SCORPION - 2 -

sep krimo [ TheLust ]

 息が、苦しい。
  まとわりつくような濃い瘴気を感じる。
  細胞の一つ一つが何かに侵されるような不気味な感触。
  瞼の向こうに感じる闇が、より深く迫ってくるようで、生まれて初めて感じる恐怖に身の毛もよだつ。
  いっそ殺すなり、して欲しい。
  もう、いっそ。

「ルー様、ルー様、サイファー様!面白い人間を手に入れのよぉ〜!同族の血で美貌を保っていた女なんだけど、オイシィ匂いがするで――――あら?」
  首輪を付けた女を引きずってきたのは、女のような男だった。波打つ紺色の髪、その毛先が黄金色に染まっている。
「あら、あらあらあら。お空の白い小鳥ちゃんなんて、どうしたんです?」
「帰城早々騒々しいな、ベルテアクス」
  ベッドに横たわったままのアルヴィティエルを覗き込んで、ニヤリと笑う。
「いや〜ん。いいなぁいいなぁいいなぁ、これ、アタシにも貸して貸して〜!齧って嬲って切り刻んだりしてみたぁい」
  猫のように擦り寄って、ベルテアクスはサイファーに抱きついた。
「天位第二位を相手にできるか?」
「うえ。何それ。じゃあこれ、あのネブラ?」
「霧の天騎士、幻術の蜃気楼、通り名だけは無数にある。アイテールで二番目に美しい男だ」
「堕としたのかしら?」
「まだだ。俺の闇に呑まれて、一時的に意識を失ってるだけ」
「あら、そりゃぁ、効くわね」
  ふふふふ、と真っ赤な唇を吊り上げて。
  彼は死を司る。エレボスで4番目に力を持った魔族である。力関係では、アルヴィティエルに及ばないが。
「意識が有る方が、堕としがいがあるだろう?」
  浅く呼吸を繰り返すアルヴィティエルの頬を撫で上げ、サイファーは冷酷な笑みを浮かべた。
  主の闇にぞくりと背を振るわせて、ベルテアクスは片手に持っていた鎖を引き寄せた。泣きわめく女をつまらなそうに見つめ、その髪を掴みあげる。
「この玩具、用済みになっちゃったわね」
  稲妻が鳴り響く窓まで女を引きずって、彼は無造作に放り投げた。断末魔の悲鳴が、尾を引くように小さくなるのを心地よく聞いて、ベルテアクスは優雅に一礼をした。
「それでは我が君、思う存分お楽しみ下さい」

 

 吐き気を感じながら、アルヴィティエルは寝返りをうった。つ、と引っ張られるような感触を感じて違和感を覚えた。
「…ぅ…」
  ぼんやりと霞がかったような意識の中、ふらふらと頭を持ち上げた。
  銀糸の髪がさらりと音を立て、手の平に上質の絹を感じる。一体どこにいるのかと、全ての器官で周囲を認識しようとしたが、あまりに濃い闇のせいでその殆どが上手く機能しなかった。
  するりと布の滑る音が聞こえ、自らの肩から衣服が滑り落ちるのを感じて何故服がはだけているのか疑問を感じた。柳眉を寄せて、留め金の宝石を一つ一つ留めていった。
  ちり、と鎖骨に痛みを感じる。
「もう少しそのままで居てもいいだろう」
「誰だ……」
「聞かずとも、半ばわかっているのだろうが」
  くつくつと、馬鹿にするような声色で笑う。
  その声に、確かに聞き覚えがあった。
  あの時、自分を取り押さえた魔族。天界で二番目に強い自分を倒せる者は、主本人か、エレボスの主くらいしか居ない。
「……ノイズ」
「如何にも。エスウェドゥ・メラン・ヘスペラー・ノイズフェラー、…一部だがな」
「…な、何故名を…」
  名乗るのだ。
  敬称ではなく、真名に近い名を教えることほど、相手を縛ることになる。自分に不利になるようなことを、なぜ。
「お前を、堕とすためだ」
「……え…?」
「知りたいんだろ、堕落するってことを」
  グラスに濯がれた真っ赤な液体を飲み干して、ノイズフェラーは天使に近付いた。
「…寄るな」
「いいぜ。俺はそういう生意気な奴を陵辱する方が好きだ」
「黙れ魔族がっ…!」
「吹くじゃねぇか。その気にさせるのが上手いな、お前は」
  声を出して笑いながら、漆黒の男はベッドに乗り上げた。逃げるアルヴィティエルを見つめ、手に持った鎖を急に引いた。
「…っぅ…」
「ぞくぞくするな。縛り付けた天使を犯すのは暫く振りだ」
  彼は薄く唇を開き、ぺろりと舌なめずりをした。肉食獣に似た仕草だった。鎖を手繰り寄せ革の首輪を握りしめて、微かに怯える天使の唇を奪った。
「んんっ」
  息苦しさと不快感にアルヴィティエルはがむしゃらに暴れた。しかしその抵抗も易々と押さえつけられて、呆気ないほど簡単に法衣を裂かれた。
  口付けに鉄錆びた味が混ざる。もしかしてさっきのグラスに入っていたのは鮮血なんじゃないかと、妙に冷静に感じてしまうのが不思議で仕方なかった。
「ふ…ぁ…」
  息継ぎの合間に、甘い吐息が漏れた。
  親愛の印に口付けることはあれど、これ程深く強引なものを受けたことはなかった。舌と舌を擦りあわせられ、ざわりと痺れのようなものが背を走った。
  くちゅ、と濡れた音を立て唇が離されると、激しさの名残のように唾液が伝う。親指で唇を拭ったノイズフェラーは、馬乗りになった高い視点から素肌を曝したアルヴィティエルを見下ろした。
  傷も染みもない、汚れを知らぬ美しい肌。意識を失っているときに付けた赤い痕が鎖骨にくっきりと浮かび上がっていた。
  下位の天使ならば、肌を合わせることなど考えもしないが、アルヴィティエルは違っていた。堕落を取り締まる側に立つ者こそ、それがどのような行為なのかを知っていなければならない。知っていることと経験していることでは全く違うが。エレボスの王がやろうとしていることは、知識としてわかる。しかしそれがどのように感じるかは知らない。
  ただ言えることは、今感じているものが紛れもない恐怖だと言うことだけ。
「お前が抵抗すれば、逃げる事ぐらいならばできるだろ」
  ノイズフェラーは淡々と告げた。
「その身を穢されることへのプライドを取り、アイテールの住人として死を選ぶか、この俺を甘受するか、……二つに一つしか選択権はない」
  闇の王に深手を負わせることは、絶対的な力関係によって無理だが、天使としての清らかさを保持するために自害する間を作るくらいの抵抗はできる。
  それをするか、そうせずに堕ちるか。
  選べと言うのだ。自ら、選べと。
「アイテールを捨てたく無いのならば、死ぬ気で抵抗しろ。俺はお前を易々と手放すほど優しくはない。お前を、堕とすと決めている」
  嘲笑。 
  選択権など与えなくても、彼は何をするか揺るぎないのに。何故わざわざ聞いてくるのかと思ったが、アルヴィティエルはその意図に気が付いた。
  自分で堕ちるのを望んでいるのだ。
  ノイズフェラーによって堕とされるのではなく、自らの意思で堕ちてみろと言っているのだ。

 

***

 

 天使どもがいくら蹂躙しようと、そんなことは気にならなかった。
  この世界の闇の一端を消し去ったとでも思っているのか、しょせん駒にしか過ぎないと言うのに。
  だが、闇に陰ることのない銀色の髪を持った天使が、時折気に障った。
  力で言えば、自分に及びも付かない。それでもソレは天界で第二位にいる全ての天使共の長なのだ。
  エレボスにも第二位がいた。しかし彼は、生まれて目覚める眠りの間に、天使達によって焼き殺されてしまった。惜しいとは思う。だが、抵抗すらしなかったのだから、その程度の器だったのだろう。天使達の自己満足に葬られたようなものだが。
  少しでも闇の軍勢を削ごうと遠征に来る、たまに逃げ遅れた天使を取って喰ったことがあるが、それらは得てして不味いと相場が決まっていた。それならばどこかの馬鹿が戯れに作り出した人間のほうがよほど食いがいがある。
  全く何も執着はない。食いたいときに牙を立て、欲求を満たしたいと思ったら犯せばいい。それが存在理由である。
  それなのに、闇を高慢に見下ろす紫玉の瞳が気にかかった。
  ああ、こいつを堕とせば、さぞかし楽しいだろう、と。

 

「いッ…ぁ…っ!」
  体内を指で擦られてアルヴィティエルはか細い悲鳴を上げた。震える指でシーツを握りしめて、初めて感じるその感触に必死で耐える。
  ジャスミンに似た甘い香りが鼻につく。それはノイズフェラーが持ち出して来た透明な液体から香っていた。潤滑油で指をたっぷり濡らして、ノイズフェラーは微かな笑いを漏らしながら秘部に指を埋めた。
  俯せにされ、腰だけ上げた恰好を取らされていた。屈辱的な姿をとっているのに、辺りがあまりに暗すぎて、何一つ視認することができない。 
「――――やっ…ッ…止め…」
  圧迫感。苦痛。それに勝る羞恥。
  身体の芯を押し上げられる感覚に抵抗したくても出来ない。途切れ途切れの呼吸の合間に、形を成さない拒絶を零す。
「止める?まさか」
  ノイズフェラーはあくまでも楽しそうだった。形良い指を浅く出し入れし、指先で円を描くように動かしてやれば、アルヴィティエルの身体が跳ねた。
  潤滑油で響く粘着音をワザと聞かせるように大胆な動きで責めながら、覆い被さるように伸び上がって耳を噛んだ。
  悲鳴とも喘ぎともとれる、だが甘い声を楽しみながら、甘噛みを繰り返していた耳から首筋へ、浮いた肩胛骨へと舌を這わせた。
  何も見えない中で、不意打ちのように与えられた刺激。
「あッ―――…!」
  浮いた骨に歯を立てて強く吸い上げた途端。軽く背を反らせたアルヴィティエルは、無意識に中を締め付けた。
「や…ぁ…あっ…!」
  何度も舐められるたびに肩が跳ねる。
  随分と敏感に反応するのが愉快で、ノイズフェラーは何度もそこを責めた。すかさず指を増やして体奥も突き上げながら、ああそうかと胸中で一人納得する。触られただけで力が抜けるようなその場所は、本来翼の付け根にあたる部分だ。
  天使同士が行う性交に似た行為は、鳥が翼をつくろうのによく似ていた。翼の付け根は唯一の弱点であり、そこに触れられると膝の力すら抜けそうになるほど弱い。同時に快感も生み出すので、天使達は愛する者にしか羽の付け根を触らせなかった。
  アルヴィティエルにとってはさぞかし不本意だろうが、エレボスの主はまったく気にせずに、そこを責めることで聞こえる甘い喘ぎに耳を傾けた。
「…ん、んッ……は……ぁ…!」
  快感を散らそうとしているのかシーツに押しつけるように力無く首を左右に振り、目尻には涙を溜めている。その姿がひどく嗜虐心を煽る。
  逃げ出そうとするのを、鎖を引いて引き止めた。気丈に拒絶を示す意志の強い瞳の奥には、確かな恐怖が滲んでいて、それがまた煽る。闇に対する潜在的な畏怖に微かに震えていることを、本人が意識しているのか。
「物欲しそうだな」
「なっ…!」
  即答で否定しようと睨み付けるがその姿がどこにあるのか解らない。意地の悪い指が深く潜り込んで続く言葉を告げられなかった。
  何度か乱暴に擦り上げて、確かめるようにくるりと回してから、ノイズフェラーは埋め込んだ指をゆっくり引き抜いた。
  余韻に身を震わす彼を組み敷いて、腰だけ高く引き寄せる。
「…っ…、ノイズ…ッ…!」
  怖い。
  本能が警戒を促していて、アルヴィティエルは不安げな声を上げた。これを許してしまえば、きっと後戻りなんか出来ない。
  闇の中で、これから何をされるのか、解らない。そんな恐怖が先に立った。
「ゃ……、んッ――――――……!」
  一瞬の逡巡。その隙を突いて、慣らされたそこに熱い塊が侵入した。太い先端を潜り込ませ、ゆっくりとした動きで身体を分けてゆく。
「ぃ…っ、…う……」
  指の比ではない。もっと凶暴な印象を与える。熱くて、柔らかく溶けたそこを硬い物で埋められていくのがあまりにリアルで。腰だけ抱え上げられた卑猥な恰好をしているなんて、意識することも出来なかった。
「さすがに、天位二位なだけあるな…」
  ノイズフェラーには珍しく苦痛を漏らして、一度軽く突き上げた。苦痛混じりの喘ぎが聞こえ、呼吸を整えようとする浅い息継ぎが耳朶を打つ。
  何者の穢れも寄せ付けない身体。触れれば火傷しそうな神聖さ。一介の天使ではなく、天界で第二位を誇るこの美しい身体は、闇の者にとっては毒にもなりえる。
「毒を食わば、ってやつか」
  引き寄せるように突き上げて全てを埋めてしまえば、嗚咽を漏らす天使が気にかかった。
  シーツを握りしめてた指が震えている。目尻に貯まった涙が、浅い呼吸を繰り返すごとに流れ落ちた。今はまだ、アルヴィティエルには闇を見ることはできないだろうが、ノイズフェラーにはこの暗闇の中で全てが見えた。それこそ、銀糸の髪一本、その媚態に至るまで。
  獣のように唇を舐めて潤し、浮いた骨を指でなぞると、きゅ、と無意識に締め付けてきた。
「ぃ…た…、っ…ぁ…」
  それはそうだ。
  肉の痛みと言うより、闇に蝕まれる痛みの方が遙かにきつい。
  まったく視界を遮られると、上下さえ解らない恐怖に囚われる。ましてや闇の存在しない天界で長く暮らしていたのだ、いくらエレボスに遠征を繰り返していたとしても、そう簡単に慣れるものでもないし、天使は闇に慣れる筈がない。
「痛いだけか…?」
  ならば痛みなど、快楽にすげ替えてしまえばいい。
「っ…、んっ……ゃ…なに…」
  潤滑油でとろとろに解された敏感な皮膚を、浅い挿入で抉られる。張り出した部分がその場所を突くと、鳥肌が立つ。動きに呼応するような嬌声を止めることもできない。
  ノイズフェラーは覆い被さり片手は腰を掴んだまま、もう一方の手で肌を彷徨わせた。耳朶をくすぐり、薄い胸に滑らせて立ち上がった突起を指で潰すように。敏感な肉体は、その刺激一つ一つを快楽にすり替えて、内を穿つノイズフェラーに教えた。
  足をさらに開かせピタリと密着すると、より深い位置で繋がる。そのままの姿勢で軽く揺すると淫らな収縮をみせた。
「絡むな…。悦いんだろう?」
「違ッ……ぁ…あっ…!」
「さすが高位なだけある。俺に犯されて喘いでいられるのは、そう居ない」
  唇の端をつりあげて、くつくつと喉で笑いながら撓る背にキスを落とした。
「死体を犯すのは、面白みが無いからな」
  情事の睦言にしては随分物騒なことを口走って、闇の主は胸元を彷徨っていた指を更に下へと降ろしていく。
「んっ…!」
  立ち上がり、粘液を滲ませた敏感な箇所に触れられ、アルヴィティエルはぎゅっと瞳を閉じた。同時に穿たれたそれを締め付けてしまい、自分の置かれた状況を再確認してしまう。
  見えないからこそ、極端なまでに敏感になっていた。相手を確認する術は、その声だけだ。視力を補うように、他の感覚が鋭敏になっている。それが裏目に出ていた。
  大きな手で握りこんで、浮いた血管をなぞるように指を這わせられる。外と内から敏感な神経を嬲られる刺激は、目眩に似た陶酔を呼んだ。
  細胞一つ一つが侵される恐怖は、いつの間にか快絶にすり替わってしまった。
「癖になりそうだろ」
  囁きざま、骨が当たりそうなほど突き上げた。
「誰がッ……!」
  それでも決して陥落しない精神に敬意を表すように口笛を吹いて、ノイズフェラーは腰の動きを早めた。否定や拒絶を口にする前に、艶やかな喘ぎに変えられる。首輪から伸びた鎖が、不愉快な音を奏でる。
  荒い呼吸と、濡れた摩擦音。性急な動きで弱い部分を重点的に責められて。
「や…ぁ、あ…っ――――――……!!」
「………ッ」
  手加減もなく最奥を打ち付けられ、目の前が真っ白になる。一瞬その身を固くして、小さく喘ぎながら身体の力を抜いていった。初めて知った快楽に、未だ敏感な先端を擦られれば、淫らっぽい粘着音が聞こえてきた。
「っ…、ぁ……ッ…」
  持て余し気味な熱で秘部を何度も締め付けて、それに煽られる形でノイズフェラーも熱を解放する。体内で爆ぜ、注ぎ込まれるのを感じて、アルヴィティエルは意識が薄れるのを感じた。
  まるで上書きされたような不快な感覚と、恍惚とした痺れが、波のように押し寄せていた。

  

ノイズフェラーが本名です。サイファーってのはあくまで偽名。ベルテアクスは、攻なんです。攻なんですよ!オネエなだけ。
エロ。途中で色々変更してたら、使うトコ全部使えないまま終わった(反省)。首輪してる意味なくなった。
2004/05/21

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