FOX - 3 -

sep krimo [ TheCovetousness ]

 ビーリアルシティ。
  繁華街の片隅、飲み屋と住宅街が中途半端に同居したような場所。薄汚れた裏路地の途中で、ブレーメンの看板を見つけた。劇団ブレーメン。下からロバ、犬、猫、鶏が背中に乗ったプレートがかけられている。あれは音楽隊に入りたい動物の童話だったと思ったが。結局音楽隊に入らなかった彼らの結末は幸せなものではあるけれど、夢を追っている劇団員に対してこのネーミングは皮肉なのだろうか。
  俺は今の気分に相応しい曇り空を眺めて、吸いかけの煙草を排水溝へ捨てた。ナイトクラブみたいな重厚なドアを開ければ、階段が下へ伸びていた。人影は無いが明かりが付いているので、とりあえず下りていくことにする。
  下りきったら映画館のロビーみたいな場所に出た。バーカウンターがあるが、酒よりは事務用品が散らかっている。殆どの壁には演劇や映画のポスターが貼ってあり、全体を眺めると乱雑なものの、清潔な印象を受けた。
「いらっしゃい、新規入会の方?」
  いきなり声をかけられて、俺は純粋に驚いた。
「いや、そういうわけじゃ――」
  声のした方向へ振り返って、声を失う。そこに居たのはブロンドの美女だった。
「見学したいって男性から電話があったのだけれど、すっぽかされたのかしらね」
「期待させて悪かったな。それは俺じゃないよ」
  俺はアポ無しでここに来た。
「本当は今日、お休みなの。何かご用なら、丁度よかったわね」
  カウンターの中へ入った女は、予定表らしきカレンダーを捲りながら俺に微笑んだ。こんな美女が応対してくれるのなら、電話でもかけておけばよかった。
  年の頃は30手前に見える。女優なのだろうか。
「俺はロバート。人を探しててね。手がかりがありそうだから、ここに来たんだが、話を聞けないだろうか?」
「スカウトの類だったら大歓迎なのだけれど、そういう雰囲気じゃなさそうね」
「生憎ね」
  茶目っ気たっぷりに笑って、彼女は片手を差し出してきた。
「私はトゥルー。この劇団のリーダーみたいなものよ」
「そんな若さで?」
  繊細な手を握り替えした俺は、スカイブルーの瞳をのぞき込んで尋ねた。
「オーナーは別にいるのだけれど、この劇団で一番の古株はきっと私よ。多分、何でも知ってる」
  それにしても我ながらあまり上品な格好はしていないと思うのだが、随分親切な女性だ。怪しまれると思っていたんだが。俺は自分のペースを崩されて、どこかギクシャクとしながら筆記具を取り出した。
  すると、トゥルーが唇に指を当てて小鳥のような声で笑った。
「ごめんなさい。知り合いに似ていたから」
「俺みたいないい男は、そう何人もいないだろう?」
「そういうところも、そっくりよ」
  冗談にも澄んだ笑顔で返されてしまい、俺はペンの尻で後頭部をかいた。気恥ずかしさを隠すように手帳から写真を撮りだして、カウンターの上にのせる。
「サイモン・フォックスを知っているかい?」
  早口で問えば、息を呑む音が聞こえる。視線が写真に向いていた俺は、すぐさまトゥルーの顔色を窺った。目を見開いて、驚愕の一歩手前という表情。
「トゥルー?」
「え、ああ、ごめんなさい。ええ、彼は知っているわ。うちの劇団出身よ」
「直接会った事は?」
「……彼を捜しているの?」
  質問を質問で返されてしまった。きっと彼女は何か詳しいことを知っているに違いないと、俺は確信した。
「俺のクライアントが、ね」
「彼は、行方不明になっているわ」
「そう。だから足取りを追ってるんだ。何でも良いよ、トゥルー。俺は刑事じゃないから、どこにも口外したりしない」
  彼女は視線を逸らし、電話機と予定表を交互に見ながら溜め息をついた。  

 見学者が来るまでよ、と前置きしてから、トゥルーは給湯室へ消えた。程なくして二つのマグカップを持ち、その片方を俺に差し出してくれる。砂糖なしのカフェオレだった。
「彼とは、この劇団で出会ったの。私の方が一年先輩だった」
  遠くを見つめる彼女の横顔は、見た目よりも老けた印象を受ける。
「映画デビューが決まるまで、四年くらいからしら。この劇団でいっしょに苦楽を分かち合ったわ。アルバイトと演劇の稽古。寝る時間も無いくらいなのに、三人で演劇について朝まで語った。懐かしいわね」
「…三人?」
「え?ああ、私とサイモンともう一人。ロブ、ロビン…なんだったかしら、期間は短かったのだけれど、もう一人仲良くしてた男の子が居たわ」
「……」
  それはロバートの愛称だが、と言おうとして告げられなかった。自分の名前でもあるのだが、いったい何の縁だというのだ。
「生年月日が一緒で歳も同じだった。二人は生まれたときからの親友みたいに仲がよかったのよ。女の私がいるのに、妬けちゃうくらい」
「君は、サイモンかもう一人かの彼女だった?」
「ええ。あの当時、私とサイモンは付き合っていた」
  手帳にメモしてトゥルーを見やる。心ここにあらず、といった感じ。
「サイモンは、どんな奴だったんだ?」
「彼はとても神秘的な瞳をしていたわ。昼よりも夜を好んでいた。不思議な話をいくつもおしえてくれたの」
  そう言って彼女は語り出した。
「故郷のしきたりだとか、言っていたわね。聖書よりも生々しい、けれど当時の私には魅力的に映った話。今思えば何かの宗教だったのかもしれない。彼は、条件がそろえば悪魔を呼び出して、私たちがスターの仲間入りを出来るように契約するって言っていたわ」
「…レフィク?ベルザ?」
「そんな名前だったかも、よく覚えていない」
  俺は土着宗教に詳しくはないが、サイモンはどちらも知っていたはずだ。
「サイモンはデビューが決まる前には、稽古よりも悪魔を呼び出す事に必死になっていたように思う。彼はある日晴れやかな顔でここにやって来て、その翌週にはオーディションに受かったと言っていた。三人で喜んだわ。私も、彼の親友も。私たちはサイモンが悪魔を呼んだなんてことは、いつもの作り話のひとつだと信じていたし、それは今でもかわらない。けれど…」
  トゥルーはちらりと時計を見た。俺は彼女から視線を逸らさずに先を急かす。
「私がサイモンと最後に会ったその日まで、彼は何かに怯えていた。撮影は順調にいっているのに、二人で路地を歩いていれば、時折背後を振り返る。まるで何かに追われているみたいだった」
「彼は誘拐でもされたのか?拉致監禁、とか」
「さあ、わからないわ。当時警察にも散々聞かれたけれど、私は何一つ情報を持っていなかった。サイモンの失踪で有耶無耶になっていたのだけれど、ちょうど同じ時期に彼もいなくなったの」
  この『彼』、と言うのはおそらくサイモンの親友だった男の方だろう。俺は唸りながらトゥルーに詰問した。
「当時の劇団員名簿とかは残っていないのか?」
「警察に押収されて、結局戻ってきたけれど、それも事故で焼けてしまって…。ちょうどサイモンが居た前後数年分の名簿は、どこにも無いのよ。あの頃はパソコンなんて簡単に使えるものではなかったし…」
「そうか」
  俺はマグに口をつけてカフェオレを飲み込んだ。どうも話がくさすぎる。彼女は女優だ。これが演技だとしても、俺に見抜けるかどうかはわからない。
「他に詳しく知っていそうな人物に心当たりは?」
「前のオーナーなら。けれど彼女も二年前に亡くなってしまった」
  八方ふさがりか。足取りはここで暗礁に乗り上げてしまうのだろうか。
「突破口はどこかにあるだろうか」
  ぼそりと呟いた俺に、トゥルーは青い瞳を見開いてこっちを見た。
「何だ?」
「それ、彼の口癖と同じね」
  俺を見ているようで見ていない視線。
「…どっちの彼だ?」
  そう問うた時、室内にベルが鳴った。駆け足で階段を下りる音と、男の声。どうやら見学者だか新規会員希望者だかが到着したようだ。
  俺は答えを聞けぬまま、ブレーメンを出る事になった。携帯の番号を控えた紙を辛うじて彼女に渡した。

 外に出ればまだ日は落ちてないようだった。曇り空は変わらないが。この都会に来てから青空を見ていない気がする。
  俺は次にサイモンが所属していたプロダクションへ行くことにした。番号案内で電話番号を聞き出し、事務所にかけて住所を聞く。地下鉄で行ける場所だった。俺は地下鉄に乗るのが初めてだ。正直緊張する。
  田舎者丸出しになるのが嫌で、路線と駅名と料金しか見ていなかったが、その割にすんなり目的地へ到着してしまった。あまりにスムーズなので逆に心配になるほどだ。
  プロダクト・テルプシコレ。それが所属事務所の名前だ。
  五階建てのビルに銀色の鉄板でくり貫かれた社名を眺めながら、俺は溜め息を吐いた。正面から尋ねて行っても追い払われるのがオチじゃなかろうか。女優だか俳優だか芸能人を扱う会社だ。探偵なんかマスコミ並に毛嫌いされる職業だろう。
  俺はダメ元で受付の女に事情を説明した。だが作り笑顔で丁寧に「お帰りください」なんて言われ、粘っても警備員が来るだけだと知っている俺は早々に退出した。
「どうしたもんかね」
  斜め向かいにあるカフェでコーヒーをすすりながら煙草を吹かす。トゥルーに話を聞いてから、どうも胸くそが悪い。彼女の様子がだんだんとおかしくなった気がして、原因が解らずに苛ついてしまう。そう、彼女は催眠術にでもかかったようだった。来客で我に返った、そんな印象を覚えた。もっとも俺が催眠術を見たのは白黒テレビの中の光景だが。
  だらだらとカフェで管を巻いていれば、胸のでかいウエイトレスに睨まれた。なかなか美人のブルネット。流し目で笑いかけてやれば、短いスカートを翻して店の奥に引っ込んでしまった。そう言えば女を買おうと思っていたんだったな。
  女、そしてその目的を思い出した時、何故その考えに至ったのか経緯までが蘇る。目の前にいきなり突破口が開いた。漸くツキが巡ってきたかと、俺は笑う。
  携帯電話の電話帳から目的の相手を選択して通話ボタンを押す。
『はい』
  相手はスリーコールで出た。
「俺だ。クロフォードだ」
『ええ。わかっています。何かございましたか?』
  声の質が若干冷たい。電話の相手はクライアントの秘書であるミストだ。この間電話に出た時は、喘ぎに濡れていたのだが。
「今日は『仕事中』じゃないんだな」
『無駄話でしたら切ります。こちらは暇ではないので』
  からかいに照れるでもなく淡々とした口調で返されて俺は焦った。本気で切られそうな気がする。咳払い一つで用件を切り出すことにした。
「プロダクト・テルプシコレにサイモン・フォックスの情報を開示してくれるよう、圧力をかけられないか?」
『何故?』
「…片田舎の探偵相手に、芸能事務所が足ひらかんだろうが。俺はサツじゃない。自分の身分と実力ぐらい把握してるつもりだ」
  実際警察官だったとしても、捜査令状がなきゃ芸能事務所なんざそう簡単に情報開示しないだろう。だが金とコネとクライアントの元には奴らは平伏すに違いない。
『テルプシコレですか』
「そうだ。あんたんトコくらいになれば、それくらい痛くも無いだろう?」
  投資家だろうとネットに名前が載るくらいなんだ。きっとコネは腐るほど持ってる。俺の要求にミストは少し黙った。だが、耳朶を嬲るような吐息混じりの笑みを落として許諾を返した。
『用意が出来次第貴方の携帯電話に連絡するようにします』
「有り難う。助かるぜ」
『……』
「…なんだ」
  息を詰めるような反応に思わず聞き返せば、
『いえ、礼を言われるとは思わなかったもので』
  なんて恥じ入るような口調で答えられた。どうも調子が狂うな、この男は。一晩幾らになるか交渉したくなる。俺はそんな本心が出ないうちに電話を終わらせた。
  15分後呼び出された電話の相手は、俺の態度を探るようなおどおどした口調だった。俺は上機嫌で事務所の受付嬢にウィンクして、平伏する担当者と共にビルの中へ入った。
  だが結局、サイモンの情報ででかいものは見あたらない。どうも体裁を取り繕っているようにしか思えなくて、俺は溜め息混じりに男へ尋ねた。
「サイモン・フォックスが失踪した時に、何か変わったことはなかったのか?」
「と、言いますと?」
  男は眼鏡の奥で俺を値踏みするような半眼になる。
「宗教にはまっていたとか、借金取りに追われていたとか、そういうゴシップ系」
  ゴシップと聞いて眉間に皺を寄せた男は、しかし俺に顎で話すよう促されて長嘆した。眼鏡を外してハンカチで拭きながら、
「確かに、あいつは宗教だかオカルトだかを信じていましたよ」
  ぽつりと答えて、唐突に顔を上げた。
「そうだ。ロブ・クロス!付き人だか親友だかしりませんが、そいつと分厚い辞典片手によくわからん話をしていた」
「ロブ・クロス?」
  聞き覚えがあるような、無いような。
「同じ劇団だったとか。それくらいしか覚えていませんが」
  それは俺が知る筈も無い。やたら愛称ばかり聞き覚えていて、ついつい反応してしまう。この最近で一生分聞いたのではないかとウンザリする。ロバートなんて、俺の周りには俺一人で十分じゃないか。
  ほこりの積もった段ボールから黒革の本を一冊取り出して、男はそれを俺に渡した。重い。中を開いてみれば所々虫に食われ黄ばんでいたが、読めないというほどではなかった。ただし俺には何語かわからんので、内容を理解することは出来ないだろうが。
「いつでも読めるように事務所へ置いていったままになっていたものです。高そうなので売ろうかと思って忘れてましたよ」
  持ち運ぶのには重たいそれを捲りながら、どうせならこれはトゥルーへ渡したらどうかと聞いてみた。遺品というにはアレだが、事務所に置いておくよりマシだろう。俺の提案に男は、好きにしてくれと素っ気ない返事だけ返してきた。どうやら興味は無いらしい。
「それで、ロブ・クロスは今どうしてるか、あんたは知っているかい?」
「さあ…。そういえば、彼も見ていませんね。最もうちの事務所の人間じゃなかったから、気にも留めていなかったけれど。あなたが来なけりゃ、ずっと忘れたままだったんじゃないかな」
  なんせ、古い話ですからね。
  それを最後に俺は事務所を後にした。男の目付きが、トゥルーのそれとそっくりだった事に気付いたのは、地下鉄の駅でチケットを買った時だった。

***

 安宿に戻った俺は、殆ど二晩、黒革の本と格闘していた。
  解ったことは、これがレフィク派の魔導書(グリモール)のようなもので、神だか悪魔だかと交信する術について記されているという事だ。所々読むことが出来る単語や、おどろおどろしい挿絵を解釈したにすぎないが、そう的外れでもないだろう。
  俺は眼精疲労からくる肩こりと頭痛にうなされながら熱いシャワーを浴びてコーヒーを飲む。冷えて不味いが、目は覚めた。
  ふと、ベッドサイドに放り投げておいた携帯電話を見れば、その一部が点滅していた。ディスプレイを確認すると、着信あり、の文字。着信時間は数時間前。うたた寝中だったか集中しすぎか、気付かなかった。
  リダイアルを操作して相手を確認すれば、『秘書』の文字。ミストだ。無意識に通話ボタンを押すが、コールが長い。出られないのかと諦めて切ろうとした直前、低い男の声が返った。耳障りの良いミストの低音を想像していた俺は、あまりの違和感に反応することが出来なかった。誰なんだ。
『ロバート・クロフォード。クライアントの声くらい、聞き分けたらどうだ』
「…あんたか。秘書さんの番号だと思っていたんだ、あんたが出るとは思わんだろう」
『丁度、ビーリアルに来ていてな。報告することがあるなら、聞いてやる』
  ひとの話を聞けよ。俺は喉まで出かかった言葉を気合いで飲み込んだ。
『来るのか、来ないのか』
  イエスかノーのどちらかを求めてくる声色の向こうで、何やら騒音が聞こえた。ミストが側にいるに違いない。それはそうか、これは秘書の携帯番号なのだから。
  俺は傍らにある分厚い本を眺めた。金持ちはオカルトが好きらしいが、奴はどうなのだろう。
「行こう」

 タクシーから降りた俺はそのまま帰りたくなった。なんだってこんな高級ホテルにボロコートで足を踏み入れにゃならんのか。
  むしろ入り口で引き留められる事を期待していたのだが、すんなりフロントまで辿り着く事が出来てしまう。
「ルイス・サイファー氏に呼ばれて来た、クロフォードというんだが」
「窺っております、クロフォード様。ご案内させていただきます」
  そう言って出てきたのはベルボーイではなくてマネージャーだった。エレベーターに乗りこみ、最上階に近い番号を押す。
「やはりスイートなのか」
  ウンザリ呟けば、マネージャーは、
「ロイヤルスイートでございます」
  と、誇らしげに答えた。それはなんだ。要するにこのホテルで一番高いと言うことか。どうせスーペリアルームとスイートルームしかこのホテルには無いのだろう。そういう高級な格式と同時に、貧乏人お断りの雰囲気をひしひしと感じる。
  インターフォンもノックもせずにカードキーで扉を開けたマネージャーは、俺を室内に押し込んで扉を閉めた。側にいて欲しいわけじゃないが、場違いすぎて心細い。なんだこの無意味な広さは。パーティでもする気か。
「…どうしろっていうんだ」
  ぼやいた俺がとりあえずリビングらしき場所に足を踏み出せば、半開きになった扉の奥から物音が耳に届いた。ここは寝室の扉か。嫌な予感と、期待が入り交じる。
  薄暗い扉をゆっくり押し開けた俺は、その瞬間、手に持っていた本を取り落とした。
「…ッ!?」
  どさりと結構な音に気が付いたのか、ミストがちらりと俺を見て、薄紫色の瞳を潤ませた。羞恥に染まるというのは、こういう事だろうか。なんて光景だ。
「案外早かったんだな」
  ベッドの上で自らの秘書を組み敷いていた男が、挨拶程度の気楽さで俺に話しかけてきた。金持ちは狂っている。絶対に。
「…タクシーを使った。場所がわからなくてな」
  一応答えてはみたものの、俺はそれをどこか別の人間が喋ったように感じてしまう。視線はただ一点、俯せて腰だけ高く上げた卑猥な姿に釘付けだった。
  銀髪がベッドカバーに散り、細い指で白くなるほど握りしめている。声を殺している所為か、くぐもった吐息に時折喘ぎが混じっていた。上着は殆ど着たままだ。華奢な両足は剥き出しで、太股に液体が伝っている様子が生々しい。足の付け根、腰と視線を這わせ、形のよい尻から目を離せなくなる。
  ルイス・サイファーが見せつけるように腰を引いた。
「あ…っ、ぁ、は…!」
  途端に上がる、嬌声。男性器を体内に受け入れている。他人が犯されている姿というものを初めて見た俺は、混乱と好奇心の狭間で身動きが出来ない。
「そう時間はかからないから、少し待て」
  サイファーは冷静に呟いて、腰を突き出して律動を繰り返す。
  この男は頭と身体が別にでも出来ているのか。セックスをしている必死さが全くない。
「どうせなら、見学してくか?」
「……は?」
  ミストの腰に腕を回したサイファーは、俺の返事も聞かずに体勢を変えた。なんて、光景だ。胡座をかいたサイファーに背後から抱きしめられる形で、ミストが座らされている。両足を開かされて、男性器を咥え込む姿がまざまざと晒されていた。
  やっぱり、女じゃ、無いんだな。
  勃ち上がって雫を垂らすミストの性器で、半ば期待していた可能性が否定された。残念だが、男でもこれだけ楽しませてくれるなら、問題ないだろう。顔も身体も声も、娼婦さながらだ。
「やめ…、くださ…ッ…」
  か細い声で、自分を貫く男にすがるミスト。それは逆効果だ。乱暴にしてやりたくなるってものだ。
「煙草、吸わせてもらうぞ」
「好きにしろ」
「そして『踊り子に手は触れないように』か?アングラな商売でも始められるぜ」
「その手のプロ根性なんざ、こいつにはねぇがな」
  赤黒く結構な太さのある男のものが出入りする度、ミストが甲高い悲鳴を上げている。嫌なのか、悦いのか、性器が萎えていないのだから、感じてるんだろうな。俺は煙草に火をつけて、近くの灰皿と椅子を引き寄せた。ついでに本は拾って棚に置く。
  サイファーという男は、犯す相手をよがらせる方法と、観衆を煽る効果的な方法をよく知っているみたいだった。そして恐ろしくタフだ。
  成人男性の平均より少し低い程度であるミストを上に乗せたまま、容赦ない突き上げを繰り返し行う。ジャケットを脱がせ、ネクタイのひっかかるシャツの隙間から、白い肌をなぞり上げる余裕すらある。俺には出来ない。そんな体力も筋力も無いだろう。
「…ん、…ャ…ッは、ん…ぁ、あ」
  荒い呼吸に潤んだ瞳。着たままのシャツの胸元は、つんと張り出した乳首によって持ち上げられている。とんでもなく、エロい。これ以上集中して見てしまえば、俺の息子がやばい状態になるだろう。それだけは願い下げだ。
「どうした、ミスト。いつもより具合がいい。他人に見られて興奮するのか?」
  耳元で囁いたサイファーの低音に、ミストがびくりと反応した。常套句は忘れない野郎だな。
  必要以上に近付かない俺からは結合部分の細部まで見ることは出来ないけれど、性交特有の厭らしい粘着音からどうなっているのか容易に想像が付く。精液かローションか、そこまでは知りたくないが。
「男でもそこまで濡れて悶えられるんなら、十分だな」
「俺が一から仕込んだお陰さ」
  舐めるような声でサイファーが答えれば、ミストの背が急に撓った。いい所にでも当たったんだろう。娼婦というにはウブい反応だが、それがそそる。
  暫く観客して大人しくしていた俺だが、自分の参加できないセックスに飽きてきた。遅漏か、とは恐ろしくて呟けない。
  それに気付いたかどうかは解らないが、急に動きを早められたミストがひっきりなしに喘ぎ出す。
「や、あッ、あ…はやッ…、ノイ…ズ…っ!」
「黙ってイきな」
「ッ…!?ふ…、あ…ャ、あああ…―――!!」
  一度大きく仰け反り身体を硬直させたミストの性器から、精液が飛んだ。他人が射精する場面なんて、ナマで見たのは初めてだ。野郎なんてAVででも勘弁していただきたいものだが、どういうわけかミストのそれは妙に綺麗で同時に淫猥だった。
  サイファーが掴んでいた腰を強引に引き寄せ、数度律動してから動きを止めた。
「あ…、ぁ…ンぅ」
  ひくひくと痙攣するミストが、艶めかしい吐息混じりに震える。中出しか。ゴムなんかつけてるように見えないしな。
  ゆっくり背を押してミストを俯せにしたサイファーは、粘りけの多い音を立てながら性器を引き抜いてシーツでそれを拭った。何食わぬ顔でズボンを正し、細い葉巻とライターを片手に俺に近付いてくる。
  どうも唖然としてしまった俺は、すぐに反応することができない。怖いのか悔しいのか、わけのわからない感情が渦巻いていた。
「さあ、報告でも聞こうか」
  息も乱さず、今まで嬲っていたミストに目もくれない。
  本当にこの男は、なんなんだ。
  俺は溜め息と共に煙草の煙を吐き出した。噛み潰した煙草は、灰皿の山のひとつに消えた。

  

一年ぶり更新とか…もう…
2008/02/27

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