VSeI -Intermission - vol.2.2

Vir-Stellaerrans Interface

 ラウンジバーの一角で、兵士達が酒を飲んでいた。軍服のままの者、私服に着替えた者、人種や性別も様々だった。叫び声が聞こえるわけでもなく、穏やかだが実に楽しげな場だ。
「いやー、まさかACが来るとは思わなかったな。呼んでみて正解だね」
「新参者がいきなり乱入するのもどうかと思ったんだが、断り続けるのも馴染めないかと思い直してな」
「いやいや、俺的に大歓迎よ?美人は何人居たって熱烈に!」
  ジーンズとシャツにフライトジャケットをひっかけただけのアレクシスの横には、この呑み会の幹事であるユ少尉が座っていた。青い肌に、光沢を帯びた緑色の鱗が模様のように浮いている。
「カンスーラ人に美人って言われても微妙よね」
「俺の中身はレブスだって何度言ったら解るんだよ。軽い人種差別か?あ?」
「まあ、そう言う事にしておくわ。カンスーラ語も辞書片手じゃないと読めないアンタじゃねぇ」
  口調は女のようだったが、ぼやく相手も男性だった。どういう訳か、アレクシスの周囲は男性比率が高い。反対にカノウ大佐の傍は、やたらと美人の女性が多かった。ぼんやりと視線を流していれば、大佐の隣に座っているガブリエーラと目が合う。鼻息も荒く視線を逸らされてしまった。嫌われてしまったのだろうか、とアレクシスは首を捻る。彼女に直接何かしたつもりはないのだが。
「いつもの事だけど、なんでノーマルの女まで大佐に総なめされてんのかしらね…。こんないい男ほっとくなんて、理解できないわ」
「お前の口調が気持ち悪いんじゃないか?」
「アタシのは育った環境よ!今更直せっていわれたってどうしようもないじゃないの」
「大佐のがよっぽど男らしいもんな。どうしようもないよな」
「まあまあ」
  苦笑混じりに宥めたアレクシスだが、気持ちは判った。カノウという女性と個人的に会話を交わしたことはないけれど、立ち居振る舞いと人種的体格で、ルイと並んでも引けを取らないと思う。
「…そういえば」
  酒を舐めたアレクシスの呟きに、周囲から視線が集まる。
「ル…、ローゼンヴォルト准将は来ないんだな。真っ先に参加しそうな気がしたのに」
  隊員に対しても気安い性格をしている彼だ。階級などこんな場で振りかざす相手ではないだろう。
「何回か呼んだことあるんだけどな」
  ふー、と大げさに溜め息をついたユ少尉が、グラスを握りしめて俯く。
「あの人来ちまったら、男女関係なく総なめにされるんだよ…」
  彼の言葉に、周りの男達が頷いている。
「は?」
「そうそ。恋愛とかそういうんじゃなくて、憧れのひと?みたいなやつで。話聞かせてくれって変なハーレムできちゃってねぇ」
「お前もそん中に居ただろうが」
「何か文句ある?仕方ないじゃない。年下でも凄いもんは間近で見たいのよ」
「…なるほどな」
  確かに。簡単に想像出来た。あの若さで将軍職まで上り詰める男だ。憧れても仕方ないだろう。コンピューター端末で戦歴を見たアレクシスも、その凄さに見る目が変わったくらいだ。
「呑み会どころじゃなくなった事が何回かあって、准将自ら空気を読んで参加してないってわけ。嬉しいんだか残念なんだか。試合に勝って勝負に負けた感じ」
  ぼやくユに苦笑を返せば、アレクシスの前に陰が差した。
「楽しんでいるようだな、AC」
「カノウ大佐?おかげさまで」
  深緑色の長髪をなびかせて腰で立ったカノウは、美しくも豪傑な女戦士そのものだった。驚きを隠して応えたアレクシスに、彼女は唇を吊り上げる。
「ベア、席を替わってくれないか」
「何よ大佐。女の子はあっちよ〜。アタシの憩いの場まで奪うつもり?」
「何だ、差別か?」
「幾ら美人でもACはアンタの範疇外でしょ?どうせならユと替わんなさいよ」
「俺だって嫌だって!」
「男にモテるな、AC」
「勘弁してください。趣味じゃない。俺はどちらかと言えば胸の大きい子が好きです」
「それは気が合うな。私もだ」
「…はいはい。ならゲイブんとこ戻りなさいよ」
  腕を組んで踏ん反り返ったカノウは、退く気など全くないようだ。仕方なくメンバーの一人が抜けて、場所を空ける。彼女はベアと呼ばれた女口調の彼が居た席に座った。
「ええと、何か視線が痛いんですが」
「気にするな。彼女達はしっかり持ち帰る」
「…そうですか」
  ジョッキで酒を呷るカノウを横目で見ながら、これは本当に男らしい女傑だとアレクシスは再確認した。自分の体型は男らしいと見栄を張るつもりはないが、二人が並べばどちらがより男らしいか比べられそうで居たたまれない。
「ふむ。男にしておくのは勿体ないな。趣味ではないが」
  じっくりとアレクシスを観察していたカノウがそんな呟きを漏らす。途端に、ならば席を替われと野次が飛ぶが、まったく耳に入れていない。
「褒められたんだか、貶されたんだかどっちで取ればいいですかね」
「気にすんなAC。性癖の違いってだけだ」
  ユの言葉に頷くカノウは、長い足を組んでアレクシスに向き直る。
「隊には慣れたか?」
「流石に。訓練では足引っ張ってますけどね」
「そうでもなかろう。うちでも通用する技術だ。詰めは甘いがな」
「たいさ〜、仕事の話はルール違反よ〜」
  ベアがカノウの背を小突く。二人は階級が違えども、私的に仲がいいのだろう。事実二人は同期だったと、アレクシスは後で知る。
「では、そうだな。ルイと同室ってのはどうだ。襲われてはいないか?」
  突然向けられた矛先に、アレクシスが軽く噎せる。何だそれは。今までそんな問いを面と向かってされた事は今まで無かったから、心構えなど出来ていない。実際何もないのだから焦る必要はないのだが、先日の訓練で噛み付かれた事を思い出してしまう。
「何だ。…ヤったのか?あいつ、口の割に手が早いな」
「嘘!ほんと!?ってゆうか、准将と同じ部屋なの!?」
「何だよそれ…。俺けっこう狙ってんのに、もうお手着きなのかよ。うわ、へこむわ…」
  ベアとユの叫びに混じって、周りからも似たような野次が飛ぶ。アレクシスは即座に否定しなかった自分を胸中で罵った。
「誤解だ!何もねぇって!映画か何かの見過ぎだぞ、そんな発想は!」
  素に戻って叫び返すが、何人かは誤解したままなんじゃないだろうかと思う。とんだ爆弾を投下してくれたものだ。頭が痛い。子供じゃあるまいし、軍人はもうちょっと堅物ばかりだと思っていたのに。
  訓練中にキスをしてしまった事など、アレクシスの中では過去のことだ。そこから発展する必要もないし、気持ちもなかった。本来傭兵である彼にとって、彼は雇用主に過ぎない。面白そうににやにや笑っているカノウを、階級など忘れて睨み付ける。
「どうしてくれるんだよ…。要らん認識植えちまったじゃないか」
「素のほうがいいな。軍人相手に気を使う必要はあるまい」
「俺の話聞いてます?」
  アレクシスの怒り混じりの低音を愉快そうに聞いているカノウは、騒がしくなった場の流れに乗ってジョッキのおかわりを注文している。
「そもそもAC、お前って何処の地方軍に居たんだよ。軍ってか、警察か?腕は確かだから、AUGAFFに居りゃあ耳に入るのに」
  ユ少尉の問いかけに、これ以上話を蒸し返したくなかったアレクシスはこれ幸いと視線を向けた。だが、何と答えて良いものか逡巡する。不自然な間を取らないよう、咄嗟に口を開いた。
「俺は派遣社員みたいなもんだよ。詳しくは准将閣下に聞いてくれ」
「あいつが素直に話すとも思えんが」
  カノウの台詞に、他の軍人達は事情を察した。そう逃げられてしまえば、深追いすることは出来ない。
「精々あいつの手綱はしっかり握ってくれ。何なら背中から一発撃ち込んでやればいい」
「無茶言うなよ大佐。誰があの破壊者止めれるって」
「グレンだって腕もってかれてんだぜ?…って、ああ、だからガンナーか」
「どうかしら。ACならやれそうじゃない?」
  隊員たちの言葉に、例の訓練を思い出す。あの場に居た者は少ない。口外されている事実は無かった筈だとカノウを横目で見やれば、彼女はひっそりと微笑を浮かべるだけだ。何か知っていそうな隊員達もそれ以上詳しいことは言わないので、ここは黙っておくのが得策だろうと判断する。
  それよりも、気になる単語があった。今は遥か遠くに感じる獣の友人を思い出す。
「破壊者、か」
「気になるか、AC」
  カノウは新しいジョッキを半分ほど空にしてから口を開いた。
「『戦鬼オウガ』の孫で、『諸刃デュアル』の息子だからな。二つ名が出来ても可笑しくはないさ。スルガの言うところによれば、奴は両方を良い具合に引き継いでいる」
  初めて聞く単語に首を捻れば、反対隣のユが物知り顔で続きを語る。
「准将は生粋のAUGAFF軍人でな。新しいとこで言えば、冷酷な作戦ばっか立てて、しかもそれを全て成功させた常勝王、あの人の爺さんは『戦鬼オウガ』ってあだ名されてた。情報部では未だに語りぐさだ」
「その息子のラッセン・ローゼンヴォルトは二重人格に近いんじゃない?って戦闘力だったらしいけど、実際見たのなんて中将くらいの年代らしいからねぇ。士官学生だった当時の上官がしょっちゅう彼の名前言ってたわ」
「俺はどっちかっていうと、准将の御母堂の方が気になるけどな。幾つか戦略術で論文出してんだよ。士官学校入れ違いで授業受けれなかったのが悔やまれるぜ」
  情報官らしいユの言葉に何人か頷いている。ルイの戦歴は確認したが、彼の家系はなにやら随分と軍事色にそまっているらしい。アレクシスは興味を惹かれた。
「何にせよ、殉職されてるのが、残念よねぇ」
  ベアの呟きに、今度聞いてみようと思ったアレクシスは出鼻を挫かれた。
「母親も?」
「いんや。彼女はレカノブレバスに居るらしいぜ?退役してから顔出さないけど」
「そうか」
  そのままその話題が流れるに任せ、アレクシスは回ってきたグラスの一つを空のそれの替わりに受け取った。中身をろくに確認しなかったのは、少し酔っていた所為かもしれない。
「ッ!!」
  口に入れた瞬間、あまりの刺激に噎せた。
「AC?」
  口を押さえ背を丸めたアレクシスをユ少尉が覗き込む。何処か変な所にでも入ったかと、背をさすってやりながら取り落としそうになっているグラスを奪ってテーブルの上に置いた。薄い琥珀色の炭酸。何かアレルギーでもあるのだろうか。
「大丈夫かよ。…おーい、これ渡したの誰。何これ」
「どれ?ハイボール?匂いが違うわ。…ああ、アラバシーか。やっぱり変な味ね。これは噎せるわレブスなら。誰の好みよ」
「あ、それ俺のだ!なんだ来てたのか。こっち回してくれ」
「…気持ち悪…っ」
「って、AC大丈夫かおい。酒弱いのかお前」
「いや、…そこまで弱くない。…飲み合わせかも?……う…」
「本当に大丈夫か?」
  アレクシスの周囲がにわかに騒がしくなる。最後の言葉はカノウだった。彼女はアルコールに耐性が高い。殆ど素面に近い感覚だったので、判断は速かった。
「ベア、医務室へ連れて行け」
「イエッサー」
  幹事なので離れることが出来ないユの替わりに、成人男性一人分くらいは軽く担げる大柄のベアが立ち上がった。アレクシスはそのままラウンジバーから連れ出された。
  戦闘で使い物にならなくなるのならまだしも、飲み合わせで倒れられたら堪った物ではない。派遣軍人だろうと、アレクシスはカノウの中では客兵だ。扱いには注意を払っても過ぎた行いではないだろう。
  カノウは彼らが姿を消すのを確認し、携帯端末を引っ張り出した。

  

ユとベアは一発屋脇役です。
昔からルイの祖父と父の二つ名は考えてあったのですが、SFの軍隊とかでそういうのがついてるのって薄ら寒いですね…。
2009/11/16

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