UNICORN - 2 -

sep krimo [ TheAnger ]

 コミッションとはドラウレドナ四大マフィアのトップをあつめて話し合いをする場である。委員会の名の通り、乱立する組織が連帯して生き残れるようになった会議機関だ。
  抗争を回避するなど、大方のもめ事はコミッションで解決することも少なくない。全ての銀河系の中心地であるレカノブレバス、その暗黒街を取り仕切る組織は、そういった連立機関によって拮抗を保っていた。
  また、コミッションにはマーダー・インクと呼ばれる殺人会社が存在し、一般人にはあまり関係ないが、犯罪者世界に対して死と強制力を持っている。その通称は『ギャロット9』。ドラウレドナのギャロット地区9番地で最初の「始末」が行われたことから、いつの間にか呼ばれるようになった。
  組織間の殺し合いを止めさせるための『Commission』、そしてそのコミッションの決定を武力により強制させる『Murder Inc.Garrotte 9』。
  鉄の掟と義血によって、このドラウレドナは暗躍している。
  現在コミッションを統括する者はいないが、勢力図としてはトラフィカンテファミリーのボスが一番強大だ。ついでグライアイ、プルチネッラ、レクシブと続く。
  ドラウレドナは五つの地区からなっている。その一つ中立地区ギャレットのとある高層ビルの一角でコミッションが開かれていた。
  駄々広い円卓には、四人のボスが席に着いている。その背後には二、三人の護衛や相談役やアンダーボスを従えていた。
「噂は聞いているか?」
  最初に口を開いたのはトラフィカンテファミリーのボス、ジアンカーナ・トラフィカンテだ。ロゼリ地区を縄張りとしている。齢50に手が届く年頃だが、未だ30代の若さを保っている美丈夫である。
  大規模なアミューズメント施設とカジノ経営で莫大な資金を得ているに加え、政財界との繋がりも深い。
  小麦色の肌、赤っぽいブロンドにエメラルド色の瞳が派手な印象を与える。品の良いスーツに、今は葉巻を銜えていた。
「あまり良い噂とは言えないものだねぇ。儂等の掟をわかっちゃいない」
  続いたのは老人の声だった。イ・コル・レクシズ。ブラク地区を自治区的に収める老ボスである。既に110を超える老体であるにもかかわらず、未だ現役を退くことはない。スキンヘッドに、垂れ下がった濃紺の眉と同色の髭を蓄えていた。わざわざ剃り上げている頭髪も、深い藍色である。娘が1人と息子が二人居る。
  ホテル王としても名が知れる彼は、黄色の瞳で横に座るプルチネッラファミリーのボスを見た。
「うちの運び屋がやられた。今週で二人目だぞ」
  パオロ・プルチネッラだ。やや小太りの中年男は不機嫌そうに煙草に火を付けた。ダリカンドロ地区で手広く売春宿を経営している。
  土色の髪は少々薄くなっているが、オニキス色の瞳はギラギラと殺意に燃えていた。背後にはミストをからかって痛い勉強をした息子のダリオが控えている。
「黒髪に黒目だってな。ミス・アレクト、アンタんとこの新しいメンバーにしちゃあ紹介が遅れているようだな」
  パオロはパムレードを睨み付けた。彼は未だに息子が撃たれたことを恨んでいる事実を隠すことすらしない。
「人種差別とは無意味なことをするわね。それとも混血差別か?私の幹部も一人やられている」
  パムレードは据わった瞳でにらみ返し、とんとんと指でデスクを叩いた。そんな彼女を楽しそうに見つめているのはジアンカーナ・トラフィカンテだ。
「レブス(レカノブレバス人)じゃ無い可能性もある。人種論は無意味だ。それにどうやら、『誰か』を狙っているわけではない。無差別だ。流れのジャンキーかもしれんだろう」
「そして、証拠もないわね」
「血も流れていないようじゃからな」
  レクシズ老は数枚の写真を卓上に投げ捨てた。外傷もなく、カッと目を見開いた死体が写っていた。
「僕のとこの下部の弁護士もやられているが、この街で殺しが珍しかったら、明日惑星間戦争が起きても不思議に思わないだろうな」
  トラフィカンテの言うとおりである。ドラウレドナの何処で誰が殺されようと、ニュースになることもない。日常茶飯事を取り上げて大騒ぎするのは酔っぱらいくらいなものだ。
  では何が問題かと言われれば。
「だが、秩序を乱されると厄介だわ」
「てめぇに言われたくはねぇな、ミス・アレクト」
  他の二人は無言だったが、同じ事を思ったことは変わりない。この街の勢力図からセンティーノファミリーを消し去ったのは、他でもないパムレード・グライアイである。
「私は血と硝煙で煮詰め過ぎられた汚物を排斥したまでよ。力ある者が利権を奪い、リーダーとなる資格をもっているのではなくて?」
  ハッ、と吐き捨てるように彼女は笑った。
「僕としてはセンティーノの豚野郎が殺されようと首を吊ろうと知ったことではない。後釜になるのが豚よりマシなら利用するし、気の強い美人なら願ったりだ。売られた喧嘩に対しては全面抗戦の構えだが、今回はそうじゃないだろう」
  パムレードの肩を持ったトラフィカンテに、レクシズ老はやれやれと肩を竦め、プルチネッラは「あの色ボケめ…」と聞こえないような小さな声で愚痴った。
「ただの豪遊ならば問題ない。しかしそれにしては私達の縄張りで少々目立ちすぎだ。目立つって事は良いことじゃあないわね。それに生臭いのも問題よ」
「まるで警察気取りか、ミス・アレクト?いっそレディースでも率いてストリートでも裸で取り締まっちゃどうだ」
「警察?可笑しいわね。気取るなんて言葉が出てくるほど警察に夢を抱いてたなんて初めて知ったわ、パオロ。それに発想が情けないわ。自分の趣味を人に押しつけないでくれないかしら」
  罵り合いに慣れているのか、トラフィカンテとレクシズ老は苦笑混じりの溜息を付いた。このまま口げんかに発展しては適うまいと、ミストがパムレードの肩に手を置いた。
「邪魔になればギャロット9を出せばいい。その男の詳しい情報はコミッション扱いにしようじゃないか」
  トラフィカンテが葉巻の煙を吐き出した。残忍な笑みを浮かべながらぐるりと三人のボス達を眺めた。
「私情に走る、大いに結構。ただしその『ツケ』がどれだけでかくなるかを考えろ。儲かれば何をしても良い訳ではない。そのためのコミッションだ。
  そして、間違いだとしても噛み付いたらどうなるか教えてやればいいだけだ」
  話を纏められて、他の三人は頷くしかなかった。リーダーシップを取られるのは好きではないが致し方ない。
  それぞれ軌道が決まったところでお開きにしようと出口へ向かう中、暗黒街よりファッションモデルにでもなったほうがいいようなトラフィカンテのボスがパムレードの傍に近付いてきた。背後に控える銀髪に話があるようだ。
「ミスター・ミスト、どう思う」
「どうとは?謎の男の話ですか、貴方の決定のことですか」
「男の方だ」
  トラフィカンテは新しい葉巻を取りだした。指で玩びながら答えを待っている。
「愉快犯的ですね。外部の人間ならば脅してやればすむでしょうし、こちら側の人間なら始末した方が早いですね。どちらにせよ、ファミリーの一端に手をかけたんですから、その人物がそうとう大物でないかぎり生かしておくのは難しいのではないですか?」
「…ふむ」
「ですが、まだ証拠と人物特定が正確に成されていない。動くのならばその後でも大丈夫でしょう。構成員の皆さんに情報開示を徹底させる事をお勧めしますよ」
  入り口近辺で耳をそばだてていたプルチネッラとレクシズは、それを聞いてから室内をでた。
  それを見計らって、トラフィカンテが女ボスの針路を阻む。人好きする笑みを浮かべて、やや芝居がかったジェスチャーを加えながら、
「ときに、パムレード」
「何だ」
「ディナーを一緒にどうかな?」
  その手をとって指先に口付けた。

***

 どっかりと高級車の後部に座って、パムレードは舌打ちをした。
「彼、見送ってますけど、いいんですか?」
「出して頂戴!」
  ミストの笑い混じりの声が気に障ったのか、些か乱暴な口調で。運転手は幹部のひとりであり、スーゼラフは乗っていない。彼はこれから各幹部を呼びつけて、決定事項を伝えるのだろう。
「人柄は保証しますけど」
「貴方の知り合いの幼なじみだといわれても、信用出来ないわよあの若作りは」
  そういいながら、パムレードの耳が紅くなっていることをミストは知っていた。青春時代の甘い恋愛を味わう代わりに、彼女はミストと硝煙を吸ってきた。色恋には些か不慣れである。
  常に怒りを内包しているような彼女が、トラフィカンテと話しているとまるで少女のように見えてくるから不思議である。
  拗ねたようにシートに身体を埋めて、窓の向こうに目をやってしまったパムレードを苦笑しながら見つめる。短く整えられた黒髪と、ややつり目の漆黒の瞳。初めて出合ったときはあんなに幼さが残る彼女は、ミストと同じくらいの身長に育った。美人の部類にはいるだろうが、身体的性差などものともしない彼女の戦闘能力や度胸に、面と向かって彼女を『美人だ』と誉める男はいなかった。…いや、物好きだと噂される人物が一人だけいることはいるが。
  どうしても、この女ボスより背後に控える相談役へ目がいってしまう。華奢で中世的な美貌、汚れを知らぬような肌と髪を持ったミストはこの暗黒街で一際輝いて見えた。
「貴方は、恋人をつくらないのね」
  自宅へと向かう景色を眺めながら、からかいを含めてパムレードが聞いた。
  ミストはしかし、いつも苦笑を返すだけではぐらかしてしまっていた。
「最近思うのだけど、貴方もしかして既に売約済みなのかしら」
「…売約。そうですね」
「ええっ!嘘、ホント!?初めて聞いたわよ私っ」
  それには、うっすらと後部座席との窓に透き間を空けていた運転手も驚いた。思わずブレーキを踏みそうになって冷や汗を掻く。
「私は貴女の望みを叶えるように契約してますから、そういう意味では売約済みです」
  にこりと笑って返せば、パムレードは不満そうに半眼で睨み付け、浮かせた腰をシートに戻して足を組んだ。
  声を立てずに笑いながら、席を仕切るウィンドウに隙間があることを目敏く気付いたみすとがきっちりと後部席を密閉した。運転は真面目にやって貰いたいものである。
「貴方が私を見ている目は、親族に対するそれと同じよ。そういう意味では愛してるわ、ミスト。貴方は私の天使ですもの」
  でも、タイプじゃあないわね。笑いながらウィンクを飛ばした。
  パムレードは、ミストが色事を極端に嫌がることを知っている。無法なアダルトビデオやショーパブの査察を嫌がるほどではないが、自分に対して触れてくる不当な輩にはとてつもなく厳しい。だからといって接触アレルギーという訳ではない。複雑な事情があるのかと、彼女はあえて追求することはなかった。
「じゃあ、ジアンカーナなんてタイプじゃないですか?」
「ちょっと、止めてよミスト。どうしてアイツを引き合いに出すの」
  綺麗に整えられた柳眉を寄せて、パムレードが非難の眼差しを向けた。
「彼が本気だからですよ。ただ、性格の所為で誠意に欠けて見えますけど。ジアンカーナ・トラフィカンテは義理に厚いでしょう?」
「同じくらい冷酷だけどね」
「甘いだけの人間は組織のトップには成れません。彼はアレくらいで均衡がとれてますよ。敵に回すのだけは避けたい相手でもあります」
  それはパムレードも同感だった。しかし認めるのも癪なので、やっぱり彼女はそっぽを向いた。

***

 その知らせが入ったのはコミッションから一週間が経過する頃だった。
「…殺られた、だと?」
  電話を首に挟んだ彼女は、その内容に眉をひそめた。電話の主はスーゼラフだ。
『ちょうど15分前『ジャックハック』のプライベートルームで女達がみつけた』
「手口は?」
『似ているが、同じだとは断言しない。あくまでも、似ている。もう一つ厄介なことに、その場にもう一人いた。ローデリアだ。トラフィカンテの義理の妹の』
  ふむ、とパムレードは唸った。現状を片腕に任せ、ソファでくつろいでいるミストに無言で意見を求めた。
「別口、ですよ。モラゴットの髪は黒い。『例の男』に便乗した模倣犯です。ローデリアの地毛は知りませんけどね」
  分厚い何かの本を読みながら、ミストは告げた。
  ジャックハックとは、グライアイファミリーの縄張りであるエニューオ地区のメインストリートにある娼館兼ストリップバーの名前だ。そこの店長でありファミリー幹部の一人であるモラゴットという男が殺された。
  実は各ファミリーで同じ様な事件が頻発していた。『例の男』に関しての情報提供を強請させてから、模倣犯が増え始めた。敵の多い人物はここぞとばかりに似た手口で殺されていたが、コミッションに出入りする連中はしっかり知っていたのだ。
  『例の男』は、不思議なことに銀髪の人間しか殺していなかった。それが偶然か必然か見極めるにはあまりに情報が少なすぎたが。
  目撃者は確かにいるのだが、その証言が一様に使い物にならなかった。黒髪で黒い瞳、中年ではないが若い男というだけで、そいつがどんな顔でどんな人種なのかさえ記憶に残っていなかった。ただ、男が殺した人物は銀髪であるという事実だけだ。
  トラフィカンテから流れてきた情報で、被害者の写真を全部並べてみたら一目瞭然だったのだが、案外盲点であった。
「もう一度聞くわ、心当たりはないの、ミスト」
「……在りすぎて判断つきかねます。面と向かって私に抗議できない輩の反乱ですかね」
  銀髪の代名詞にまで成っている美貌のコンシリエーレは肩を竦めた。だがミストは、その手の変質的殺人者が自分を狙っているのではないと薄々勘付いていた。
  まさか。そんなことはないだろう…。
「何にせよ私がそいつと会えば話は解決しそうですけどね」
  ミストは皮肉げに笑いながら本を閉じた。

 移動中の宇宙船の中でルイはその通信を取った。艦長室で仮眠を取っている最中だった。こちらも二十年前と変わらず老け込んだりはしていなかったが、紅玉の瞳には年季が現れていた。
  外部通信の発信者は【MIST】。この船に軍の通信網以外の外部通信が割り込んでくるのを知ったら、他のクルー達はパニックに陥るだろうと考えて盛大に溜息を付いた。
「任務明けで愚痴聞く余裕なんかねぇからな。俺を起こすのに酒かセックス以外だったら他あたってくれ」
  早口でそれだけ捲し立てると、時差も雑音も混じらずに苦笑が返ってきた。
『アレクシスにそう伝えておいても構いませんが、そんなに長い話ではありません。貴方のもとに、ルイス・サイファーが行きましたか?』
「むしろ、旦那が俺の許可を得てこの世界に来たことがあったか?」
『では、あの人の気配を感じますか?』
  生きた人外魔境なんざ今の俺には関係ないと一蹴してしまいたかったが、ルイはぐるぐると唸りながら寝ころんだ。
「三週間前から俺はレカノブレバス外苑で特別任務だ。近付けばわかるだろうが、望みは薄いな。旦那が気配を消そうと思ったら見つけるのは難しい。アンタに解らなきゃ俺が解るはずもねぇだろよ」
  眠い、二時間しか余裕がないんだ寝かせてくれ。胸中で悪態を付きまくっていると、ミストがそうですね、と暗い返事を返した。
『御休中の所すみませんでしたね、もし万が一彼の気配でも察知したらご一報願います。成るべく、内密に…』
「気が向いたらな」
『そう言わずに、頼みますよ。―――これは、お礼です』
  では、と控えめな声が聞こえて通信が切れた。ついでみたいな簡単さでルイの身体から疲労が消えていた。
「くそったれ…」
  室内に虚しく響き渡った。
  生きた人外魔境と言うより、あの銀髪の力は『神様』じみている。同じ様なことが出来る人物に心当たりがあるが、そっちは良いとしてミストに同じ事をやられたくはなかった。他人の女にキスでもされたような気分だ。
「睡魔まで攫っていきやがったな…」
  純粋に眠りたかった。その欲求が綺麗さっぱり取り除かれて不快でしょうがない。これ以上俺に働けというのか勘弁してくれ。
  絶対に眠ってやろうと、ルイは椅子の背にかけておいた軍服を睨み付けてから、瞳をきつく閉じたのだった。

  

※レカノブレバス星人の人種は髪色で決まっています。
※コミッション、コンシリエーレはマフィア用語から。マーダーインクもまた然り。
ちなみに、ちらっとでてくる軍人ですが、彼のポジションはノイズフェラーと同じ所にあります。この世界は科学技術と広大な規模の人間と星の所為で、ノイズフェラーもミストもあまり勝手なことはできない制約があるですだ。それにしても、なんだかコミッションがお粗末だ…。
2004/09/12

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