Liwyathan the Jet 2 RISE - 5 -

Liwyathan the Jet 2 RISE

――至急魅朧の指示を仰ぎたし
 カーマ王国潜伏中、龍族と思しき個体の活動を確認。
 不連絡の個体のため、追跡するも、その弱力のため確保ならず。
 次個体発見時、其の個体州警察にて首都へ連行。罪状、殺人及び傷害。
 確認した個体外見より、『群青の尾』パヴォネに極めて類似。
 同船よりの返答無し、よって魅朧に緊急連絡とす。

 カーマ首都にて潜伏中、オベロアンより発信
 

 ピピ

 

 〜追伸〜
 パヴォネと思しき野郎は口がきけないのか言葉を話している姿は見ない。カーマ人共がアレを龍族だと解って捕獲してるのかどうか謎だが、首都に連行されて赤天師団が身柄を引き取ってるから、正体に感づいてると思っていいかもしれん。
 もう一つ問題なのが、野郎が殺したカーマ人だ。第12分家メーベル太子に暴行、その使用人を殺害。王族への手出しに当たるかもしれん。
 一体どうしたらいいか、覗き屋の俺にはさっぱりだ。
 できるだけ早く指示をだしてくれ。

 

 殆ど握りつぶした手紙をエルギーに放り投げた魅朧は、すぐ側であやすように佇んでいるカラスの腕を取った。
「読んでおけ。それと、俺は塩を流してくる。針路をカーマに向けろ。首都に近い港なら何処でもいいから出来る限りの速力で進め。それが済んだらあそこでくたばってるアホを引きずって俺の部屋で待機だ」
「了解」
 船長の命令に、操舵主任は短く答えた。応えを確認した途端脇目もふらず歩き出す魅朧と、指示を実行に移そうというエルギーの二人は、樽と一緒に転がっているパヴォネの姿を敢えて見ることはしなかった。
「アタシがこいつのこと見てようか?」
 エルギーの背後にくっついていたノクラフが、樽の側に来たときに呟いた。しかしその夫はただ一言、「放っておきなさい」と一瞥をくれただけだった。魅朧の機嫌の悪さがどうやら伝染しているようだ。
「雄はこれだから嫌ぁね」
 機嫌を伺うように旦那の腕に自分の両腕を絡ませたノクラフは、伸び上がって頬に可愛く口付けをしてやった。

 一方、魅朧に連行されたカラスはと言えば。
「ちょ、魅朧、痛い痛い痛い」
 骨が折れる、とまでは言わないが、皮膚に食い込むような力で腕を握られ、ずんずんと船内を進む。甲板から一度降りて違う階段を上がる。木製の黒い扉を開けると、それが船長室だった。
「風呂入るぞ、風呂」
 素っ気なく言い放つ魅朧は、入り口のすぐ側にある浴室の扉を開けた。カラスの身体をその中に押し込んで自分も滑り込む。
「風呂くらいひとりで入れよ…」
 呆れたカラスの声を聞いているのか居ないのか、魅朧は漆黒のコートとシャツを脱いで洗面台の上に放り投げた。
 眉をしかめてその光景を眺めていたカラスは、風呂に入らなければ成らない原因を思い出して微かな怒りを再発させた。もとはと言えば魅朧があっさりとカラスを置き去りにして暴れたおかげだ。その張本人と仲良く風呂なんて入れるものではないだろう。いや、例えいつもと同じでも一緒に風呂に入ろうと思った事はないが。
 それに、もともと最初から魅朧が怒る原因を、未だ知らされていない。
「………」
 腕を組んで、あまつさえ冷えた視線で眺めやるカラスに向き直った魅朧は、駄々漏れになった感情を読み取って息を詰めた。
 あっちもこっちも地雷だらけだ…。
 ベルトを緩めたズボン姿のまま、魅朧はカラスを見下ろした。距離にして数歩。腕を伸ばせばすぐに捕まえられる。出て行く素振りは見せないから、本気で嫌がっているわけではない。求める物は、すぐに解った。
「…すまん」
「…………」
 謝罪は短い物だった。
 誠意の程は半分程度か。その表情に苦渋がなければ、張り倒していたところだとカラスは長嘆する。
「毎回あれじゃ、俺の身が持たない」
「そう何度も同じ轍は踏まねぇよ」
「だと、いいけど」
 海水に濡れて色濃く、湿っぽさの残る髪を掻き上げて、手の甲で頬を撫でてやる。青磁色の瞳を伏せたカラスは、怒りの気配を緩やかに鎮めて魅朧の好きにさせた。裸の広い胸に抱き込まれ、大切な物を扱うような繊細さで頭部に口付ける。
 健康的に焼けた肌の下は、均整のとれた筋肉に覆われていた。逞しいがゴツイという印象は受けない。胸の中心に龍を象徴するような刺青が入れてあった。
「風呂から上がって、鷲が孔雀を連れてきたら、全部教えてやる。――それまで我慢できるか?」
「とりあえず気になって噛み付いたりしないから、安心していいよ」
「…別腹で齧っても引っ掻いても歓迎するんだが」
 ずれた会話に、だが魅朧は半ば真剣に提案した。ふ、とカラスがくぐもった笑い声を上げる。
「いいから、さっさと塩を流して俺に替わって」
「一緒に入った方が効率がいいぜ?」
「…そのほうが絶対時間食うよ」
「ああ……、」
 簡単には首を縦に振らないカラスの耳元へ唇を寄せる。吐息を吹き込むように、低く囁く。耳朶を嘗めると微かに塩の味がした。
「…期待しているのか?」
 両手で腰を掴んで、互いに密着した体勢での睦言じみた問い。ただ身体を洗うだけで済まされないだろうと無意識に予測していたカラスは、断言されたことでそれを現実的に自覚した。身体を求めてくる物だと思いこんでいた事を指摘されるのは、堪らなく恥ずかしい。
「大丈夫、触るだけだ」
「嘘だろ」
「やってみもしないうちから、そりゃあねぇだろ」
「その辺に関してはアンタの信用なんてほとんど無いよ」
「………まぁ。否定はできねぇが」
 案外あっさりと認めた魅朧に、それみたことかとカラスが呆れを溜息に込めた。
「お前を確かめたいんだ」
 そうやって言葉を締めた魅朧の声色は、冗談の響きが欠片も無かった。思わず顔を上げたカラスの唇は、覗き込む形になった角度のまま、ゆっくりと塞がれた。見上げる青磁の瞳と、小さな欲の火種を灯した黄金色の瞳が交差する。口付けを深くする為に顔の角度を変えた時、瞼はお互いに閉じた。

「ん、んッ…、く」
 湿度の高いバスルームの壁に縋りながら、カラスは必死に耐えていた。声が反響する。それが恥ずかしくて堪らない。
 ぴたりと接した背と胸。海水に濡れた服はさっさと脱ぎ捨てられていた。魅朧に背後から抱き込まれ、耳元で掠れた吐息が聞こえる。カラスは崩れそうになる膝に何とか力を入れ、震える指で壁を引っ掻いた。
 余り時間は無いから、と前置きをされたのはいいが、塩を流すにしては随分と丁寧で卑猥な手つきで肌に触れられた。必要以上に擦り寄ってくる魅朧が、愛に飢えた猫のよう。
 視界に入る皮膚の至る所に舌を這わせ、指で辿り、時折齧る。決して激しいわけではないのだが、飢えを満たすようなその行為。本人は至って全うに、ささくれだった精神を癒す為、愛しい者を愛している。
 惚れた弱みなのか、抗う事に疲れたのか、カラスは時折悪態を付きながらも甘受する。ただ、体の内側から突き上げられ、掻き乱されているにもかかわらず、魅朧が自室に引きこもる前に下したオーダーが気になって仕方なかった。
 すぐにエルギーがパヴォネを連れてくる筈なのに。いや、もしかしたら自分は気付いていないだけで、壁の向こうでは既に待機しているのかもしれない。そんなことをちらちらと考えていた。
「…余裕だな」
「どこが…。熱…い、よ」
「……そう、だな」
 耳の中まで犯されながら、魅朧に見透かされていたことに気付く。
「早く終わらせたいか?」
 喉で笑うような低音は、欲情に濡れていた。その声だけで背筋にぞくりと震えが走る。
 早く終わらせなきゃならないけれど、ずっとこのままでいたいような気もする。口に出して答えることは出来ないから、カラスは魅朧に絡まれて握られた指を握り返すにとどめた。
「俺もだ。このまま全部バックレて、お前ん中に出せたらどれだけイイだろうな」
「……アホか」
「あんまり可愛いこと言ってると、マジで実行してやるぜ?」
「…ッ!…や、あ…あっ、ァ、あ!」
 どうやら今までは気遣っていたらしい魅朧は、握ったカラスの指ごと腰を掴んで、穿つ速度を速めた。蛇口からぽたぽたと水滴が落ちる音に混じって、ぐちゅぐちゅと濡れた音がする。それは時に激しくなり、執拗さを増し、焦らすようにゆっくりと卑猥な物に変わる。
 本来受け入れるべきではない身体なのに、他人の熱を身体の奥でこれ程感じられる事に堪らない満足感を感じ、カラスは恍惚の表情で荒い息を吐く。こんな顔は、魅朧が背後にいるから出来るのだ。もし正面から抱き合っていたのなら、快楽に歪む顔など迂闊に見せられるものではない。
「…それは、また今度」
「ッ…!」
 がむしゃらで読まれないと思っていたのに。カラスは羞恥と悔しさと快楽で瞳に涙を溜めた。
「魅朧…っ、んん…!」
 腰を掴んでいた指が這い上がり、ぷくりと赤く膨らんだ胸の突起に触れた。カラスはふいの刺激に息を詰め、喘ぐ。前後に律動しながら器用に指で挟む巧みな愛撫は、強烈な刺激になって全身を駆けめぐる。
 そう長く、耐えられそうも無さそうだ。
 確信したのはどちらだろうか、それともお互い同時だったのだろうか。魅朧は軽口を叩くのを止め、首筋に艶っぽく張り付いたカラスの髪を鼻先で分けてそのうなじに口付けた。浮いた骨からゆっくり舐め上げ、強く吸う。
「く、ぅ…ッ…、ん」
 汗かお湯か、どちらにしろ濡れた肌を打つ音が一際大きくなったとき、大胆なグラインドで粘膜を擦り上げた熱棒が一番敏感な箇所を的確に抉って突き上げた。
「ゃ…、あああ―――…!!」
 甘い悲鳴を零し、カラスが達した。びくびくと快楽に震え、その絶頂を身深くで感じているのだろうか、子猫のように啼いている。
 魅朧は柔肉の締め付けに、吸い上げていたうなじを甘噛みし、埋め込んでいた雄をその勢いのまま引き抜いた。粘ついた先走りが伝う様が言いよう無く淫猥だ。
「く…ッ」
 短い呻き。奥歯を噛みしめ、色づいたカラスの背にその欲望を放った。
 本当は暖かい体内に、匂い着くほど含ませてやりたい。汚したいわけではないが、自分の物だという証が欲しいのかもしれない。何度注ぎ込んでも染まらないのがいっそ悔しいとさえ思う。後始末が大変だなどと文句を言いながらも、その実カラスが喜んでいることはとっくの昔に知っている。
 忙しない呼吸のまま、背に飛び散った残滓をその肌に擦り付けた。射精したばかりで敏感な肌にはそれさえきついのか、カラスは弱々しく首を振る。庇護欲をそそられる。
「愛してるぜ…?」
 離れがたくて触れ合ったままの身体を反転させて、魅朧が吐息混じりに囁く。
「…ん、魅…朧」
 正面を向かされた意図に気付いたカラスが、大人しく瞼を閉じる。濡れて薄く開いた唇を、魅朧は当然のように貪った。
 舌を絡め、何度も角度を変え、カラスが呑みきれずに唾液に顎を濡らすのさえ構わず。このままではまた火が付きそうだな、と自覚した時、漸く名残惜しげに唇を離した。
 はぁ、と熱い息を零したカラスは、瞳を閉じたままで。
「ひとつ、頼みがある」
「足りないっつーなら、大歓迎だが」
「馬鹿野郎。そうじゃなくて、とりあえず風呂場から出たら『遮蔽』を張らせてもらうからな」
 眉間に皺までよせて。
「言わないでやると怒るから、一応ことわっとく」
 座り込みそうになる身体をなんとかやり過ごして。
 『遮蔽』とは、いつだかノクラフに教わった技の一つだ。強弱の差はあれ他人の感情を読む龍に対する防御策として、その心を読まれないように壁を作って防御する方法だ。相当高位の人間の魔術師などは、簡単にやってのける芸当ではあるが、カラスはそれを知らなかった。教えて貰ってからは時折使用しているものの、魅朧はそれを好ましく思っていない。
「なんでだよ」
 案の定返ってきた不機嫌な色をさせた言葉に、カラスは深く溜息を付く。
「いいか、俺は、アンタほど面の皮は厚くない」
「は?」
「こんな状態で平静な感情を保てるほど、人間出来てもいない」
 この風呂場から出れば、エルギーとパヴォネが待ちかまえている。魅朧の直ぐ後に続く能力を持っている龍に、いままで自分たちが何をしていたのか読み取られるのは我慢ならなかった。例え、一緒に風呂から出てくることでその事実を予測されたとしても。
 一度解放したとは言え火の付いた身体と心で、ろくな休憩もないまま、無防備に同じ場所で会話などできるものか。それに、エルギーはまだしも同じ船員だが――それでも嫌だが――、パヴォネなど今日初めて会ったも同然の男に、それも、短い会話の中でも相当軽薄は印象を受けた男に、感情を読まれるのは願い下げたいと思うのは当たり前だ。
「ああ、成る程」
 瞬時に読み取った。触れ合っていればその認識力は正確さを増す。
 魅朧とて、良い具合に熟れた愛しい生き物を晒すのは忍びないと思った。邪推も何も、すぐにバレてしまうだろうが、当事者であるカラスの感情を他人に読まれるのは嫌だ。しかもこんな淫らな事を。こういうものは、自分だけ知っていればいい。
 頬や額に啄むような口付けを零しながら、魅朧は承諾の意を表した。
「ありがとう」
「…そりゃ、こっちのセリフだわ。色々と」
 安堵の色を浮かべるカラスに、魅朧は苦笑と抱擁で答えた。

  

風呂場いちゃいちゃは、ホントは入れる予定じゃありませんでした…!なので、短めです。
2006 .12.2

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