VSeI - 02 Thermit Groove - 5 -

Vir-Stellaerrans Interface

 戦闘艦ディサイオスは出撃した戦闘員と救助者を乗せ、AUGAFF本部であるセントラルスフィアへと針路を向けた。先頭を巡洋艦リエージュオが通常警戒速度で進む。帰還までは約三時間程の行程だ。緊急出動の行きとは違いゆっくりとしたものだった。
  銀河間通信無人浮標施設IGCUBPと小型船のゲートで、ガブリエーラ・ギブリル大尉が作戦司令官であるルイの姿を見た途端走り出してその手を思い切り握りしめるというハプニングがあったが、それ以外はマニュアルをなぞるような順調さで遊撃隊は母艦へ帰ることが出来た。
  救助された検査員は厳重にシールドされたまま、医療ポットに押し込まれている。意識はないが、医療端末の簡易診断で生体反応に異常は見られないという結果に、エンスージアスト化を直視しているルイの眉間に皺が寄った。
  生きている事は喜ばしいかもしれないが、彼は基地に戻ってからうんざりするような検査と調査が待ちかまえているだろう。自宅に帰れるかどうか、そもそも基地から出られても暫くは監視対象にされるだろうことは想像に難くない。だが、死ぬよりマシだろう。
  ルイは隊員達に戦闘データの報告をまとめるように指示し、各々本部へ戻るまで休息と自由時間を与えた。アレクシスに関しては色々と問い詰めたい事はあるが、取りあえず船長室で待機するよう命じて、己は艦橋でノアのリボーグから詳細を聞いていた。
「詳しくは本体ノアとデータリンクをしてから話しましょう」
「IGCUBPのOS再起動が出来てりゃ、後は修繕方の仕事だ。その辺の報告書はまかせる。ただし、体感消失の件に関しては記載しないように」
「了解しました。帰還後の行動草案は船長室の端末へ送信しておきますので、確認してください」
「助かる。やらなきゃいけないことが山積みだ」
「楽しみにしていますよ」
「……うんざりする」
  切り落とした筈の腕を反対側のてのひらで無意識にさすったルイは、アラトの意味深気な視線に悪態で答えた。口頭では伝えていないが、アラトには出撃メンバー全員の戦闘データが自動受信されているはずだ。約8分間の前後で、ルイのデータが一番異常に違いない。消失した時間の間に、エンスージアスモスが消滅した事実。問い詰めたいだろうけれど、アラトの自制心は人間の感情より機械に近い冷静さを持っていた。賢くも猶予をくれている。有り難く使わせて貰おうと思った。
  艦橋を退出したルイは自室へ向かう。アレクシスが指示に従っていれば、そこに居るだろう。先延ばしにした様々な疑問に答えて貰おうという期待感と、先程の態度から考えて素直に白状するとは思えない苛立ちが混ざる。
  思えば最初から何かを感じる相手ではあったのだ。ルイが背負った奇異な運命と似た、ある種の親近感だと思っていたのだが、どうやらそうとも言い切れない。言葉で説明するには困難で曖昧。雲を掴むような心許なさの原因は一体なんなのだろう。
  壁のパネルに触れてドアをスライドさせれば、アレクシスは戦闘服を脱いで軍服姿に戻り、悠然とベッドに座っていた。胸元のボタンをいくつか留めないまま、勤務中では指導対象になりそうな簡易的な着崩し方で。
「おかえり」
  全てを知っているとでも言うような老獪な微笑がルイを迎える。姿形は同じだけれど、やはりどこか、出撃前と今では異なっているようだ。だが全くの別人というには、判断に乏しい。
「逃げてないなら何よりだ」
「その必要は無いからな」
  戦闘パックの傍に武器を置いたルイは、収納されている簡易椅子を取り出してアレクシスの真正面に座った。
「これから尋問されるような雰囲気だな」
  明るく答えるアレクシスに、ルイは舌打ちを返す。
「尋問だ」
「お手柔らかに頼むよ。俺はその手の訓練を受けてないから」
「願ったり、だな」
  両手の指を膝の上で組み、上体を低くしたルイは皮肉気に口角を上げてみせる。尋問とは言ったが、正規の手順を踏む気はない。記録されている訳でもないし、口外出来る内容でもないだろうと理解している。尋問になるかどうかさえ、怪しい。
「お前は、『何』だ」
  ただ、簡潔に尋ねた。
  問われたアレクシスは拍子抜けしたとでもいうように、青い瞳を見開いて小首を傾げた。何であるかという括りが広すぎて、裁量を任されてしまった感がある。
「あんたの対になる者、とでも言うべきかな」
  数ある答えの中で選んだ物は、抽象的だった。固有名称を避けたのは、幽霊を信じない物に幽霊を説くような事を避ける為。
「具体的に」
「それを表現することは難しいと思う」
  すげなく告げたアレクシスは、右手を伸ばしてルイの頬に触れた。確かめるように撫で、やはり、と確信する。覚醒ともいうような劇的な思い出し方をした自分と違い、ルイは記憶を引き出せないでいる。能力だけは奮えているのに、錠を開ける鍵が無い。無理矢理記憶をこじ開ける事は、いくらアレクシスでも出来なかった。アレクシスの能力以上の制約がルイを縛っているのだと悲しくなった。同族殺しはそれ程の罪で、罰なのだろうか。
  触れられた指先を引きはがすように、ルイはアレクシスの手首を掴む。はぐらかそうとしているように思えてならない。
「言語では、どう表現しても伝えられない。俺に言える事は、それだけだ」
「サイオニクスが発現したわけではないんだろう」
「そうだな。その手の能力とは違う。元を辿れば、あんたと同じ所に行き着く。方向性が完全に逆だけれど」
  そう締めくくられてしまうと、ルイは反論出来なくなる。ルイが持つ力も同じだからだ。科学的に説明することの出来ない能力など、己が一番理解している。
「忌々しいな。いっそ憎らしい」
「ああ。…うん。そうだろうな」
  アレクシスは柳眉を寄せた。本来相容れない正反対の相手だ。憎まれていた記憶が確かにある。自分は彼のことを憎いと思ったことなど、ただの一度もないけれど。
「だが、憎みきれない」
「ルイ?」
  切り落とし、寸分違わず作り直した手が握るアレクシスの手首。それを見つめながら、ルイはもどかしさに気が狂いそうだった。
「俺の一族は、他人の遺伝子を排除して生まれ変わる。子を成せば死ぬ。母親の胎を借りるだけだ」
  一度区切り、唇を湿らせる。
「記憶はリセットされ、けれど常に『誰』かを探している。運命の相手って言い方はガラじゃないから使いたくないが、それでもずっと追い求めて、自分が『そう』ではなければ、かわりの誰かを愛して子を成し、次の世代へ繋いできた」
  いつからか記録を残すようになった。人であるはずの己が、人ではないと疑う数々の手記。絶望と狂気に苛まれながら、けれど堕ちることは出来ない苦しみ。一時の救いは彼らの妻が与え、けれど夫は妻に対して一片だけの落胆を愛情で隠す。
「俺はそんな一族から比べると、微妙に異端だった。面影を探し求めているようで、けれど子に継がせる確信も得ない。俺で途絶えるのかとも思っていたが、その通りだったのかもしれない」
  宿命というのならば、そうなのだろう。
「…可能性として」
  アレクシスはぽつりと呟く。
「もしあんたが子を作れば、その子は何も受け継がない」
「そう言い切れる根拠は?」
「俺の存在、だろう。あんたが終着だ」
  ルイは顔を上げた。冷酷とも取れるような無表情を貼り付けたアレクシスの視線と絡む。
  運命の、宿命の、相手。宗教を信じない彼らだけれど、一笑に付せない。一族がこぞって探し求め、諦めてきた存在。いつ終わるかとも想像出来なかった終わりが、目の前の相手なのか。
  戦闘訓練で我を失うような欲求が沸いた。深みにはまっては拙いと思いながらも、視線がいつのまにかアレクシスを追ってしまう。必ず覚えていないが、哀愁を伴う夢の頻度が増えていた。予兆はそこかしこに在った。
「俺の対になる者、か」
  言葉に成らない何かが、微かに解った気がする。ルイの力は破壊を根源としている。対極にある者。口に出すことは、陳腐すぎて憚られた。確かに、言語で表現するのは難しい。
  惹かれてはいけないと思っていた。否定すればするほど、意識してしまった。それが元々対称に在る片割れを求めていたのならば、逃げようがない。惹かれてしまうのは、それこそ宿命なのだから。
「俺は無から有を創る。アンタは有を無に還す」
  紅の瞳から視線を外したアレクシスは、握られた手首から再生された彼の腕を辿り見る。
「俺が悪酔いした時があっただろ。今思えば、鉛中毒に近かった。毒性は排除されていたんだろうけど、俺は力の制御が出来ずにそれを体内で再生させてしまったらしい」
「……酢酸鉛」
  ルイがぽつりと呟いて応える。
  あの時、医者であるハイルが成分を述べていた事を思い出した。人体に害は無いと言っていたけれど、アレクシスは酷く苦しんでいた。触れて、口付けて、彼を冒す何かを吸い出した。
「出撃前もそうだ。人など殺せない、と自家中毒に陥りかけた俺の心理をぶち壊してくれたのもアンタだろ。殺せないのは今も変わりはないけど」
  敵ならば殺せと突き付けた要求を、アレクシスは拒んだ。それでもやれと口には出したけれど、実際はアレクシスに人を殺す事など出来ないだろうとも思っていた。どこかで彼に殺させてはいけないという心情もあった。何故そんな感情が湧くのか不思議で仕方が無かったけれど、今なら少し理解出来るかもしれない。根本はやはり靄がかかったように曖昧だが。
「俺の動揺を挫くのはあんただった。俺が生きてきた中で、これだけ生存に干渉してきたのはあんただけだ。一体あんたは俺の何なのだと疑問は尽きなかったけど、思い出してしまえばそんな疑問など些末だった。何故あんたなのか、ではなくて、あんただから俺を揺るがせる」
  言い終えたアレクシスは、ふわりと微笑んだ。彼の目に疑いは無かった。ルイは逃げずにその視線を見つめ返した。拒もうという意識は全く働かない。
「好みのタイプかと問われれば、全否定出来そうだったんだがな」
「…それは同感だけど」
  けれど互いに口に出さなかったとはいえ、己の存在意義的な観念で、どうしても気にならずにはいられなかった。
「今は、在るべき相手だと、私は――俺は理解している」
「アレクシス?」
「俺が俺であるのだから、番いはあんたしか居ない」
  聞きようによっては熱烈な愛の告白なのだが、アレクシスの声色には色気のかけらもなかった。諦念ではなく、確定されている何かをなぞっているようなものだ。
  ルイはアレクシスの視線を受け、いつか感じた凶暴なまでの歓喜がふつふつと沸いてくる事を感じた。押さえ込む努力が無駄だと告げるような本能。感情の発生源が朧で掴みようが無いけれど、ひたすらに求め確かめたくなる。普段は隠している己の性を無理矢理引きずり出されるような感覚。
  紅玉の瞳に宿る感情を、アレクシスは読み取った。
「そうだな。手っ取り早いかもな」
  長嘆と共に捕まれた手首を回して、ルイの腕を取る。そのまま自分の方へ引き寄せた。
「確かめてみたら、どうだ」
  近くなった距離と、耳元で囁かれた言葉にルイは緊張した。仄かに香る体臭が馨しい。本能のまま、晒された首筋へ顔を寄せた。
「陳腐だな」
  偽悪的に囁くが、ルイは身体を離そうとはしなかった。
「好みじゃないらしいからな。その気にはならないか」
「…いや。まいったな」
  固い寝台へ乗り上げ、ルイは息苦しい戦闘服の首元を緩めた。
  自分の置かれた状況を忘れようとする。送信されている筈のアラトの報告書や、加えなければいけない指示の数々。まとめなければならない戦闘データや、帰還してから待ちかまえているだろう雑事。平時ならそれらを二の次にしようなど考えすらしないはず。
  けれど唇を舐めたルイから零れた言葉は欲求に忠実だった。
「興奮する。喰い殺しそうだ」
「それは困るが」
  喉で笑ったルイに、アレクシスは渋面を返した。与えることに対して嫌悪も否定も無く、ある種の義務感に似た高揚の遣り場に困る。漸く応えてやれると安堵しながら、けれど実際突き付けられた牙には僅かな恐怖心を感じる。
「お前、男の経験は?」
「残念ながら一度もないが…」
「俺がお前を抱くので、いいな?」
「どちらでも良いが、正直逆は想定してない」
「結構」
  確認を取ってはみたものの、ルイ本人も抱かれようとは思っていなかった。貪るのは、自分だ。奪うのも、壊すことも。むしろアレクシスが雄性を主張しないことに驚くが、そういう物なのだと理由もなく確信する。
  目の前の男を蹂躙して、自分の何かが変わるかもしれないという期待感が大きい。
  グローブを脱ぎ捨て、戦闘服を臍まで寛がせて両腕を抜いた。アンダーウェアは触覚の妨げになるため身につけていなかった事がお誂え向きだと胸中で呟く。
  晒された肉体を冷静に見つめたアレクシスは、己で再生させたその腕に指を這わせた。直に感じる暖かさ。異常は何一つ無い。自分の能力を疑ったりはしないけれど、実際触れて安堵する。
「大事な仕事道具だ。元に戻してくれた事には感謝する。行程は納得してないがな」
「俺を庇って、あんたが傷付くのは……、もう、二度と御免だ」
  彼の支払っている代償は、いつも過分だ。それが苦しいけれど、きっと今のルイには理解出来ないだろうとアレクシスには解っていた。
  正直なところ、身体を合わせても現時点で劇的な変化があるとは思っていない。ルイは正反対のことを考えていそうだが、それだけは確かだ。ここは宇宙空間で、自分たちが全開に力を奮える場ではない。なら何故行動に出たのかと言われれば、繋ぎ止めておきたかったからだ。砕かれた絆を、もう一度繋げておきたい。
  近付いてくるルイを避けず、アレクシスは瞼を閉じた。過去に口付けられた時には、犬に噛まれたと思えばいいなんて言ったけれど、今思えば戸惑っていただけかもしれない。それは心地好いものだった。唇だけで身体が熱くなるなんて、信じたくなかった。けれど相手がルイなのだから、それは感情がどうこうできるものではない。
「ん…、ふ」
  絡みついた舌先が痺れるように熱い。自分が持つ属性と正反対だからこそ、反発し共食いに近い強烈な快感が生まれる。あまりに強い感覚で、アレクシスは耐えきれず広い背へ縋り付いた。対するルイもがむしゃらに貪る。相手を侵蝕していくような、自分という存在を植え付けるような歓喜に身が震えた。
  四度目の口付けだった。酷く甘く、切なく、懐かしい。
  懐かしいと感じるのは、口付けた行為より、身近になったその存在だろう。求め続け、けれど相反する性の所為で実際触れることが叶わなかった相手だ。肉欲など昔は無かったと思うけれど、屈服させたいと感じていたのだから欲望はあったのだろう。この記憶は一体何処からくるのだろうと微かに感じながら、ルイは没頭した。
  際限のない欲求をねじ伏せ、一度唇を離す。足りない。感じるままにもう一度奪った。応えられる舌を吸い、食らい付く。喰い殺したくなるという戯れ言は、真実に近い。もっと深く、奪いたい。もどかしさは行動に表れるのか、ルイはアレクシスの軍服を乱暴に剥ぎ取っていった。

 

 肢体を真っ正面から見つめたのは、短くない同居生活の中でも初めてに近かった。そもそもシャワールームは客室にもあったから、全裸で居間に出てくることは無い。見てみたいとは思わなかったし、何も身に付けない上半身を見ても興奮するより肉付きが薄いという感想しか抱かなかった。抱かないようにしていた、という表現がより近い。
「…っ、あ…」
  首筋を辿り、胸に指を這わせるとアレクシスがひくりと反応を返す。ルイは唇をずらして突起を舐め上げた。肩が揺れる。感度の良さに気をよくして、重点的にそこを攻めた。
「あ、…ッ…ん…」
  わざとそこから唇をずらして強く吸い上げられ、跡が残ったなと朧気に気付いたアレクシスは、自分が意外と冷静であることが不思議だった。
  指よりも、粘膜越しに触れられるほうが感じる。快感と呼ぶには痛みが強いかもしれない。焼かれているような錯覚を覚えるのだ。それが反属性を持つ相手からの接触だと理解するのに時間はかからなかった。
  自分が望んで促したとは言え、今後どうなってしまうのか解らない。正体を無くすような失態は犯したくないと意識しても後の祭りだ。
「俺が感じる欲求とは、別に、…お前を俺の物にしたくて堪らない」
  何なんだろうな、これは。
  ルイは愛撫の狭間にぽつりと呟いた。渦巻く感情を上手く制御できないが、本能から逆らおうとは思えなかった。
  男相手の性交が今まで無かったとは言わないが、女を相手にするよりもっと杜撰だった記憶はある。性欲処理ではなくて、まさしく愛撫だというような愛情を込めて誰かを抱こうと思った事は、もしかしたら初めての経験かもしれなかった。
  舐め取った肌が甘い。そんなはずはないのに、極上の味だ。もっと先には、どれだけの満足と歓喜が待っているのだろう。逸る気持ちを隠せず、ルイの銀髪が徐々に下肢へと移動する。
「フェラなんて出来ないと思ってたんだがな…」
「…なに?」
「いや、独り言」
  くつりと笑ったルイは、快感を確かに現すアレクシスの中心へ舌先をやった。
「っ!!」
  尖端から溢れ出る蜜を舐め取り、そのまま咥える。途端に上がった甘い悲鳴を心地好く聞きながら、好物をほおばるように吸い上げた。
「ぁ、あっ…、やめ…」
「誘ったのはお前だろ」
  性器に振動が響くように喋り、ルイは欲望のまま口淫を続けた。漠然と、逆の立場なら気が狂うんじゃないかと思い付く。アレクシスの唇に欲望をつっこめば、きっと自制など振り切れそうだ。口付けでさえ身悶えそうになるのだから、あの唇が、厚めの舌が絡みつけば、直ぐにでも射精に至ってしまうだろう。自分の想像に煽られた。
「待、て…、っ…ん、ぁ…あ!」
  事実アレクシスは息も絶え絶えになっていた。皮膚を舐められただけで火傷しそうな思いをしたのに、敏感な部分を嬲られてしまうと四肢から意志を奪われるような快感だった。濡れた卑猥な音が羞恥心を生むが、一々そんなものに反応出来ないほど強烈な感覚だ。泣き出してしまいそうになる。肉体の反応は正直で、過ぎた快楽に金糸の睫毛が濡れていた。
「このまま達かせて呑んでやってもいいが、俺も余裕がねぇ」
  ちゅ、と音を奏でて唇を離したルイは、立ち上がったままの雄芯を満足げに見つめて、アレクシスの両足を掴んだ。柔軟性が幸いしたか、苦痛を聞くことなく開かせる。
  綺麗なものだ。そうお目にかかる場所でもないが、アレクシスが持つ美しさから考えれば当たり前かもしれないと苦笑を零す。
  医療キットには潤滑剤の変わりになるような物はセットされていない。あったとしても取りに行くような余裕は言葉通り無かった。
「っひ…ぅ」
  躊躇など微塵もせず、ルイは晒されたアレクシスの秘部へ顔を寄せて舌先を埋め込んだ。途端強張った足を閉じさせないように指の力を込める。
「ルイ、…やめ、ろ……、やめ…」
「我慢しな」
  ここに来て抵抗を表したアレクシスは、残酷な台詞に否を返すように首を横へ振った。力ない拒絶だが、行為を止めさせるような強制力と言うより、助長させるような媚態が混じっている。本人に自覚は無いが。
  解っていたことだが、体験したいとは思わなかった。本来排泄器官なのだ。目的は理解していたとは言え考えていた物より羞恥心に堪える。まさにセックスをします、という状況ではなかったから、仕方がないかもしれないけれど、甘受することはどうしても出来ない。望むほどの場数は踏んでいないし、そこまで放埒にはなれなかった。
「あ、ぁ…」
  身体の内側を舐められる感覚は、性器に施された愛撫より強かった。指を差し込まれ、ゆっくりと抜かれる。探るような仕草は最初だけで、直ぐに抽送へ変わった。
  この身を差し出し、くれてやってもいいと達観していたはずだが、人間として生き培った倫理観には抵触するようだ。嫌悪感が沸かない事は相手が相手であるので当たり前だと理解出来ても、行為を意識してしまえば居たたまれ無さを感じる。しかしアレクシスの複雑な心境は、施される指戯に薄れていった。
  閉じた秘肉を解そうと舌先から唾液が送り込まれ、僅かな隙間を埋めるように長い指が這わされる。次第にろくな言葉もはき出せず、アレクシスは必死に耐えた。
「…悪い。限界だ」
  唸るような低音で毒付いたルイは、引き抜いた指先をぺろりと舐めた。せわしなく上下するアレクシスの胸元。息も絶え絶えながら力なく顔を隠す手のひらは僅かに震えている。
  逸る気持ちを抑えられず、散々舐め解したそこへ、己の切っ先を宛がった。避妊具の類を使うべきだ、という常識は欠如していた。そもそもそんな物が、基地の自室ならまだしもここにある訳がない。どれだけ薄く作られていようとも、互いを阻む物を使う気には正直なれなかった。
  口内に溜まった唾液を嚥下したルイは、ひくつく動きに期待と興奮を感じる。
「…アレクシス」
  確かめるように一度名を呼んで、ゆっくりと腰を進めた。
「ッ…あ、あ…――――!!」
「くっ、…う」
  その瞬間、全身を襲う感覚に二人はそれぞれ堪えきれずに呻いた。痛みと錯覚するような、強烈な感触だ。繋がった部分から焼き尽くしそうな勢いで快楽が広がっていく。
  このまま留まることも埒があかないと、ルイは追い詰められた気持ちを伴って全てをねじ込んだ。
「ちく、しょう…」
「ぃ…ッ、あ、…あ、あ」
  全身の皮膚が粟立つ。吹き出した汗が伝い落ちる微かな感覚さえ快感を呼び起こす。心臓が破裂しそうだ。息を吸うことすらままならない。
  アレクシスは勝手に零れる嬌声を抑える事さえ気が回らず、全身を痺れさせる壮絶な刺激にひたすら翻弄された。身体の中に、異物が居座っている。脳天まで貫かれると錯覚する、灼熱のそれは、いっそ凶器と言っていいだろう。身の内を食い破られそうな、焼き尽くされそうな、最大の天敵に蹂躙される恐怖心。
  ルイも同じようなものだった。分け入った柔肉が食い千切らんばかりの強さで絡みつき、性器にまとわりつく心地よさ以上に強烈な熱さ。犯しているはずなのに、こちらが喰われているとさえ錯覚する。
  けれど二人は同時に、分かたれていたものがひとつに戻るような安堵と歓喜を感じていた。愛おしいと呼ぶには足りない。充足を覚える端から、もっと深く繋がりたいという欲求が沸いてくる。肉欲が満たされる事とは別の、待ち望んだ安息に近い満足感が身を包んだ。
  知らずルイの瞳から涙がこぼれ落ちた。苦痛の涙ではない。安堵と嬉しさだ。漸く捕らえる事が出来た。漸く触れ合うことが出来た。もう二度と手放したくはない。
  セックスをしている筈なのに、心を満たすのは欲望以上の何かだ。眉間に皺を寄せたまま静かに涙する姿を、ゆるゆると開いた瞳で見つめたアレクシスは、整わぬ吐息もそのままに眩しい物でも見るような愛おしさを伴って目を細めた。
  動かすことさえ億劫な指先を持ち上げ、その涙を拭う。自分が泣いている事に気付いていなかったルイは何事かと驚いたが、悪くはないとそのまま身を任せた。
「永かった…」
「そう…、だな」
  鼓動に添う灼熱の刺激を受けながら、それでも不思議と二人の口調は穏やかだった。思考や感情や記憶が曖昧で、何を思って言葉が零れてくるのか解らない。しかしやがてそんなことは些末だと、考えることすら放棄した。
  湖面が揺らめくような青い輝きを見つめながら、ルイは身を屈めてアレクシスを引き寄せる。辛い体勢にも否を告げない唇を噛み付くような勢いで塞いだ。相反する属性が境目を溶かして混ざり合う。その心地よさは、今まで体験したどんなことより勝っていた。きっとこれ以上の喜びは存在しないだろうとさえ断言できる。
「ん、…ん、ぅ」
  口吻に応えながら、身の内を抉る物が動き出した刺激に、アレクシスが甘美な吐息を漏らした。それを耳ざとく聞きながら、ルイは律動を早める。あのまま温ま湯のような幸福に浸っていても良かったが、もっと先が在る事を知っていた。
  薄く瞳を開けて顔を引いて鮮やかな色を見せる舌先を舐める。濡れた下唇を吸って、仰のいた顎を啄んで首筋に顔を埋めた。どこもかしこも熱くて、甘い。加減が効かない。加減しようとも思わない。
「気が、狂いそうだ、な…」
  荒い呼吸の合間に低く呟けば、背に腕を回したアレクシスの力が僅かに強くなった。拒絶するような痛みは快楽に変わり、ルイはぐるりと腰を回した。途端に組み敷いた身体が跳ね、直ぐに探る動きへ移行する。
「あ、…っん、ん…ゃ、…あ…ッ」
  遠慮無く体内を掻き回され、時折酷く感じてしまう部分を擦り上げられて、アレクシスは汗に濡れた広い背中に爪を立てた。男とセックスをした経験は無いが、これ程の快楽を得られるのは、きっと相手がルイだからに違いない。正反対だからこその相性だ。意識とは別に身体が勝手に痙攣した。
  浅く突かれ、深く侵入し、引き抜く早さと同じだけの力で埋め込まれる。出し入れされる刺激と熱に、感覚すら失いそうになるけれど、存在を主張する雄の大きさだけはやたらとリアルに想像できた。
「ッくそ…、保たねぇ」
「…ひ、ぅ…!」
  ぽたりと伝い落ちた汗が混じり、それすら刺激になった。突き抜けそうな乱暴さで最奥を穿たれて、アレクシスの背が綺麗に撓る。ルイはそのまま細い腰を掴んで、滅茶苦茶に揺さぶった。理性は霧散し、ただひたすら本能の赴くまま臨界を求める。
「や、…あ、あ、あ…ッ」
「悪ぃ、このまま」
「…ァ、は…、…ッ、…あ、あああ――…!!」
  打ち付けた肌が鳴る程強引に突き込まれたアレクシスが、甲高い悲鳴を上げる。宥めてやる余裕も無いまま、ルイはきつく絡むその中へ精を放った。
「ッ、く…ぅ」
  低い呻き。全てを注ぎ込むように何度も腰が揺れ、これ以上入り込めないぎりぎりまで押しつける。あまりに強い射精感で、噛みしめた奥歯がぎりと音を立てた。気を失いそうだ。
「ん、ぅ…あ…、な…ッ、…こ、れ…」
  一方アレクシスも同じかそれ以上の衝撃に苛まれた。何これ、と辛うじて意味のある言葉に成ったのはそれだけ。
  身体の奥で広がった奔流が、焼き尽くさんとばかりに灼熱を伴って侵蝕する。ルイの腹筋に当たった刺激以外特に触れられることの無かったアレクシスの性器は、植え付けられた精が促すように射精に至っていた。爪先まで駆け抜ける快絶の所為か、自分が達してしまったことも理解できないほどだ。
  止まりそうな呼吸を補うように、閉じられない唇から喘ぎが零れた。お互いに自分の中で起こった変化に対応できず、必死に現実を手繰り寄せる。平静に戻るまで随分と時間がかかった。
「…麻薬より質悪ぃな」
  場違いな程の清らかさを伴った安心感は、戻り始めた理性の元では肉体的な欲望にすり替わっていた。ルイは組み敷いた肢体を抱きしめる。セックスと言うにはあまりに過激で、互いの性質を突き付けられているようだった。けれど同時に混じる衝動は、愛情と呼べる物かもしれないと思考の片隅が訴える。
  挿入している自分と、受け入れたアレクシスでは、どちらがより貪られたのだろうか。答えは出ない。同じかもしれない。
「もう一度」
  金髪を鼻先で掻き分けて耳元で囁けば、アレクシスがひくりと震えた。

  

なんだか上手いこと書けなかったのですが、とりあえず。
2010/03/17

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