10 The crow which sails in the sea.「出航」

Liwyathan the JET 1

「もういいぜ」
「……ン…」
 こくり、と喉を鳴らして。
 唇を離すと、唾液と精液に濡れていて、ついと糸を引く。乱れる呼吸を意識しながら、カラスはゆっくりとした動作で唇をぬぐった。
 とてもじゃないが魅朧の顔を見ることすらできなくて、カラスは視線を逸らしている。指の愛撫だけじゃとても足りなくて、身体が熱かった。片方の肩からシャツがずり落ちていて、その色香を倍増させている。既にズボンはベッドの下に放られて。ぺたりと座るカラスが、どこか幼くしかし卑猥に見せていた。
 魅朧は薄く笑いながら、未だ濡れているカラスの唇に指を這わせる。淫らな仕草で撫でてから、その口腔内に指を差し入れた。
「…ぅ…ん……」
 いつになく従順で。快楽に抵抗する方法も解らないカラスは、ただ魅朧に従うしかない。今だけは、無駄な抵抗よりも、ただ魅朧に触れたかった。
 薄暗くなり始めた船長室に、濡れた音が響いている。
 指を口内に残したまま、魅朧はカラスを引き寄せた。耳朶を甘噛みし、舌を差し入れてきつく吸い上げる。
「っん…ぁっ…!」
 ざわりと背に電流が走って、カラスはきつく瞳を閉じた。竦めた肩に鼻を擦り寄せ、首筋から順に痕を残す。胸の突起を舌でつついて、立ち上がったそこを何度か噛んだ。
 口内の指を引き抜いて、ぬめりを確かめるように時折肌をかすめながら、下肢の奥へとすべらせた。
「あ…っ、や……だっ…」
 びくんと身体が痙攣し、カラスが泣き声に近い喘ぎを上げる。何度か経験しているが、ゆっくりと押し開くようなこの感覚に慣れることは出来なかった。自らの唾液で濡れた指が体内を探り、届くところまで奥を目指す。
「やっ…ぁ…あ…、…んっ…ァ…!」
 前立腺をひっかかれて、カラスは生理的な涙をこぼす。ぎゅっとシーツを握りしめ、快感を何とかやり過ごそうと頑張ったが、意識すればするだけ逆に締め付けてしまい、魅朧に反応を伝える結果に終わった。
「随分……」
 皆まで言わず、魅朧は開かせた太股に歯を立てた。
 随分、今日は感度がいい。
 ちらりと見上げると、声を抑えようとするかのように空いた手で口元を覆うカラスと目が合った。途端に逸らしてしまったが、濡れた青磁色の瞳には、紛れもない快楽が含まれている。
「…ちょっ…ヤ…ぁ、放…っ……!」
 体内を指で探られながら、高ぶりを舐め上げられて、カラスは耐えられない嬌声を上げた。既に溢れ始めた先端の先走りをきつく吸い取られ、それだけで解放しそうになってしまう。わざと聞かせるように粘着音を響かせて、魅朧は巧みに追い上げる。
「ん、…ン…、…は…っ…あッ…」
 中と外、同時に与えられる刺激に、もう何も考えられなくなる。声を抑えることも忘れて、カラスは魅朧の金糸の髪を握りしめた。引き剥がそうとしてるのか、押しつけようとしてるのか、自分でもよくわからない。
 いつの間にか増やされた指が緩急を付けて出入りし、びくびくと身体の跳ねる場所を探り出した魅朧は、執拗にそこを攻め立てた。
「も…やっ…、メイ…ロっ…」
 限界を訴え、解放を望む。だがしかし途端に愛撫は止められて、カラスは余韻だけの物足りなさに呼吸を乱した。
「…ぅ…んっ…!」
 勢いよく指が引き抜かれると、貪欲に欲しがるそこはより大きな快楽を望んで収縮する。
「来いよ、カラス」
 制御できない火照った体を持て余すカラスは、魅朧の科白をよく理解できなかった。
 クッションや枕の積み重なったベッドの背もたれにゆっくりと体重を預けた魅朧は、己の欲望を隠そうともせずに黄金の瞳でカラスを射抜く。
 金糸で刺繍の入ったシャツのボタンは全て外されて、健康的な色の肌が露出していた。見せるために作られた筋肉とは違い、機能的で無駄のない引き締められた胸と腹がどこか野性的な雰囲気を出している。
「カラス」
 困惑で躊躇するカラスをもう一度呼ぶ。怖がらせないように微笑みかけ、震える腕を引いた。自分の足を跨がせて、啄むようなキスをする。普段より高い体温を伴う指先を魅朧の肩に載せ、これから行われるであろう事に身震いした。
 太股の内側を撫で上げられて、カラスはその首に縋り付いた。
 これ以上我慢することなど出来ないくらい、燃えるような熱が体内に爆ぜている。
「んっ…あ、…あ、…っ…はッ…ぁ…!!」
 魅朧は器用に双丘を割って、濡れたそこに自身を押し当てる。そのまま先端の太い部分を埋めると、重力の助けを借りてゆっくりと飲み込ませていった。
 いつもとは違う場所を擦り上げられ、カラスは息を詰める。小さな喘ぎを内包しながら吐き出された熱い吐息を耳元で聞いて、魅朧はカラスの腰を掴んで、そのまま一気に引き落とした。
「ひぁッ――――………!」
 いきなりの刺激で強張った身体は、図らずも魅朧をきつく締め付ける結果になる。力を抜きたくても、上手く抜くことが出来なくて。いつもより深い位置で敏感な部分を押し上げられて、カラスは微かな泣き声を上げた。
 震える腕は、魅朧の首にしっかり巻き付けて、縋り付くように首筋に顔を埋めている。
「随分…きつい」
 軽く腰を揺らしただけで際限なく締め付けてきて、さすがに魅朧も身動きがとれない。
 抜き差しはしないで体内を揺さぶる動きに、カラスはいちいち反応する。些細な刺激でさえ掬い取って快楽に変換している。
 化けたな……。
 羞恥すら忘れて乱れるカラスを見つめながら、魅朧は冷静に表した。
 もともと、この身体は悦楽を知らない。一度丹念に教え込むと、もう二度と忘れることなど出来ない。警戒心が強い野生の猫みたいだったカラスを、ここまで手懐けて、そしてここまで乱れさせてるのは自分なのだ。そう考えると、堪らなく優越感に浸れる。
「魅朧っ……魅…ゃッ……!」
 喘ぎの合間に何度も名前を呼んで限界を伝えてくる。その感情ですら妖艶な艶を伴わせて。無意識であろうカラスの行為は、魅朧を煽るには十分すぎるほどだった。
 素早く唇を奪って深く口付けたまま、魅朧はカラスの腰を抱くとそのままベッドへ押し倒した。
「んんっ……!!」
 手加減のない突き上げがカラスを翻弄し、もう本当に限界だと必死に訴える。いちいち煩いくらいの粘着音が室内に響いて二人を煽った。
「スゲェ…。………興奮する」
「…やっ…ぁ、……な…にッ…?」
「いや…、いいから。お前は…俺だけ感じてろ」
 にやり、と。捕食者の笑みを浮かべて。
 少しばかり乱暴に揺さぶっても、きっとカラスは怒らない。波の音さえ打ち消すくらい、ベッドが軋んだ音を立て、敏感な皮膚同士が擦れ合う音が卑猥に響いた。
 両足をさらに開かせ、まだ触れたこともないような深みを目指して、一際高く突き上げた。
「あっ、ぁ…っ……やッ…、も…ゆるし……て…!」
 背中に回した手で爪を立てて、必死に訴えた。生理的な涙は止まらないし、体内を滅茶苦茶にかき混ぜる動きも止むことがない。
 身体は歓喜しか伝えてこない。その感情は魅朧をひどく煽っている。
 唇を一度舐めてから、一際激しく突き上げて、解放を妨げていた手を放してやった。
「や…、あッ―――――……!!」
 何度か身体を痙攣させて、カラスが自身を解放した。途端にきつく締め上げられて、余韻に収縮するそこに魅朧も容赦なく熱い精を吐き出した。
「もう、悪夢なんか、見ねぇだろうよ……――――」
 ぴたりと身体を合わせたまま、カラスの首元に顔を埋めた魅朧は、乱れる呼吸の合間に、低く唸った。

*****

 とろとろと、寝返りをうったついでに目が覚めてしまった。
 身体が泥のように重い。しかし、寝覚めは良かった。
 淡い朝日と微かな波の音が聞こえる。まだ焦点の合わない青磁色の瞳がぼんやりと部屋を見渡した。
 下半身に少し違和感がある。
「………ぅ……」
 覚醒した意識に伴って記憶も思い出してしまい、カラスは頭を抱えた。
 恥ずかしくて死んでしまいたい。
 傍らに魅朧の気配を感じないので、まだ顔を会わせなくて済んだ。今声をかけられたら、自分はきっと羞恥心で死んでしまう。
 心中で叫びながら、カラスは頭を抱く腕に力を入れた。顔といわず身体全体が熱い気がする。
 魅朧に今すぐ会いたくはないはずなのに、ベッドの中は一人分の体温しかなくて、寂しい、などと思ってしまう。その感情を打ち消すべく、カラスは勢いよく寝返りをうった―――はずだった。
「――――………っ…!」
 疼くような痛みが腰の辺りに広がってくる。胸中で悪態を付きながら、何とかして毛布にくるまった。裸のまま寝ていることがどうしようもなく心許ないが、洋服を取りにいけそうにない。
 一度思い出してしまうと、意識がそっちにいってしまう。信じられないくらい奥まで、魅朧を受け入れた気がする。
 しかも望まれてそうした訳ではなく、自分から求めてしまった気がした。
 常に澱のように体内に沈殿していた恐怖心が払拭されていて、理性のたががいくつも外れていた。いささか自分が信じられない。まるで何かに飢えていたみたいに。
 あんなに自分が貪欲だったなんて、少しショックかもしれない。
「……………………………最悪」
 ぼそり、と。
 呟いたそのタイミングを見計らったように、船長室の扉が開いた。ノックも無しに入ってくるのは魅朧しかいない。
 すっかり身支度を整えて、ロングコートは肩にかけていた。片手で果物籠をもっている。籠を持ったままベッドに近付くと、隠れるように毛布に埋まるカラスを見つけて瞳を細めた。微かな呼吸に笑みを載せて。
 魅朧が端にすわると、ぎしり、とベッドが軋んだ。
 どうか何も言わないでくれ。
 早鐘を鳴らす心臓を制御できずに、カラスはただ祈るように心中で叫ぶ。
 しかしその期待は裏切られ―――感情が読める魅朧にとって、それが完全拒否ではないことなど百も承知なのだから、裏切られるのは当たり前である。
 音もなく静かに上体を倒した魅朧は、毛布と灰色の髪の隙間からのぞく朱に染まった耳にかじり付いた。
「…っ……!!」
「隠れても無駄」
 くつくつと音のない笑いがすぐ側で聞こえた。 
「俺は嬉しいんだぜ?やっとお前が完全に俺の物になった」
 果物籠の中から林檎をとりだしてナイフで切れ目を入れ、芯を切り取ってそのまま口へ運んだ。
「昨日の夜みてぇに、俺が欲しがる分だけお前も欲しがってくれると嬉しい」
 それはからかいなんかじゃなく、紛れもない本気だった。濁り無い本心をぶつけられて、無視してしまうような卑怯なことはできない。
 言葉では何も言えなかったが、せめて顔は見せなきゃと、腰に響かないようにゆっくり寝返りを打つ。すると魅朧は新たに切り取った林檎をカラスに差し出した。そういえば腹が減っている気がする。
 少し考えて、カラスは林檎にそのまま口を付けた。餌付けされてるような気分だ。
 灰色の髪を何度も梳いてやり、魅朧は心底嬉しそうに笑う。
「もう我慢する必要も、何かに耐える必要もない。ただ俺の傍にいればいい」
「……うん」
 やはりその目を見るのは恥ずかしくて。小さく頷くのが精一杯だった。
 野性味を帯びた精悍な顔に一条の傷をみつけ、カラスは少し眉根を寄せる。以前より薄くなっているような気がするが、未だその顔にはっきりと残っていた。
「ごめん…な」
 自分が傷つけた右頬をなぞって、カラスが小さく謝罪の言葉を述べた。
「これのお陰でお前を捕まえられたんだ。気にするこたぁねぇよ」
 箔が付くだろ?とおどけて見せて、ゆっくりとした動作で唇を寄せた。
 愛おしそうに、しかし強引に貪って、濡れた音を立てて解放してやる。
 爬虫類のような金色の瞳が、もう怯えることがない青磁色の瞳を捕らえた。
「恐怖も迷いも払拭したんだ。改めて言わなきゃな」
 くしゃりと髪をかき混ぜて。
「スケイリー・ジェット号へようこそ」
 しばらく見つめ合って、それからお互いに笑い合った。
 音もなく悠然と海原を走る海賊船が地平線に近づく頃には、甲板の上で歓迎を祝う宴がはじまるだろう。

  

ご愛読有難うございました!!ここまで書けたのは、感想を送って下さった皆様のおかげです!!
本当に本当に有難うございました。
2003/12/07

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