VSeI -Intermission - vol.2.3

Vir-Stellaerrans Interface

「あら?ボス、まだいらしたの?」
「いちゃ悪いか」
  執務室で定位置に着き幾つかのディスプレイを立ち上げたまま、操作をするわけでもなく腕を組んで黙っていたルイを、こざっぱりと帰り支度をした秘書官が見付けた。
  洗い終わったマグカップを持っている。珈琲サーバーの横に置いて、向き直った。
「貴方のシフトは終わっているはずよね?私は予定通り、レカノブレバスに戻ろうと思っていたのだけど。何か急ぎのもの?」
「いや、別に。シミュレーションしてただけだ」
「ご機嫌ななめね」
「…そう思うか?」
  半眼で見上げるルイに、クイーンは頷いて見せた。
「アレックスのこと?」
  抑え気味の声色で尋ねれば、ネクタイを緩めていたルイの気配が僅かに引き締まった。
「その件は口を出すなと言ったはずだ。クイーン」
「イエス、ボス。おばさんのお節介よ。忘れて」
「ああ」
  先日、ルイとアレクシスの個人訓練での出来事を、クイーンはやんわり咎めた。いつもならば苦笑いを浮かべて言い負かされてくれるルイだが、どういう訳か彼本来とも言える強い口調で秘書官を逆に咎めたのだ。訓練中の出来事なのでクイーンには関係が無いことは確かだ。私情と判断しかねるが、上司の命令に逆らえる程軍職を甘く見ていない。だから彼女はそれ以上追求することを止め、大人しく従った。
  彼らしくない、とは思ったけれど、ルイはクイーンの子供ではない。友達でもない。彼は役職者としての責務をまっとうする軍人で上司だ。そして、付き合いの長い秘書官であっても知らされることのない、彼が抱える軍事機密に似た事情が在ることも知っている。
  どれだけ仲がよかろうと、テリトリーの一線を越える事は彼女達の関係では有り得なかった。
「じゃあ、私は帰るわ。戻るのは三日後。その間はいつも通り副秘書官達に引き継ぎしてあるから、羽目外したりしないでね」
「旦那とガキ共によろしく」
「ありがとう」
  軽く敬礼を返して退室した赤毛を見つめながら、ルイは長嘆した。
  前に作戦を終えてから五ヶ月近く経過している。そう頻繁にSOACOMが出動するような機会はないのだが、今無性に前線が恋しい。主立ったテロリストや過激派に動きは無いのが残念だ。
  ルイは白銀の睫毛を伏せた。
  得意としている剣技の型をイメージする。彼の技は、軍式のアレンジがされているものの、基礎は違っていた。遥か東方の惑星でも保護人種に指定されているような異星人から教わったのだ。幸運と偶然に恵まれてのことだ。まだ訓練兵だった頃、休暇と野外演習を兼ねた夏期訓練で訪れた惑星に、その剣士は旅行にやって来ていた。言葉は余り通じなかったのだが、技術は身体で覚え込んだ。
  型は美しく、異国の匂いがした。だが、教えられた型は儀礼用ではなかった。それは敵を殺す技だった。肉体を最大限に生かし、少ない動きで敵を屠る。一般人ならば知っていても生かす場は無いだろう技術。腕の位置、歩幅、手首の返し方ひとつにまで、理由があった。一通り型を覚え、実際には敵をどう倒すのか師を敵と想定して動いて見たとき、自分の想像していた動きとはあまりに違って驚いたものだ。
  普段の戦闘訓練では使わないような筋肉が痛んだ記憶がある。十年以上昔のことだが、鮮明に覚えている。意識せず動けるようになるまで、何度も模擬剣を振った。正式に軍人となり、戦った敵の様々な特性を加味してアレンジを加えているものの、基本的な動作は忘れていない。私室では未だに型を復習している。
  手応えは、銃器の比ではない。畏れも恐怖もなく、しっくりと身体に馴染んだ。
  初めて敵を屠った同期の兵士が夜に魘されても、ルイは平然としていた。慣れて麻痺していたのではない。正義感でも、喜びを感じたわけでもない。精神的な切り替えが異常に上手かったというわけでもない。カウンセラーが不思議がるほど、彼は慣れ親しんでいた。まるで呼吸と同じように。
  ルイの父や祖父を知るもの達は、さもありなんという顔をした。ルイ本人も、気付いていた。
  彼は生まれながらにして、破壊を厭わぬ者だった。
「正反対だな」
  いつの間にか剣術型のイメージトレーニングから、先日の個人訓練へ思考が移り変わっていたルイがひとり呟いた。
  部下のガブリエーラが似ていると言った土着信仰を端末で検索してみたが、彼女の言葉以上の詳しい情報は無かった。
  生み出す者。創造する者。
  アレクシスの傍は、空気が澄む。計器で計った訳ではないけれど、まるで星の上に居るような心地よさを感じる。慣れると拙そうだと警戒心を覚えると同時に、どっぷりと浸かってしまいたくなる。
  ルイは肺に溜めた息を深く吐き出した。
  技術こそ武力だが、彼の銃口の先が狙う物は、自分とはまるで正反対ではないだろうかと感覚的に気付いていた。
「まいったな…」
  怯えているみたいではないか。親友とも呼べる情報分析主任に吐き出した本心に折り合いを付けた筈なのに。心情を吐露し、それを黙って聞いてくれるノアは貴重な存在だ。その時思ったまま、ルイは後にアレクシスへ謝罪の意を告げた。
「犬に噛まれたとでも思っておくさ。過剰に反応した俺も悪かった」
  彼の応えは簡単なものだった。素っ気ないとも言える。確執が生まれなかったことに安堵はしたけれど、もう少し気にしてくれてもいいのではないかと残念に思ってしまった。自分は随分我が儘なものだと初めて気付いた。
  彼を間借りさせている己の部屋に戻ることを避けたのは後ろめたさがあるからだ。訓練を終えたアレクシスは、大抵ロッカールームに附属されているシャワーを使わず部屋に戻って汗を流す。かち合いたくなかった。自分がどんな目付きで彼を見てしまうか、容易に想像出来る。
  アレクシスが水に流した行為を、自ら深入りするわけにはいかない。幸い付き合いの短さから、不必要に避けているとは思われていない筈だ。避けていると意識されたくもないとは、一体自分はどうしてしまったのだろうか。
  ルイはもう一度深く呼吸をする。
  少し過剰にすぎるな、と秘書官を追い払った先程の自分を思い出し、彼はディスプレイに向き直った。
  有名なアイスクリーム店を検索して、クイーンの自宅へ届けるようにオーダーする。せめてもの慰労だ。彼女はきっと、宅配品を見て笑うだろう。
  時計を確認したルイは、コンピューターをオフラインにして重い腰を上げた。

 自室に戻ってシャワーを浴びた直後のルイは、携帯端末のコールサインに髪を拭く手を止めたクリップ型のそれを耳に付けて、通話用のボタンに触れる。
「何だ」
『お前、今何処に居る?』
「何処って、寮の部屋だ。何だよ。呑み会には出ないぞ?」
  小さなディスプレイに副司令官であるカノウの名を見付け、誰何もせず用件を聞く。何か事件でも起きているのなら、彼女ではなくノアから直接通信が入るはずだ。だから私的な話だろうと確信していた。
『そうではない。ACが悪酔いして医務室送りだ。ベアに送らせたが、判断はお前に任せようと思ってな』
「…ガキじゃあるまいし、何やってんだ。さっさと酒抜いて放置しろ。俺が知るか」
  ルイの返答は素っ気ない。個人的に気にならないわけではないのだが、飲み過ぎで倒れた部下をどうにかしてやる情は、生粋の軍人として持ち合わせていなかった。
『いいのか?飲み過ぎの類ではなさそうだぞ。彼には何かアレルギーでもあったか?』
「聞いてないが…。無いはずだ」
  急性アルコール中毒などでは無さそうで、漸くルイは真面目に話を聞く気になった。
「何があった」
『アラバシーを呑んだ瞬間、顔色が変わった』
「何だそれ」
『私も成分は知らん。レブスには合わない味覚らしいが、味見してた奴は何もなかった』
「……」
  ルイは一呼吸分黙った。カクテルか水割りか、そもそも聞いたことのない酒だ。軍のラウンジバーには、その人種の雑多さから数え切れないほどの酒のレシピがある。毒性のある物は厳密に排除されているので、中毒症状が起こるということもまず有り得ない筈だ。
  髪を拭っていたタオルをソファに投げて、長嘆。
「仕方ねぇな。将軍自らお出迎えしてやるか」
『それが賢明だろう。情けない話だが』
「違いない」
『D−36Bの医務室だ』
「あいよ」
  通信が切れた。
  半裸のままリビングを横切って寝室へ。カーゴパンツをはいてシャツに腕を通す。洗いざらしの髪を邪魔にならないように適当に括る。いつものブーツの靴紐をしばり、フライトジャケットをひっかけた。威圧的な軍服を脱いで私服に着替えたルイは、一見して将官には見えない。顔を知らない者からは、武官のひとりだろうとしか思われないだろう。
  携帯端末をポケットに突っ込んで、彼は部屋を出た。そのままD棟の36B区画へは、ものの10分あれば足りる。昼より人の減った通路を迷わず歩き、ルイはIDをかざして医務室の扉を開けた。
「俺の隊のやつが運ばれてないか?」
  受付の女性へ尋ねると、端末も操作せず直ぐに答えが返ってくる。IDの表示で誰が入室したか解っているのと、運ばれた人物は今夜ひとりしか居なかったので対応が早かっただけだが。ルイは案内表示を見ながら診察室に向かった。
  扉を開いて室内にいた人物を確認した途端、彼の柳眉が歪む。
「……何でお前が居るんだ」
「おや、随分な言葉ですね」
  医療端末を操作する白衣は、色見の異なる白色の縁取りがされている。医者には違いないが、軍人だ。しかも、ルイとはかなり親しい面識を持っていた。
  診察台にはアレクシスが寝かされている。ぐったりと背を丸めて横たわる姿は、いつもの彼からは想像もつかない程弱って見えた。その横に大柄な男が立っていた。心配そうな顔を貼り付けているベアは、正確にはカノウの部下だ。
「こっちの勤務に左遷になったか、ハイル」
「偶然居ただけですよ。面白そうだったので、僕が診ました」
  ハイルと呼ばれた医者は、薄青の髪と白い肌の異星人だ。兵器開発部に所属するマリア=クレア・ラ・ザルトの血縁者で、名をハイル=クライル・ラ・ザルトと言う。内科も外科もこなすが、専門はサイオニッカーの肉体に関しての諸々だ。中佐で、医療部での役職すら持っている彼が、医療部本部ではなく医務室に居ることがおかしい。
  だが、ハイルが何故この場に居るかどうかが本題ではないので、溜め息一つ零しただけでルイは意識を切り替えた。
「で?何だ。大丈夫かアレックス」
  ハイルから視線を離しアレクシスの傍に寄ったルイは、不思議な感覚を味わった。微妙な違和感。アレクシスから感じる、得体の知れない何か。流れ込んでくるような。自分は感応能力など無かった筈だ。上手く言葉に出来ないが、近くに行けば詳しく解るかも知れないので、診察台に腰をかけて横たわる彼の肩を撫でた。
  その途端、苦しそうだったアレクシスの呼吸が落ち着いた。何だと思い手を放せば、金色の眉が苦痛に寄せられる。一体何だ。苦痛に苛まれる姿を黙って放置しておくのも可哀想なので、ルイは再度アレクシスに触れてやった。
「おや。脈が安定しましたね。何かしました?」
  ディスプレイを眺めるハイルは、真っ青な瞳を輝かせる。この医者は、ルイの肉体について詳しく知っている。率先して軍事機密に関わってきた変わり者だ。だからといってルイの知っている色々な事情を打ち明けてはいない。お陰で貴重な検体として扱われている。ハイルの興味を惹くような検体は、そう居て欲しくないものだとルイは思っていたので、アレクシスへと科学者のような目付きを見せられて舌打ちをしたい気分だった。
「ベア、ご苦労。俺が何とかするから、お前は戻って良い」
「ですが…」
  初めて参加した呑み会で病人が出ては不都合だ。それに、残してきた者達も心配しているだろう。そんな部下の心情を見て取ったルイは、苦笑を浮かべてやった。
「問題ない。どうせ明日は非番だろう。気にするなと伝えておけ」
「アイ、サー」
  それ以上の詮索は必要ないと視線に込めれば、大柄なベアは大人しく引き下がった。一礼して退室。
  辺りから気配が消えたことを確認して、ルイはハイルに向き合った。手はアレクシスに触れたまま。
「こいつは何を呑んだ?」
  自分の問いには答えを貰っていないハイルだが、それについては何も言わず端末を操作する。
「アラバシー。レカノブレバス風に説明すれば、ワインを煮詰めたシロップを炭酸で割ったカクテルです。アルコール度数は8%少々。微量の酢酸鉛が含まれて居ますが、毒性は排除されている筈ですよ。風味だけ」
「人体に有害な物じゃないんだな?」
「ええ。そんな毒物がラウンジで出回る筈もないですしね。成分表を取り寄せてみましたが、全く問題ありません。血液検査もさせて貰いましたけれど、異常な数値は見られない。彼はサイオニッカーじゃないんですね。残念」
「俺の許可無く勝手に何してんだよ…」
「不可抗力です。何かの中毒だったら困るじゃないですか。ですが、投薬は行ってませんよ。一応貴方の判断を仰ごうと思ったので」
  ルイですら判断しかねるアレクシスの体質を勝手に調べられて苛立ちが増す。ハイルの場合、医療行為なのか実験なのか解ったものではない。
「…ん…、う…」
  呻き声に近い吐息が聞こえた。ぴくりとアレクシスの肩が動いたのを、触れた手の平から感じる。
「気が付きましたか。ルイ、貴方本当に何かしてません?」
「大丈夫か、アレックス」
  ハイルの問いかけを無視したルイは、アレクシスの顔を覗き込んだ。顔色は悪くない。
  赤くも見える金色の睫毛を振るわせ、スカイブルーの瞳がぼんやりと視線を彷徨わせる。
「――……」
  うっすらと開いた唇が、音に成らず呟く。
「何?」
  上手く聴き取れなかったルイが尋ね返しても、二言目は直ぐに返らなかった。ハイルは黙って傍観していた。悪友であるルイの優しげな仕草などお目にかかれる事は無い。珍しい生き物でも見ているように思う。この患者は新しいルイの部下だという話だが、ただの部下なのかあれこれ詮索してみたい衝動を感じた。後の楽しみのため、今は大人しく黙っておこう。
「…あんた、か」
「何だってんだよ。お前アレルギーでもあったのか?」
  どこか舌足らずな口調に苦笑を零しながら、流石にこれでは顔が近すぎるなと身体を離そうとした。だが、アレクシスに掴まれそれも叶わない。
  ぎくりと、ルイの脳裏に警告音が鳴る。近すぎる。彼の、体温が。呼気に混じるアルコールと、異質な何か。浮かべた笑みを消したルイは、瞳を細めた。
  アレクシスに、何か害悪となるような物が流れている気がする。排除しなくてはならない。強く、思った。消してしまえるのは、自分だけだと、理由もない確信を感じる。
「……」
  誘われるように開いた唇に近付く。応じたのはアレクシスからだった。
「…おや、まあ」
  ハイルの喜色混じりの感嘆は、ルイとアレクシスには聞こえていなかった。
  合わせた唇を舐めたルイは、求められるまま舌を差し入れる。違和感を強く感じる。どこか身に馴染むような、得体の知れない力のようなものだ。だが確かに、これはアレクシスには害悪だろう。毒を吸い上げるように唇を吸い、舌を絡めた。こんなもの、アレクシスの体内を冒すものなど、残しておける筈がない。
「ん…、ぅ…」
  アレクシスの喘ぎに似た吐息はどこか苦痛混じりだ。激情にまみれていたいつかの口付けとは異なり随分優しい舌の愛撫だが、震える身体は快楽の所為ではないだろう。
  暫く治療のような行為を続けていたが、違和感の素を全て吸い出したと感じたルイは、途端に現状を意識した。
  自分から彼に近付かないようにしておこうと決意したのに、これではやぶ蛇だ。これ以上やれば、何か別の、隠しておきたいような感情が湧きそうだ。ルイは唐突に唇を離した。濡れた音がやけに扇情的で耳に残った。
「何て治療でしょうねぇ」
  にやついたハイルの声で我に返り、ルイは隠しもせず舌打ちをする。
「若干動悸はありますが、彼の体調は戻ってますよ。診察してもいいですか?」
「…駄目だ」
  自分の手のひらで顔を覆い、深く息を吐いたアレクシスを見下ろしたルイは、悪友に彼を触らせたくないという独占欲に似た感情を伴って拒否を示す。お陰でハイルの笑みはもっと深くなった。
「残念ですねぇ。どこの童話かと思ったのに。実験記録なんて付けませんから、詳しく聞かせてくださいよ」
「黙れ、ハイル」
「おやおや、怖い」
  茶化すような口調が苛立たしい。どうせなら退室命令でも出してやればよかったと気付いても後の祭りだ。
「うー…」
  太腿に肘を突いて頭を抱えていたルイの傍で、アレクシスが身動ぐ。ゆっくりと上体を起こして、白衣でハイルを医者だと確認し、ルイへと視線を向けた。何て声をかけていいのか解らず、眉間に皺を寄せた。
  ラウンジバーから連れ出されてからの記憶は所々途切れている。あれほど具合が悪かったのに、信じられないぐらい体調が軽かった。
  悪酔いというには、おかしな感覚だった。酒は強くないけれど、それほど弱くもない。自分の限界ラインだとて知っている。酩酊感とは別の、苦痛すら感じる気分の悪さだったのだ。落ち着こうと力を抜けば抜くほど悪化して、浸食されていくような悪寒に鳥肌が立った。
  人の気配は何となく感じていたけれど、誰かに触れられて気分が軽くなったことを感じた。漸く来たかと、酷く安心した。彼が傍にいれば、こんな穢れなど直ぐに消してくれる。
  瞳を開けて目にしたのは、やはり思っていた人物で、アレクシスは飢えるように彼を求めた。口付けが欲しかったのではないと解っているけれど、ルイはどう思っただろうか。
  説明すら無かったのに、その口付けで急速に体内が癒えていった。苦痛に感じた原因を全て吸い上げてくれた。
  だが、何て説明すればいいだろう。どうしてルイが自分の癒しになるのか、行為の後ではさっぱりわからない。本能が求めたとしか、言いようがないのだ。問い詰められても答えは無いだろう。性的な感情は微塵もないので、言い逃れの理由を必死に探してみる。
「大丈夫なんだな」
  窺うようなルイの問いかけに、アレクシスはばつが悪そうに頷いた。
「迷惑をかけた」
「確かにな」
  返答が素っ気ないのは、ルイも判断に困っているからだ。原因はどうあれ、今さっきの口付けはアレクシスから求めたようなものだ。お互いに上手く逃げてしまったほうが良いのではないかと思い、敢えてそれを口にしない。
「勝手に二人で納得しないでくれださいよ。医療従事者への説明は無いんですか?」
「ねぇよ」
  深く深く息を吐きだしたルイは、きっと近いうちに根掘り葉掘り聞かれるだろうと確信していた。答えなど無いのが頭痛の種だ。いっそ恋人なんだと嘘でもつければいいのだが。
「そちらの彼は?准将閣下の口付けで目覚めるなんて、どんな特異体質なんですか?それとも――」
「俺もありません。介抱ありがとうございました」
  何か詮索される前に遮ったアレクシスは、さっさと出て行くために靴を探した。それ以上触れようとしないルイに、胸中で感謝する。どうもこんな雰囲気は具合が悪い。お互いに恋愛感情など無いからこそ特に。
  しかも一緒に戻る場所が同じ部屋では、気まずいことこの上ない。モルモットを観察するような居心地の悪い視線に晒されながら身支度を調えたアレクシスは、扉の前で待つルイの横に並んだ。
  ハイルがそれ以上何も言ってこないことがいっそ不気味だ。
「あー…」
「はぁ…」
  同じタイミングで長嘆した二人は、足取りも重く部屋へと戻っていった。
  診察室に残されたハイルは、親類でありルイと悪友仲間でもあるマリアへ早速事の顛末を面白可笑しく吹聴するために端末を取り出した。

  

色気はない。
登場人物多くてほんともうしわけない。彼も脇役のようなものなので…。
2009/11/16

copyright(C)2003-2009 3a.m.AtomicBird/KISAICHI All Rights Reserved.