VSeI -Intermission - vol.2.1

Vir-Stellaerrans Interface

 リヴェルタリオ級巡洋艦リエージュオは、レカノブレバス銀河系第八惑星周辺を航海していた。
  リエージュオの乗組員に与えられた任務は、AUGAFF銀河間通信無人浮標施設のメンテナンスのため。殆どお飾りに近い護衛の兵士を含めて八名の検査員を施設へ送り届け、通常航星海路の警戒巡航の後、彼らを拾ってセントラルスフィアへ帰還するという至極簡単な物だ。
  この星海路の犯罪発生率は低い。主星レカノブレバスへの交通路とするには遠く不便で、航路上に目立った商業惑星の類も、銀河移動門も無い。それでも日に数隻の民間機が抜けていくので、密輸入等の犯罪行為で扱うには目立ちすぎる。銀河の外苑もいいところだ。
  十五日の日程は既に半分に差し掛かっていた。そろそろ施設へ置いてきた人員を回収に向かう時期だ。
  娯楽も戦闘の緊張も無い任務と、変化のない星の海を眺める事も飽きてきたリエージュオの乗組員達は、施設からの定時連絡を待っていた。
  だが、予定時間を過ぎて幾ら待てども、通信機は無言だった。

 

***

 

 リエージュオが出港する直前に遡る。

 通常訓練を終えたガブリエーラ・ギブリル大尉は、シャワー室で汗を流した後にSOACOM司令部作戦司令室に戻ってきた。第二シフトのメンバーは取り立てて変化もなく、いつも通りの仕事をしている。
  彼女は情報官ではないので専用のデスクというものを持っていないが、部屋の外側に位置するコンソールの椅子に座ってコンピューターを起動させた。
  パーソナルコンピューターという物は必要ない。ログイン用のIDとパスワード、さらに生体情報さえ入力すれば、どのコンピューターを使おうと自分の個人領域へアクセスすることが出来た。
  ワーキングソフトを起動させて訓練終了にチェック。続いてメールソフトを起動させ、私用の返信をいくつか。呑み会の誘いをどうしようか迷ったので、画面を開いたまま思案。
  ガブリエーラの周りには、彼女と同じような兵士達が数人居た。幾人かは彼女と同じ訓練を行っていたメンバーだ。シャワーを浴びた後に乾燥機を通らず、タオルを首に掛けたままの兵も居る。
  呑み会のメンバーを目で読んでいく途中で眉を顰めた。ACという表記を見付ける。アレックス・Cの事だ。彼も誘っているのか。
  幹事は情報官のひとりで、毎週のように何かしら理由を付けて呑み会を開催する少尉だ。さすがに将官を誘うことは殆ど無いが、尉官佐官階級にかかわらず彼の知り合いならばとりあえず声をかけるようなとても気安い場だった。
  さて、どうしたものか。既に参加を表明しているメンバーの中には、ガブリエーラと仲が良い者達が居る。けれど素直に参加するには迷う。ひっかかるのは、先日個人訓練で苛立ちを感じる原因を作ったACの名だ。彼は参加するのだろうか。
  つい先程の訓練では、彼は敵方に居た。直接戦闘は行わなかったけれど、どうも癪に障る。
  確かに、二丁拳銃での戦闘能力は銃士として申し分ない。それは認める。腕は確かだ。だが彼は決定打を与えない。倒せるべきタイミングで兵を倒さず、致命傷を与える位置とは別の、確かに戦闘続行は出来ないだろう箇所へ弾丸を撃ち込んでいた。武装解除させる事は出来ている。敢えて殺さずとも戦闘不能にはなっている。けれど、甘い。敵に自爆されたらどう責任を取るつもりなのか。訓練だからと言って、舐めてくれては困る。
  そんなことを考えて居たお陰で、彼女は気が逸れて敵役のひとりに討ち取られてしまった。当てつけは承知だが、腹が立つ。お陰で上官にお小言を貰った。
  苛々とコンソールを指で叩いていたガブリエーラの耳に、扉の開閉音が聞こえた。音源に視線を向けると、ローゼンヴォルト准将が顔を出した。
  准将の後に、ノア大佐、副指令、リンデンバウム秘書官が続く。珍しい光景ではないが、彼女はぼんやりと見つめていた。ルイと目が合ってどきりとする。悪戯な視線だ。笑われた気がして咄嗟に反らした。すると今度は副指令のカノウ・ヴィ=オウル大佐と視線が合ってしまった。反らそうにも、眼力が強くて敵わない。
  まっすぐに伸びた深緑の髪をなびかせ、カノウ大佐はガブリエーラを見つめたままゆったりと近寄ってきた。別に悪いことなどしていないといういのに、冷や汗を感じる。秘書官に一言二言言付けた准将まで、こちらへ足を向けていた。
  何、何で、何なのよ。
  動揺はしっかりと顔に表れていたのか、カノウは唇を吊り上げて笑って見せた。
  SOACOM総司令官のスルガ・ヴァン=ウル中将と同じグラビール人である大佐は、女性とはいえしっかりとした体格をしている。小柄なガブリエーラより一回り大きい。けれど、レカノブレバス人のように女性的なシルエットはそのままだ。
「お前にしては珍しいミスをしていたな」
  コンソールに軽く腰掛けたカノウが、通りの良いアルトで囁いた。
「…すみません」
「叱っているわけではないさ。何に気を取られていた?」
  カノウの女性とはいえ戦士の指が、ガブリエーラの髪を掻き上げて耳にかける。上官のそんなスキンシップに、ガブリエーラの頬は無意識に朱をのせた。そうすればそばかすが目立って子供のような顔に見えた。
「…おいこらカノウ。お前昼間っから俺の部下を堂々と口説くな」
「シフトが違うんだ。休憩時間に愛を語らって何の問題がある?」
「陰でこっそりやれ」
「なるほど」
  途中から会話に参加してきたルイは呆れ混じりに呟き、本気か冗談かカノウは簡単に応えている。
  ガブリエーラは困った。個性的な上司を二人も相手にできる精神力は無い。
「それで、ゲイブ。無様に背後から撃たれたのは何故?私はお前の近戦を買っているんだが」
  准将の執務室から出てきたメンバーは、秘書官は別として先程の訓練の報告を受けているのだろう。早回しの記録映像も見ていたに違いない。
  果たして正直に言っていいものだろうか。ガブリエーラは逡巡する。
「お前の視線の先に、あのヒヨコが居たな?」
「……大佐」
  仕方なく、彼女は苛立ちの原因を暴露した。戦士として情けないと叱責されるに違いない。そんな覚悟で腹を括る。
  准将と大佐は、ガブリエーラの言葉を黙って聞いていた。腕を組んだルイが、背後のコンソールによしかかって唸った。
「確かにあれはな…。気持ちは解らんでもない。あいつは戦士にしては甘い」
「だがACは客兵だろう。軍式、SOACOM式に慣れて居なくても仕方がないさ」
  ルイの苦い呟きに、カノウは飄々と告げる。AC、アレクシスはカノウの部下ではないから、責任は無かった。
「派遣でも今はAUGAFFだ。訓練で遊ばれて良いわけあるか。敵を生かす命令を出しちゃいない」
  生かす。
  ガブリエーラは顔を上げた。ルイの言葉に、妙な引っかかりの原因を掴んだ気がする。
「ブラフだわ」
「何?」
  ぽつりと落とした言葉に、大佐が聞き返す。ルイは紅の瞳を向けた。
「ああ、ええとですね、別に大した事ではないんですけれど…」
「続けろ」
「…はい、准将」
  ガブリエーラ、一度深呼吸。
「…私は物凄く田舎というか、殆ど僻地もいいところで生まれたんです。その村でしか信仰してないような宗教があって、その中に、いのちとか自然とか作る神様みたいなものが居まして」
  今の今まで忘れていたが、子供の頃祖母がよく話してくれたお伽話を思い出す。
「不殺の創造者、名前はブラフ。子供心に何て責任感のないやつだと思っていたんですが、……いえ、別にACが無責任だと言いたい訳では無いのですが」
  慌てて付け加えたガブリエーラに、ルイの視線は咎めるどころか柔らかいままだった。陰口ではないと理解されて安心する。
「私は、ガブリエールという戦士の名前をつけられたので、勝手にそんな反感を持っただけですけど」
「安心しろ。お前はどちらかといえばルイに近い部類の戦士だ」
「…!」
  興味があるのかないのか、カノウはガブリエーラの話の内容に触れずに彼女が喜ぶ言葉をかけた。褒め言葉かどうかは別として。
「それで、アレックスがそのブラフとやらに似ているのか?」
  ルイが片方の眉だけ上げた微妙な表情で先を促す。
「さあ、どうでしょう。苛々するベクトルの種類が似ていたので思い出したというだけです」
「…なんだよ」
  准将の呆れ混じりの溜め息に、彼女は唇を噛んだ。
「だって…。泣かせてやりたくなるんだもの…」
  金色の髪とは違う茶色の睫毛を伏せたガブリエーラは、擦れるような声で呟いた。聞こえるかどうかという小声にもかかわらず、彼女の台詞をルイはしっかり捉える。
  紅玉の瞳を暗く光らせ一瞬で翳りを帯びたルイに、直ぐ近くに居るカノウはしっかりと気付いた。殺気に似た薄ら寒さ。我らが准将は、時折信じられないくらい冷酷な表情をみせるのだ。
「…そうだな」
  いきなり温度を下げた上司とその部下を冷静に見ていたカノウは、腰に手を当てて溜め息をついた。大小の差こそあれ、性質が似ているのだ。この二人は。同郷星人というだけではないだろう。もっともカノウにとって、ルイはいい上司ではあるが、兵士として以外の興味なんか無かった。
  件の傭兵であるACに対してもそうだ。どれだけ美しかろうと、まず男性という時点でカノウにとっては範疇外だし、部下であってもそれほど重要視しないだろう。銃士は主に援護で活用することを信条としている。自分が暴れ回る近くに置いておきたいとも、敵を殲滅する能力を使わない兵士を最前線に持ち出す気もない。
  場違いにサディスティックな空気を醸し出されて疎外感を感じたカノウは、数度咳払いをして二人を気付かせた。ついでに、開いたままのガブリエーラのディスプレイを覗き込む。
「呑みに行くだろう?私も参加する予定なんだがな」
  我に返ったガブリエーラが顔を上げる。ディスプレイと大佐を見比べて、逡巡。それから細い指をすべらせて、『参加』のアイコンをクリックしてメールソフトを閉じた。
「よろしい」
  満足そうに頷くカノウの横で、誘われていなかったルイがつまらなそうに鼻を鳴らした。

  

幕間です。
カノウ大佐(女性)は生粋の女たらし。女好き。カミングアウト済み同性愛者。
ゲイブの金髪は染めてます。
物凄くどうでもいい情報でした。
2009/10/31

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