14.少女の歌 "Be still my Heart."

Starved+Mortal

 メフィストがピアノを弾いている。
 小さな細い指が軽快に鍵盤を弾き、広い室内に様々な音を反響させた。
 曲は…そう、酒場の歌姫が色気たっぷりに歌うような、そんな曲調だ。アグライアの下町、ハンター御用達の酒場なんかでよく歌われていた。美人ではないが魅力的な声と身体の女が、赤い爪で男達をからかいながら歌っていたのを思い出す。
 美少女メフィストとはまったく正反対な曲だが、何故かしっくりと合っていた。
 だらだらとウィスキーを飲みながら鼻歌を歌っていた俺だが、いつの間にか慣れ覚えた歌詞を口ずさんでいた。

 
わたしと同じ大きさの想いを望むのは酷かしら
量れないことなんて知ってるわ でもわたしはとても臆病なの
あなたはわたしだけを見て わたしだけを感じて わたしに溺れるといいわ
何ならはっきりさせてちょうだい 曖昧なのは嫌いなのよ
愛していないのなら あなたなんていらないわ


「ずいぶんな唄じゃの」
 幾分抑えめに弾きながらメフィストが苦笑した。
「そうかー?」
 カウチから片足をぶらぶらさせ、天井を仰ぎながら言葉を返す。
「俺は結構好きだけどね。ああ、そうだ。この曲、深夜が近くなるともっと色っぽくなるんだよな。歌詞が。……聞きたいか?」
「聞きたいが…」
 返答はメフィストではなく、低い男の声だった。声の主は部屋の入り口にたたずんでいた。
「なんだ、メリーか」
「何だとは随分な扱いだな。……どうした、歌うのだろう?」
 俺の足をどけてメリアドラスがカウチに座った。低いテーブルから削った氷をグラスに落とし、ウィスキーをそそいでいる。
「しょうがないからわらわも聞いてやろう」
 何処か含みある笑みを浮かべながらメフィストが鍵盤を叩く。
 なんとなく気分が良くなって、俺は軽く音を乗せる。


わたしと同じ大きさの想いを望むのは酷かしら
あなたの全てを知りたいの 怖くなんて無いわ 全て脱がせてあげる 
あなたはわたしを探って わたしの知らない所まで もっと奥までずっと
何なら好きにしてちょうだい 激しい方が好きなのよ
その素敵な声で 愛してると囁いて欲しいわ


「いかがわしいのぉ!」
 背を仰け反らせてメフィストが爆笑した。笑いの所為で曲のテンポがいきなり乱れる。
 メリアドラスも鼻で笑った。何処か苦笑に近かったが。
「笑うトコか…?」
「いや、おぬしが唄うと、あまりにミスマッチじゃからな」
「そりゃー、俺だってナイスバディーの姉ェちゃんに唄って欲しいっつーの!」
 怒鳴ってグラスを一気に傾けた。
「私はお前で十分だ。自制心を総動員している」
「……なんだそれ」
 明らかに変な無表情でつぶやくメリアドラスをじとっと見つめながら、美しい旋律に変わり始めたメフィストの奏でる音に耳を傾ける。
「わらわの様な乙女の前でいかがわしいことをするでないぞ。我慢ができないのなら場所を変えてたもれ。この部屋を変なモノで汚したくないのでな」
 口の端をつり上げて言うメフィストの言葉に、俺たちはぐうの音もでなかった。

 
***


 黙って酒を飲んでいた俺たちだったが、結局メフィストの「気が散る」の一言で部屋を追い出されてしまった。
 メリアドラスの部屋へ戻ってきてもこれといってやることはない。だが、壁に掛かる白い銃を見るたびに小さくため息が漏れた。耳ざとくメリアドラスが振り返り、静かに俺を見つめる。
「何?」
「それは私が聞きたい。最近その溜息をよく聞く」
 俺を気遣うその瞳。
「何でもない。いや、別に隠してる訳じゃねーよ。ただ、これは俺の問題なんだ。大丈夫。お前がそばにいてくれるから、かなり楽」
 釈然としないまでも、メリアドラスは深く追求しない。
 空を見上げるとすこしづつ月が満ち始めていた。漆黒の雲の間から一点の汚れも受け付けない、高潔な光が下界を照らす。
 そこら辺のクッションを適当に拾って、俺はテラスに座り込んだ。少し肌寒い風が、結んでいない髪を遊ばせる。
 分厚い本を片手に、メリアドラスは俺のそばに座った。しなだれる、とまではいかないが、メリアドラスによしかかると少しは気持ちも軽くなる。

『あれで生きているとすれば、それは奇跡だ』

 銃(ビフロンズ)の言葉を思い出す。
 実はメリアドラスのいない時に、俺は壁に掛かるあの白い銃に話しかけてみた。口には出さないが、銃にふれて思考で聞いた。返答を返さなかったそれに、いい加減いらいらし、なかば脅すように問いただすと、返ってきた言葉がそれだった。
 叔父貴は……死んだのか。
 以前メリアドラスに言われた時は、正直信じられなかった。信じたくなかった。正体もよくわからない魔人の言葉など嘘かもしれない。死体を見るまでは信じられない。だが、十年間音信不通なのはおかしい。
 目の奥が急に熱くなる。この数日やたらと我慢していた感情も、ついに限界のようだった。
「………メリー。ちょっと…泣かせて」
「好きなだけ泣け。私が受け止める」
 ついに雲が月を隠し、一面に闇の帳を冷えた雨と一緒に落とす。子供のように声を上げて泣くことはなかったが、止めどなく流れ落ちる涙を拭うことはできなかった。メリアドラスの広い胸に顔を押しつけて、俺は無言で縋り付く。
 肩を抱いてくれるその腕が、ひどく優しくて安心した。
 雨が騒音を包む。声も鼓動も、後悔も――――。 


ずっと一緒だったあなたは もう私のそばにいないけれど
おいて行かれるのはつらいけれど 一人になるのは淋しいけれど
あなたが残してくれたものは多いわ 大丈夫すぐに会える
これはそう あなたが唯一教えてくれたこと
『だれよりも 君を 愛す』


 雨音にさえ消えない少女の声が聞こえる。柔らかなピアノの伴奏とともに、メフィストの透き通る幼い声が空にしみてゆく。
 メリアドラスが俺の腰を引き寄せて抱きしめる。手放さぬ様に力強く。
 冷えた体に火がついた。
 この男を放したくない。逃がしたくない。俺に溺れさせたい。命がけで愛したい。
「……メリー…」
 掠れた声で呼ぶ。
「何だ」
 よどみのない声で答える。
「全部あげるから、俺を欲しがって」
 血も肉も魂も。
「お前の意志に関係なく、私はお前のすべてを奪う」
「………うん」
 顎をつまんで上向かせ、啄むようなキスを繰り返す。
「縛り付けて、欠片無く喰らい尽くしてやる。お前が望むのなら」
 その瞳は灼熱も同じ。漆黒の髪は深い混沌。この身を埋める、息付く暇もない感情。
 無性に欲しい。身体は、確実にその気。ったく、男ってこういうときしょうもねーな。 なんて誘おうか、考えて止めた。今日くらい、いいだろう。
「……カグラ?」
 返答は返さず、上着とシャツのボタンを一つずつ外していく。男の性感帯なんて考えたことも無いが、俺を啼かせられるくらいだ、メリアドラスにできて俺にできないはずがない。
 わざと音を立てるように舌で肌を愛撫し、だんだんと唇を下へ降ろしていった。どこで何をやったのか知らないが、無駄な肉が付いていないメリアドラスの胸や腹は意外と引き締まっている。よく考えたら、こいつの身体って、しっかり見たことねーんだよな。
 俺とは違い、傷一つない肌を舐めながら、空いた手を胸へ這わせると、メリアドラスは薄く笑った。
「……どうせなら」
 紅玉の双眸を細め、俺を正面から見据える。犬歯の覗く唇を耳にぴたりとつけ、低く悪戯めいて俺に告げた。
「その口で奉仕してみろ」
「は……?」
「できない、とは、言わせん」
 かり、と耳朶を噛まれ、背筋に震えが走る。
 できなくは……ない、と思う。いや、どうだろう。
 しどろもどろと視線を宙にさまよわせていると、メリアドラスは溜息混じりに笑い、雨を避けるように室内に俺を連れて行った。
 背もたれの高い椅子に一人深く座って、試すように俺を見上げる。
「座れ」
 顎で床をさされて、とりあえず大人しく従う。
「何でこうなるかなー……」
 素朴な疑問を口にした俺を、メリアドラスは見下げる。口元には王者の笑みを浮かべていたが、特に気にならなかった。
「乱暴にされたいのだろう?顔に書いてある」
「なっ……!」
 何言ってんだコイツ!反論しようと口を開きかけたが、何て反論する?悔しいが、嘘じゃないんだよ、メリーの言ってることは…。ホント、不安定だな、俺。
「カグラ、口を開け。それとも無理矢理咥えさせられたいか?」
 その饒舌さに、いっそ腹が立つ。
 メリアドラスの足の間に座り、見下ろす視線に強要され、俺はやっとで口を開いた。
「いい子だ」
 うわ、ムカツク。てめ、ガキみたいな顔して何をほざくか!
 言ってやろうとしたが、いきなり口内に進入したそれに阻まれて、虚しく呻いただけだった。
「……んっ…、く……」
 とっさに目を閉じて、苦痛をやり過ごす。こんなの、正視できるわけないだろ。いつものように蝋燭で光源は豊富だし、なにより…俺が舐めてるものって…ねぇ?
「歯を、立てないように」
 くつくつと喉で笑う低い声を頭上で聞きながら、俺は少し顔を引く。粘着質な音を立てて、唾液が糸を引いた。
 ………へんな味。女ってけっこう大変ね。
 思考の隅でそんなことを考えながら、堅くなりつつあるそれに指を這わせ、先端を軽く舐める。
 嫌ではないが、羞恥心はある。痛いほど見下ろす視線と、瞼を閉じていても判る周囲の明かりの所為で、未だに凝視できずにいる。…別に見なきゃいけないものではないが、見なくては判らないこともあったりするので、そろそろ覚悟を決めなきゃいけないかな、とも思う。下手だと思われるのはプライドが許さない。
「んあっ……!!」
 逡巡の隙をついて、いきなり乱暴に押し込められた。咽の奥まであたって結構、いやかなりつらい。涙目になりながら、不意に瞼を上げてしまった。
「…んっ…っ……んん……ぅ……」
 何度か揺すぶられて、くぐもった声が漏れた。悔しくて、先端に軽く歯を立てる。加減をすれば、刺激は舌だけとは限らない。
「……ほう?」
 だんだん質量の増すそれに、できるだけ懸命に答えながら、敏感な箇所を探っていく。冷静なメリアドラスの声が癪に障る。
 それにしても、体格差なのかどうなのか、いつもこんなものを自分の体内に入れていたのかと思うと、何ともいえなく悔しい。俺だってそう捨てたものじゃないと思うが……やっぱり、体格差か?手とか足とか身長とか、兎に角俺より一回りでかいもんな、こいつ。
「無駄なことを考えずに、しっかり咥えていろ」
 いいざま何度か突き上げられて、意識を引き戻された。
 どこか滑稽かと思えるほど、何度も上下に舌を這わせ、先端の割れ目を刺激し、時に甘噛する。裏筋を舐め上げ、きつく吸う。形とか、熱さとか、固さとか……覚えそう。
 メリアドラスの言葉は俺にとって屈辱的だが、後頭部を撫でる仕草はあやされている様に甘く優しい。だがたまに、解けた髪を掴んで無理矢理咽の奥まで突き入れられた。
「…っふ……は…」
 さすがに…くるしっ……。
 ろくに息も付けずにいる俺に、愉悦を帯びた唇で愉快そうに囁く。
「口と顔のどちらに出されたい?」
「っんん゛!?」
 あんまりな科白に、俺は本気で奴を睨み付けた。視線で人が殺せたら殺してやる!こっちだって顎疲れんだから、途中で止めちまうぞ!?
 しかしメリアドラスは飄々と、全く悪びれもせず俺を見下げる。鼻で笑って突き上げてきた。苦しくて瞳を閉じてしまったが、その合間に見たメリアドラスの双眸は明らかに欲情に燻っていた。どんなにサディスティックに振る舞おうとも、その瞳は雄弁。
「ん…ん…あ゛……んんっ、…ふ…」
 段々と激しくなる出し入れに、メリアドラスも割と限界なのか、と思う。唾液と先走りを飲み込めなくて、混ざり合った生暖かい体液が顎をつたって胸元まで滴る。 
 俺が健気にも奉仕してやってるのに、なんか、こっちがヤられてる気がするんだが…。
「カグラ…いくぞ」
 メリアドラスは俺の後ろ髪を掴んで顔を上向かせると、いきなり口腔を犯すそれを引き抜いて、訝しがる俺の顔に熱い精を吐き出した。
「!?」
 突然の暴挙に混乱する俺を後目に、無理矢理口を開かせて再度高ぶったままのそれを咥えさせる。そのまま二、三度突き上げられて、口内に熱いものが流れ込む。
「んんっ…ん――!!」
 苦しくてむせ返り、口を放そうとする俺の髪を掴んだまま、メリアドラスは軽薄に言う。
「吐き出すな、全て飲め」
 上向かされて辛いのに、口内に溢れる精液の所為で息もできない。押さえつけられている以上、飲み込まなければ息はできない。
「……ぅ…く…」
 悔しくて目が潤む。一度では叶わず、何度かに分けて飲み干すと、やっと解放された。

「………はぁっ」
 床にぺたりと座り込む。ちょっと、放心してたかもしれない。いやしていた。
 顔をつたうものは、さっきとは打って変わって冷たく流れる。汚された口元を拭うと、屈辱からか涙が零れた。……ひどすぎ。
「……いい子だ」
 俺を憤慨させた言葉をもう一度言い、椅子の肘掛けにある何かの布で俺の顔を拭う。
「…………………変態」
「そうか?」
「…………………鬼畜」
「否定はしない」
「…………………お前なんか嫌いだ」
「……それは困ったな」
 瞳を細めて苦笑し、俺をあやす様に膝の上に抱き上げられた。初めて経験した暴挙に、ショックで抵抗する気力もない。
「八つ当たりだということは認めるが、謝る気はない」
 上着とシャツがはだけたままのメリアドラスは、やはり苦笑しながら俺の瞳をのぞき込む。
「生老病死の概念は判るが、それが存在しない私に権利はないかもしれない。いや、だからこそか。お前の中の死者にまで嫉妬してしまう」
「………気付いてた?」
 死者とは、即ち俺の叔父、ソレイモルンのこと。……せっかく忘れたのに。あー、そうか。メリアドラスを利用して一瞬でも忘れようとした俺に、コイツを責める資格はないな。
「使い魔(ビフロンズ)は私の一部も同じ。使役していて判らぬことはない……だが」
 言い淀んだ先を急かすように、俺は見つめ返した。
「強引さを望んだのはお前だろう?もし不満ならば、私の嫉妬深さを把握していなかった自分を恨むのだな」
「……うん。悪ぃ」
 お前を利用して、それとソロモンを忘れられそうになくて。
 うつむいて呟きながら、微かなピアノの旋律を耳でとらえた。

   『だれよりも 君を 愛す』

 間違いはない。偽りもない。

  

ERに同じタイトルの話がありますが、内容は似てもにつかない物になりましたね(笑)。このときのERはマジで面白かったなー。
Be still my Heart=誰よりも君を愛す という翻訳されてました。使いたかった。
顔か口か迷ったあげく、「両方やろう」と決めてしまう私が問題。

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