている。髪と同じく黄金色の瞳はまるで爬虫類を思わせた。
 長身に均整のとれた筋肉を纏った魅朧は、その容姿も整った美丈夫だが、本来の姿はこの船の大きさに匹敵するほどの大きさを持っていた。二対の翼と一角を備え、黒曜石の鱗をその身に纏った龍種。優美な曲線を描くこの種族は、世界で一番美しく強い。
 空を舞うことより、海を泳ぐ事に長けた海龍である魅朧が、これだけ真剣であるのに自らの翼で深海を飛ばないのは何故だろうとカラスは思いついた。緊急時にはその速力で誰よりも早く辿り着く力があるのに。
「俺にも、考える時間が欲しかったんだ」
 唐突な応えはまるで心の中を読んだようだった。
「どのみに後手には変わりねぇしな」
 苦く唇を歪めた魅朧の肩に、カラスは背を預けた。
 龍族の特殊能力は幾つかあるが、その中で最たるもの、それは他者の感情を読むことが上げられる。最も力の弱い龍でも喜怒哀楽は感じ取る事ができるし、最も力の強い魅朧のような位になれば殆ど誤り無く、思想を読む事ができた。
 最初は落ち着かなくて畏怖を抱いたものだが、慣れに加え、自分の感情を表に表すことが得意でないカラスにとっては良かったのか、次第に気にならなくなり今ではそれが普通ですらある。
 カラスは魅朧と違って、彼の心の内を知ることはできないから、魅朧は言葉として伝えるのだが、あまり大っぴらにして欲しくないような事まで口に出されるのはたまに恥ずかしいとも思った。
「…『アズーロ・コーダ』号?」
 聞いてもいい事だろうか。聞いても怒らないだろうか。
「……怒るわきゃねぇだろ」
 触れ合っている所為でより鮮明に感じ取れる、筒抜けの感情を読み取った魅朧は微かな笑みを浮かべた。
「考え中じゃないのか?」
「ああ。…まぁ、現地着いてみねぇことには、どうしようもねぇしな」
「揉め事?」
 放任主義に近い魅朧が出向いて処理をするなど、並大抵の事ではない。
「そうかもしれねぇな」
 珍しく歯切れが悪い。まだ結論が出きってないんだろうと納得して、カラスは魅朧の言葉を待った。
「『群青の尾』、アズーロ・コーダ号は俺の船に次いで力のある海賊船だ」
「じゃあ、龍種なわけだ」
「ああ。船長は孔雀(コンチュエ)――パヴォネと言う。実力は三番手。(チィオ)の下ってとこだな」
 (チィオ)とは現在操舵桿を握っている長身の男のことだ。魅朧以外にはエルギーと呼ばれている。この海賊船の操舵を担当し、魅朧に次いだ実力がある。
「豪華な名前だな…」
「そうだな。あの野郎、着飾る事と自分の美貌と力にだけは煩ぇ」
「……ちょっと見てみたいかも」
 会ってみたいではなくて、見てみたいという辺り、カラスも大概だ。
「猫だったら好奇心に殺されるぞ。俺も口悪い方だが、野郎は俺の上を行く。迂闊に手ェ出すと、倍返しにされるのは覚悟しなきゃいけんくらい、性格はよろしくねぇな」
「やはりパヴォネか」
 操舵桿を握ったまま、エルギーは振り返りもせずに呆れた声で会話に混じった。
「わかったか」
「お前程ではないにしろ、ある程度は感知した」
「……」
 魅朧は瞳を細めてエルギーの背中を見据えた。言葉に上らないどんな会話をしているのか検討を付けたところで、それ以上の内容は言うなという事だろう。
「ラーハスか、一日で行けるかな」
 疑問は解消されていないが、皆の前で敢えて言葉にさせる必要もない。カラスは無難な内容を選び出した。
「不止の航海だ。一日ありゃあ着くだろうさ。――今回ばかりは逃がしちゃやらねぇ。全力で首根っこ捕まえてやる」
 龍の乗る船に凪ぎなど関係ない。恐らく魅朧の言うとおり、着くのだろう。
 カラスは、やはりどこか不機嫌な魅朧に寄りかかったまま、するりと鬣の様な金髪を一房取って引いた。
「部屋に戻ってる。何かあったら呼んで」
「……後で行く」
 怒っているのか?とは、魅朧は聞かなかった。カラスの機嫌は平常時のままだし、全面的な信頼のもと、いつか話してくれるだろうという期待を感じた。勿論、二人の部屋である船長室へ戻った時には、殆ど話してやれるだろうから。
 カラスが船橋から出て行ったのを確認し、魅朧は遠く暗い水平線の先に視線を戻した。
 睨み付ければ目的地が見れるだろうという程、きつい視線で。

 漆黒の空には、血のように濃い月が天高く、冷笑を浮かべているような夜だった。

 

***

 

 カラスは船長室に戻ると装備を外し、ブーツを脱いだ。
 余分なモノは椅子の上に纏め、シャツとズボンという軽装でベッドに座る。
 きっとこれから一騒動起こるのだ。常に魅朧の側にいようと思えば、今の内にゆっくり休んで体力を温存したほうがいいと思った。
 龍族に比べると、カラスはたかが人間。体力も膂力も及ばない。
 そう。カラスはこの船で唯一の人間種だった。紆余曲折の末、住処が陸上から船上へと変わり、他者を信用することができないカラスを魅朧は懐柔した。愛する者と褥を共にする幸福を知ってしまった今では、魅朧の側を離れると言うことすら考えられない。
 魅朧はカラスに、楽しければ笑い、悲しければ泣けばいいという、打算のない感情を教えてくれた。
 どうせ故郷には居場所なんてなかったのだ。自分を道具ではなく一つの生命だと認めてくれるこの船に死ぬまで居座る事ができるなら、僥倖。
 カラスは瞼を閉じて身体の力を抜いた。この場所は唯一警戒を解ける場所である。ここに居る限り、眠れる夜はやってこない。

 もともと仮眠のつもりで瞼を閉じていたので、扉が音を立てたときにはすぐに意識が浮上した。
「魅朧…?」
「起きてたのか」
「いや、寝てたけど。仮眠してただけ」
 欠伸をかみ殺しながら上体を起こせば、魅朧がコートを脱ぎ捨てていた。椅子に放り投げてはいるが、あとで壁にかけておかないと皺になるだろうなあ、なんて思った。
 魅朧はカラスの顔とコートを見比べ、眉間に皺を寄せてから結局そのままベッドに倒れ込んだ。吹きだすように苦笑したカラスの側に寄り、子猫が親猫にじゃれつくような態度で甘えの姿勢に入る。ここまで大っぴらなのは、珍しい。
「…考えは、纏まらないみたいだな」
「……」
 きつくなった腕の力は、それが肯定だと言っているようだった。
「俺が本体に戻って行けば数分とかからないだろうが、今すぐ行こうが一日後になろうが、結果は変わらねぇんだ」
「お前を此処まで悩ませるんだから、最悪の事態なんだろ?」
「情状酌量の余地が無い。俺は『魅朧』として、あの野郎が引き起こした事を消さなけりゃいけねぇ」
 一度言葉を切り、魅朧は唸った。
「…全部消せたとしても、そっちのほうが面倒くせぇんだよ」
 殆ど独り言に近い言葉に、カラスは何も返せなかった。具体的に知っている人物の話でもないし、まだ何も見えていないから、何も言えない。
「安心しろ。ラーハスに着いたらお前もしっかり連れてってやる」
「うん。ありがとう」
「…つーか、頼むから側に着いてきて。じゃないと、俺何するかわかったもんじゃねぇ」
 まるで子供のような物言いで物騒なことを口走る魅朧に、カラスは苦笑を隠せなかった。大変な事態だとは思うのだが、この男が可愛いと思えてしまって。
「ハイハイ。ヤバそうだったら、全力で止めてやるよ」
 頼まれたからには、絶対に実行する自信がある。身を挺してでも。
「…任せた」
 魅朧からの応えは、幾分硬かった。

  

二部スタートです。テーマは重い。かな…。
2006 .10 .1

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