5.死者伯の魔人(ビフロンズ)

Starved+Mortal

 其れは人外なるモノ。
 吸血王に使役されし生ける武器の一。
 零世界より湧き出る、不浄なる72泡の魔人。
 彼は死者の伯爵。死霊使いの達人(マスターネクロマンサー)。
 名を、ビフロンズと云う。

「ソレイモルンは、私の銃の仮所有者だ」
 メリアドラスは語り出す。
「その銃は零世界から迷い込んだ異界の魔人の一人。過去に私と戦い破れ、以後私の使い魔としている。意識もあり会話もできる。時たまひとに似た姿をとるが、私の支配下に下った時点で、これらは単なる私の手足だ。
 私以外の者に貸そうとも、その仮所有者がいなくなったときには私の元へ帰ってくる。姿は銃だがこれらは生きている」
 いなくなったときは帰ってくる……。言葉を反芻して、身震いした。だが、まだ信じられない。
「私がソレイモルンに会ったのは四一年前。メフィストやウィラメットは知り得ぬが、私は何かに惹かれたように『下界の門』をくぐった。ちょうどそこで出会ったのだ」


***


「死にに来たのか、人間よ」
 馬上の人影は矢で狙いを定めたまま、ぴくりとも動こうとしなかった。
「そんなもので射掛けられようと私は死なない」
 しばらく睨み合っていたが、その人間は殺気を解いて馬から下りる。そしてそのまま怯えもせずに近づいた。  
「真昼に行動する吸血鬼を初めて見たぞ」
 その男は大口を開けて笑った。木漏れ日に光る橙色の、短く刈り込まれた髪と黒曜の瞳が印象的だ。人間と敵対する生き物の前で、妙に明るく振る舞う男はただの馬鹿なのか、それとも肝の据わった強者なのか。
「お前さん、相当強い吸血鬼だな。仲間をやられた復讐か?それとも食事にでも来たのか?」
「人間に狩られた弱い魔物など知ったところではないし、お前は私の好みではない。私を呼ぶ声が聞こえたから来ただけだ」
 青年の雰囲気が残る顔は整っているが、日に焼けた逞しい腕と相まって精悍さが表に出ていた。
「俺はよんでないぞ」
「そのようだな」
 気のせいだったのだろうか、いぶかしんで背を向けようとしたとき、男が呼び止めた。
「帰る前に一つ聞きたい。お前さんの国は第三世界かい?」
「お前は階層世界を理解しているのか」
「まあな。俺だけかもしれんし、もしかしたら他にも知っている人間がいるかもしれない。だが、俺の親父は第三世界から来たと言っていた。もう死んじまったがな」
「残念だがこの門の向こうは第一世界だ」
 その言葉を聞いて肩を落としたようでもなく、男は飄々と返事を返した。
「そっか。じゃあ、また他を探すかな。情報ありがとよ」
 ひらひらと手を振って背を向ける。恐怖心を微塵も見せない背中に言葉をかけた。
「吸血鬼に背を向けるとは度胸が据わった人間だ」
「お前さんは俺を殺す気なんかねーだろ。目を見りゃわかるぜ。じゃあな」
「………待て。剣と弓だけで階層を越える気か」
「あとは俺の度胸かな」
 首だけで振り返り、にやりと笑った。
「剣と弓より強い武器を貸してやる。用が済んだら返しに来い」
 恐れを知らぬ人間に、興味が沸いた。
「ぁあ゛?オイっ、なんだよこれ」
 放り投げられた青白い筒型の物を受け止めて、男はまじまじとそれを見た。
「『銃』だ。そんな形でも生きている。名前はビフロンズ。念じてトリガーを引け。気まぐれだが呼びかければ返事くらいはするだろう」
「お、おう。まあ、借りとこうかな」
 複雑そうな顔で言いながら、革のベルトにはさめた。そして、今度こそ最後だとでも言うように、後ろ手で軽く手を振った。
「お、忘れてた。俺はソレイモルンだ。ソロモンでもいいぜ。お前さんは?」
「私はメリアドラス。吸血王と呼ばれている」
 その会話を最後にお互いは元来た道を戻っていった。


***


「ビフロンズが私の元へ戻ったのは7年前だ」
「七年前……」
 俺を置いていったのは十年前。なら、三年間は生きていたのか。
「嘘じゃないと、どれくらい信用できるんだ……?」
 か細く震える声で尋ねる。
「私は、お前に嘘をついたことはない」
 揺るぎなく言い切ってメリアドラスはため息をついた。
「信頼がおけるには、過ごした時間が短いか?どうしたら私を受け入れる?」
「…………」
 信用していないわけではない。信じたくないだけだ。
 応えもなく無言でうつむくと、メリアドラスは俺の髪を梳きながら頭をなでた。ソロモンと同じ事するなよ…。ガキなの、もう判ってるからさ。
「忘れろとは言わない。哀しむなとも言わない。だが、囚われすぎるな。お前のどんな我が儘でも喜んできくが、心を閉ざされると入ってゆけない」
「………」
「お前は一人ではない。私はそばを離れない。何度でも教えてやる」
 優しく抱きしめて、唇を頭に押しつけたまま静かに話す。  
「支配ではない束縛で、強制ではない呪縛で、お前を縛ろう」
「………何だよ、それ…」
「愛している」
 身体と心にダイレクトで響いてくる。そんなことを言われたのは、何年ぶりだろうか。 ソロモンは、二度と帰ってこないかもしれない。あの頑丈なオッサンが死んだなんて信じられない。だが、認めなくてはならないかもしれないくらいに、時の流れは残酷だ。
「カグリエルマ」
 愛おしそうに呼ぶ声が、幾分気を晴らしていく。
「…ひとがヘコんでるときに口説くか?このタラシめ」
 くつくつと喉の奥で苦笑いをもらす。ほんとに、優しくすんなよ。甘えちまうだろ。
「やっと笑ったな。その方がいい」
 口よりも乏しい表情のメリアドラスが笑んだ。そして、耳元で低く囁く。
「愛してる、カグリエルマ」
 昔からずっと使われてきた言葉。陳腐で、言われるたびに心の中で嘲笑った言葉。俺からは一度も言ったことのない言葉。ただ一人を除いて。
 ため息を一つついて、俺はメリアドラスに身体を預けた。
「恋愛感情じゃ、ないかも、しれないぜ?」
 苦笑に混じり、正直に打ち明ける。恋愛って何?愛してるって何?知ったかぶりはできるけど、俺は、本当の意味を知らない。
「抱かれたら、判る。お前は抗えない」
「大した自信だな」
 皮肉っぽく鼻で笑う。
「ホントに、落とせるかねぇ?」
「私は嘘をつかない。お前の問いに答えてやる」
 紅玉の瞳が、陽炎のように妖しく光った。
「………全ての感情を引きずり出して、懇願するまで堕としてやろう」

 何処へ?

  

このほかにメリーは3〜4人の魔人を使役しています(推定)

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