VSeI - 02 Thermit Groove - 2 -

Vir-Stellaerrans Interface

 朝食など忘れ、SOACOM作戦会議室へ足を踏み入れた瞬間、アレクシスは眉を顰めた。知った顔は半々というところだ。後方の空いた席に座り、招集された隊員達が全員揃うまでひっそりと周囲を窺った。
  室内の空気が、いつもと違う。
  空調がおかしい訳ではない。それなのに体感温度が、寒さと暖かさを行ったり来たりしている。原因は何かと探る。席の前の方に、ガブリエーラの姿を見付けた。彼女はルイの部隊だ。暫く眺めていれば、幾つかの席を残したまま人の出入りが止まった。これで全員かと部屋の後ろから小さな喧噪に紛れつつ思い、そこで唐突に気が付いた。
  この場に居る者達は、能力の差こそあれ皆サイオニッカーだ。
  どういう事だろう。ルイとは司令部へ入ったきり別れてしまったし、移動中に説明を受けた訳でもないので理由は想像するしかない。サイオニクスが必要な作戦ならば、自分は場違いだろうと思う。アレクシスには愛用の銃が無ければ、彼らのような超常的な能力など一片も無いというのに。
「全員集まったな」
  正面左の扉からルイが姿を見せ、その後ろからノアとカノウが続く。メンバーは皆口を閉じた。沈黙に倣うよう照明が落とされて、何も無い壁に星図が映し出された。
「ノア、状況を」
「アイ、サー」
  スクリーンに現在地であるAUGAFFセントラルスフィアとレカノブレバス星が表示される。そこから縮尺が伸び、同じ銀河系の端の方へ光線が伸びた。
「25分前巡洋艦リエージュオから緊急通信が入りました。リエージュオはレカノブレバス第八惑星セノブレバス周辺を巡洋中、銀河間通信無人浮標施設IGCUBPのメンテナンス要員を回収に向かい、そのIGCUBPにてコードEが発生。現在一時離脱中。要員8名中、大破4、中破1を予測。不明は3。マシンセンスがほぼ沈黙しているので、実際どうなっているのかは未確認に近いかと思います。施設破損率3%、稼働率は0〜10%。沈黙は時間の問題です。通信網は全て迂回させています」
  専門用語が混じった表示が映し出され、アレクシスはノアの説明を聞きながら何とかそれを理解する。
  質素なパイプ椅子に座っているルイが、じっとアレクシスを見つめていた。薄暗くとも彼の視線の意味は何となく読み取れる。質問は後で全部答えてやる。そんな意味だろう。アレクシスは彼に解るように頷いた。視線が離れる。
  ルイは集まったメンバーをぐるりと見渡して唇を開いた。
「俺たちの任務はコードEの撃退。附属してIGCUBPの機能回復及び生存者の確保。戦闘パックはX04使用。ユーラ隊はノアのリボーグ【アラト】と共にコントロールルームを掌握後復旧を図れ。ギャラン隊はユーラ隊の援護を。ギブリル隊、ティアルア隊は俺の遊撃部隊へ。ドスーミ隊は遊撃隊の援護及び救助活動を行え。サイオン不調があるものは居残りだ。何か質問は?」
  出撃準備のための隊分けが表示され、隊員達の名前が表示される。小隊は隊長を含めフォーマンセルで、合計五部隊ルイの部隊にはパルチザンという単語が表示されていた。そのルイの名前の横に、アレクシスの偽名であるA・Cが追加されている。
  ルイがぐるりとメンバーを見渡すと、質問を求める腕が一本上がっていた。
「何だティアルア大尉」
「パルチザンにアレックス・Cが加入していますが、彼はサイオニッカーだという情報を得ておりません。戦闘力は認めますが、コードEに従軍させるのですか」
「レベル5機密により黙秘するが、ACは俺のバックアップだと思え。小隊の荷物にはならんさ。他に質問は?」
  果たしてそれが納得する答えなのかどうか、自分の名前を出されたアレクシスには判断が付かないが、不満の声も質問の腕も上がらなかった。どんな作戦内容なのか把握出来ていないまでも、どうやら一筋縄ではいかなそうだとアレクシスは気を引き締めた。
「戦闘パックの搬入許可を申請した者からディサイオスに乗船。15分後に抜錨。以上、行動開始」
「了解」
  照明が戻り、各自席を立つ。アレクシスもそれに倣ったが、
「アレックス、こっちに来い」
  ルイに呼び止められた。大人しく従い、彼の傍へ近付いた。ノアもその場に残っていた。
「詳しい説明はディサイオスに乗ってから俺の部屋で話す。時間が惜しい」
「ああ」
「お前がAUGAFFに来た頃、ノアと話した内容を覚えているか?SOACOMの本来の『敵』だ」
「覚えている」
「OK。コードEはそれのことだ。通称エンスージアスモス。エスモス。サイオニクスでしか倒せないアレだ」
  ルイの言葉に、アレクシスは眉根を寄せた。未知の敵。サイオニクスが唯一の攻撃だと教えられた、宇宙空間を漂う災害のような何か。サイオニッカーではないルイが感知できると豪語していたが、実はアレクシスはその存在について完全に信じてはいなかった。
「それなら俺の出番は無いだろうが」
  自分にはサイオニクスが無いと知っているアレクシスは正直に答えた。付いていったところで、ただの荷物にしかならないだろうに。一体何を考えて連れて行こうというのだろう。
「いいや。お前と俺の戦闘を解析して、戦力になると判断した。斥候に出ろと言っているわけじゃない、俺の背中を守ればいい」
「そんな無茶苦茶な…」
「銃士だろう。やってもらう。高い金を払っているんだ」
「酷いな」
  金銭を持ち出されてしまえば、傭兵には何も言えなくなる。捨て駒にされるとは思っていないが、現状理解できることだけでは同じものだ。
  アレクシスの顰め面に、ルイは口角を上げて見せた。
「怖じ気づいたか?」
「情報のない敵に対して怖いも嬉しいもない。無謀な任務に強制参加させられる傭兵の気分は、職業軍人のアンタには解らないだろうよ。栄誉も誇りも正義感も俺には必要ないからな」
  挑発に乗りもせず淡々と答えるアレクシスに、ルイは拍子抜けする。激昂して食ってかかってくることを望んでいたわけではないが、どうやら彼は若いくせに傭兵としての精神だけはしっかりと根付いているらしいと知る。
「無傷かどうかは何とも言えんが、俺の傍にいれば絶対にお前は死なない。それだけは保障してやる。俺の勘は、お前がエスモスに対して武器になると言っている」
「それを信じろと?」
「そうだ。俺を信じろ」
  傲りもなく言い放つルイに、アレクシスは黙った。
  准将の戦闘能力は確かだ。それは戦った自分がよく知っている。
「まあ、どうしても行きたくないってなら、いいぜ。置いていってやる」
  もし行かないと言えば、きっとルイは失望するだろう。結局使えない傭兵だったと評価を下すだろう。それはアレクシスのプライドが許さない。引き返す道は無い。
「あんたの賭けに乗る気はないが、行くよ」
「そう言うと思った」
  破顔したルイは、アレクシスの髪を乱暴に撫でた。
「ノア、出撃準備だ」
「アイ、サー。実行に移します」
  情報官の眼鏡が光る。敬礼後入室してきたドアへ去っていったノアの後ろ姿を見送って、ルイとアレクシスはブリーフィングルームを後にした。

 戦闘艦ディサイオス。宇宙空間にとけ込むような漆黒の筐体の全長は約208メートル。特殊小型戦闘艇を12機と哨戒艇2機、脱出艇4機、他数機を格納した宇宙船は、ホログラムで一度見ているとはいえ乗船しても船内活動において基地との違和感は無かった。想像するのは、極力凹凸を押さえたボディだ。あまり詳しい構造は教えられていない。
  ルイの背後に大人しく付き従っていたアレクシスは、艦橋に到着したことを室内の様子で知る。正面の壁は一面ディスプレイになっているらしく、星図や様々なデータが表示されていた。艦長席の下段に大型コンピュータ端末が座席と一体に置かれ、中央にはノアとよく似た茶髪の青年が座り、両手をコンソールに置いている。首筋から背骨にかけて様々な配線で繋げられ、彼は何かのサイボーグであることが伺えた。
  メインコンピュータであろうその席を半円で囲むようにオペレータが定位置に座り、各々差はあれ船体コンピュータと有線接続している。普段の生活では滅多に見ることの出来ない光景で、アレクシスは空色の瞳を一瞬見開いた。補助席へ座るよう指示されそれに倣う。
  ルイが艦長席で官制と発艦の通信を終える。ディスプレイの警告インフォメーションが赤から次々緑に変わった。
『全船員スクランブル発進準備完了。第一から第四エンジン始動。ドッグロック解除。セントラルスフィア、シールド展開を確認。アフターバーナー点火カウント60』
「カウント開始」
  ルイが応える。
『60、59、58…』
  インフォメーションとカウントダウンを告げる声はノアと同じだった。
「アレクシス、衝撃に備えろ。観光船とは違うぜ?」
「了解」
  既にディサイオスはセントラルスフィアのドッグから切り離されていた。外の景色が見えないのでディスプレイに表示された3D映像を見る事しかできないが、動いているという実感はない。
『3、2、1、アフターバーナー点火』
「ディサイオス、発進」
  ルイの冷静な声を聞いた瞬間、アレクシスの身体はシートに押しつけられた。歯を食いしばるほどではないが、初めての圧迫感だ。対重力テストを受けていたとはいえ、現実は緊張も伴い体感は重かった。
『セントラルスフィア第一警戒宙域離脱。出力レベルを維持。目標IGCUBPへの到着は58分後になります』
「了解した。出撃メンバーに告ぐ。到着時刻10分前に接続ゲートへ集合。それまで作戦確認及び施設図を頭に叩き込め。装備及び通信リンクの確認は怠るな。以上」
  艦長命令が船内に響き、ルイはシートベルトを外して立ち上がった。タラップを降りて、メインコンピュータに座る青年の傍に寄る。
「ノア、サイオンステルスは全開にしておけ。出力をケチるなよ」
「アイ、サー」
「俺はアレックスと準備に入る。何かあったら呼べ」
「了解しました」
  やはり彼はノアだったのか。先程の姿とは違うし、気配も何か異なっているような気がする。撫で付けた茶髪、瞳部分と耳までバイザーで覆われ、戦闘服に身を包んだ彼は情報官には見えなかった。
  彼らの様子を窺っていたアレクシスに、ルイが視線を向ける。行くぞ、と顎で示されて、シートベルトを外し立ち上がった。艦橋背後の自動扉を抜け、通路を進む。迷いそうだ。果たして船内構造に慣れたほうがいいのか解らないが、暫くは大人しく付いて回った方が良いだろうと判断する。
  基地に比べると大分狭い通路を一度曲がり、ルイが扉を開いた。船内の扉は縁取りがあるだけでフラットだ。小さなコンソールパネルが無ければ、扉だとは解らないだろう。
「重力設定は基地と同じだ。それほど不快じゃないだろう?」
「そうだな」
「説明は着替えと一緒で頼む。気を散らすなよ?お前の戦闘パックはそれだ」
  言いながら軍服を勢いよく脱ぎ始めるルイに僅かばかり戸惑いながら、アレクシスは指示されたプラスチックバックを開けた。普段使用していた戦闘服とは材質の違う一式が詰め込まれている。上着を脱いで、インナー姿になったアレクシスは、常時携帯を許されていない筈の愛銃をホルスターから抜いてデスクに並べた。
「……スキャンで知ってはいたが、本気で銃器携帯とはな」
「契約書には許可があるだろ?」
「あるが、他の隊員が知ったら卒倒するぜ…」
  すでに戦闘スーツのズボンをはいているルイが半眼で呟いていた。彼の着替えは早い。動きに無駄がないのだろうが、それにしても早業だ。完全に出遅れているアレクシスは、ルイの悪態は無視した。全裸になるわけではないのだが、ストリップでもする気分だ。
  同室だったのだから今更だろうと平時軍服のパンツを脱いだアレクシスは、ボディアーマーに身に付ける。視線は感じるが、気にしたら負けた気がする。一時間後には戦闘開始だというのに呑気なものだと思い、けれどおかげで緊張がほぐれている事を知った。
  ブーツやグローブ以外の細々とした装備品以外の、機密服の役割を果たすボディアーマーを首まで留めたアレクシスは、ホルスターを付け替えながら振り返る。ルイは備え付けのベッドに座りながらブーツを履いていた。
  室内を観察する暇もなかったので今更見渡せば、艦長室と言うには随分と質素な部屋だった。大きな家具はベッドくらいで、コンピュータ端末も椅子も全て壁に収納されているのだろう。他にも扉らしいものは3つ程あるが、説明して貰っている場合ではない。愛銃を動作確認と弾薬補充のために、戦闘パックの横に置いてあったアタッシュケースを引っ張り出す。許可を得ずにベッドの上に座った。どのボタンを押せばテーブルが出てくるなんて知らないので仕方がない。ルイは何も言わなかった。
「どこから話すかな」
「エスモスだっけ?それさえ忘れなかったら後は任せる」
「そうだな」
  アレクシスと同じように自分の得物を取り出したルイは、視線をそちらへむけたまま口を開いた。
「この戦闘艦は、対エンスージアスモス装備に特化した船だ。外部からのサイオンは元より、登録されたサイオニッカーのパターン以外のサイオニクスは発生出来ないように処理されている。SOACOM秘蔵の戦闘艦だ。
  戦術コンピュータは本部のノア、AUGAFFメインコンピュータ【NOARK】とリンクしている。航海中はスタンドアローンだが、基地で待機しているときは常にオンラインで情報は最新のものを積んでいる。スタンドアローンにしなきゃならないのは、対エスモス戦では必須だ」
  アレクシスは耳を傾けながら、弾薬のパックを確認する。問題はない。通常とは違う弾だが、試射済みだから動作に問題は無いだろう。
「奴等は、人工物、さらに言えば電子機械への攻撃が顕著だ。通信用のラインですら喰ってくる。今回支給されている戦闘パックは、擬似サイオニクスを発生することができるもので、エスモスの干渉を極力抑える働きがある。
  ――コンソールのノアは見たな?」
「ノア大佐?ああ。サイボーグだったんだな。大丈夫なのか、彼は」
  人工物の最先端であるサイボーグは、真っ先に攻撃対象になりそうだと気付いたアレクシスはルイへ視線を向けた。
「詳しいことは言えないが、ノアは特殊なサイボーグでな。あれを破壊されるのはAUGAFFにとって重大な痛手になる。だから今の奴は本体からリモートコントロールされたスタンドアローン端末だ。リボーグ名は【アラト】だ。基地を出るまで同期していたが、今は完全にロボットだと思って良い。金はかかるが換えは効く」
「…ちょっと待て、俺がそんな事聞いていいのか」
「あいつの心配されて怪我されちゃたまらんからな。ここまでは、いいな?」
  剣タイプの得物を鞘に収めたルイは、時間を確認しながらアーマーの胸元を締めた。
「エスモス。やつらは人工物を喰らう。それだけなら、被害はまだそれ程でもない。リボーグと同じで換えが効く。だが、一番やっかいなのが、エンスージアズム化した時だ」
  名称の語尾が変化して、アレクシスは方眉を上げた。
「実際見てないと実感なんぞ沸かんだろうが、エスモスは人を乗っ取る」
「…は?」
  何だ、それは。
  派遣されてから聞かされた話では、惑星を除外した宇宙空間に建造された施設への攻撃が主だったはずだ。
「現代科学じゃあ立証も実験も出来ないし、動画を残せても解析が難しい。データとしての価値は無い。科学者は非科学的だと言うだろうな。ノアも対面するまで鼻で笑っていた。あまり使いたい単語じゃないが、一番当てはまるのは『憑依』だろう。奴等は人の意識を乗っ取ってくる。目視できずサイオニクスと戦闘センスでしか感知できないエスモスは、人に憑依してエンスージアストになった時だけは実感を持って破壊できるんだ」
  アレクシスはルイの血色の瞳を見つめ、厳しい表情を浮かべた。
「エスモスが憑依する相手を選ぶ事はない。だから、俺たちの任務は外部に出すことは出来ない」
  口を閉じたルイの表情は、何を考えているのか読み取れなかった。事実だけを告げたような、淡々とした口調だ。
  アレクシスはたったいま告げられた言葉を反芻し、嫌悪感を感じた原因を知る。確かにエンスージアスモスは脅威だろう。目的もなく、敵対行動を取る相手だ。それは解る。だが、その敵が実体を持った本体は人だ。破壊するということは、要するに憑依された人間ごと殺すということだろう。事実を外部へ公表しないのは、原因を説明できない理由で目標を殲滅するからか。
「奴等も黙ってやられてはくれない。浸食し喰らっていた行為を邪魔する俺達を排除するために、俺たちと同じ肉体を武器に変える。『憑依エンスージアズム』を回復する術は今のところ見つかっていない。辛うじて回収できた事はあるが、既に本体は死んでいた。どの時点で人としての生命活動を終えるのかは知らないが、俺たちが活動できないどんな現場状況だろうとお構いなしだ。もし憑依が解けたとしても、酷使され尽くした肉体は修復不可能なところまで追いやられている」
「…その、通信施設に居る要救助者は、エンスージアストなのか?」
  聞きたく無い事実を無意識に感じ、アレクシスの声は僅かに震える。
「既に死亡している者は違うだろう。負傷者はエスモスと接触している可能性がある。不明者はエンスージアストかもしれない。生きているか死んでいるか、それとも俺たちが出撃した所為でエンスージアズム化するのか。行ってみなければ、判断できんさ」
  やはりぴくりとも感情が表れず無表情のままのルイが告げる。
  アレクシスは、きつく瞼を閉じた。ルイは明言を避けているが、何をするのか想像は容易だ。言い淀むけれど、聞かずにはおけない。
「……俺に、…ひとを殺せと、あんたは言うのか」
「否定はしない」
  即答を聞いて、アレクシスは奥歯を噛みしめる。
  極端な話、軍人は殺す覚悟と死ぬ覚悟はしているだろう。実際そのように行動できるかは別として。だが、一般人はそうではない。そして軍人だからといって、殺して良いという話でもない。命は、皆平等であるべきだ。
  今まで、敵対行動を取らせないために戦闘不能状態にしたことはあっても、命を奪った経験は無かった。
  広い概念で様々な命を奪わなくては生きていけない事を知っている。食物だったり、間接的にであったり。だが、どれだけ偽善的だと罵られようとも、アレクシスには直接何かを殺すことは出来なかった。極端に言えば、殺すくらいなら自分が死んだ方がマシだとさえ思っている。
  訓練ですら、避けていたのだ。そのたびルイからは冷えた視線を送られていることを知っていたが、どうしても出来なかった。軍務に従事する者は口を揃えて彼が甘いと言うだろう。彼らの気持ちも解るのだ。だがいっそ拒絶反応とも呼べる自分の行動を、押さえ付けることは出来なかった。
「お前には覚悟が足りない。傭兵だろうと軍人だろうと、戦闘を生業としているのであれば、甘えは捨てろ。躊躇えば味方が殺される」
「…だから、今回俺を連れて来たのか?」
  殺しを経験させるために、甘えを正すために。
「そいつを殺せば百億の人類が助かるとしたら、お前はどうする」
  ルイは逃げるように目を瞑ったアレクシスの肩を掴んだ。歯痒い。ルイは快楽殺人者ではない。率先して殺しに手を染めている訳ではない。ただ人より自分が手を下した方が効率的で、様々な面で被害が少ないからそうしている。殺された方からすれば、きっと彼は希代の大罪人だろう。殺しの免許が得られるからと偽悪的に振る舞っていても、命を奪う重みを解っているし、超法規性を主張して殺人を正当化しない。
  でも、だからこそ、救える命のために殺人を否定しないのだ。
「…俺は、それでも…、俺は……」
  選り好みの出来る傭兵業ではなく、軍の作戦へ参加する決意を行ったのはアレクシス本人だ。攻撃する覚悟はあっても、その結果命を奪ってしまう事への覚悟は、確かに無かった。今更帰る事もできず、だからといって殺人の可能性を許容出来ない。突き付けられた現実にジレンマを覚え、言葉は喉につかえて出てこなかった。
「アレクシス」
  決意を促すように、または宥めるように名を呼ぶ。偽名ではなく、本名を。ルイは俯いてしまったアレクシスを見下ろしながら、眉根を寄せて唇を引き結んだ。表情の戻った彼の顔は苦渋を貼り付けている。
  殺せと要求した。躊躇うな、と。けれどルイの胸中では、彼に人殺しをさせてはいけないのではないかという思いも浮かんでいた。今まで感じたこともない考えで、そんな発想が浮かんだ事に戸惑いを覚える。アレクシスと対峙していると時折感じる、本能や直感の囁きだ。戦いを選んでいながら手を汚さない事に対する苛立ちや嫉妬というものでは無いだろう。
  ルイとアレクシスは共感する部分より、相反する部分の方が多い。短くても彼と生活を共にし、その言葉や行動から感じていることだ。自分と相反する性を持っていることが憎らしいのに、どこか愛おしいような。
  どうしてそんな思いに至るのか、感情の原点が解らなくて苛立つ。遣り場のない怒りに似た感情のぶつけ場所は、一体何処にあるのだろう。
  今までたくさんの人物を出会い、別れを繰り返してきた。けれどアレクシスほど自分の感情を揺さぶってきた相手はいない。これ程までに相容れないと言うのに、どうして突き放すこともしないのか。
  微かに震える細い肩を抱きしめた。泣いているのか解らないが、哀しませているのは事実だ。慰めるのはお門違いの筈なのに。渦巻く矛盾を覚え、それ以上言葉はかけられない。
  殺せないこいつの替わりに俺が居る。
  腕の力を強めたルイは、ふいに浮かんだ言葉に自分を疑った。殺さない、のではなく、殺せない。どうして、そう思う。自分が替わって手を下そうなど、どうしてそこまで相手を甘やかそうと思える。
『こちらブリッジ、アラト。報告します。巡洋艦リエージュオを補足しました』
  突然割って入った通信に、ルイが我に返った。瞬時に時計を確認する。接続ゲート集合時間15分前だ。だが、感情の揺れが未だ収まらない。
「…戦闘宙域から離脱していることを確認して、短波情報リンク。待機及び非常時離脱の指示を送れ」
『了解』
  出来れば直にリエージュオの船員から話を聞きたい。命令しなければならないことは他にもあるのに、行動へ移せなかった。きっと艦橋のノアは眉を訝しんでいることだろう。
  マインドセットを切り替えられないようでは自滅する。このままでは、お互いに。ルイは一度天を仰いでぎゅっと眉を寄せてから、アレクシスを引きはがした。力加減も忘れて肩を掴んだまま、悲哀を滲ませた顔に己の顔を寄せる。
「…っ…」
  貪るように、その唇を奪った。
  処理不全に陥った思考を破壊するような口付け。無理矢理唇をこじ開けて舌を差し込む。驚愕に見開いた空色を睨み付け、角度を深めて口腔を荒らしてかき混ぜる。愛撫も何もない。衝動と激情がなせる、無遠慮なキスだ。
  三度目の口付けは苦かった。

  

リボーグ:リモートサイボーグの略
専門用語をちりばめようかと思いましたが、読みにくくなるので止めました。気になったら編集するかもしれませんあしからず。
アフターバーナーがこの時代の宇宙船にあるかはアレなんですが、あったら見た目の迫力がありそうなので!
2009/12/23

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