Liwyathan the Jet 2 RISE - 9 -

Liwyathan the Jet 2 RISE

 馬車は城門をくぐり、幾つか橋を渡った。窓から周囲を見た限りでは、兵士の姿がやたらと目につく。生まれ故郷の大聖堂程度の建物しか目にしたことのないカラスは、城の敷地内がとても物珍しかった。小さな窓越しではあるので、その姿の全容を見ることはできないがそれでも想像するだけで、どれほどの規模であるか驚く。
 噴水と庭園を過ぎてから馬車が止まった。
「アタシの案内はここまでヨ。帰りもご一緒できることを願うわ」
「一悶着が無ければ?」
「そうネ。話の分かる男は好きだわ」
 ウィンク付きで微笑んだ女は、扉を開けて馬車を降りた。夜の空気が入り込んでくる。
「ご苦労。後は此方で引き取ろう」
「残念ながら全て異常なしヨ。まさかアンタにお出迎えして貰えるとは思ってなかったわ」
 待ちかまえていたのは黒服の男達だった。女の言葉にカラスが眉を寄せる。異常が無いのが残念ということは、彼らにとって魅朧が騒ぎを起こしてくれたほうが名目が立つからだろうか。
「ドナ」
「はぁい」
 黒服の男が咎めるような声色で。それに軽い敬礼で応えた女は、一歩引いて場を譲った。
「女王がお待ちだ。私はクセルクス。あなた方には不本意だろうが、全ての行動を見張らせていただくので、そのつもりで同行願う」
 名乗った男は、カラスの見たことのない武器を携帯していた。剣より細長く幅が狭い。リーチの長い武器は近寄りにくいが隙が見付けやすい。瞬時にそう判断してしまうカラスは自分が警戒していることに気が付いた。
 クセルクスは暗い赤毛。瞳は黒く、その容姿は魅朧と同じ様な年かさに見える。なかなかの美丈夫。人種特徴が顕著なのか、尖った耳がより長い。その若さにもかかわらず、この場では誰よりも地位が高いのはその雰囲気で窺えた。
「では、付いてきてくれ」
 威圧感は感じないが物言いは命令だ。魅朧が何か反応するのか心配したものの、彼は肩を竦めて大人しく従った。
 半分開け放たれた高く大きな扉の前で一度振り返ったクセルクスは、魅朧へ視線を向けた。
「その姿で入城するつもりか?」
 確かに、女王に謁見するにしては小汚いマント姿だと言えなくもない。
「お前達が尊重するのは血だろう?衣服で判断するとは思えんが」
「武器でも隠し持たれて居たのでは、我々の立場が無い」
 魅朧の挑発とも取れる口調に動じず、クセルクスは言い放った。笑いもせず、感情の機微すら出さないその男に、魅朧は鼻で笑う。
「チンピラ風情と一緒にされるのも癪だ」
 留め金を外し、旅人用のマントを外す。魅朧はカラスへ視線をむけ、同じくマントを脱ぐように示した。クセルクスの背後に控えていた男にマントを渡せば、カラスの短剣に視線が集まった。入城するのに武器を携帯しているというのは、護衛として認められた者か兵士くらいだろう。
 これを取り上げられてしまうとすればどう反論しようかと考えていたカラスは、クセルクスの視線が外れた事で肩すかしをくらった。どうやら、武器については何も言う気は無いらしい。それとも、取るに足らないことと判断されたのか。
 男達の動きは洗練されている。殺気などの気配を漏らすこともしない。隣国の騎士団ならば近くで見たことはあるが、この国のそれはまた一風変わっているのかと思う。馬車で城まで案内してくれた女性も彼らと同じ様なデザインの服を着ていたから、きっと兵士なのだろうとは思うのだが、色合いの違いか性質も違って感じた。
「本来この時間は入城が許可されない。私の案内する場所以外へは立ち入りを控えてもらおう」
「一般人が居なくていいだろう?観光に来たわけでもねぇから、さっさと済まして出ていってやるよ」
「そう願う」
 背を向けた男はマントをひるがえして歩みを戻した。磨かれた床石に足音一つ響かない。騎士のようにも見えるが、そうでもない。事前に教えられていたカーマ軍人なのだろうが、軍人と呼ぶには際だった何かを感じる。
 一度も曲がらずに城内を歩いている途中、カラスはふいに気付いた。魔力のない龍族に慣れてしまっていたので、それが高位の魔力を保持する者の気配であることに気付くのが遅れた。思えばあの女性もそうだったが、先頭を歩くクセルクスという男から感じる魔力はそれを凌駕していた。剣人と魔導師の気配が一緒くたになったよう。もし戦闘になったとしたら、以前の自分なら無駄な怪我をしないようさっさと逃げているような相手だ。
 さすが、魔の聖地であるカーマだと、この場で漸く実感した。
 魅朧の光沢ある長衣を視界の端に捉えつつ、カラスは周囲へ視線を移す。王城と呼ぶに相応しい。廊下の横幅も高さも一般家屋に比べられないほど広い。ランプの掲げられた壁には彫刻の施された柱があり、柱の間にはいくつもの絵画やタペストリーが飾られてあった。等間隔に兵士が立っている姿が、置物の様に見える。
 時折通路や扉も見付けられるが多くはない。通路の向こうには明かりが灯されていないのか、闇が広がっている様が洞窟を想像させた。この廊下は日中に来ればさぞ美しいだろう。一般人に解放されている区画なのだ。一番警備がしやすく、防御に向いた作りになっている。だから裏門等から隠れるように侵入させる方法ではなく、正面から招待されているのだろう。
 カラスが警戒しているのと同じかそれ以上の警戒を、この軍人達はしているのだ。改めてドラゴンという生き物の影響力の強さを知った。大国さえも脅かす存在なのだ、と。
 ランプと闇が造り出す朧気な気配が、目的地までの距離を長く見せる。正門よりは小さいがそれでも威風堂々とした造りで威圧している彫刻扉。謁見の間の扉だろう。
 黒い軍服を纏った兵士が扉を護っていた。クセルクスが近付くと、扉を開けて敬礼を返す。目礼だけを返したクセルクスの後へ続く。
 その大広間は光に溢れていた。カラスは知らず息を飲んだ。光を反射させるシャンデリア。ランプと同時に聖霊魔法で室内が煌々と照らされている。天井一面には創世記が描かれていた。
 広間の正面、数段の階段を上がった場所に、一脚の椅子があった。高い背に流線型が折り重なったような枠。張られたベルベッドは暗い赤。これがカーマ王国の、国王が座する椅子だ。
 魅朧とカラスの靴音が広間に響いている。等間隔で黒い軍服の兵士が立っている。ちらりと視線を上にやれば、レースのカーテン越し、バルコニーには幾人もの人影があった。
 広間の深部へ近付くにつれ、階段上の姿がはっきりと解る。座っているのは女だ。その横に一人、背後には四人、鍛え抜かれよく訓練されていることが解る者が控えていた。軍人ではない。もっと高貴なイメージを受ける。
 クセルクスが立ち止まった。
「ご苦労、将軍」
 凛とした声が静寂に響いた。たった一言であるのに、大気すら震わせるような声だった。
「すべて恙なく」
 膝を折り、忠誠を誓う騎士に似た姿で傅くクセルクスに、カラスはつられそうになった。女王の気配。鳥肌が立ちそうな、冷気に似た魔力。奥歯を噛みしめ、顎を上げた。見つめた女王の姿に意思が挫けそうになる。
 琥珀色の瞳が、じっとカラスを見つめていた。
 それは龍族の瞳と似ているようで非なるものだ。縦に刻まれた瞳孔は魔族のもの。尖った耳、美貌を縁取る豊かな髪は、うねり長くカーマの国色を象徴するような赤闇色。黒と臙脂を基調にした優雅なドレスは防具のようにも下着のようにも見えた。開いた胸元には黒い刺青があった。
 突き刺さる視線。思考も過去も未来も全て見透かされているような、琥珀の瞳が冬の空気よりも冷たい温度で見つめている。
「…っ」
「そこまでにしてくれねぇか」
 遮ったのは魅朧だった。カラスの前に身を乗り出し、腕を組む。唇の端は吊り上げられているものの、黄金の瞳に笑みは無かった。
 跪いていたクセルクスは、魅朧の物言いに気分を害したのか眉を寄せている。立ち上がって注意をしないのは、女王の指示がないからに他ならない。
「将軍、側へ控えてらっしゃい」
「御意に」
 立ち上がったクセルクスは、やはり音もなく階段を昇り、女王の横へと従った。やや距離を取っているのは、その武器の所為か。
 椅子の背に指をおいているもう一人の人物は、甘栗色の髪と年齢も性別も不詳な人物だった。宮廷魔導師ではないことは、その腰に下がる二本の剣でわかる。ならば親衛隊かと検討を付けたカラスは、この人物もその背後に控える者達もカラスが滅多に出会うことのできない強者達だと確信して唾を飲み込む。
「不思議な人間ね」
 ふいに掛けられた言葉に、反応が遅れた。誰に向けて言ったのか、と。
「俺の護衛に手ぇ出すんじゃねぇよ」
 魅朧の口調は最初から挑発と威圧を含んでいる。彼にとって王だろうと神だろうと頭を垂れる存在には成り得ない。
「ドラゴンが人を連れているという話は余り聞かない。しかも護衛だと言う」
「お前にそれが関係あるのか?」
「無い。ただの興味に過ぎない。――あなたはお喋りが嫌いなのね」
「物による。間怠っこしいな。本題に入ったらどうだ。住民が起きる前に終わらせちまいたいだろ?」
 椅子もお茶も出されないようだし。皮肉を口に乗せた魅朧に、女王は薄く笑った。
「七日前の深夜、我が第十二王家メーベル家の太子とその家令が襲撃され、家令が死亡。犯人はその場で逮捕、黙秘を続けるため首都へ連行。詳しい取り調べの結果、犯人は人間では無いことが判明した」
「俺の部族の者だろう」
 女王の側に控えていた親衛隊と思しき者が淡々と述べる状況報告に、魅朧は相槌を打った。
「ドラゴンはカーマ人に手を出さない。その代わりに我々は年間莫大な金を支払っている。カーマ友好通商条約は今でも機能していると思ったが」
「そうだな。海上では機能している」
「では、陸上ならばその限りではないと?確かに条項には詳しい場所の指定はされていない」
「いいか、俺は証拠隠滅しに来たわけでも、言い訳をしに来た訳でもねぇんだ。カーマ人を殺した事が事実だと認めている。その対価をとっとと払って、決着つけてぇんだよ」
「ドラゴンが人を殺したという事が事実だと認めるのか」
「最初から疑ってもいねぇ。アレを煮るなり焼くなり好きにしてくれてもいいが、出来れば俺に一任してくれると話が楽だ。まさか逃がそうなんざ考えちゃいねぇから安心しな。目の前に連れてきてくれれば、お前等の前で執行してやる」
 二階のテラスに居る人々がざわめいている。女王とその周りに控える者達は、思案しているのか口を開くことはない。
「事故、災害、そういうモンと同じだと思ってくれるのが一番だ。本来龍が暴れたら、街ひとつでも足りないくらいだぜ?」
 それまで黙っていた女王が、ふいに唇を開いた。
「名前を聞いてもよろしいかしら」
 その内容にカラスは眉を寄せる。どうも目の前の女王は、本題からずれた話題を持ち出すことが多い。
 気分を害した訳でもなく、魅朧は小さく鼻でわらった。
「俺に魔力が効かないってわかっててそれを聞くのか?」
「ええ。呼び名が無いのは不便だもの。それに今のところ、わたくしは貴方に魔術が効くかどうかを試す気はなくってよ?」
 鈴を転がしたような笑い声が広間に響いて消える。魅朧の笑みが深くなった。しんと静まりかえった大広間に、よく通る男の声が落ちる。
「魅朧だ」
 名乗った瞬間、その場がざわめいた。女王はそれを止めもせず、琥珀色の瞳を輝かせてから呟く。
「海賊王。キャプテン魅朧」
「ああ。そう呼ばれているな」
「龍族の長が来るなんて予想外だわ。この件はそれだけ重要だということかしら?」
「内容を引き出したいなら、あまり期待には沿えんぞ、女王。俺が来たのは単なる趣味だ。長が来たほうが話が早いだろ」
「何故そう急いているのか、気になる所ではあるけれど、確かに。でも龍王に対する礼儀を欠いた事になるかしら」
「うざったい程だ」
 吐き捨てた魅朧は、ちらりとカラスを顧みた。懐からはベルベッドで設えた箱を取り出す。パヴォネが悪態を付きつつあっさりと手放した、ディアマンテロッソ。
「いいか、よく聞け。俺の要求は、俺の手で厳罰を与えることとお前等がこの事件をさっさと忘れちまう事だ。謝罪が欲しいなら言葉であれば幾らでもくれてやろう。賠償は事足りる物を持ってきている。
 飲めないなら、決裂だ。俺は望むことを為し、さっさとズラかる。俺が消えた後にこの城がどうなっていようと、知ったことじゃねぇ」
 これは交渉などではない。脅しだ。自分は龍王であると名乗り、その効力があるうちに要求を突き付けた。承諾しなければ暴れるぞ、と隠しもせずに。
「出来るかしら」
 貴方は攻撃に出ることは出来ないでしょう。
 女王の応えは短い物だったが、込められた意味は確信に満ちていた。両者、黙る。
 魅朧は黄金の瞳で正面を見据え、カーマ女王ヴァマカーラの琥珀に輝く魔瞳に視線を合わせた。それまでは微妙なズレを持って、二人の視線はかみ合っていなかったのに。

『わたくしの心をこじ開けるつもり?』

 その声は耳で聞こえる物ではない。女王の唇はぴくりとも動いて居なかった。
 龍の特殊能力と、ヴァマカーラの魔眼が揃って出来た心理会話だ。純粋な人間ならば、恐らくこんな芸当はできない。並外れた影響力が可能にさせる心理会話だ。
『チャンネルが合うなら最初からやれよ。外野に聞かせてやる話じゃねぇだろ』
『貴方は魔神に喧嘩を売る事を避けたいのでしょう。だから大規模な攻撃を仕掛けることは出来ない』
『俺に利益があるなら考えるがな。…俺はとっととこの国から離れたい。揃いも揃って障壁だらけでイライラすんだよ。手当たり次第暴れたいくらいに』
 こうやって会話が成立していても、相手の感情は一滴すら流れ込んでこない。慣れたそれには雑音さえ届かない。
『では聞くわ。わたくし達が捕縛しているドラゴンは、本当にドラゴンなの?』
『さあな。どう考えてくれてもいい。目の前に居る俺とでも比べてみな。まったく、カーマ人襲撃は寝耳に水だ。責任は取りたかねぇが、回収の義務はある』
『弁解かしら?』
『アレが真っ当な龍なら俺がこの場に居るわきゃねぇだろ。殺すも犯すも誰の赦しさえ求めやしねぇ。人間は獲物だ―――おっと、女王様には下品すぎたか』
『我が国の要求は、あのドラゴンを処罰することと、これが侵略ではないという証が欲しい。古き契約の元、ドラゴンはカーマ人を好んで襲う事は避けてもらう』
『ならば―――』
 魅朧は顎を上げた。薄く唇を開き、
「契約は成立だ」
 言い放った。数秒間の空白しか感じ取ることが出来なかった大半の者達は、目の前の出来事に対処できない。
「カラス、箱を」
 声を掛けられた事はわかるのだが、体が反応しなかった。カラスの頭には声が反響している。聖霊に話しかけられたことも、魔物に心理戦を挑まれたことすらない。
 魅朧は瞳を細め、腕を伸ばした。カラスの頬を軽く叩く。
「…ッ」
「聞いたのか」
 静かで微かな声だった。
「副作用だ。正気に戻れ。説明は後だ」
「行き当たりばったりってのは好きじゃない」
 軽く睨み付けてやれば、魅朧は肩を竦めた。カラスはそれを横目で捉え、階段の下までゆっくりと歩く。女王の側に控える者達が動きを見せたが、当の女王は片手を振って下がらせた。
「これが証だ」
 魅朧の声に、カラスは箱の蓋を開いた。
 灯りに見事な反射を返す深紅の金剛石。広間中の視線が、その宝石に集まっていた。女王と両側に控える者達の意思に動揺はない。だがその視線は確かに宝石を見つめていた。裏でも読んでいるのだろう。
「求めるものは俺が下す極刑。さあ、取引といこうか」

  

だれてる…
プロットとがっつり変わってしまった修正をどっかでいれなければ!
2007.5.6

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