6 Investigation「事情聴取」

Liwyathan the JET 1

「おいネヴァル、あれ」
「おお!?なんじゃありゃ、あれキャプテンがさらってきた人間か?本当に本人か!?」
「じゃねえか?」
 カラスを探しにミネディエンスに上陸したときに一緒だった、ネヴァルとウォルクの兄弟が、船橋の中で騒いでいた。
 舵を握るエルギーは、兄弟の視線の先にいる魅朧とカラスをちらりと見る。
「すげぇなぁ…。あんなに綺麗だったか?」
 小柄なウォルクは茶の混じった金髪をがしがし掻きながら感嘆する。
「よくまぁ小汚ねぇ人間を捕まえてくるなんざ物好きだと思ったが、あれなら俺もわかる気ぃするぜ」
「だよなぁ。一発お願いしてぇくらいだな。鳥肌立つくらい美人だ。旨そうだぜ」
「あれ、キャプテンの物じゃなかったら、みんなで楽しむのによ」
 小難しいことを考えているような声色で、兄弟は下卑たことを話していた。黙って聞いているエルギーも、胸中で思わず頷いた。
 簡易椅子に座るカラスは、そよ風に髪を揺らしながら、魅朧の話を聞いている。灰色の髪と、漆黒の服のコントラストが妙に扇情的だった。タイトなその服の中身を思わず想像してしまう。
 と、魅朧が視線だけ艦橋に向けて、背筋も凍る海龍の瞳で睨み付けた。
「…………怖えぇ…」
 カエルがつぶれたような声で、ネヴァルが何とか呟いた。

*****

 オニキスの付いた腕輪をぐるぐる回しながら。
「俺を狙った張本人について話せるな?」
 魅朧に尋ねられたカラスは、真っ黒い石をじっと見つめた。
「思い知らせてやる。俺に手を出した代償と、お前を苦しめた罰を」
 まるで悪党みたいなその口調に、カラスは顔を上げた。
「…………」
「……裏切るのは嫌か?」
「そうじゃないけど…。俺だって全部知ってるわけじゃない。お前に有利になるような情報かどうか…」
「ネタの価値は俺が判断する。お前がわかることだけでいい」
 ワインをグラスに注いで、魅朧はカラスに渡した。それを受け取って、カラスは少しだけ口を付けた。
「ミネディエンスの四聖騎士団には、名前のない下部の組織がある。教団と騎士団は国を動かす為に不必要な人間を始末する。その手先が俺だ。俺は攻撃魔法が殆ど使えない代わりに、補助魔術に長けている。間諜と暗殺の為に孤児院から拾われた」
 魅朧は軽く頷いて先を促す。
「俺に仕事をさせるやつらが、教会か騎士団の関係者だってことはわかるけど、名前や階級は知らない。顔も見たことはない」
「そいつ等がお前を呼び出す方法は?」
「俺は毎朝礼拝堂に通わされていて、仕事があるときはその時に呼び止められる。ええと…呼び出す相手も、命令を下す奴もいつも同じ。その上にどんな命令系統があるのかまでは、知らされていない。知る必要も無かったし」
 薄い琥珀色のワインを眺めながら、カラスは俯いた。
 生きていくためには、仕方のないことだったと、弁解をできるだろうか…。
 殻に閉じこもるみたいに、瞳の色を暗くしたカラスを魅朧が撫でた。落ち着かせるように、安心させるように。
「俺を殺すように指示された内容を教えろ」
「うん。『金髪、金の瞳、黒装束の男を殺せ』、それだけ。そのかわりに、ターゲットが出没する時間と場所が事細かく書かれていた。俺は情報が少ないって文句言える立場じゃないし。それに、拒否権なんて最初からない」
 呆れるように溜息を付いて、カラスはもう一度口を開いた。
「でも、俺が行方不明になっていることは向こうに伝わっている筈だから、きっと俺がもう一度礼拝堂に行けば、嫌でも呼び止められると思う」
 それだけは確実だ。命令を違反した俺を罰するために、彼らは何らかの行動を起こすはずだ。
「お前の聖霊魔法は、奴らにも有効か?」
「どういう意味?」
「あいつ等の所に行くときに、例えば俺が傍にいたとして、俺の姿を消してしまえるか?」
 魅朧は何か企んだ風で、どこか楽しげに聞く。
「できる、と思う。多分、確実に。でも、お前に聖霊魔法は効かないんだろ?」
「俺が進んで望めば平気だ。その辺は心配いらねぇよ」
 にやりと笑って、魅朧はグラスを空にした。何か決意したような表情で、椅子から立ち上がると、カラスの頭を撫でた。
「偉いぜ、お前」
 そのまま、怖ろしく美しい笑みを浮かべたまま、この船の船長は艦橋へとゆっくり歩んでいってしまった。
 取り残されたカラスは、それを見送りながらワインを注ぎ直した。

「げげっ!キャプテンこっち来る!」
「落ち着けウォルク、って俺も怖ぇがな」
「しつこいうえに根に持つから、ぜってー殺される!なんであんな感情垂れ流しにしちまったんだ俺ら!」
「待て、俺はそこまで酷いこと考えてねぇ!殺られるならお前だけだ!!」
 ぎゃあぎゃあ騒ぎ出す兄弟は、出て行くに出ていけない状況で震え上がった。
 それを黙って見つめていたエルギーは、盛大に笑い出したい衝動を堪えながら、魅朧の到着を待った。
 程なくしてブリッジの扉を開けた魅朧は、兄弟の焦る様子を無視してエルギーに話しかけた。
「ミネディエンスに行くぞ」

*****

 満点の星空を見つめながら、カラスは煙を吐き出した。
 あれから忙しく動き回る魅朧とは、そのまま会っていない。食堂で飯を食い、船長室に戻って、人気のないそこがなんとなく寂しかった。
 机の上に放り投げてある煙草を見つけ、持ち主の了承も無しにそれをポケットに詰め込んだ。ついでにマッチと灰皿も手に入れて、甲板に昇る。昼間魅朧と話した椅子に座って、カラスは煙草に火をつけた。
 濃いめのそれは、久々に吸ったことも重なっていささか苦い。紫煙をくゆらせながら、少し冷えた風に身を任せた。
 自分が今まで秘密にしてきた、暗殺という仕事。あの国にいたら暴露しようという気持ちさえ起きなかっただろう。知ってることは少なかったが、言ってしまうと思いのほかすっきりした。
 目に鮮やかな星々を睨み付け、銜え煙草のまま、いっそ邪悪に微笑んでみる。
「あんたの笑った顔、初めて見たよ」
 くすくすと笑いながら、ノクラフが声をかけた。
「あ…。えー…と」
「ノクラフ。あたしの名前、覚えてくれると嬉しいわ」
 甲板に腰をおろし、彼女はあぐらをかいた。
「どうさ、この船の生活。慣れたかい?」
「まぁ…、そこそこ。揺れないから」
「これだけでかいと揺れも少ないね。ウチの水先案内人(パイロット)は優秀だから、波の穏やかな道を知っている。それに、あたしの旦那の操舵が上手い」
 さらりと惚気ながら、ノクラフは豪快に笑った。
「あんたが色々教えてくれたお陰で、いろんな事が決まったよ。詳しいことはキャプテンに聞くとして、ひと暴れするらしいね」
「一暴れ?」
「そうさ。うちのキャプテンに喧嘩売った代償がどれだけ高いか、オカの人間どもにわからせてやらないと」
 嬉々として笑う。そんなノクラフを見つめながら、カラスは煙草を灰皿に押しつけた。星空の下で見ても、この女は美しかった。その事実にカラスは初めて気が付いた。そもそも、自分はひとの美醜を気にしたことがあっただろうか。いつも他人を警戒して怯えていたから、そんなことすら気にしたことがない。
「オイ。人妻に色目使ってんじゃねぇよお前。そういうのは俺に使え、俺に」
 突然割り込んできた低い声の主は勿論魅朧で、しかもそのままカラスを後ろから抱き寄せる。
「…ぅ…わっ…!」
 背もたれのない低い椅子なので、カラスは容易に転げ落ちた。そのまますっぽりと魅朧の腕の中に収められて、ノクラフが声を上げて笑った。
「可愛いねぇ、坊や」
 魅朧とノクラフのどっちにつっこんでいいか迷ったカラスは、結局何も言えずに新しい煙草に火をつけた。
「てめぇ俺の煙草勝手に吸いやがって」
「……それくらい文句言うなよ」
 ばつの悪そうにカラスが呟くと、魅朧は至極嬉しそうに笑ってカラスに擦り寄ってきた。
「あらあらあら。参ったわ。うちのキャプテンそろそろイカれたみたいだねぇ」
「おい、聞き捨てなんねぇぞ、ノクラフ」
「黙らっしゃい。いい歳して。本っ当、餓鬼みたいなんだから。あ〜あ、せっかく坊やと遊ぼうかと思ったのに、馬に蹴られる前に旦那んとこ帰ろ」
 やれやれ、と両手を上げて、ノクラフは勢いよく立ち上がる。そのままずんずんとデッキに戻っていってしまった。
 短くなる煙草を見つめながら、身動きのとれないカラスは魅朧を窺った。
「なぁ…前に天の竜の話してただろ?」
「ああ。そういやぁ言ったか」
「天の竜って、お前と関係あるの?」
 なんとなしに聞いた言葉に、魅朧は眉根を寄せた。あまり愉快な話題ではない。だからといって隠すような物でもないが。
 言いあぐねながら、煙草の箱を拾って一本銜えた。マッチを持っていたカラスが、珍しく気を利かせて火をともす。
「俺達がこの世界の固有種だって言ったのを覚えてるか?」
「ああ、うん。聖霊が外来種だって聞いて驚いた」
「世界ってのは色々あって、いわばこの世界は実験場みたいな物だ。高天界と暗黒界が作った箱庭だ。ランドシェリオールは『閉じた楽園(クローズドガーデン)』とか呼んでたな」
 高天界と暗黒界。その世界をもちろんカラスは知らないが、さして気にはしなかった。それよりも、初めて聞いた美しい名前に気を取られた。
「ランド……何?」
「ランドシェリオール。天の竜。ドラゴンの長は、代々名前が決まっている。俺の代で何代目だか忘れたが、魅朧ってのも役職みたいなもんだ。ランドシェリオールもそう。あいつ等は天空を飛び回る。俺達海龍と違って気性が荒くてなぁ、さすがに俺の縄張りには手を出さなかったが、気が向くままに人間を駆逐してたっけ」
 懐かしそうに言いながら、紫煙を吐きだした。
「聖霊には自然を司ってる奴らがいるだろ?」
「…樹とか、雷とか?」
「それだ。面白くねぇことに、海と天の聖霊までいやがる。海はリディメロアっつって、これまた気性の荒い女なんだが、まぁ、あいつがいなきゃ海も存在しねぇから、俺は放っておいてやってる。大昔に政権争いで滅茶苦茶喧嘩して、俺らが勝ったらしいけどな。そん時にゃ生まれてねぇから、伝聞だけどよ」
 空いた手でカラスの髪を梳きながら。
「俺等はそんなに揉めなかったが、ランドは逆だった。もう、揉めに揉めた。天と雷を敵に回して、一族総出で戦争を起こした。元々、ドラゴンはイレギュラーだ。試しに世界の土台を築いたら、知らない内に余分な物が生まれてた、そんな存在だ。誰に作られたのかもわからない。強いて言えば、この世界に、としか言えねぇかな。
 だから、いくら強いって言っても、複数の聖霊を敵に回すと負ける。ランドはそれでも戦った。その結果、天の竜は聖霊に組み込まれた」
 魅朧はその当時を知らないが、伝えられた話や文章では、それは凄まじいものだったらしい。海龍と海の聖霊は比較的大人しく決着を付けたのに、天竜はそれをしなかった。
「最後の天竜はまた一段と気が荒くてな。俺はそいつを一度だけ見たことがある。ずっと逃げ回っていた。疲れ果てて傷だらけだった。あげく、自殺しやがった」
「………自殺?」
「天の聖霊が相当憎かったんだろうな。あの聖霊も根性ねじ曲がった嫌な野郎だったし。どこか『聖』霊なのか、俺には理解できん。ランドは身体ん中滅茶苦茶にされて、暗黒界に染められて、その負の力ごと、天の聖霊にぶつけた。お陰で天竜はもう一匹も生き残っちゃいない」
 馬鹿だ、と魅朧は思う。本来聖霊はこの世界を見ているだけの存在だ。直接手を下すことはできない。粘土をこねるみたいにして生み出した人間に、その力を少しずつ分けてやることしかできないのだ。そんな存在に、世界を股に掛けて戦いを挑んで。結局負けて、挙げ句の果てに自分の魂さえも犠牲にした。
 ちょっと出しゃばりな聖霊の存在に、片目を瞑ればよかったのに。
「………暗黒界って何?」
 魅朧の言葉をいろいろと思案していたカラスは、ぽつりと聞いてきた。
「お前の国で崇めてる創主ってのが生まれた世界が高天界(アイテール)、カーマの魔神が生まれたのが暗黒界(エレボス)。有り体に言って天国と地獄みたいなもんだ」
「詳しいんだな……」
「そりゃそうだ。ドラゴンがこの世界の理を知らなくて、誰が他に知るっていうんだよ」
 大して吸わなかった煙草を灰皿に押しつけて、魅朧はカラスを抱く腕に力を込めた。
「…いきなり何で、そんなこと聞きたくなった?」
 別に詮索されることは嫌いではない。次第に打ち解けるカラスに話すのなら、むしろ楽しい。
 答えを求めるような低い唸りを耳元で聞いて、カラスは言葉に詰まった。はたして正直に言うべきか…。
 たてがみのような金髪が、首に触れてくすぐったかった。
「……どうせお前は嘘なんざ付けねぇだろ、怒ってるわけじゃねぇんだから、正直に言ってみな」
 くつくつと、魅朧が笑う。
「………………………お前のことが、……」
「うん?」
「…………お前のことが、知りたくなった…だけだ」
 初めて知った『興味』というどこか甘い感情を知られたくなくて、カラスは小さな声で呟く。真正面から見つめられなくて良かったと内心思った。
 投げかけられた言葉に、魅朧が小さく息を呑む。全く予想していなかった。驚きに勝る、喜びを噛みしめながら、自分の感情の振幅をカラスが握っていることを知った。
「………じゃ、身体から教えてやろうか?」
 殆ど本気に近い魅朧の言葉に、カラスは肘鉄を返したのだった。

  

以前疑問視されていた鴻嵐鵠の謎がすこしでも解けましたかね?どうでしょう・・・。そして新たな魅朧の年齢の謎が(笑)。
次回、魅朧変身します(は?)。
2003/11/16

copyright(C)2003-2008 3a.m.AtomicBird/KISAICHI All Rights Reserved.