4 A Labyrinthine exit 「迷路の出口」

Liwyathan the JET 1

 カラスには、個室を与えなかった。
 その代わりに彼は魅朧の部屋で日々を過ごさなければならない。さすがに船長室なので、客間の一つぐらいはついていたが、それでも魅朧はカラスを自分の寝室へ呼ぶのだ。
 あれ以来、魅朧はカラスに性的な意味で触れてはいない。
 カラスが傍目に判るほど混乱しているのが感じられるから、無理強いだけはしたくなかった。
 カラスを追いつめるのではなく、喜ばせてやりたい。
 カラスは表現力を抑えている。その内面は人一倍敏感なので、感情の起伏を容易に読むことが出来る。それに比べて、驚くほど表情が少なかった。
 いったいそうさせる理由はなんなのか。
 人間の部下を使って、魅朧はカラスのことをあらかじめ調べ上げていた。だからこそ、あの生活環境から救い出してやりたかった。
 本人があの国に戻りたくないのは事実なのだ。
 自分が卑小である、そう信じ込まされていたふしがある。
 柳眉を寄せて、青磁色の瞳を陰らせる。辛さに耐えるような表情が、魅朧にとって唾棄すべきものだった。
 どうにかして、彼を満足させてやりたい。

 魅朧が何も言わないので、カラスはこの船を探索することにしていた。船内ですれ違う人々は、信じられないくらいに気さくだった。男の数が多いが、女の数も少なくない。その全てが仕事を持っていて、船を支えていた。
 食堂の傍を通ると、自分が嫌がっても何か食べ物を渡された。甲板に上がると、男達にロープの縛り方を教えられた。女達には洗濯の手伝いをさせられる。
 それらが嫌ではなかったが、馴染むのには時間が掛かりそうだ。
 馴染もうとしている自分に驚いた。
 それでも………、それが気に入り始めていた。

*****

 その夜、魅朧が船内を一回りしてから自室に戻ると、ベッドの上にカラスの姿は無かった。溜息を付きながら、既に習慣になったようにソファに目をやる。
 自分のマントにくるまって、カラスがソファの端で眠っていた。
 ようやく、この部屋が安全だと判ったのか、最近では魅朧が傍にいても眠るようになっていた。しかし幾らベッドで眠れといっても、カラスはいつの間にかそこにいるのだ。
 その度に魅朧はカラスを抱きかかえて、自分のベッドに入れてやる。
「面倒くせぇなぁ…」
 悪態をつきながらも、その表情は嬉しそうだ。
 自分もさっさと寝間着に着替えて、魅朧はベットに滑り込んだ。すっかり冷えてしまっているカラスの身体を抱いて、後頭部に口付けた。女達に遊ばれたのだろうか、花の匂いがする。
 痩せてはいるが、しなやかな身体だ。おまけに個性的な美貌を備えている。同じベッドで肌を寄せ合っていながら、快楽を分かち合うことすら出来なくて、魅朧は舌打ちした。
「限度があるだろ」
 呟いて、魅朧はカラスの頬を撫でるようにたたいた。
「カラス」
 欲望を含んだ低音を耳にそそぐ。
 髪と同じ灰色の睫毛を震わせて、カラスが鼻に掛かった声を出す。ゆっくりと瞼を開いて、ふんわりと微笑んだ。
 そしてそのまま、眠りに戻ってしまった。
「……………」
 魅朧は今し方目の当たりにした笑顔を、瞼の裏で反芻する。
「マジかよ…」
 寝ぼけていたとはいえ、初めて見た。その微笑。
 琴線を震わせる。
「卑怯だろ…今のは」
 最初は、その瞳に惹かれたのだ。光の反射で深みを増す青磁色の瞳。それが恐怖に見開かれていた。生まれて初めて自分に傷を付けた人間は、その恐怖心を隠そうともしなかった。
 あのとき感じ取った感情はたった三つ。圧倒的な恐怖の中に、生への執着と、同じくらいの救いを求めていた。
 だから。
 その恐怖から解放して、救ってやろうと思ったのだ。守ってやろう、と。
 ドラゴンは、自分に正直な生き物だ。そして独占欲が人一倍激しい。欲しいと思った物を手に入れると、それを手放したりは決してしない。飽きるという感情もほとんどない。
 それが物の場合は良かったが、相手は人間である。ドラゴンの思考回路など知らないし、しかも人間の中でも類い希なほど警戒心が強いときている。
 寝ぼけていたとはいえ、あれだけ無邪気に微笑まれて、魅朧は手を止めていた。
 それなのに、カラスは熱を求めるかのように、魅朧に擦り寄ってくる。
「オイオイオイ…。知らねぇぞ」
 金髪を掻き上げて、魅朧は盛大な溜息を付いた。
 ごそごそと、毛布の中に潜り込み、魅朧はカラスの両足を開かせる。その間に入り込んで、魅朧は底意地の悪い笑みを浮かべた。
「イタダキマス…」

「……ぁ……」
 自分は眠っているはずなのに、妙な感覚が次第に意識を侵蝕している。
「はっ……ふ…」
 吐息のような、鼻に掛かった声が聞こえた。誰の声だろう。それに、すごく気持ちがいい。
 ぴちゃ、と水音がして、おかしいなとカラスが瞼をうっすら開いた。ああ、また自分は魅朧のベッドに寝かされているのか。見慣れてしまった天井を見て思う。
「…ん…、……やぁっ……!?」
 いきなり感じた強すぎる刺激に、カラスは一気に覚醒した。
「なっ…!?何やってんだよ!!」
 起立した自身を舐め上げられて、カラスは肩をすくめる。
「おいっ!!魅朧っ……ッ…!」
 上半身を起こして、震える指で毛布を剥ぐと、目を背けたくなる光景が広がっていた。
「誘ったのは、お前」
「…そっ…知るかっ!」
 何時の間に脱がされたのか、剥き出しにされた下肢の中心に、魅朧が舌を這わせる。抵抗しようにも、出来るはずがない。
 直視することも出来なくて、カラスは顔を背けた。ぎゅ、とシーツを握りしめて、心中で悪態を付く。声が漏れないようにと手の甲でなんとか口を押さえるのだが、吐息混じりの嬌声を抑えられない。悔しくて、涙が滲む。
「ぁ…あ、…嫌…だ、放し……っ…」
 その巧みな舌使いで、すぐに限界に追いやられてしまう。背筋を駆け上がる快感に、解放が近いことを知る。
 こんな場数を踏んだことがないから、どうして良いのかが判らない。敏感な皮膚を柔らかい舌で擦り上げられて、肩が跳ねる。先走りを絡めた指で先端を責められ、足が震えた。
 嫌だと言っても放してくれない魅朧の口に、
「あ、あっ―――――……!!」
 半ば無理矢理解放させられて。嚥下する音が生々しく聞こえた。
 弛緩した身体に何とか力を入れて、カラスは魅朧の頭を本気で殴った。
「何すんだよ」
「それは俺の科白だ馬鹿野郎!!」
 ズボンが手の届かないところにあったので、カラスは毛布を引っ張り上げた。
 羞恥と怒りと快楽で涙目のまま、紛う事なき怒りが感情を彩る。
「人の意思を無視して、好き勝手なことするなっ!お前が海賊だろうが海龍だろうが、知ったことじゃない。了承も取らずに………ふざけるなっ!!」
 目尻を朱に染めて、カラスは力一杯叫んだ。
「………初めて怒ったな」
「は?」
「そっちの方が可愛いぜ?」
「黙れこの変態」
 じと目で睨むカラスを、まるで珍しい物でも見るように眺めながら、魅朧はにやりと笑った。そのまま近くまで寄ってくる。
「抱かせろよ、カラス」
「ほざけ」
 口でしか抵抗できなくて、カラスは歯噛みする。
「お前だけ達っておいて、俺はお預けってのは酷ぇだろうよ」
「知るか!!」
 どんな拒否にも堪えずに、魅朧は動きを止めない。抵抗する腕を易々とベッドに縫いつけて、その首筋に舌を這わせた。途中何度かきつく吸い上げると、鮮やかに痕が残る。誰にも渡さず、自分の物だと。
 その夜、明け方まで続けられた行為を、カラスはただ受け入れるしかなかった。

*****

 ブリッジで指示を出しながら、魅朧はひとりにやりと笑う。
 身体は満足している。それが嬉しい。カラスは多分、目が覚めても最初の日のように逃げ出すことはないだろう。そんな確信があった。
 抱いている最中、その感情を何度も確かめた。
 少なくとも拒絶は感じられない。口で嫌だと言っていても、それが嘘だと明確に告げている。
 やっと、身体以外を受け入れてきたな、と。自分に甘えてくれるようになるまでは、一体どれだけかかるだろうか。
「なあ、鷲(チィオ)」
「はい?」
「俺って結構忍耐深かったんだな」
 海の向こうを見つめながら呑気に言うと、エルギーと傍にいたノクラフが実に嫌そうな顔をした。
『どこが?』
 夫婦息のあった返答が返る。
「……なんだよお前等」
「冗談じゃないよ。海龍ともあろうアンタに忍耐なんか無いだろう」
「鷲(チィオ)も海龍だぜ?」
「あたしの旦那はアンタとは違って品性を捨てちゃいないのさ」
 じゃぁ、俺は品性を捨てたのか?と眉を寄せながら、魅朧は唸った。
「まぁ、ノクラフ。キャプテンが忍耐を身につけたのならいい事だから」
 先程妻と息を合わせてツッコミを入れたエルギーは、自分のことを棚に上げてフォローにまわった。
「てっきり、あの人間を玩具にしてしまうのかと思ったけれど、しっかり面倒見てるからね」
「……誰が玩具になんかするかよ」
 操舵主任のあまりな言葉に憤慨して、魅朧は腕を組んだ。
「…おい。あいつの笑った顔、見たことあるか?」
「ありませんよ。話しかけたことさえない」
「あたしも無いよ」
 じゃあ、やはり昨日の微笑は自分しか見ていないのか。
「すげぇ、綺麗に笑うんだよ。あいつ」
 また、見たい。あの笑顔が見れるなら、何をしてもいい。
 舌なめずりをする動物のようなその気配に、エルギーとノクラフはお互いに顔を見合わせた。

  

最低だなぁ魅朧(笑)。けっこういい歳なんですよ、この人。肉体年齢を若くしている。
海賊の話なのに、海賊らしいことが一度も出てきませんが、話の後半にしっかり戦闘シーンのような物が残っております。
2003/11/04

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