VSeI - 02 Thermit Groove - 1 -

Vir-Stellaerrans Interface

 世界のために、お前を失いたくはない。
  それは利己的な願いだろうか。彼らのどちらの選択が、未来をどのように生かすのか、明確な答えはこの時出てはいなかった。
  けれど、かつて美しかった星のように、輝かんばかりの魂が穢されていく姿を、ただ黙って見ていることは出来なかった。彼は己の姿がどれだけ滅びに冒されているのか、きっと理解していない。彼の姿は星の具現。それが定めなら黙って受け入れようとすらしていた。
  許せるものか。
  その存在の全てで一度息を吹き返して、星を冒す者達が改心するとは思えない。引き返す道は幾らでもあったのに、どこまでも誤るのだ。
  ならば、文明という身に脅威を覚えさせなければいけない。傲りの反動は恐ろしいと、解らせなければならない。
「俺はもう、お前の願いを受け入れない」
「君はいつも貧乏くじを引くね」
「俺はもう、お前の甘えを受け入れない」
「君が世界を壊そうというのなら、私は世界を生かそう」
  二人は、願いも想いも、何一つ交わることは無かった。
「俺はお前が憎い」
「そうだろうね」
  彼らは疲れていたのかもしれない。けれど最後の望みや義務だけは、片時も忘れたことはなかった。
「俺を憎しみに駆り立てるお前が、憎い」
「知っているよ」
「けれど憎めば憎むほど、やはり」
  伏せた顔を上げた。本性を現した彼は美しく、そして悲しげだった。
「…お前を愛している」
  破壊の力は、世界に向かう前に彼に牙を剥いた。
「…!!」
  世界のために自らを犠牲にしても構わないと言った彼には、防ぐ力は僅かも残っていなかった。

「愛しているから、お前を殺そう」

 彼らの世界は、この星そのものだ。
  星は、その日から未曾有の大災害に見舞われた。自然が、星に住む者へ牙を剥いた。宇宙開拓すら目前だった人類の技術は、文明はそこで何世代も遡り、彼ら人類は自然という驚異が制御できる物ではないと本来の意味で悟った。
  辛うじて生き残った者達は、絶望の底に沈んだ。
  大地は、海は、空は、星は、ただの住処ではない。
  彼らは発展の前に、共存せねばならぬものを知った。
  破壊と衰退は、文明には凶暴な教師となった。

 けれど惨状を生んだ彼の嘆きは、罪と同時に呪縛を与えた。

 

***

 

 意識が覚醒すると同時に瞼を開いたアレクシスは、一瞬自分が何処にいるのか解らなかった。見慣れない天上は、本来の自分の部屋ではない。人工清浄された空気の匂いで、ここがAUGAFFの基地内だと思い出す。
  深く息を吸い、ゆっくりと吐きだした。
  寝覚めが悪い。酷く、悪い。直前まで夢を見ていた気がするのに、どんな内容だったのか覚えていない。朧気に熱と光と誰かの声を聞いた事を感じるけれど、考えようとすればするほど記憶からこぼれ落ちていった。
  彼本来からは非日常に居るのだから、説明の付かない夢を見たって可笑しくないだろう。そうやって自分を納得させる。きっと意味など無い。悪夢というには、どこか切ない。すぐに忘れてしまうだろう。
  時計を確認すれば、起床予定時刻より早かった。寝穢い方ではないけれど、目覚ましのアラームより先に起きる事など殆ど無いから、どこか勿体ないような気分になる。
  たった数分二度寝しようとも思えないので、彼はのろのろと身体を起こして身支度を調えた。鈍い動きで軍服に着替えながら今日の予定を確認する。
  様々なパターン分けをした演習は一通り昨日で終わったので、反省や評価を含めた総評座学が主だったはず。いい加減生活スタイルにも慣れてきたのだが、今まで出撃らしいものは一つもなかった。きっと警察や消防と同じで、無ければ無い方が世界は平和なのだろう。
  本来の住処であるフォルト協会から軍隊に派遣されてきたのに、毎日が訓練では一体自分は何のために連れて来られたのだろうと疑問を感じる。まさか、戦闘技術を見せてやるわけではないだろう。その手の仕事は基本的に枢機卿が受注しないはずだ。
  タイを締めたアレクシスは、夢見の所為で不機嫌な表情を貼り付けたまま部屋を出た。
「お早う」
「お、…はよう。随分早いな」
「寝覚めが悪くてね」
  驚いた事に、この部屋の主であるルイがすでに居間でニュースを見ていた。大型のディスプレイは四分割され、縦に三種類の映像が並び、その横に大きく文字が流れている。
「珈琲飲むならサーバーに入ってるから、好きにやってくれ」
「ありがとう。貰う」
  上着をダイニングチェアの背にかけて、アレクシスは自分用のマグを取った。インスタントではなく豆から煎れた珈琲は、どうやら彼の好みであるらしい。
  ぶっきらぼうとも言えるルイの口調は、共同生活から来るであろう甘えや親しみの一部だ。この程度の不機嫌さでアレクシスの気分を鑑みる必要は無いと意識しているのだ。寝覚めが悪いというのはお互い様だ。相手に当たらないだけ、大人だという事。
  この生活にも随分馴染んだ。与えられた客間は個室であるにしても、誰かとこれ程近く共同生活を送ったことは今まで無かったと思う。フォルト協会では、隣室が居たとしても自分の部屋は完全に個室だった。
  元より要人警護の為の部屋らしく、将官寮のこの部屋の主であるルイは最初から不都合も違和感も感じていないようだ。だらしなく私生活を暴露するわけでもなく、プライバシーは尊重してくれている。心地よい距離感だ。
  それがこのところ少し固いと感じる。
  原因に思い当たる事が無いわけではない。彼とは二度、キスをしてしまった。一度目は訓練中、対戦相手であったルイからの衝動的とも言えるそれ。二度目は余り考えたくはないが、自分からだ。酒に酔っただけとは言い難い体調不良で医務室に運ばれ、部屋主で上官であるルイ本人が様子を窺いに来たそのときに。
  思い出せばその前後からルイに警戒されていた気がする。お互いに原因追求を避けたお陰で、逆に拗れてしまったのだろうか。アレクシスとしては特に不快感を感じたわけでも無かったので、犬に噛まれたようなものだと流してしまっていたのだ。恋愛と呼べるほど恋を経験したわけでも無いし憧れも無い。自分は性欲は余所にして淡泊だ。強い男が直ぐ傍に居て、キスをしたからといって意識するほど夢を見ては居ない。きっと、恋愛対象としてのタイプではないんだろうと思っていた。
  もし仮にアレクシスがルイに恋心を抱いたとしても、その気が無いのならきっぱり決着を付けてくれるだろう。元より私情は仕事に挟まなさそうだ。
  だが、ルイは違うのだろうか。
  自分はどうやら容姿にだけは恵まれているらしく、性別に関係なく誰かに想われる事がよくあった。見た目に関しての一目惚れ、等で。美醜は人それぞれだろうけど、生まれ故郷であるレカノブレバス星での一般的な評価から言えば上級の部類に入るらしい。鏡を見れば毎日そこにある顔なので、見飽きたものだと思うのだが。だから褒められれば否定はしない。けれど驕ったりもしない。
  きっと容姿に関しては同じ部類の、しかも男性として特化しているようなルイも、きっと美醜については同じような感性だと認識していたのだが、まさか二度の口付けで自分を意識するとは思えなかった。初対面で気に入られたのなら、もっと反応が違うはず。
  だから彼が自分に惚れているということは。
「まあ…、無いな」
  瞬時にそう判断した。
「何が?」
  声に出ていた感想は、脈絡を知らないルイには意味がわからなかっただろう。うっかり口に出ていたけれど、アレクシスは特に焦るでもなく首を振る。
「何でもない。独り言だ」
「そうか」
  ルイはそれっきりディスプレイへ視線を戻した。
  確かに、この年若い将軍は魅力的な人物だ。長い銀髪と深紅の瞳のコントラストは、体毛に特徴が表れるレカノブレバス人としても際だって居るだろう。銀髪は特に北の方の配色だと記憶しているが、混血の進むこの時代には珍しい。
  アレクシスの赤が混じった金髪は、赤道近辺に多い。その殆どは褐色の肌と碧眼を持っているので、自分はきっと混血なのだろうと思っていた。両親を知らないし、詳しく検査しようと思った事はないけれど、白い肌で金髪というのもそれ程多くない。
  ニュースを眺めるルイの背中は広い。今はシャツとベストで隠されているけれど、アサルトスーツでは発達した筋肉の厚さがよく解った。軍内では筋骨隆々の逞しい者達が少なくないけれど、彼はとてもバランスの取れた肉体を持っていた。自分より一回り大きいだろうな、とアレクシスは胸中で呟く。
  フォルト協会に居た頃は意識しなかったが、どうやらこのAUGAFFではアレクシスより大柄の女性はたくさん居る。武官なら顕著だ。人種もあるだろう。だから性別で劣等感を抱く事はこの時代ではナンセンスだ。だがそれでも、この将軍の方が肉体的には有利だろうと埒もあかないことを考えた。
「…何だ。視線が痛いんだが」
  じっと見つめていた事に気まずさを感じたルイが、視線だけ向けてくる。
「ああ、悪い。あんた、良い身体してるなと思ってた」
「……褒め言葉なら受け取っておく」
  正直に答えたアレクシスへ、銀色の眉が微妙な角度で寄せられた。
「他意はない」
「肉体は武器だからな。見た目より機能重視。正直俺やお前みたいなのは、ここじゃ浮いたとしても羨ましがられないぜ?」
  自分の容姿について、どうやらルイも思うところがあるらしい。
「そうだろうな。見せびらかす為のものじゃないし。機能で言えば、ベアの方が余程褒められそうだ」
「ま、あいつは口調で損してるがな」
  大柄で男性の筋力をみせつけてくれるような件の男は、見た目に似合わずとても女性らしい言葉使いをしていた。先日医務室へ運んでくれた人物でもある。
「あいつに惚れるなよ?アレは長年上官に不毛の恋心を抱いているらしいからな」
「…マジか」
「大マジだ」
  真面目面で答えた次の瞬間、ルイは破顔した。声を上げて笑う彼にアレクシスもつられる。
「カノウ大佐って、男に興味無いんだろう?可哀想に」
「本人に言うなよ?」
「勿論!」
  紳士の理想像を行くようなカノウ大佐は、グラビール人としての鋼の肉体を持っていたとしても歴然たる女性だ。彼女の性嗜好は同性にしか向かっていないので、男性であるベアに一縷の望みも無いのだ。他人の恋心を笑ってはいけないと解っているが、どうしても笑わずに居られない。
  ひとしきり笑って、喉の渇きを珈琲で潤す。そろそろ朝食の予定時間だが、残念ながらアレクシスに食欲は無かった。笑顔の裏で、今朝の夢がちらついている。
  それはどうやらルイも同じだったようで、時計を確認する彼の視線は若干重たい。食べたくないからといって栄養補給を怠れば有事の際に関わる事を知っている彼は、きっと適当にやるだろう。言葉では告げずとも、アレクシスも倣おうと思った。
「そろそろ、行く――」
  立ち上がりかけたルイの言葉に、突如アラーム音が被さる。
  瞬時に紅の瞳が熱を帯びた。喜色に輝く。
「何があった」
  視線はニュースを流していたディスプレイに戻る。画面には彼の所属する部隊の情報分析官が映っていた。ノア・クーリッジ大佐だ。彼の背後には様々なコンピューター端末が並んでいる。
『コードEが発生。至急SOACOM本部へ』
「了解。PCL4戦闘招集。シフト3まで詰めさせろ。ディサイオスをスタンバイで回せ。復唱省略」
『イエス、サー』
  短い返答を最後に、ディスプレイは元に戻った。楽しげなニュースキャスターの姿が場違いだった。ルイの瞬き一つで画面はオフラインになる。
  張り詰めた空気。これは訓練の類ではないとアレクシスは瞬時に理解した。上着に袖を通したルイは、立てかけておいた愛用の武器を片手にアレクシスに向き直る。
「出撃だ」
  喜びに燃え上がる深紅の瞳を真っ向から受け、アレクシスは静かに頷いた。

  

本編再開。ベアはルイより十歳くらい年上にもかかわらず、ネタにされている可哀想なおっさん。
2009/11/27

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