13.愚問と蘭契と宿酔と

Starved+Mortal

 何時も無口な奴が饒舌になるとき、ろくなことはない。
 不服ながら俺は学んだ。

「………ぁ………」
 一度も触られていないのに、秘部への刺激だけで中心に熱が集まっていた。メリアドラスはそのことに何も言わないが、まさか気付いていないというわけではないだろう。
 羞恥心で頬に朱が昇る。心底悔しいが、理性はもう紙のように脆い。
 何本かに増やされた指でそこを掻き回しながら、奴は喉の奥で愉快そうに唸る。
「も……い…加減、……やめろっ……!」
 快楽と屈辱で泣きそうになるのを堪えて、何とか言葉を放つ。ともすればすぐに喘いでしまいそうで、ぼろぼろになった理性を何とか手繰り寄せた。
「何を怖がる?」
 くくく、と愉悦に笑う。
「愛していると、何度囁いたか覚えているか?」
「……んんっ……は、…ぁっ……」
「お前が堕ちる先はこの私だ。他の者ではない。この、私だ」
 獣のように低く唸って、メリアドラスは青いボトルに口を付ける。飲み干すわけでもなく、口唇は下肢に降りてきた。
 少しばかり腰を抱え込まれ、遮る物もなく眼前に曝された秘部に、メリアドラスは口唇を寄せる。
「……や…めっ……!!」
 拒絶も聞き入れず、口唇から体奥へと液体が流し込まれた。
「…っ…あっ……てめ、何……入れっ………んん!」
 奥へ奥へと染み込むような熱が下肢から広がってくる。口唇を離し、すぐに指で蓋をするように押し入れる。一度では終わらずに、何度も何度も冷たい液体が体内へと侵入した。時折、指とも違う温かい物が体内に触れ、その浅い刺激にびくりと背がしなった。
 水と言うには固い液体の正体など、考えるまでもない。
「これでも、酔うことはないか?」
 ボナパルトの空瓶を転がし、メリアドラスは口を拭いながら笑う。
 下肢から広がる熱は、指先までゆっくりと広がってくる。
「……あつ……い……」
 吐く息さえ熱を持ったようだった。やり過ごそうとする理性も見つからず、血液に乗って体内を巡る、震えるような熱い情欲。
「口で飲むより、効くだろう?」
 零れ出さないように指で塞ぎながら、太股の内側を緩く噛む。
「あっ……んん……」
 些細な刺激でさえ、全身に広がる快感へと変わった。緩く頭を振るが、三半規管がイカれたかのように目眩がした。
 ヤバイ……。
 自覚はあるが、何も考えられない。生まれてから、酒に酔うことなど数えるほどしかない。その時でさえ、端から言えば酔った部類には入らなかった。しかもこの身体を奥から焦がすような酩酊感など、単に酒を飲んだだけでは感じるはずもない。
 初めて感じた開放感に、心地よいと同時に恐怖さえ感じた。
「もう少し早めに試しておけば良かったな…」
「いっぺん……っ……死ねっ!!」
 そう独り言をもらしたメリアドラスに、なけなしの怒りをぶつけた。
 自分の理性から離れていく感情―――欲情というべきか―――が手に負えずに暴走しそうで、いい加減この中途半端な状態から抜け出したいと願う。
 責め苦のような淫猥な指の動きに、耐えきれずに固く目をつむった。脇腹をなでる爪や、所々きつく吸い上げる口唇の全てが快絶だった。
「……も……無…理…」
 酔って混乱する頭では、ろくなことが言えない。
「…用件があるなら聞くが?」
 しれっとほざくメリアドラスは、その時初めて俺の中心に触れた。
「……ぅん……ぃっ……あああっ!」
 それは触れたと言うにはいささか強い。根本を握り、明らかに射精を妨害している。それだけではなく、ねちゃりとわざと卑猥に音を立ててほぐれた蕾から指を引き抜いた。
「私にどうされたい?」
 はっきり願望をさらけ出しそうになったが、息を飲んでそれを止める。無言で荒く息をつく俺をどうとったのか、メリアドラスはその縁にそって意地悪く指でなでた。
「…ひ…ぁ……あっ……やぁ…」
 解放が間近だというのに、それが叶わない。快感が嵐のように全身を駆けめぐっている。
 本当に、限界だ。これ以上、持ちそうにない。……マジで、泣きそう。
「愛している、カグリエルマ」
 愛おしそうに耳元で甘く囁いた。口調が少し上擦っているのは、メリアドラスも我慢している所為だろうか。
 こんな時に、それを言うか!?そう言われれば許してしまう自分が、あまりに愚かしく思えた。だが、今はそんなことなどどうでもいい。
「私以外に触れさせるな。お前は私のものだ」
「……っ……」
 瞳を開けると、真摯な視線を向ける赤い双眸が目の前にあった。メリアドラスの視線とは対照的に、さぞ自分は媚びているだろう。目元が潤んでいることを自覚したが、どうすることもできない。
「この私が嫉妬しているのは、お前だからだ。お前に触れる者を、私は許さない」
 その狂気のような感情を、愛というのだろうか。
「ちょっ……こ…わ……」
 自然と口から漏れたのは紛れもない本心。まばたきの拍子に目尻を濡らしたのは何だ?
「怖い、か?私は何時もそうだ…」
 苦笑して眉根を寄せるメリアドラスは、俺の目元に口唇を寄せた。
「メ、リー………」
 メリアドラスでさえ怖いのか、と思う。恐怖こそが、愛。好き嫌いでくくれる代物ではない。一生の生を懸けて高貴にそして孤高に贖う。同族殺しが罪だと言うのならば、この相手以外は滅ぼしてもいいと思える狂気そのものも十分に罪。
「愛……して…る…」
 酒で泥のようになった頭でもわかる。難しいことは必要ない。これだけが真実。縛られて泣かされてこんな異常な状況でも許せる事実。
「…いい答えだ」
 聞こえるか聞こえないかの囁きは、それでもメリアドラスに届いたようだ。
 満足そうに微笑んで身体を少し引き、躊躇無く自らを埋め込んできた。圧迫感に息が詰まったが、ワインと手淫の所為で十分軟らかくなったそこに痛みは感じない。
「……んんっ、…あ…、……ぁあっ!」
 手首と根本を拘束され、縋ることもできず喘ぎを押さえることもできない。探るようなだが激しい律動が早鐘を打つ鼓動と重なった。
 汗で張り付いた髪が邪魔くさい。
 エラの張った固いものが出し入れされるたびに濡れた音を立て、前立腺を押し上げて腸壁をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
「やぁっ……ああっ…ん…ぁ……あ、つ……!」
 酔いと交合の熱で下肢から溶けていきそうだった。
「確かに……熱いな…」
 腰の動きとは正反対に掠れた静かな声が耳をくすぐる。
「それに、なかなか具合もいい」
 言いながら立ち上がった俺の先端、解放を待って滴で濡れた敏感な部分を指で刺激した。
「あああっ………!!」
 目の前が白くなるような快感を肌に植え込まれて、短く悲鳴を上げる。堰を切ったように頬を伝う涙は、快感から得る生理的な涙。もう何年ぶりに泣いたか忘れたが。
 激しく揺さぶられて、縫い止められた手首がぎしりと音を立てる。自らの意志に反して締め付けてしまうと、自分を犯すそれを体奥で認知してしまう。浮いた血管や、幹の堅さ、卑しい粘着音を放つ皮膚の摩擦。酒の所為でいつもより敏感な体内は、今まで感じた以上の快絶を伝えてきた。
「メリぃ……、メ…リー………も…限…界っ……!」
「泣いて、懇願されるのも……悪くないものだ…」
「…ぃっ…んぁ、あ……ああ!」
「だが、まだ足りないだろう?」
 体内で大きさを増した楔は敏感な壁に密着し、嬌声を上げる自分を抑えることもできず、聞こえるのは荒い吐息と自分の鼓動。
 恍惚と感じるにはいささか獣じみた交わり方で、何度も名前を呼ぶと、メリアドラスがかじりつくように口付けを返した。くぐもった嬌声をあげながら、大きく広げられた足が快感で痙攣する。
 本当に限界だ、と涙で潤む瞳で無言の懇願をすれば、メリアドラスはほんの一瞬だけ優しく微笑み、やっと押さえつけていた手を離した。打ち付ける激しさは変えずに、凄艶に俺を追い込む。
「―――――――っ!!」
 悲鳴は声にならなかった。待ち望んだ解放をうけ、心より先に身体が歓喜する。欲望を放って、きつく締め付けた体奥に熱を吐き出された。鼓動に添うように何度も。


***


 荒い息をつきながら、暫し放心したように何も考えられなかった。あまりのことで脱力した身体に、頭上の両腕が痛んだ。
「…………壊れるかとおもった…」
 乱れた息の合間に何とか言葉を漏らす。酒からくる目眩はさっきより酷く感じた。
 メリアドラスは何も言わないまま、上半身を起こして眉を寄せる。繋がったままの身体では、少しの振動でさえ体内に響く。
「………なに?」
 見つめる先は俺の首筋。
「……悪かったよ。でも、ウィラメットをどうにかしようとは考えるなよ」
「まだ判らないのか?私はお前に触れる者を――――」
「判ってるって。ただあいつは、お前のことを理解して愛してるみたいだからさー。思惑があってやったんじゃないかと睨んでいるわけだがね」
 俺の言葉を聞いて酷く嫌な顔をし、それでも軽く溜息を付いた。そして、やっと俺の両腕を解放しにかかる。
「……んっ…。あんまり、動くなっ!」
 繋がりを解かぬまま軽く揺さぶられるようなかたちになり、考えてもいないのに下肢が甘く疼いた。
「お前に免じてウィラメットを殺さなくても許してやるが……」
「うん?」
「愛しているのは、確かに私だな?」
 言われた台詞に面食らった。
「それって確かめるようなことか?俺はお前を愛している。側にお前が居ないのなんて考えられないくらいにね」
 すらすらとこんなことを吐けるのは、自惚れているからか酔っているからか。メリアドラスは小さく驚き次の瞬間破顔した。
 そのまま食らいつくように首筋に口唇を這わせ、息が続く限り強く吸い上げる。
「んんっ…、ちょっ………動く…な、…って!」
 深い部分を押し上げられて、堪らずに声が漏れた。メリアドラスが放った精とワインのおかげで、媾合した部分がくちゃりと粘着音を漏らす。自由になった両手でメリアドラスの肩を押し返そうとしたが、酒が滲みた身体では上手くいかなかった。
 やばいだろ!何か今すっげーお前が好きなのに、そーゆーことされるとソノ気になるっちゅーの!男なんだからさあ!
「私はまだ足りない。先程『壊れそうだ』と言ったな。今度は壊してやろうか?」
 熱を込めて囁かれ、身体が震えた。首筋が熱い。頭も怠い。揶揄するように軽く揺すられ、無意識に締め付けるとメリアドラスが固くなり始めたのを直に感じた。
 困ったな…。マジで欲しくなりそー。
 だが、欲望をそのまま告げてやるのは癪だ。
「せめて場所を変えろ」
 その一言が俺のせめてもの抵抗。

 気が付くと柔らかなベットの上で、俺は倦怠感を吐き出すように溜息を付いた。自分でベットに入った記憶はない。
「…………頭痛ぇ」
 口の中で呟く。
 酔った勢いで何ちゅーことしたんだよ、俺……。
 ワインセラーから出た後のことを断片的に思い出して、恥ずかしいよりも呆れが先に立つ。記憶は風呂で途切れている。あいつ、なんで枯れないんだろう…、魔物だからか?
 後頭部に深い呼吸を感じて寝返りを打つと、驚いたことにメリアドラスが寝ていた。彼の寝顔など初めて見たので、かなり面食らう。
 長い睫毛があり得ない月光の影を落としている。整った顔に漆黒の髪が流れていて、その凄艶な美貌に見取れた。
「なんて顔してんだよ……」
 こんなの誰かに見せられるか。まったく女性的ではないが、その艶やかな容姿にはぞっとする。だが、ふと生きているのか疑問に思う、そんな危うさがあった。
 悪戯心が芽生えて、俺はメリアドラスの鎖骨に口唇を寄せる。固さを確かめながら、体温を感じて、彼が確かに生きていることを再確認した。そのままきつく吸うと、メリアドラスがぴくりと肩を揺らした。
「何だ?」
 くぐもった低い声を頭上で聞いた。
「……仕返し」
 その一言を漏らして、枕に顔を埋める。もー、いい加減げんかいだー。
「どうした?」
「お前、『どうした』はないだろ。いっとくけど今日は絶対起きねーからな」
 殴られたような頭痛と吐き気が覚醒した意識に鞭を打つ。
「俺の面倒はお前が見ろよ」
「……喜んで」
 嬉しそうな苦笑を浮かべ、メリアドラスは俺に口付ける。その濃厚な甘さに、くらりと目眩がした。
 窓の外は闇。それは全てを染め抜く漆黒の顎。
 だが恐れはしない。俺の近くに愛すべき体温がある限り。

  

一部書きたいことを言葉にできなくて歯がゆい思いをして書き直したが結局どうしようもなかったなー。
美人度でいえば、メリーの方が美人なんだけどねー…。 絶世の美人がカグラだとしたら、絶世の美形がめりー。

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